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『破天のディベルバイス』第3話 見えざる敵④

 ④木佐貫啓嗣


「旗艦ハンニバルが……沈んだとの事です」

 リーヴァンデイン倒壊から十五時間が経過した、午前二時十六分。

 宇宙連合総本部ボストークの閣議室に、護星機士の男が駆けてくる。木佐貫(キサヌキ)啓嗣(ケイシ)は報告が成されるのを聴きながら、苦々しい思いを口の中で噛み締めた。

「ビードルは何とかリーヴァンデインの倒壊に巻き込まれる事を避け、ブリークス大佐と共に帰投しています。一世紀の間宇宙船としての役目を喪失していた船が動いたのは、奇跡でした。そうでなければ今頃、我々は……」

 男は、そこまで言うと声を詰まらせ、目頭を押さえる。沈痛な顔をする一同を見ながら、木佐貫は溜め息を()きたくなるのを堪えた。

 ──何だ、この茶番は。

 ブリークス大佐が意図的に、軌道に過激派を招き入れた事は火を見るよりも明らかだった。第一、一世紀も動かさなかった宇宙船が奇跡的に起動したなどと、そのような都合のいい話を誰が信じるだろう。ビードルが昨日の為にメンテナンスされていた事は、フリュム計画に関わる者たちの中では暗黙の了解だった。

 人類の悲願が達成されようとしていた時、ラトリア・ルミレースが動いた。成果を水泡に帰しめない為に計画を早期に動かすという、ブリークス大佐の主張は分からないでもない。だが、その為にわざわざ、サウロ長官を含む者たちを抹殺する必要はあったのだろうか。

 この、ある意味宇宙史上最大規模の”派閥抗争”に巻き込まれたという少年少女たちの事を思うと、木佐貫は良心が疼くのを止められなかった。

「よし、分かった。あとは直接、ブリークスから報告を聴こう。下がって良い」

 フリュム計画総責任者にして、サウロ長官の最大のライバルである宇宙連合安全保障理事会議長ピョートル・シャドミコフが言うと、護星機士は「アイ・コピー」と応えて敬礼し、駆け去って行った。

「……報告の順番が逆だったな。ブリークスから、過激派のセントー軍が打撃を受けたという情報を傍受したと、通信があったばかりだ」

「もうリバブルエリア上空から月面までの軌道上に、宇宙連合軍は残っていません。という事は……」閣僚の一人、連合情報庁のモラン長官が言う。

「ああ。ディベルバイスが起動した可能性がある」

 シャドミコフが言うと、皆息が詰まったような表情を浮かべた。

 安全保障理事会。それは、宇宙連合軍を指揮する地球圏防衛庁を傘下に持つ、連合の武官たちの全権を掌握する組織だった。シャドミコフは、現在連合軍を支配するブリークスに対し唯一抑止力となる人物だったが、彼がフリュム計画に於いて強硬派である以上、抑止力などあってないようなものだ。

 地球圏防衛庁長官のサウロ、情報庁長官モラン、土星圏開発チーム代表ザキ。軍の将官たち。連合の中で強い影響力を持つ人物たちが、連合政府首相の目すらも欺いて密かに進行させてきた、このフリュム計画。だがそれは、連合の腐敗を意味するものではない。

 そう信じてきたからこそ、木佐貫はシャドミコフと訣別しようとは思わなかった。全ては、未来の為だと思っていたのに。

「ディベルバイスを輸送していたのは、十人のユーゲントのはず。彼らが、ヴィペラを脱出して過激派と交戦したと?」

「幾ら船が強力でも、そのシステムすら初見の十人の子供だけで勝利が行われたとは考えられない。リバブルエリアからの救援要請が途絶えたのはいつ頃だ?」

「丁度、リーヴァンデインの完全崩壊が確認された頃です」

 木佐貫は口を挟み、内心で付け足した。

 ──そして、あなた方がそれを黙殺した頃だ。

「救援要請を行ってきたのは訓練生だった。あの時点で彼ら自身、状況を完全に把握出来ていた訳ではないだろうが、エニアグラムたちが今になっても連絡してこない以上……」

「教職員も生徒も全員死亡……もしくは、我々が見捨てたという事に気付いた可能性がある」シャドミコフは、深々と息を吐き出した。「彼らはガイス・グラが沈められたと思っているかもしれんが」

