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『破天のディベルバイス』最終話 天を破す⑦

 ⑧渡海祐二


「何だよ、それ……?」

 伊織が、床に座り込みそうに膝を震わせながら言った。泣き笑いのような表情が、更に激しくなる。「何だよ、保護って……そんなの、虫が良すぎるじゃねえか。ここまで、来て……俺の、挫けそうなタイミングでさ……」

 ブリークスから入った通信は、安保理からの命令を受け、僕たちを救出するという内容だった。突入班にも、船や生徒への攻撃をやめ、船員を保護するように、と命令を出すと言った。信じられない、と思った時、アーカイブのニュース映像が送られてきた。そこでは木佐貫と名乗る安保理の議員が、僕たちの正体やフリュム計画、更には星導師オーズと計画の繋がりまでを語っていた。

『……該当する関係者の方々は、直ちに船の救助を行い、最寄りのユニットに移動して下さい。我々が往還ロケットで、彼らを引き取りに行きます』

「嘘だ……こんなの、フリュム計画のはったりだ……!」

 伊織が崩れ落ちる中、自動扉から現れた護星機士たちは何やらデスグラシアと通信を行っていたようだったが、やがて「アイ・コピー」と返事をしてこちらに歩み寄って来た。

「近づくな! 近づくと撃つぞ!」

 床に這い蹲ったまま、伊織は銃口を彼らに向ける。護星機士たちは反射的に銃を持ち上げながら、ブリークスからの命令と拒絶的な伊織の態度の間で、困惑したように互いの顔を見合わせた。

「ねえ、伊織君」

 恵留は、屈み込んで彼の背中に腕を回す。

「もう、無理しないでってば。その木佐貫さんって人が言っている事、伊織君なら本当だって分かるんでしょう? ……これでいいんだよ、伊織君。あたしと伊織君、これでまた、前みたいに戻れる。もう、皆が悲しまなくて良くなる……この為に、ずっと頑張ってきたじゃない」

「………」

 伊織は、しゃくり上げるように肩を震わせながら俯く。

 僕も千花菜も、アンジュ先輩も、アイリッシュも、クルーの他の生徒たちも、皆彼の傍に歩み寄った。護星機士たちはその光景を見ると、構えていた銃を床に落として武装解除した。

「伊織。僕も君の事、許すよ」

 僕は以前、同じように運命に抗えず、命を賭けた行動が無駄だったと思い、そんな自分が悔しくて泣いた事を思い出す。あれは、ユニット一・一、ニルバナでの事だった。

「だからさ、戻って来てよ。僕や千花菜や、恵留のところに。……伊織。僕たちに、指揮官としての君の、最後の命令を出してくれ」

「……分かった」

 彼は、赤くなった目を袖で拭い、言い切った。

「只今俺たちは、宇宙連合軍に降伏する。総員、武装解除して廊下に出るように。向こうの指示に従って……船を、脱出する……!」

 言い終えると、彼はまた蹲る。舵取り組の掌握から今まで、堪えていた涙を全て出し尽くすかの如く、彼は慟哭した。人目を憚る事なく、抑圧していたものを解放するように泣き声を上げる。

 ごめんなさい、という声が、何度も僕の耳に届いた。


          *   *   *


 デスグラシアに全員が移動した直後、度重なる攻撃を受け、斜め方向に傾いた体勢のままで浮かんでいたディベルバイスが、ゆっくりとイカルスの地表へと落下していくのが見えた。

 僕たちの命を繋いできた箱舟であり、この旅と戦いの始まりでもあった船が地表に衝突し、爆炎を上げながら沈んでいくのを、僕たちは神妙に見届けた。


          *   *   *


 デスグラシアのワームピアサーで、僕たちはユニット二・八のクラフトポートまで運ばれた。全員が下ろされ、港に接続する形で建てられている駐在部隊の基地まで移動させられる。ウェーバー先輩やその他負傷した生徒たちは、別の場所に隔離されて手当てを受けているようだった。

 助かった、という安堵の思いと、これから自分たちはどうなるのだろう、という不安の中で、誰もが落ち着かずそわそわと身を動かしていると、各方面への連絡を終えたブリークスが戻って来た。大柄で厳つい顔つきをした彼は、写真や映像で見ていた時よりも遥かに威圧感があった。

「この連合軍の恥曝しどもが」

 来るや否や、ブリークスは吐き捨てた。僕たちは耳を疑う。

「何だって……?」

「フリュム船の独断起動に、ユニットや小惑星への攻撃。挙句に、貴様らはフリュム船を三隻も沈めた。『破天』に……人類の悲願である地球の再生に必要な、ディベルバイスまでもな」

 どうしてくれる、と彼は言った。

 今までの僕たちであれば、その恐ろしさに竦み上がり、彼に責められるがままになっていただろう。だが、今の僕たちに何も恐れるものはなかった。

「俺たちは……もう、宇宙連合軍には戻らねえ」

 テン先輩が、喉を震わせながらも言った。

「あんたたちのせいで、俺たちはしなくてもいい戦いに放り込まれた。失われる必要のなかった命が、沢山失われた。……俺たちは最初、ボストークに救助を求めたはずだ。それをあんたは、つまらないプライドで握り潰した。サウロ長官を殺した、その手でな!」

