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『破天のディベルバイス』第1話 地球が終わる日②


          *   *   *


「馬鹿もん! ビブロメーターなしでヴィペラに潜ったりして、俺たちが駆け付けなかったら遭難してお陀仏だったんだぞ!」

 宇宙エレベーター「リーヴァンデイン」の足元に広がるリバブルエリアの発着場で、ヴィペラの中から回収された僕と伊織はまず真っ先に教官ディートリッヒ・シュミット大尉から制裁を喰らった。背が高く堅太りして、その上強面の彼なので、僕たちの肝玉は竦み上がった。

 理由は主に僕だった。半グレ集団とやり合った事や、ビブロメーターを紛失した事よりも、通信手段なしにヴィペラへ潜った事がいちばんの問題だったようだ。

「カメラで視界が確保出来る事を過信してはいかんと、俺は常々言っている。デブリはいつ流れてくるか分からんし、その速さは秒速五十メートルだ。ヒッグスビブロメーターを欠いてそれが察知出来なくては、作業船など木端微塵だぞ! エナジーの問題もある。ヴィペラ中では、警告が出てからでは遅いんだ!」

 何だよもう、と胸の内で呟く。

 確かに、気を抜いたと非難されてもおかしくなかった。ヒッグスビブロメーターというあまりに優秀な索敵・通信手段をごく当たり前に使用していたので、それなくしてヴィペラに潜航するという事の危険への理解が不十分だった。

 実際あの後、僕たちはヴィペラの雲に入り、伊織がパージしたビブロメーターを探している間、油断していつも通りに運転を行っていた。その結果、リーヴァンデイン近くまで来た時、浮遊していたロケットの衛星フェアリングが翼に引っ掛かってしまった。動いたら翼が捥げる可能性があった為、ワイヤーで固定しつつ漂っていたのだが、当然作業船程度のエナジー積載量では活動可能時間にも限界があった。

 ビブロメーターをパージしたのは伊織、ビブロメーターなしで潜ろうと言ったのは僕。お互いに気まずい気持ちで漂っていると、ダークギルドとの交戦中に教官を呼びに行ったティコが、軍用機ケーゼを連れて戻ってきた。

 操縦していたディートリッヒ教官は、周辺にオルト・ベータの反応がない事を怪しみ、撃墜されたのではないかと危懼して潜った。そして僕たちの様子を見、接触通信した結果この話を聞き、安堵と共に雷を落とした。

「帰ったら説教だからな」と言われ、現在がその説教の真っ最中なのだ。

 たらればの話になるが、恐らく僕たちがビブロメーターの固定を諦め、帰投する最中に教官と会っていたとしても、彼は一件を聴いたら紛失の件で怒り散らしたのではないだろうか。

「誠に、慚愧に堪えません……」

 伊織は、潜ろうと言い出したのが僕である事は黙ってただ謝り続けた。そして、こうなった原因が自分の行ったパージにある事を、言い訳としてではなく、さりげない報告口調で教官に伝え続けていた。

「起こってしまった事は仕方ない、以後気を付けるようにな。だが罰として、明日中に、貴様たちの手によってものを回収してこい。ヒッグスビブロメーターは予備を貸してやるから」

「アイ・コピー。心して掛かります」

 相棒が頭を下げるのに倣い、僕も慌てて下げた。教官は僕たち二人の肩を軽く叩くと、そのまま回れ右をして去って行った。


          *   *   *


 教官が養成所の建物内に入っていくと、ティコの傍らで僕たちのお目玉の場を見物していた千花菜と恵留が駆け寄ってきた。

「ご愁傷様」

「殺されるかと思った……訓練の時は『指導』だけど、今回は『叱責』だからな」

 心臓を撫で下ろす伊織の背を、恵留が優しく撫ぜた。背が低く、柔らかな亜麻色の髪と丸眼鏡が印象的な彼女は、彼と並ぶと妹のように見える。「まあまあ、教官だって心配してたんだよ、二人の事」

「まさか俺が怒られる日が来るとはなあ……しかも、こんな早々に」

「ごめん、伊織。僕が変な事言い出さなければ……」

 一応、謝った。説教中の彼の態度が、僕をよりしおらしくしていた。

「祐二が謝る事ねえよ。悪いのはダークの馬鹿野郎だ。あん畜生、今度会ったらぶん殴ってやる」

 伊織は空中に向かってファイティングポーズを取る。思い返せば僕もむらむらと怒りが湧き上がってくるが、出来れば彼らとはもう会いたくない、というのが本音だった。

 僕たち四人は養成所に戻り、更衣室でパイロットスーツから私服に着替えて再び外に集まった。時刻はもう夕方で、そろそろお腹が空いてくる時間だった。天蓋の内側に映し出される空も、鉛丹(えんたん)色へと変わりつつある。

 サンディエゴに作られたこのリバブルエリアは、地球に唯一残された人類の居住地区だった。いや、残されたという言い方は正確ではない。厳密には、一度滅びた地球という惑星に(かろ)うじて蘇らせられた、人類の抵抗運動(レジスタンス)の産物と言うべきだろう。

