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『破天のディベルバイス』第21話 明滅する宇宙⑥

 ⑥渡海祐二


 グリニッジ標準時、午後十時四十分。

 コックピット内で待機したままの僕の心を今か今かと急き立てていたその放送が、遂にスピーカーから流れ出した。

『イカルス地表に、デスグラシア出現! ブラックバリア展開中、エインヘリャル発艦を確認! 総員戦闘配置に就いて! 実戦に参加しない者は、部屋の中から出ないように!』

 やはり、半日も経たないうちに位置を特定された。一号機の応急修理やビームマシンガンの整備は終わったが、戦闘は一回目よりも厳しくなると想定される。五号機は敗れ、皆の疲弊も顕著になっている。その上、射撃組で上位だった生徒たちが皆負傷してしまったのだ。対して、デスグラシア側は船本体にもエインヘリャルにも、そこまでの損害は与えられていない。

 僕がエインヘリャルと渡り合う事が出来たのは、向こうの機体にアンジュ先輩が居り、荒れ狂うそれを(かろ)うじて制御してくれていたからだ。彼女はエインヘリャルⅠからの重力干渉が激しく、シェアリングを解除する事も出来ない、と言っていた。恐らく時間経過と共にその”侵食”が進んでいるのなら、もう彼女の支援を宛てにする事は出来ない。

 敢えて救いを挙げるとすると、まずはエインヘリャル以外の敵戦力が半分以下に減っている事だ。戦闘機部隊の全てがメタラプターだった事、月面で既にセントー司令官との決戦が始まっている事から、デスグラシアには恐らくブリークスの腹心たちしか乗っていないのだろう。先刻以上の敵は、まず現れないと判断していい。

 もう一つは、射撃組の生徒たちが尚も機銃室で戦うと言ってくれた事。皆負傷し、左舷の機銃はほぼ壊滅状態だが、それでも彼らは、船を守る為に危険な役目を引き受けてくれた。

(僕の役目は……)

 操縦桿を握りつつ、脳内で手順を再確認していると、伊織から通信が入った。

『祐二、作戦については説明した通りだ。まずデスグラシアに生じる、ブラックバリアを展開出来ない穴。カメラの映像や、無線のやり取りに使うものだろう。あそこを目掛けて、スペルプリマー二号機をぶつける。単純な攻撃じゃ周囲の重力に引かれて曲がってしまうが、広範囲の爆発なら何割かは船本体に攻撃を届かせる事が出来る。自爆用プログラムは、既にウェーバー先輩が二号機にインストールしておいた。カエラが同化された以上、お前がシェアリングで機体を操る事は可能なはずだ。……頼んだぞ』

「……アイ・コピー」

 同化されたカエラの件を幸運のように言うのには多少引っ掛かるものがあったが、デスグラシアを攻略するには伊織のこの方法以外にないだろう。穴さえ開いてしまえば、その部分にバリアを展開する事は出来ないのだから、内部に攻撃を仕掛ける方法など幾らでもある。

 ネックは、やはりエインヘリャルだ。Ⅱの機体にアンジュ先輩が乗っている事は、まだ伊織には話していない。作戦遂行前に、どうしても僕の手で先輩を救出せねばならないのだ。

(僕がやらなきゃ、駄目なんだ)

 意志を固め、カタパルトデッキに向かって歩き出そうとした時だった。

 突然、タブレットに『BOGIが感覚共有(シェアリング)を求めています』という例のメッセージが現れ、壁際に立っていた二号機が僕より先に前進を始めた。僕はまだ、シェアリングすら開始していない。

「お、おい……」

『どうした、祐二?』伊織が回線越しに呼び掛けてくる。

 二号機はデッキに足を進めると、カタパルトを使わず、ジェット噴射のみで飛び上がった。真上のブリッジからその様子が見えたらしく、クルーたちの(ざわ)めく声が聞こえてくる。

『祐二、まだ……』「僕じゃないよ!」

 混乱しつつも答え、僕は急いでその後を追う。地平線の彼方から、エインヘリャルを先頭に数機のメタラプターが接近してくるのが見え、緊張が走る。このような時に余計なトラブルは起こらないでくれ、と思った。

