『破天のディベルバイス』第21話 明滅する宇宙②
②渡海祐二
ディベルバイスが、メタラプターによって断続的な爆撃を受けた。
僕は先程から戦場で発生する現象に、モデュラスとしての脳を以てしても理解が追い着かなかった。エインヘリャルの存在、ディベルバイスがかつてないダメージを受けつつある事、そして何より……常闇のデスグラシアというこのフリュム船に、攻撃が通用しなかった事。
「ブリッジ、聞こえますか? 応答して! 被害状況を!」
僕は、無線機に向かって必死に声を放つ。これ以上エインヘリャルに船へ攻撃される事を防ぐべく、懸命に重力刀を突き出して敵を追い立てようとする。
衝撃に耐えていたのか、ブリッジクルーたちからの応答は暫しなかった。だが、続いてもう一度呼び掛けようとした時、男子生徒の一人が応じた。
『機銃室に居るグレーテから、射撃組の被害が届いた。……まず、死者は出ていないみたいだ。でも、ビームマシンガンが結構破壊されたみたいで、その破片で顔を切ったり、スパークで目をやられた連中が結構居るらしい。外壁へのダメージは幸い、大した事はない。損壊が酷い個所を調べたけど、居住区画からは外れているみたいだったしな。でも……』
『船内に、敵の侵入を許しちまった』
別の生徒が、後を引き継いで言った。僕は、ぐっと拳を握り締める。
『今、ウェーバー先輩がブリッジに居ないんだ。神稲の活動が続行可能かどうか、直接見に行っている。敵と鉢合わせないといいんだけど……』
「先輩は……」
僕は、先程エインヘリャルⅡの中に居るアンジュ先輩から聞いた事を思い出し、口を噤んだ。ウェーバー先輩が、伊織に彼女を殺害させようとした。彼には何か思惑があるらしい。それを言うべきか、言わざるべきかで葛藤した。
もし、彼を戦闘中にこのまま放置したら、何かが起こるのだろうか。伊織が戦闘不能になった時、ウェーバー先輩は何を思って彼の元に向かったのか。今、ブリッジに居る生徒に不確定情報を与えるのは危険だ、と判断した。また、アンジュ先輩が今ここに居る事も明かせない。ウェーバー先輩が思惑を秘めていた場合、また彼女が危険に晒されるかもしれないのだ。
(だけど……!)
僕は、歯痒さに操縦桿を握る手が震えた。
このまま合体した状態のエインヘリャルをディベルバイスが撃滅する事だけは、避けねばならない。だが、ブリッジクルーたちに真実を伝えない限り、敵機への攻撃は続行されるだろう。幸い、目下船外で戦闘を行っているのは僕だけだ。可及的速やかに、アンジュ先輩を救出しなければ。
『……あれ?』
一人の生徒が、悲鳴に近い狼狽の声を上げる。僕は重力刀を振るいながら、「どうしたの?」と早口で尋ねた。
『ウェーバー先輩と……通信が途絶した。回線が切られている……まさか、侵入者にやられたんじゃないよな……?』
『どうしよう、指揮は……』
クルーたちの間に、動揺の騒めきが駆け巡る。が、その時、
『皆、諦めちゃ駄目!』
機銃室に居るグレーテから、一号機とブリッジ双方に通信が届いた。
『船の損傷は酷いし、神稲君とウェーバー先輩どっちも今は頼れる状態じゃない。それに、デスグラシアに攻撃は効かない。このまま戦っても、私たちが追い込まれるだけよ。一旦、ワームピアサーで近くの小惑星に移動して立て直しましょう。こっちの居場所を感知される以上、向こうも追って来るだろうけど……負傷者の処置や、メンテナンスをする時間くらいは稼げる』
「……そうだね」
僕は、刹那の迷いは経たが、素早く頭を回して肯いた。僕の動きが鈍った隙を突いて、反撃に転じようとするエインヘリャルを機体正面に捉える。このままアンジュ先輩を放置する事は躊躇われる。が、それよりまずは船の安全を優先せねば。