 小惑星ネメシスの接近──かつて恐竜絶滅説の一つであった「ネメシス説」、未知の小惑星が地球に接近し、毒性の強い雨を降らせたとする学説の典拠となるように起こった「ヴィペラ・クライメート」の後、宇宙連合は死の星と化した地球に降下し、環境の再生を図った。

 半プラズマ状態のヴィペラの雲を除去する(すべ)はなく、百年の間人類はヴィペラとの共存を余儀なくされてきた。当然百年前のこの試みも失敗し、絶え間なく流れる雲の深度が深い場所に進入した船はたちまち難破、沈没。運良く地球に到達出来た者も、作業を行う前に酸素を失い、或いは毒に侵されて死亡した。

 そのような事が繰り返され、当時の地球連合は思い切った方法を採った。

 木星圏の開拓が進み、膨大な資源を得たのをきっかけに、現在の「天蓋」と呼ばれる厚さ二十メートルのドームを持つコラボユニットを作成、大気圏突入の熱にも耐え得るそれを地上に下ろしたのだ。元の大地の上に載せられた、人工の大地リバブルエリア。これが、人類がヴィペラに穿った一点の傷痕だった。

 更に宇宙連合は、衛星軌道に浮かぶ宇宙ステーション「ビードル」とリバブルエリアをカーボンナノチューブで繋ぎ、亜鉛ニッケル合金鍍金(めっき)でコーティングしたそのケーブルに、宇宙戦艦の艦体にも使われる素材から成る”籠”を取り付けた。これは取り外しが可能であり、ケーブルは船などを籠に見立てて付ければ、それだけでも上げ下ろし出来るようになっている。天蓋の頭頂部、天元からヴィペラの雲の海面までにトンネルを作り、エリア内へのヴィペラ流入を阻止した上で開口部を設けた。

 これが、ユニット群と地球を、人間から宇宙船までを載せて往還する事の出来るリーヴァンデインの始まりだった。

 宇宙連合は現在、リーヴァンデイン直下の養成所で”抑止力”としての軍隊「護星機士団」を育成しながら、地表を不可住帯にしているヴィペラを取り除く為に日夜研究を行っている。

 人口爆発という、二十一世紀から囁かれつつも解決策の見(いだ)せなかった問題に、絵空事だった宇宙移民は遂に対策として決行され、それに伴い国連は急拡大した人類生存圏を統治すべく世界規模の統一国家を構築せざるを得なかった。その結果が宇宙連合だ。

 その為、軍隊の存在意義は治安維持、各リージョン──「ユニット」は街のようなものであり、それらの集合である「リージョン」が国のような扱いとなる。リージョン名は数字であり、ユニット名はリージョン名の数字、プラスユニット番号で表される。僕の出身であるユニット五・七は、リージョン五に属する七番目のユニット、という意味だ──の連合政府への反乱を阻止するものとなっている。故に今まで護星機士という武力は行使された事がなかったが、近年になって急にその養成が急務となった。その理由が、宗教的過激派組織の出現だ。

 ラトリア・ルミレース。

 火星圏のリージョン九、太陽から最も離れたユニット九・八に星導師オーズと名乗る人物が現れ、宇宙生命と交信して「天啓」を受けたと発言した事から発生した新興宗教。

 陸に上がる事で生命は進化し、食物連鎖の頂点に君臨した人類はそれが止まった、しかし宇宙という新たな環境に進出した人類は、宇宙に生きる地球外生命と交信するという能力を得つつある、オーズはその”第一人者(ヴァンガード)”であり、宇宙人から新たな人類の故郷へと招かれた、というのがその主張だった。要するに、最早人類はヴィペラにより侵食された地球にしがみ付く必要はない、新天地を目指そう、という運動だ。

 これは、宇宙連合への反抗を意味していた。

 宇宙は、地球のように環境が安定している訳ではない。

 彼らの発生した火星圏は、気圧が地球の百六十分の一であり、最高気温は三十度、最低気温はマイナス百四十度という寒冷の環境で、赤道上での昼夜間の気温変化は百度以上ある。ユニット内で作物の管理をする為にも、太陽光を中心とする天然のエネルギーが(ほとん)ど使えないので費用が地球圏より圧倒的に嵩む。そのような中、財政を百年間地球の再生に傾け続け、それで居ながら太陽系全域を支配し続ける宇宙連合は、一部の反体制的な運動の萌芽を育んでいた。

 三年前の今頃、二五九六年五月、ラトリア・ルミレースがリージョン九の駐在護星機士団基地を強襲し、戦術機を奪うという事件が発生。彼らはその成果を基に、独自の技術で戦闘機や戦艦を作り、本格的な抗争を開始した。

 オーズの宣言は、宇宙連合総本部「ボストーク」の制圧。しかし、宇宙連合軍の抗戦によって現在でも月軌道まで過激派は接近していない。宇宙飛行の資格を取得した僕たちにはまだ、一年間の訓練期間がある。宇宙に”絶対”という言葉は通用しないが、少なくとも過激派によって機体を爆散させられ、肉体を粉砕されて死ぬという事はない。

 ファミレスを目指して、人工の夕焼けを浴びながら歩く僕の隣に、伊織、千花菜、恵留。戦場でも穏やかに生きられるように、僕は今、精一杯にこの日常を守ろうと思っている。願わくばこの一年の間に紛争が終わって欲しいが、その願いは叶わないのだろうか。

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