 そしてそれは、トラブルでは済まない事態となった。

 二号機はブリッジの上部まで上昇すると、(おもむ)ろにグラビティアローを抜いた。弓弦を引き、重力操作を開始しつつエナジーの矢を生成し始めたのだ。

『おい祐二、どういう事だ!?』

 クルーたちの声が戸惑いから恐慌へと変化し、伊織が怒声を上げる。今度は、僕もそれに答える余裕はなかった。ジェット噴射で飛び上がり、二号機の腰部にタックルする。

 衝撃が走った瞬間、二号機はゆっくりと後傾した。ブリッジに向かって射出されようとしていた矢は、大きく狙いを外れて空の彼方へ消える。僕は二号機の右手首を拘束し、弓弦を引けないようにしつつ、機体を押してディベルバイスから引き離そうと試みた。

「カエラ! カエラなのか? 何で……そこまでするんだよ?」

 狂ったような笑い声を上げながら、僕を葬り去ろうとした彼女の事を思い出し、僕は胸の奥に鋭い疼きが走るのを感じた。カエラの呪縛は、やはり消えてなどいなかったのだ。彼女の怨念は、同化によって二号機にトレースされていた。

 二号機に宿っている彼女は脳回路だけの存在で、彼女自身の魂などではない。それでも、僕や伊織の採ろうとしていた策は、やはり身勝手なものだったのだろうか。これはカエラの遺した、最大の負の遺産。それはやはり、僕たちの手に負えるものではなかったのか。

 シェアリングをしていない二号機からは、無論カエラの返答など返ってこない。僕は歯を食い縛り、少しでも機体を船から遠ざけようとした。

 その時、地平線からこちらに接近していたエインヘリャルがレーザー砲を放ってきた。舌打ちし、二号機を抱えたまま機体を斜めに傾ける。加速を掛け、敵方と制空圏が交錯するや否や二号機を押し出す。

「カエラ! 君の標的は僕だろう、ディベルバイスを狙うな!」

 声がシステム上の彼女に届くはずもないだろうが、僕は声の限りに叫んだ。二号機は旋回し、上空からグラビティアローを射る。それはエインヘリャルの射出したレーザーの奔流へと落下し、重力干渉により流れに大きな穴を穿った。

「アンジュ先輩!」

 僕は、エインヘリャルへと飛翔しながら叫ぶ。後方からケーゼ二機も接近して、敵スペルプリマーに続いてきた戦闘機群に機銃を放ち始めた。……今の整備状況だと、多数の部位欠損、及び修復不能な損傷を負った一号機よりも、彼らの方が持ち堪えてくれる可能性が高いかもしれない。僕は、敵戦闘機との交戦をケーゼたちに任せ、上昇を続けた。

「アンジュ先輩、接触回線を!」

 僕はエインヘリャルへと組み付き、振り落とされないようしがみつきながら呼び掛けた。すぐに、アンジュ先輩の声が返ってくる。

『さっきの二号機、カエラちゃん? どうして、あなたに攻撃なんか……』

「いいえ、先輩」僕は、一言ずつはっきりと言った。「カエラは、死にました」

『そう、なの……』

 彼女が胸を押さえる様子が、目に見えるようだった。

 同化について、先輩が何処まで掴んでいるのかは分からない。だが、彼女はそれから説明を求めたりせず、声を切り替えて早口で言ってきた。

『祐二君。エインヘリャルⅠに乗っているのは、やっぱり私の同期生なの。リージョン五駐在部隊のベルクリ、火星圏で戦ったナウトゥのパイロットよ』

「ナウトゥの……!?」

『でも、もう敵じゃないわ。彼は、ブリークスの隠蔽していた事実に気付いたの。だけど、またブリークスに利用されて……今、Ⅰの中に閉じ込められているのよ。私たちは今……コンピューターウイルスに機体を乗っ取られている』

『おい、スヴェルドのパイロット!』

 アンジュ先輩に続けるように、別の若い男の声も聞こえてくる。咄嗟に「はい!」と返事をしながら、彼がベルクリという先輩だろうか、と思った。

『お前たちがガリバルダを殺した事も、俺がお前たちの仲間を殺した事も、今だけは何も言い合わないようにしよう。今は、伝えるべき事の方が大事だ。

 よく聴いてくれ、大佐を殺しちゃ駄目だ! 彼は自分の心臓が止まった時、リージョン五の駐在部隊を爆殺するように仕組んでいる。デスグラシアに穴を開けて、中で直接大佐を生け捕りにしろ。この機体は……』

