『破天のディベルバイス』最終話 天を破す⑥
⑥ブリークス・デスモス
『西暦二五九九年、十一月三十日。グリニッジ標準時、午後二時五十六分。人類生存圏全域に、私、宇宙連合安全保障理事会議員、木佐貫啓嗣は告げます』
モニターにテレビの映像が流れ、シャドミコフ議長の部下だった木佐貫議員の顔が映し出されたのは、突然の事だった。フリュム計画が交戦規定フェイズ三を用い、各種メディアを掌握していたのを利用したらしい。
ブリークスは拳を握り、湧き上がってくる嫌な予感を懸命に押し留めようとした。デスグラシアにまでわざわざ映像を流しているという事は、木佐貫は自分たちが船を動かしていると分かっているのだろう。その上で、彼が何を言うのかは大体予想が付いた。
『先程、安保理議長ピョートル・シャドミコフが逮捕されました。罪状は……超法規的措置ではありますが、外患誘致罪、その他諸々です。というのも、実際には独立戦争を指揮したラトリア・ルミレース、それを束ねていた星導師オーズが、連合内部から出現した人物であったからです』
何、と思わず声を出してしまった。つい、傾聴の姿勢に入る。
『証拠は、この放送直後に情報庁データ管理室の泡坂室長を通じ、宇宙連合首相官邸に流します。ですから現時点では、皆様には私の話すエビデンスなき内容を、信じて頂くしかありません。……我々安保理の一部では、HR、フリュムと呼ばれる系列の船を建造する”フリュム計画”が行われていました。その理由は、一世紀前のヴィペラ・クライメートの後、捕獲された小惑星ネメシスの研究を通して、将来人類生存圏に再びそれらが現れる可能性が示唆された為です。
フリュム計画はその際、赤方偏移の観測外へと人類を脱出させ、現在知覚可能な宇宙には存在しない、人類の生存が可能となる惑星を探す為のものでした。その主導を円滑化する為、公表の措置として採られたのが、ルミリズムを唱えるラトリア・ルミレースの宇宙連合掌握です』
「負け戦……出来レースだったというのか?」
ブリッジクルーの一人が呟く。ブリークスはその一言に、血がかっと沸き立つのを感じた。
『しかし、連合の財政収支記録を改竄して資金を捻出したシャドミコフ議長は、これを計画関係者にも公表していませんでした。……これは私による内部告発であり、私自身の罪を軽減する目的はありません。しかし、事実その結果として、プロジェクト内部で計画の方向性を巡る対立が起こりました。その結果、一部強硬派による、フリュム船の一隻・無色のディベルバイスを用いた地球再生計画に対し、慎重派の筆頭であった地球圏防衛庁のサウロ長官が独断で、船を地球、不可住帯へ隠す措置が採られました。
今年五月に発生した、宇宙エレベーター・リーヴァンデイン倒壊事件。あれは、サウロ氏がその措置を決行しようとした際、強硬派がラトリア・ルミレースの攻撃に乗じ、軌道ステーション・ビードルを襲撃した事によるものです。サウロ氏はその襲撃によって命を落とし、リーヴァンデインは倒壊。リバブルエリアへのヴィペラ流入が発生し、地球へのディベルバイス輸送を実行していたユーゲントにより、護星機士養成所で孤立を余儀なくされた訓練生たちの救助が行われました。実際に救い出された彼らは、ディベルバイスに乗船して救難を求め始めました。
戦犯指名手配を発布されていた、過激派に奪取された新型宇宙戦艦、その正体こそがディベルバイスです。強硬派に牛耳られたフリュム計画は、機密保持の為彼らの抹殺を図りました。戦犯指名手配と交戦規定フェイズ三は、船からの救助要請が民間へ届く事がないよう、情報統制を行う為のものです』
木佐貫の顔には、真摯な表情が浮かんでいた。ブリークスの脳裏に、今まで自分が強硬策を発動しようとする度に懸念を口にした彼の姿が浮かぶ。
思えば彼は、ずっと死なねばならない子供たちに情を寄せていた。シャドミコフがラトリア・ルミレースを操っていた、という情報が真実なら、木佐貫はそれを知った事で、黙っていられなくなったのではないだろうか。人類の希望を潰えさせる可能性を承知で、シャドミコフを告発し、フリュム計画の全貌を公表しようとしたのではないか。
(いや……彼がまだ、公表していない事実がある)
そう考えた時、ブリークスは噛み締めた歯茎から血が滲むように思われた。
彼は、その”強硬派”の筆頭がブリークスである事を言わないよう、巧みに回避しながら話を進めていた。何故なら、言えばブリークスが連合内での立場を失い、フリュム計画に加わって子供たちの命を狙った戦犯という事になるからだ。
ブリークスは、フリュム計画を掌握するという野心で動いていた。その可能性を失わせた今、保身の手段すら失わせれば、自分が暴走して災いを招きかねない、と木佐貫は踏んだのだ。それは逆に、こちらにこれ以上の凶行を行うな、と暗に圧力を掛けるものでもあった。
『フリュム計画は、船の位置を特定する術を有しています。その方法で調べた結果、ディベルバイスは現在、ボストーク外に居る計画関係者らのすぐ近くに位置しています。……該当する関係者の方々は、直ちに船の救助を行い、最寄りのユニットに移動して下さい。我々が往還ロケットで、彼らを引き取りに行きます』