「その場合、ここボストークも落とされたと思っているのでは?」

「憶測で話を進めるのは危険だ。真実を一つ一つ、明らかにしていく必要がある。ディベルバイスが動いた可能性が高い以上、計画の外側で機密に接近した者は、誰であれ存在するという事なのだから」

 彼は「モラン」と情報庁長官の名を呼んだ。

「はい」

「ネットに、養成所の各種アカウントからリバブルエリアの状況に関する書き込みは見られたか?」

「はい、幾つかのキーワードで検索を掛けたところ、僅かではありますが書き込みが発見されました。拡散はまだ小規模だったので、各企業に圧力を掛けて消去を行わせました」

「それでいい。地球に居た者たちは全滅した、と広める必要はないが、後々の為現時点での情報は(ぼか)しておくに限る。その上で、ブリークス隊に確認を行わせる」

「乗っている者たちの保護を行い、その場で船を回収するのは?」

 その方が事が大事(おおごと)にならないかもしれませんし、と木佐貫は言う。ブリークス隊が攻撃を仕掛ければ、もう抗弁のしようはなくなる。今ならまだ、リーヴァンデインの倒壊はラトリア・ルミレースの仕業だったと言う事が出来る。

 だがシャドミコフは、じろりと木佐貫を睨んだ。

「それでもし、最悪のケースだった場合どうする?」

「最悪の、ケース……?」

「ディベルバイスが、()()()()()()()()()()()()()()という意味だ」

「………!」

 しまった、と思った。ディベルバイスが動いていた場合、乗っている者が被害者たちとは限らないのだ。ブリークス大佐らは作戦を決行し、ラトリア・ルミレースは利用された事を知って攻撃を仕掛けた。ブリークス大佐はハンニバル諸共軌道上の敵を一掃したとは言っていたが、万が一生き残りが居れば。

「敵の月面制圧部隊を攻撃したのが、ディベルバイスだとも限らない。木佐貫、リスクはどんな小さなものであっても、放置は許されないのだ。人の命が掛かった計画なのだからな」

「……分かっています」

 木佐貫はシャドミコフに見えないよう、机の陰でぐっと拳を握り締める。

 大勢の命の為に、今ある一部の人々の命を犠牲にする。だが、その犠牲となる一部の人々とは、誰が決めるのだろう?

 (きた)るべきナグルファル船の到来。その頃には既に、シャドミコフやブリークスは生きていないだろう。だからこそ彼らが行うその判断が、決して利己的な感情に基づくものではないと、分かってはいるのだが。

 やがて「ブリークス・デスモス大佐、失礼します」という野太い声が、閣議室入口の扉の向こうから聞こえてきた。


           *   *   *


 地球圏防衛庁の部署があるフロアへ向かって歩いていくと、廊下で前方から来た若者に「木佐貫議員」と声を掛けられた。

「君は、確か……」

「ヨアン・スミスです。サウロ長官の秘書」

 そうだった。若くして入庁したという才覚と、実際に行っている事は雑用という現実の二重性から、職員たちからは冗談交じりに「アルバイト」などと綽名(あだな)されているらしい彼だ。

「私に、何かご用かな?」

「ブリークス大佐、帰ってきたんですよね? サウロ長官は……」

 ヨアンは身内を──祖父を心配する孫のようだった。彼は何処まで知っているのだろう、と思いながら、木佐貫は正直に告げる。

「……亡くなられたよ」

 だがまさか、ブリークス大佐に謀殺されたなどと言える訳がない。シャドミコフたちも、大佐に面と向かって暗殺を命じた訳ではないし、今の態度は気付かない振り、見て見ぬ振りとしか言えない。

 自分は嘘を()いている訳ではないのだ、と思っても、はっとしたような顔で口元を戦慄(わなな)かせるヨアンを見ると、どうしても良心の呵責は起こる。

「そうですか……」

 刹那の沈黙の後、彼はそう言った。

「……悲しいですね、戦争って」

 彼が「政治」と言っていたら、自分は洗い浚い吐き出していたかもしれない、と木佐貫は思った。

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