「待っていて下さい、先輩方!」

 僕は声を上げ、重力刀を振り被る。ハッチが動かないという双方のコックピットを切り出そうとしたが、その時エインヘリャルはまたレーザーを照射した。一号機は脚部を貫かれ、火花を散らせ始める。僕は瞬時に危険を察知し、エインヘリャルに組み付いたまま損傷した左脚部をパージ、放出する。

 今の攻撃で、機体に脳を絞られたのだろう、アンジュ先輩、ベルクリ先輩は同時に悲鳴を上げた。一号機の左脚は後方へと飛んで行き、爆散する。

 僕は、台詞の続きを口にした。

「二人とも、絶対にそこから助け出しますから!」

『俺たちの事はいいんだ!』

 ベルクリ先輩は叫んだ。

『えっと……祐二っていったか? 話にはまだ続きがある。……俺たちは、ウイルスが機体を完全に冒し尽くす前に、暴走が起こる前にエインヘリャルを処分する。デスグラシアが纏っているワームバリアの向こうに、この機体を投棄するんだ』

「ええっ!?」

 ワームバリア、僕たちがブラックバリアと呼んだ、あの黒い膜の向こう。フリュム船がマイクロブラックホールを用いた空間転移を可能とするのは、船の形状を保ち得る重力を中で発生させているからだ。スペルプリマーに、フリュム船本体に匹敵する重力出力など、捻出出来るはずがない。たとえ、一瞬通り過ぎるだけに過ぎないとしても。

 だが、僕が何かを言う前にアンジュ先輩は再び口を開いた。

『お願い、やらせて! こうして外に居る祐二君と会話出来るのも、今のうちだけなの。ベルクリはさっきまで、システムの汚染で昏睡までしていたのよ。またいつ、私たちがそうなるか分からない。昏睡しなかったら……脳を電池みたいに絞られ続けた状態で、エインヘリャルが皆を殺戮する様子を見る事になる。そんな惨い事、させないでよ』

「先輩……」

『頼りないリーダーだったわよね、私……ジェイソンから、成り行きとはいえ指揮を奪っておいて、ニルバナでは皆を失望させちゃって。その後も、ダーク君への気持ちを優先して、皆に危険な戦いを強いて。挙句に、ウェーバーに殺されかけるまでしちゃった』

 自虐的なアンジュ先輩の言葉に、僕はぐっと歯噛みする。そういえばウェーバー先輩も、先の戦闘でブリッジを出て行った後行方不明になったといわれていたな、と思い出した。

『だから……私に一つくらい、皆の為になる事をさせて。今度は絶対に、私はあなたたちを裏切らないから!』

 アンジュ先輩が言い終わるか終わらないかのうちに、エインヘリャルから距離を取っていた二号機が、またグラビティアローを撃ってきた。一号機とエインヘリャルがまとめて串刺しにされる、と思い、僕は咄嗟に機体から手を離した。アンジュ先輩たちを抱えたまま、上昇するのは不可能と思われた。

 刹那、エインヘリャルが赤黒い光の渦を立ち昇らせた。あたかも、カエラが命を落とした時のように。不吉な予感が込み上げた時、二号機の放った矢はその光に呑み込まれ、ゆっくりと四散した。

 先輩方、と呼び掛けようとした時、エインヘリャルが赤黒い光を纏ったまま、二号機に突進を掛けた。接合部の紫色の光が、どす黒く染まっている。敵機はそのままレーザー砲を放ち、再び矢を(つが)え始めている二号機の右腕を吹き飛ばした。

 二号機は弓をぽいと捨て、残った左腕を手刀のような形で構える。エインヘリャルはⅠの機体を大きく開き、それを受け止める姿勢に入る。どうやら二号機は、この敵を倒さない限り僕に手出しは出来ないと思ったらしい。

