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『破天のディベルバイス』第3話 見えざる敵②

 ②美咲恵留


『皆さん、ご安心下さい! ラトリア・ルミレース月面制圧部隊は、〇一クラス、渡海祐二君の活躍により撤退! もう大丈夫、ボストークまで我々を阻むものはない! さあ皆さん、英雄の凱旋を祝そうではありませんか!』

 スピーカーから、艦内放送でジェイソン先輩の大声量が響く。廊下から各室の扉がガタガタと開き、訓練生たちが駆け出して歓声を上げるのが聞こえた。

「祐二君……?」

 カエラが、はっとしたように呟く。恵留も、ほっとすると同時に驚いた。

 祐二は、千花菜と共に船外に出、スペルプリマーの格納庫を開こうとしているはずだった。ガンマの機銃はデブリ破砕用であるし、ビームマシンガンの射撃に呼ばれた伊織たちよりも活躍する場面があったとは思えない。

 彼は──使ったのだろうか、スペルプリマーという謎の兵器を? それは一体、どのようなものだったのだろう?

「恵留、見に行こう」カエラが、袖を引いてきた。

「えっ?」

「祐二君と伊織君に、お疲れ様を言わなきゃ」

「そうだけど……カエラは大丈夫なの、体?」

「もう全快。ありがとね、恵留。あなた、命の恩人よ」

 同性でもドキリとしそうになる美貌が笑顔を作り、恵留は胸の中で固まり始めていた不安の石が溶けるような気がした。分かった、と肯き、手を繋いで部屋の外へと出る。

 途端に、走ってきた訓練生たちとぶつかりそうになる。皆、格納庫を目指しているようだった。


          *   *   *


 三階へ上がり、船内構造を把握していないまま走る訓練生たちに続いて、迷いながらも掛けていくと、やがて一つの曲がり角に差し掛かった。そこを曲がった時、沢山の生徒が廊下に集まっているのが見え、そこが格納庫なのだな、と分かった。

 何故入らないのだろう、と思い、近づいた時、一緒に駆けてきた者たちが一斉に口を閉じた。格納庫の前に群がっている生徒たちは、皆一様に黙り込んでいるのだ。その空気に釣られるように、意識しないうちに声が出なくなった。

 この白けた雰囲気は何だ。

 先を見ると、アンジュ先輩とラボニ先輩がそこに立っていた。アンジュ先輩は何やら扉を叩いては中に呼び掛けているらしい。格納庫が、まだ中から開けられていないのだ。

 恵留は腕を伸ばしたり曲げたりし、カエラの手を引きながら先輩たちの方へ接近する。突然横入りのように割り込んできた自分たちに、詰めていた彼らは不満めいた声を上げかけたが、カエラの美しさの為かたちまち沈黙に戻る。

 近づいていくと、アンジュ先輩の小さな声が聞こえた。

「お願い、開けて。祐二君が倒れているなら、私たちも責任がある」

 誰か、相手を刺激しないように喋っているみたいだな、と思いながら、恵留は先輩に近づいた。小さな声で囁いてみる。「先輩」

「恵留ちゃん……」

 アンジュ先輩はこちらを向いて口を開いたが、その時扉の中から、何者かの低い声が返ってきた。

「断る。俺たちはお尋ね者のようだからな、こいつの口から聞き出すまで、ここにあるスペルプリマーをお前たちの手に渡す訳には行かない」

「誰……?」

「ダークギルドよ」

 ラボニ先輩が、鋭く囁いてくる。

「放送で、ラトリア・ルミレースに襲われている船を助けるって言ったでしょ? あれがそう、綾文ちゃん曰く、不良集団」

「ええっ!?」

「騒いじゃ駄目っ!」

 先輩に一喝され、恵留はびくりと肩を震わせる。ラボニ先輩ははっとしたように目を見開き、それから「ごめんね」と二の腕を撫でてきた。

「ダークギルドって……あたしたち、昨日襲われたんですよ?」

「そう。皆、怖がっているんですってね。だけど、アンジュが見捨てる訳には行かないって言うから……勿論、皆には言っていないのよ。さっきの大軍との戦い中に、不良集団の船を助ける為に大気圏に入り直したなんて言ったら、皆怒って混乱すると思ったから」

 なるほど、それで今も小さな声で話しているのだ、と恵留は納得した。先輩たちを責めるつもりはなかったが、ぞわり、と太腿が毛羽立つのを感じる。

 という事は、今さっき聞こえた声は半グレ、ダーク・エコーズなのか。

「私たちは、あなたたちが思っているような乱暴な事はしないわ。スペルプリマーを奪って、あなたたちを攻撃するようなら最初から助けたりしない」

「……どうかな」

 低い声はまたも聞こえてくる。アンジュ先輩が困ったように目を伏せた時、

「いい加減にしなさいよ!」

 中から、千花菜の声が鋭く響いた。廊下に犇めく生徒たちが、一瞬声を上げてびくりと身を引く。

「ダーク、あなた、そんなに疚しいようなら最初から略奪なんてしなきゃいいでしょ! 今は祐二を煮たり焼いたりしてもどうにもならないの、彼が何で倒れちゃったのか調べる為にも、ユーゲントに見せなきゃ」