──アンジュ先輩は、スペルプリマーの重力発生機構として利用されているのだ。ここで僕たちが立ち去ったからといって、ブリークスに帰投するように命令され、機体を停止させたとしても、すぐに殺されるような事はないはずだ。
(先輩……すみません)
僕は、飛び掛かってくるエインヘリャルを誘導するように上昇し、ディベルバイスの砲台の傍に寄る。重力バリアを広げながら、黒い膜を部分的に解除し、こちらと同じくビームマシンガンの砲台を露出させているデスグラシアへと突進する。
僕の誘いに乗り、エインヘリャルはまたレーザー砲を放ってきた。僕が回避し、それはデスグラシアの外壁に当たるかと思われたが、敵船が再び膜を再生させると先程と同様に吸収された。
段々、僕にも分かってきた。デスグラシアは、フリュム船がワープする時に発生させるマイクロブラックホールに近い、異常重力を船の表面に纏っている。それで居ながら、船本体から斥力を発生させ、自らが圧潰するのを防いでいるのだ。故に、光情報が遮断されてこちらからは見えなくなっている。攻撃や光、熱、理論的には接近した機動兵器をも吸収し、事象の地平面へと排除するようだ。
向こうからもこちらは見えないはずだが、よく見ると局所的に、黒い膜が途切れている部分がある。恐らくあの辺りがカメラや無線用の電信装置となっており、外部の様子を掴んでいるのだろう。
唯一こちらから攻撃出来るのはあの部分か、と思った。しかし、異常重力は接近したものを引き寄せる。斥力を働かせているあの装置本体は大丈夫だろうが、そこまで到達する前に、攻撃は屈折して吸収される。やはり、膜をどうにかして排除しない限り、こちらから攻撃する事は不可能なようだ。
『渡海、ワープの準備が整った! 速やかに帰投しろ!』
ブリッジクルーから通信が届く。僕は振り向き、鳥葬に付されてでもいるかのように戦闘機の群がるディベルバイスを見た。爆撃は絶え間なく船を襲い、パーティクルフィールドで辛うじて防がれているようだが、もうあの辺りで熱転換出来る粒子も少なくなっているだろう。
「アイ・コピー」
答え、ブリッジの方に回る。カタパルトデッキに着艦すると、「格納庫開けて!」と声を張り上げた。
格納庫のシャッターがゆっくりと上がり、僕がその中に入って行こうとした時、追尾してきたエインヘリャルがブリッジ上部に姿を現した。しまった、と思った瞬間、Ⅰの局所に装備されたレーザーの砲口に光が集まり始める。
──直撃すれば、ブリッジは吹き飛ぶ。
僕は絶望的な気持ちになったが、それでも声を上げた。
「ワームピアサー、起動して! 早く!」
『渡海、まだ船内に入ってねえだろ!』
「僕なら間に合う! 発射される前に早くするんだ!」
僕の剣幕に面食らったらしく、クルーたちがワームピアサーを起動したらしい。船体が震え出し、赤黒い光を放ち始める。エインヘリャルが一際強く発光し、間に合わないか、と誰もが思ったはずのその時だった。
敵機が、小刻みに震動しながら前傾し、レーザー砲が発射された瞬間にその軌道を逸らした。真っ白い光の渦がカタパルトデッキに打ちつけ、今まで繰り返し攻撃を受けていたそれを消し飛ばす。だが、僕が入りきった格納庫に衝撃波は襲って来たものの、ブリッジにも一号機本体にも、それが当たる事はなかった。
僕はその理由を察し、心の中で呟いた。
(ありがとうございます、アンジュ先輩……)
『行き先、アポロ群、地球近傍小惑星イカルス!』
誰かの声が響き、外が暗転すると同時にシャッターが下りた。