『破天のディベルバイス』最終話 天を破す③
③ブリークス・デスモス
「エインヘリャルⅠ、Ⅱ、共に通信途絶。Ⅰは……自爆した模様です」
激しい震動が船を襲うと、一瞬明るく輝いたモニターはそれを境に暗転した。浪川の言葉を聴いたブリークスは舌を鳴らす。どうやら、ワームバリアの穴、船外カメラを狙われたらしい。船外の映像が大きく欠損すると共に、船体に穴を開けられてしまった。
ベルクリ・ディオクレイが自爆を選んだ事も驚きだったが、何故自分のインストールしたドローンプログラムが動かなかったのだろう、という事にも疑問を感じた。二機で一セットであるエインヘリャルが、デスグラシアにⅠしか搭載されていなかった事、その所在不明のⅡがエロスの宙域に漂っていた事も謎だったが、これらは皆何かしらの理由で繋がっている事柄なのだろうか、と思った。
「私見ですが、あの機体はディオクレイ准尉が操っているものとは見受けられませんでした。時折彼自身が機体に抵抗するような動きを見せましたが、通信は繋がっていませんでしたし……まさかとは思いますが、機体内にドローンプログラムを組み込む以前に、何らかの自動操縦的なシステムが構築されていた可能性が最も高いのではないでしょうか」
「……考察は必要ない」
ブリークスは、怒鳴り出したいのを懸命に堪えて言った。
「重要な事は、我々は主戦力であるスペルプリマーを失ったという事実だ。そして、船内に敵を誘致する要因を生み出してしまった」
クルーたちに指示を出し、ワームバリアの展開に微調整をさせつつ、外壁に穴を開けられた区画の隔壁を順次封鎖させた。スペルプリマーが全滅したのはディベルバイス側も同じだ。向こうの位置取り的に、デスグラシアの損壊箇所に重レーザー砲を撃ち込む事は難しい。船外で活動している敵の戦力もケーゼが二機のみで、船内に侵入するのには時間を要するだろう。
「突入班、状況を報せろ」
『はっ。既に数人、生徒を確保しました。しかし、居住区画に居る者たちは各船室に閉じ籠り、バリケードを設置しているらしく捕縛がなりません。船自体を降伏させる以外に方法がないかと』
ディベルバイスに突入した護星機士が報告をしてくる。報告担当の者には、デスグラシアの小型ヒッグスビブロメーターを携帯させていた為、こうしてフリュム船の内外でも通信が出来る。
「奴らの戦力を徹底的に潰せ。まず機銃室を制圧し、ビームマシンガンを使えないようにするのだ。時間的に、あとどれ程掛かる?」
『一、二時間は要すると思われます。船内の、恐らく全ての防火シャッターが下ろされている為、それらを火器で排除する作業がありますので』
ブリークスは唇を噛む。やや時間が掛かりすぎる、と思ったが、仕方のない事なのかもしれない。
「分かった」肯き、通信を切った。それから、船員たちに言う。「向こうとの通信を完全に遮断し、以降通信が来ても受け付けるな。何も知らない方が、彼らの為にもなるだろう」
まだ、ディベルバイスに乗っている訓練生たちは固有武装の存在に気付いていないだろう、と考える。「破天」に於ける重要な機能だが、知らなければこちらが恐れる事はない。
「向こうも、外壁に穴を開けられている。今ならば彼らに、船を傷つけずに全滅して貰える。……デスグラシアは、これよりヴィペラの雲を散布してディベルバイス内に居る者たちを殲滅する」
「………!?」
クルーの一人が、絶句しつつブリークスの方を見つめてきた。
「本気……ですか? ディベルバイスの中には、突入した者たちも居るのですよ。このままでは、部隊の半数近くが犠牲となります」
「だからせめて、彼らには何も知らせないまま決行するのだ。それが私の、せめてもの英雄たちへの手向けだ。我々の大義に殉じた者たちには、敬意と哀悼を示す事にしよう」
「大佐……」
浪川は、何を言うべきか分からないらしい。だがその顔には、迷いが色濃く刻まれていた。宇宙空間に人為的にヴィペラを散布など、フリュム計画に参加する者としては最大のタブーだろう。それはブリークスにも分かっている。
しかし、迷わなかったクルーが居た。ブリークスを睨むように一瞥すると、彼は無線機を取って突入班に通信を繋ごうとした。
「至急! デスグラシアはこれより、宙域にヴィペラを散布してディベルバイスに居る者たちを抹殺する作戦に入る! 俺たちが大佐を止める、早くそこから離脱するように、皆に……」
「……残念だ」
ブリークスは呟くと、拳銃を抜いてそのクルーに向けた。一切躊躇う事なく、引き金を引く。言いかけたクルーは後頭部を貫かれ、呆気なく床に崩れ落ちた。血溜まりが広がっていくのを見た他の者たちは、恐れを成したように青褪め、ブリークスを無言で見つめた。
「ディベルバイスを奪還する事が叶えば、ヴィペラなど恐るに足らぬものとなる。ノイエ・ヴェルトなき今、我らが覇道に立ち塞がる隘路は既になきものと思え。この選択を、将来蛮行と呼ばぬ為にも!」
一喝すると、皆びくりと身を震わせた。一人が意を決したようにプログラムを入力し始めると、二人、三人とそれに続いていく。皆、床で息絶えた兵士から懸命に目を背けているようだった。
ヴィペラ・クライメートを引き起こした小惑星ネメシス、ナグルファル船。それが再び人類生存圏に到来した時、「破天」を行う術があれば人類は生存し続ける事が出来る。
それを、未だにあの船の真価を知らぬ子供たちに遊ばせておく訳には行かない。
彼らの犠牲は、宇宙の為に、人類の希望の為に必要な事だ。
ブリークスは拳を握り締め、静かにその時を待とうとした。