「俺たちだって、もう護星機士団に入る気はなくなった」

 アイリッシュも言い、周囲の生徒たちが強く肯く。僕や千花菜、恵留に支えられた伊織は、はっとしたように彼らを見つめた。

「大義とか希望とか、耳当たりのいい言葉を掲げて、人間をパーツのように嵌め込んでいく。人間を勝手に進化させて、モデュラスなんて名前を付ける。その果てに招かれたのが、この事件だろう?」

「あたしたちが、どれだけ怖かったか……」万葉が呟いた。

「友達も大勢死んだ」とフランツ。

「お前は人類の事なんか、何も見ちゃいないんだ。俺たちも、俺たちを攻撃したホライゾンやエルガストルムに乗っていた連中も、皆お前の犠牲者だ。お前に、人類生存圏を牽引する資格なんてない。将来救うべき人間たちの影だけを見て、それが今生きている個人から繋がれる、そんな当たり前の事に気付けなかった、気付こうとしなかったお前には」

 スカイが言った時、ブリークスは再び、今度は感情的に叫んだ。

「世間知らずのガキどもが! 組織は、宇宙は、貴様らの思っている程単純ではないという事が、何故分からない? そのような綺麗事で、(きた)るべき災厄から人類が生き延びられると、本気で思っているのか!」

「あなたの言う『人類』って誰の事?」クララが反駁した。「今生きている人間と、その人たちが生きる星を護る事。護星機士の理念そのものを、綺麗事だってあなたは言うの? 何であなたは、サウロ長官の殺害を黙っていたの? 何で事実を隠したまま、私たちを過激派に仕立て上げたの?」

「俺たちは自分たちで、生きようとしたんだ!」

 今までは自己中心的な言動の目立ったショーンすらも、皆に同調して声を上げた。

「ディベルバイスは確かに、奇跡みたいな船だった。だけど、それだけじゃ救われなかったから、俺たちは戦ったんだ! 舐めるな!」

「卑怯で残酷なお前とは違う!」和幸も彼に続いた。

 皆、自分たちの熱く迸る感情を、言葉にしてブリークスにぶつけ始めた。その様は今まで、ニルバナや火星で行われてきた感情の爆発にも似ていたが、今の僕たちにはその時のような、黒く、絶望が形を変えた咆哮など存在しなかった。

 生きていた。僕たちは救われなくても、事情を知らない人ならば笑ってしまう程、愚直に生きていたのだ。そして僕たちが、生きる事に必死に縋り付き、破滅に抗い続けた行動を、誰も笑う事は出来ないだろう。

 ブリークスは青褪め、焦燥を浮かべ、降伏を受け入れた僕たちに残されたバイタリティに、半ば恐慌にすら陥っているようだった。しかし彼は、暴力を振り翳してでも支配者で在ろうとした。

「我々が目指したのは、スペルプリマーを通じた人類の進化だ! 貴様らのような、心根まで腐りきった古い人間は、淘汰されるべきだ。有害な遺伝子を撒き散らす出来損ないはな」

 彼自身、自分が何を喚いているのか、分かっていないようだった。

「貴様らは成長する前に、撃ち殺された方が宇宙の為だ。星を脅威に晒す恐れのある危険分子は、戦争が始まる前に除くのだ。それが……本当の護星機士の存在意義なのだからな!」

「それが機士だというのなら……」

 アンジュ先輩が口を開きかけた時だった。

「本当にそうでしょうか、ブリークス大佐」

 僕たちの待機している部屋の入口が静かに開き、一人の男性が入ってきた。ブリークスはそちらを見た瞬間、忌々しげに顔を歪めたが、何も言葉を出せずに黙って相手を睨みつける。その男性は、数時間前にフリュム計画について公表を行った木佐貫議員だった。

「議員自らが……」

 シオン先輩が声を発すると、彼は微かに目を伏せた。

「これは、私たちフリュム計画から生じた事です。そして、私は自分の手でそれに終止符を打つと決めた。ならば、私には皆さんに全てをお話しする責任がある。……ブリークス殿」

「はっ」ブリークスは、低く返事をする。殺意すら感じさせる声だった。

「あなたには、まだして貰わねばならない事が残っています。処分は追って言い渡しますが……私やあなたが、処分を受けられるかどうかすら分からないという事を、あらかじめ理解しておいて下さい」

「……まさか、ラトリア・ルミレースが?」

 ブリークスは、木佐貫議員の言葉を(しば)し反芻していたが、やがてはっと気付いたように独りごちた。議員は僕たちに向き直る。

「あなた方の中に、神稲伊織さんという方は?」

「えっ、神稲?」

 皆の視線が、僕のすぐ隣に居る伊織に集まる。彼は戸惑ったように顔を上げ、恐る恐る手を挙げた。「俺ですけど……?」

 伊織とフリュム計画、星導師オーズの関係を知る僕やアンジュ先輩は、彼を庇うように前に出る。木佐貫議員は、慌てたように首を振った。

「いえ、ご心配なく。私たちは神稲さんがエスベックだからといって、これ以上我々の都合に巻き込む事は致しません。むしろ神稲さんは、フリュム計画に於ける最大の犠牲者といえる方です」

「犠牲者だなんて、そんな……」

 伊織は、弱々しく微笑んだ。皆の視線が、困惑に変化する。

「どういう事だ、神稲? エスベック?」

 アイリッシュが、彼に尋ねる。彼は寂しそうに、「全部話すよ」と言った。

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