──決定打を打たれた。木佐貫は、こちらがデスグラシアを起動し、ディベルバイスと交戦している事すらも知っている。
「土星圏開発チームの奴ら……」
ブリークスは呟き、握り締めた拳を肘掛けに叩き付ける。ここでブリークスが、陥落させかけた船に止めを刺すのは簡単だ。しかし、その場合ブリークスは連合に抹殺され、逆に追われる立場となる。
分かってはいるが、木佐貫に情け、或いは脅しを掛けられたという事が、総司令官である自分にはこの上ない屈辱だった。シャドミコフが自分を騙して過激派と戦わせていた事も追い討ちを掛け、脳の血管が切れそうだった。
「……ブリークス大佐」
浪川が、覚悟を決めたように言った。
「ディベルバイスを救助しましょう。生きてさえいれば、またの機会はあります」
「……それしか、ないようだな」
ブリークスは立ち上がり、最後の命令を下した。
「ヴィペラ散布を中止! フリュム船の登録回線を使用し、ディベルバイスのブリッジに直接通信を繋げ。突入した者たちにも聞こえるよう、私の口から連絡する。木佐貫議員のアーカイブは残っているな? その再生準備もだ!」
言いながら、ラトリア・ルミレースの実戦部隊として戦っていたセントーらは、星導師オーズがシャドミコフと繋がっていた事を知っていたのだろうか、と考えた。知らなかった場合、この放送を聞いた彼らはどのような行動に出るのだろう。
⑦エギド・セントー
インターネットニュースの「速報」と書かれた通知が届いた時、月面に居る宇宙連合軍は一斉に戦闘行為を中止したようだった。セントーも、戦域を飛び交う船や戦闘機に対し、攻撃の一時中止を呼び掛ける。
敵がすぐに動かなくなったのは、向こうの司令官であるブリークス大佐の指示が迅速で、即座に行き届いたからではない。戦闘開始から思った事であったが、宇宙連合軍の動きはとても、統制がとれているとは言えないものだった。最初の方は違和感に過ぎなかったその印象は、戦局が進むに連れて確信へと変わっていた。
このディオニュソス作戦に於いて、宇宙連合軍の指揮官は前線に存在しない。土壇場で、行方不明となったのだ。
彼らも、この放送にどう対応すればいいのか分からないらしい。
『……ラトリア・ルミレース、それを束ねていた星導師オーズが、連合内部から出現した人物であったからです』
安保理議員の発言は、セントーですら耳を疑うものだった。
つまり、どういう事か。何を意味するのか。
星導師はルミリズムを説き、議員の言う「地球再生」を阻止するべくフリュム船の破壊を狙っていたのではないのか。その人物が、フリュム船の真の目的と、その存在について最初から知っていた? 全ては、宇宙連合からフリュム計画を引き継ぐ為のプロセスに過ぎなかったというのか?
火星圏の、荒廃し、経済格差と搾取に苦しむ人民の中から現れた星導師オーズ。そのカリスマ性に、多くの人間が引き寄せられた。教団の誰もが彼の”天啓”を、外宇宙に居る”彼ら”の存在を信じた。
それが全て、連合に仕組まれていた?
あらゆる宗教と、その信仰が目指したものは、心の救済だろう。火星圏の人々を、それに縋らせるまでに苦しめた連合が、更にその感情を利用して自分たちの計画を進行させようとしたのなら。
(宇宙連合め……)
セントーは画面から目を上げると、双眼鏡で彼方を見た。静かの海に浮かんでいる敵旗艦ガイス・グラは、以前見た時のような禍々しい迫力を失い、何処か戸惑いつつ日和見をしているように見えた。
連合の護星機士たちが腰砕けな訳ではない。最終決戦を前にして、司令官が姿を消すという異常事態に皆混乱しているのだ。ブリークスが何処へ消えたのかは、今し方の放送を聞けばすぐに分かる事だった。
(議員は、奴の名前を呼ばなかった……奴のすぐ近くに、自暴自棄になって破壊されては困るディベルバイスが居るからだ。そして、今宇宙連合軍を指揮する司令官が、皆の信用を失う事がないように……私たちを、救済という餌で釣った人民を、用済みとして始末する為に!)
体から火が出そうな程の怒りが、鳩尾の辺りを熱くした。旗艦ノイエ・ヴェルトに居る星導師を問い質そうと、携帯電話を取り出して番号を押す。だが耳に当て、コールを十回近く続けても、彼は応答しなかった。
逃げられたのだ、と思った。彼はやはり、自分たちを裏切った。
刹那、ガイス・グラから信号弾が上がった。こちらに、停戦と話し合いを求めている。だがセントーは既に、それに答えるつもりなどなかった。
「バイアクヘー艦首砲、ガイス・グラに照準固定! 司令官を失った烏合の衆など、最早恐るるに足らず! 一匹残らず殲滅しろ!」
兵士たちは、突然の自分の剣幕に戸惑ったらしく顔を見合わせていたが、こちらを向いた瞬間ただ事ではないと察したようだった。すぐさま照準調整と、エネルギーのチャージを開始する。
──ボストークを、宇宙の藻屑に変えてやる。
心火の炎上を受容する事を決めた刹那、主砲が発射された。停戦信号を上げ続けるガイス・グラは正面からそれを受け、呆気ない程容易く爆散した。