「伊織!」

 僕は、ヒッグス通信でブリッジに居る彼に呼び掛けた。

『祐二か、どうした? 二号機は暴走したのか?』

「カエラだよ。機体にトレースされた彼女の脳回路が、前みたいに僕を狙っているんだ。作戦の続行は困難だと思う」

『……そうか』

 伊織は悔しそうに、だが叫び出したい気持ちを懸命に抑えるかのように声を絞り出すと、黙り込んだ。数秒の間を空け、考えをまとめたらしく、新しい指示を出してくる。

『分かった、デスグラシアに穴を穿つのは難しい訳だな。そっちには、前みたいに敵船が艦砲射撃を行い、バリアを解除したタイミングでメタラプターでもぶつける事にしよう。二号機は……自爆プログラムが健在だ。今見ている様子だと、どうやらエインヘリャルと肉弾戦を行っているらしいな。これはチャンスだ、祐二、二号機とシェアリングして、エインヘリャル諸共自爆させろ』

 彼は、有無を言わせぬ口調で命じてきた。

『二号機もエインヘリャルも、危険極まりない機体だ。どちらも徹底的に破壊するんだ。いいな?』

「伊織……」

 僕は、五号機を破壊された時、伊織が何かに怯えるように絶叫していた事を思い出す。アンジュ先輩の言う「コンピューターウイルス」に何らかの干渉を受けたのかもしれないが、彼は何処かむきになっているようだった。

 ちらりと視線を動かし、まさにぶつかり合おうとしているスペルプリマーたちを見る。どちらも、操縦しているのが最早生身のヒトではないという事に、言い難い気持ち悪さを感じた。

 先輩たちを、自爆などに巻き込ませる訳には行かない。僕は反論を試みた。

「シェアリングは、二号機本体と行うものじゃない。カエラの脳回路とするんだ。シェアリング状態で二号機を自爆させたら、僕に存在の消滅、死の瞬間の感覚が共有されてしまう。そんな事になったら、一号機での戦闘継続は不可能……」

『いいからやれ!』

 伊織の怒声に遮られ、僕はびくりと震えた。

『あいつ諸共、エインヘリャルを消すんだ! さっさと!』

 僕はその剣幕に驚きながらも、「あいつ?」と尋ねる。伊織はそこでまた数秒間口を閉ざし、

『エインヘリャルに乗っているモデュラスの事だ』

 と言い訳がましく言った。

 僕は、ここで伊織の指示に従わないという選択を採れば、彼に制裁を喰らいかねないような気持ちになっていた。一体彼が先の戦闘で何を経験したのか、気になる事は気になったが、それを追及している場合ではない。

「……アイ・コピー」

 答えながら僕は、まだ先輩たちはエインヘリャルを動かす事が出来るのだろうか、と考えた。彼らはエインヘリャルを、デスグラシアのバリアへと投棄するつもりだと言った。ならば、僕がわざわざ二号機を自爆させ、破壊する必要はない。だが、もしも彼らの操縦が既に効かなくなっていたら。

 僕は、伊織の指示に従うしかないという事なのか。自分の精神に過剰な負荷を掛けるつもりでする事が、先輩たちを殺す事だというのか。

 ふざけるな、と思った時、体の中である種の衝動が爆発したのを感じた。激しい感情が脳から絞り出され、重力となって機体に流れ込んでいくような気がする。久々に見る『アクティブゾーンに突入しました』というメッセージが、タブレット画面に浮かんだ。

(僕の選択は……!)

 そう思いかけた瞬間だった。

 二号機の手刀による突きが、ベルクリ先輩の搭乗しているⅠのコックピットにぐさりと刺さった。それを合図にしたように、エインヘリャルの砲口という砲口から、一斉にレーザー光線が放たれる。

 四方八方を薙ぐように放出されたそれは、コックピットに突き刺さった二号機の左腕を切断し、僕の方にも一筋が向かって来た。あっと声を上げる間もなく、コックピットの正面モニターに斜めの亀裂が走る。裂け目から液晶が漏れ出し、光線は僕の肩に挿されたコネクタを切断して背後に抜け、周囲にある機械という機械からバチバチと火花が散った。

「うわあああっ!」

 制御系をやられたらしく、タブレット画面のメッセージが消える。全方向のモニターも暗転し、ブリッジとの通信も途絶する。一号機は大破した状態のまま、イカルスの地表に叩き付けられた。

 僕には気を失う事すら、許されなかった。

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