「信用しかねる。第一、この船には真面(まとも)な大人が居ないのか?」

「皆死んだの。あなたも、大気圏で燃え尽きる方が良かった?」

 静かに重みのあるダークの声と、千花菜のよく響く毅然とした声が交互に交わされる。だが、そこに乱暴な男の声が割り込んだ。

「おいこの女、何言いやがる?」

「ひっ……!」

「サバイユ、よせ」ダークが、男を制止したらしい。

「とにかく私は、そこを開けます。撃ちたいならどうぞご勝手に。でもその時は、あんたたちは船から放り出されるだけじゃ済まないだろうね」

 千花菜の捨て台詞のような言葉が聞こえ、足音がこちらに近づいてきた。

 数秒後、ガチャン! という音がし、扉が左右にスライドしていった。

「千花菜ちゃん!」

 恵留の叫んだ声が、アンジュ先輩と重なった。扉の向こうで屈み込んでいる黒髪の少年が、素早くこちらに筒状のものを向ける。銃だ、と気付くと、覗き込んだ訓練生たちが怯えたように(ざわ)めいた。

 あれがダーク? 恐怖に足が竦みながらも、恵留は少々拍子抜けした。目つきは悪いし背も高いが、意外と普通の少年のように見える。

「あっ、祐二君」

 カエラが呟く。ダークの足元に視線を向けると、そこに祐二が、目を閉じて仰向けに倒れていた。

「祐二、スペルプリマーから降りた瞬間急に倒れちゃったんです。体にも精神にも負担が掛かったのかな、って思ったんですけど……ここからじゃ、どんな戦闘をしたのかも分からなかったし……」

 千花菜が、不安そうに格納庫の中をちらちらと窺いながら言う。アンジュ先輩は彼女の頭を撫でると、中に足を踏み入れる。

 ダークは膝を擦るようにして祐二から離れながら、近づいていくアンジュ先輩に銃口を向ける。が、左手で仲間を押し留めながら、発砲しようとはしなかった。

「恵留、カエラ」

「千花菜ちゃん……」

 恵留は、千花菜の両腕をぎゅっと掴む。

「大丈夫だった? あいつらに変な事、されてない?」

「大丈夫よ、恵留。でも、あいつら祐二の事、問い詰めようとしてる。彼が助けてくれたのにね」

 千花菜は、自分たちを(いざな)うようにして戻っていく。恵留やカエラ、他の訓練生たちは、彼女に続いて格納庫内に足を踏み入れた。

「天井高いな……」

「五階のこの上がブリッジだろ? 四階は吹き抜けなのか」

「スペルプリマーって、どんなもんなんだろう」

 皆、ダークたちの事も忘れたように辺りを見回す。恵留も視線をきょろきょろと動かし、そして()()が目に入ると、ぎょっとして足が縺れかけた。

「すっげえ……」

「ロボットじゃねえか!」

 壁際に、巨大な人型ロボットが五機、並んでいた。どれも黒いが、中の一機はパーツの接合部が赤く光っている。

「祐二君、これを動かしたの?」

「そうそう。何で操縦方法知ってるのかは分からないけど……分からないと言えば、この赤いのが祐二の動かしたやつなんだけどね、最初はこれも真っ黒だったのよ。何で染まったんだろうね?」

 千花菜が言った時、突然アンジュ先輩が「きゃっ」と叫んだ。

 咄嗟に見ると、祐二ががばりと体を起こし、アンジュ先輩に頭突きしそうになっていた。ダークの気配が強張ったが、すぐにまた弛緩する。

「先輩……?」

「大丈夫、祐二君? 怪我はない? 何処か、体に異変は?」

「いえ……特には。でも、一体何が……」

「戻ってきてすぐに倒れちゃったのよ、祐二」

 千花菜が彼に駆け寄る。ダークが銃口を先輩から彼女に移し、彼女は「危ないからそれしまって」と簡潔に言った。本当に動じないな、と恵留は感心する。

「何があったの? まさか、戦闘で無茶したとか……いや、やっている事は最初から無茶だったと思うけど」

「ごめん、千花菜。やった事は、決して無理をした訳じゃないんだ」

「どういう事?」

「無理に頭を回転させたとか、そういう感じはなかった。乗った瞬間、やるべき事が全部頭に入ってきて……その通りにやろうとしたら、体が動いていた」

 祐二の言う事はよく分からなかったが、サバイユと呼ばれた少年が肯いた。

「エナジードリンクみたいなものだろ」

「どういう事?」アンジュ先輩が、彼の方を向く。

「疲労をツケ払いにしたんだ。戦闘が終わった後、一気にそれが戻ってきた」

「でもそれは、裏を返せば誰でも操縦が出来るって事じゃないの?」

 ダークギルドの中に居た、双子らしい少女の片方が口を挟んだ。

「頭に動かし方がインプットされて、それで疲れたんでしょ。そして、その疲れはツケ払い」

「いや……」祐二は、頭を押さえながら立ち上がる。「乗るのは慎重にした方がいいかもしれない。最初に警告が出たんだ、『スペルプリマーと』……」

 言いかけた時、彼は不意に口を閉じた。恵留や千花菜、先輩たちやダークを順番に見回し、俯く。

「何なの? 警告って何?」

 千花菜が尋ねた時、突然扉の方から大勢の足音が響いてきた。

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