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『破天のディベルバイス』第21話 明滅する宇宙⑧

 ⑧渡海祐二


 地表に落下した瞬間、飛び散った一号機のパーツは次々と爆発した。ハッチ部分を毟り取られ、潰れた箱のような状態のコックピットは、少し離れたところに投げ出され、地面をバウンドする衝撃が絶え間なく僕を襲った。

 僕は座席にしがみ付き、血液が雫となりながら漏れ出している肩を労わりつつ、重心のある腹の辺りに力を込める。先程のエインヘリャルによるレーザー照射は、僕自身がこの程度で済んだ事が幸運といえるものだった。あと数センチずれていたら、僕は頭部を消し飛ばされ、今頃生きてはいなかっただろう。

「こいつ……!」

 呟いた瞬間、バウンドが収まった。口から血液混じりの胃液が漏れ、涙で視界が曇る。

 少し離れた場所で、ジェットエンジンが火花を散らし、爆散したのが見えた。回転しながら飛んできた重力刀が、僕のすぐ横に墓標の如く突き立った。

(アンジュ先輩たちは……?)

 僕は、仰向けの姿勢のまま空を見上げる。そこでは両腕を失った二号機がぼんやりと浮かび、Ⅰのコックピットを二号機の右手に貫かれたエインヘリャルが力なく漂っていた。

 先輩方は、機体に呑み込まれてしまったのだろか、と思った。機体を呑み込みつつあったというコンピューターウイルスは、もう完全にエインヘリャルのシステムを掌握してしまったのか。僕たちはもう、デスグラシアに──否、エインヘリャルに対して対抗する(すべ)を、持たないという事なのか。

 それ以前に、スペルプリマーたちが停止しているのは何故だ、と思った。稼働に限界が来て、システムが止まったのか。これで、本当に全てが終わったのか。それで済む訳がない、と僕は思った。

「先輩! アンジュ先輩! 大丈夫ですか!?」

 大気のないイカルスで、僕の声が届くはずがない。だが、僕は叫ぶ事をやめられなかった。理由も分からないまま、僕は二人の先輩の名前を呼び続けた。

 機体の半分であるⅠの制御系が破壊されたダメージからか、エインヘリャルは動かなかった。しかし、数分間僕が声を掛け続けていると──それが届いた訳もないだろうが──二号機がこちらを向いた。


 ──祐二君。私と一緒に、楽になろう?


 重力干渉、思念伝達か、カエラの声が頭に直接響いてくる。二号機は、腕を失った両肩を、あたかも見えない腕で抱擁しようとするかの如くひくひくと動かしてこちらに降下して来る。グラビティアローを失った二号機に、これ以上何が出来るのか、と思ったところで気付いた。

 ウェーバー先輩がインストールしたという、自爆プログラム。アンジュ先輩の話を聴く限り、ウェーバー先輩は伊織の言った通り、単純にデスグラシアに突破口を開くだけの目的でそのプログラミングを行ったとは思えない。そして今、彼の思惑が何だったのかは分からないままだが、二号機は僕と共に〝心中〟を行おうとしているようだった。

(冗談じゃない!)

 僕は座席から身を起こし、コックピットの残骸から脱出しようとする。しかしそれより早く、二号機は出口を塞ぐかのように覆い被さってきた。ハッチの引き剝がされた部分から見える空を、点滅する青い光が埋め尽くする。このまま爆発すれば、僕は骨も残らず消し飛ぶだろう、と思った。

 ……以前の僕であれば、ここでPTSDの症状が現れていただろう。末端器官の痙攣に留まらず、嘔吐していたかもしれない。だが、今僕の脳裏には、トラウマとなった兄の遺体を見た光景は浮かばず、ただディベルバイスの今後ばかりが現れては消えていった。

 一号機が失われた今、船を守る戦力はアイリッシュ、スカイのケーゼ二機と、射撃組のみとなった。だがそれらも、デスグラシアを攻撃する事は叶わない。触れたものを消滅させるデスグラシアは、ディベルバイスに近づいてブリッジに触れるだけで、舵取り組を全滅させ、こちらの船を捕獲する事が出来る。

 伊織は尚も、戦う事を選ぶのだろうか、と思った。もし彼がその選択をするなら、(きた)るべき破局は必ず彼らを襲う。また、再びワームピアサーを用いた離脱を図ったとしても、デスグラシアは船を執拗に追い駆けるだろう。

 船壁を破壊され、宇宙空間に放出される者。機銃の爆発に巻き込まれ、頭部を焼かれて苦痛の中で死んでいく者。船に突入したブリークスの部下たちに、その場で射殺される者。全てが終わった後、秘匿死刑によってその生涯にピリオドを打たれる者……脳裏に浮かんでくるのは、このままでは確実に訪れる未来の光景だった。そして僕はもうそれに、干渉する事が出来ない。

 千花菜はどうなるのだろう、と考えた。

 僕が、今度こそ自分の意志で愛し、愛し通そうと決意した女性。僕は彼女の答えを聞ける日が来る前に、ここで命を終える。そして彼女も、僕より少し遅れて。

 その時、彼女は僕の為に泣くのか、と考えた。僕の為に心が張り裂けるような苦しみを味わい、そしてそのまま死を宣告されるのだろうか。そのような残酷な結末が降り掛かるのなら、彼女に僕の事を愛して欲しいなどとは願わない、とすら僕には断言出来た。

(ごめんね、千花菜……守るどころか、傍に居る事すらもう、僕には出来なくなっちゃうみたいだ)

 胸の内で、彼女にそう語り掛けた時だった。

 突然、頭上で二号機のものとは違う光が走った。赤黒い、横一文字の閃光。何かが起こった、と認識するまでには、モデュラス回路でも一、二秒のラグを要した。

 モニターの剝落した壁が崩れ落ち、二号機が横ざまに倒れ込む向こうに、エインヘリャルが浮かんでいた。僕のすぐ傍に落下していた重力刀を振り上げているその機体は、Ⅰの方だ。Ⅱは何処に行った、と思い辺りを見回すと、(ひしゃ)げた四肢を投げ出すようにして、近くの地面に落下していた。

 何が起こったのかは、明白だった。

 二号機が僕に覆い被さったタイミングとほぼ同時に、エインヘリャルⅠが傍に突き刺さった重力刀を取り、Ⅱとの連結を切断。Ⅱを安全な位置に移すと、今度は僕が閉じ込められたコックピットの残骸を斬り、二号機を押し退()けたのだ。

「ベルクリ……先輩?」

 僕が呟いた時、半壊したⅠは紫色の光を一際(ひときわ)強く放出した。中に居るベルクリ先輩が、重力干渉でシステムを動かしているらしい。だが、コンピューターウイルスに対してそのような事が可能なのだろうか。

(……まさか)

 不意に、荒唐無稽な想像が働いた。

 エインヘリャルには、元々同化されたモデュラスの脳回路が残っていたのではないだろうか。二号機がカエラのそれに操られたように、エインヘリャルもまた、内部に宿った実体なき前任者が、重力干渉でシステムを乗っ取っていたのではないか。

 だとしたら、そのモデュラスは──。

『祐二君!』

 飛来した救難用索発射銃のロープが、コックピットの外壁に接続された。有線通信を通し、アンジュ先輩の声が聞こえてくる。僕は、そのロープの先を見、駆けて来るパイロットスーツ姿の人影に手を振った。

 アンジュ先輩と僕は合流すると、ヘルメットを突き合わせて通信した。

『祐二君、ベルクリは……』

「先輩……彼は今、あそこに……」

 僕は上手く話す事が出来ず、今出てきたコックピットの方を指差す。そこでは、機体からの干渉をベルクリ先輩が押さえようとしている為か、ぶるぶると震えているエインヘリャルⅠが二号機の胴を重力刀で貫いていた。

 Ⅰは二号機をしっかりと抱き抱えたまま、ジェットエンジンを噴射する。上昇していく先では、ディベルバイスに接近しつつあるデスグラシアが、船縁(ふなべり)に設置されたカメラの受信部をこちらに曝したまま横断しようとしていた。


 ──アンジュ、祐二……じゃあな。


 先程聞いたばかりのベルクリ先輩の声が、テレパシーの如く頭に響いてきた。僕ははっとして、「待って下さい!」と叫ぶ。だが、既に遅かった。

 エインヘリャルⅠはデスグラシアのワームバリアに接近し、ここからでは豆粒程度の大きさにしか見えない程になる。そして、カメラの受信部にほぼ溶け込むかの如く消える一瞬、目も眩むような閃光を放った。

『ベルクリ───っ!!』

 アンジュ先輩が絶叫する。彼女のヘルメットの内側で、大粒の涙が散ったのが僕にも見えた。

 ワームバリアを展開していない場所に受けた爆発の衝撃で、デスグラシアが大きく揺れた。閃光は、僕が以前ストリッツヴァグンを撃破した時のような、爆散とは異なるものに変化し、バリアに吸収されながらも煌々と宇宙の闇を照らし出す。

 戦域で明滅するどの光よりも明るく、だがどの光よりも穏やかに輝くそれに、戦闘を続けていた者たちは皆一時的に動きを止め、その光源に機体を向けて見つめたようだった。

 船体に穴を穿たれ、煙を上げるデスグラシアはゆっくりと回頭を開始する。その船首に装備された重砲の口に、赤黒いエネルギーが集まり始めた。

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