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『破天のディベルバイス』第20話 絶望の王⑧

 ⑧渡海祐二


 伊織の五号機が大破し、戦闘不能となった。アイリッシュたちが、ダメージを受けながらも(かろ)うじて残ったコックピットブロックをアームで掴み、船の方へ引き返して行くのを見届けると、僕の孤独な闘争は始まった。

 メタラプターたちの多くを、既にディベルバイスに向かわせてしまった。ウェーバー先輩は、戦闘機の攻撃であればパーティクルフィールドのみで防ぐ事も可能だ、と言い、射撃組も再びスタンバらせると告げたが、今はそれを信じるしかない。エインヘリャルの攻撃は、ただでさえ損耗しているこちらの機体を増々摩滅させ、今にも崩壊させるのではないか、と思われた。これを、ディベルバイスに浴びせる訳には行かない。

『渡海さん、神稲さんの状態が分かりました』

 ウェーバー先輩から、僕個人に通信が入った。僕は慌てて無線機にちらりと視線を向け、「はい」と答える。

『意識を失っていますが、外傷はなく命は無事のようです。しかし、機体をやられた以上戦闘に復帰は出来そうにありません。我々は短期決戦を目標とし、艦首レーザー重砲によるデスグラシアへの狙撃を実施します』

「はい」短く答え、先を促す。

『エインヘリャルを、無理に倒す必要はありません。我々が敵船を沈める間、(しば)らく注意を引きつけ、ディベルバイスから引き離して下さい。その後に関しては、私の方で次のプランを用意しておきます』

「次のプラン……ですか?」

『今説明している時間はありません。その時になったら、作戦を実行する誰かにお話しします。あなたかもしれないし、他の誰かかもしれない。今のあなたには、敵を引き離して貰うだけで構いません』

 ウェーバー先輩に言い切られ、僕は「アイ・コピー」と答えるしかない。と、同時にエインヘリャルが再び上空から飛び掛かって来た。

 僕は重力刀を抜き、接近してきた敵機を浅く切り裂きつつ後退する。エインヘリャルは再び弾丸を連射してきたが、途中でその動きが鈍り、機体が軋みつつ反転を始めた。

 先程までは見えなかった裏側が見えた時、僕はぎょっとすると同時に、心の何処かで納得を感じた。

 人型をしたスペルプリマーの裏側に、もう一機人型の機体が付着している。どうやらエインヘリャルは一機のスペルプリマーではなく、二機が合体していたらしい。どうりで、重力出力が桁違いだった訳だ。

 そのもう一機の人型が、今まで僕たちが見ていた機体の肩部に接続していた腕を外し、こちらに伸ばしてくる。僕は慌てて避けようとしたが、直後に射撃を受けそうになり、それを回避しようと動きを止めた瞬間に片足を掴まれた。

「こいつ……!」

 叫びかけた時、接触回線を通じて思いがけない声が届いた。

『渡海祐二君!』

 その声に、僕は心臓がひゅっと竦むのを感じた。

「アンジュ……先輩……?」

 思わず声が漏れ、自分のその発言で我に返る。僕は咄嗟にディベルバイスとの回線を遮断し、彼女に向かって叫んだ。

「アンジュ先輩、どうしてそんな所に!? ずっと、船の中で監禁されていたはずじゃ……いや、そもそもあなたは本当に、アンジュ先輩なんですか?」

『祐二君、私はアンジュよ、本当の。昨日の午後からずっと、私はディベルバイスに居なかったの。今日の午前中も……ラトリア・ルミレースの、ノイエ・ヴェルトに居たわ』

「ノイエ・ヴェルトに?」

 僕は、自分の耳を疑う。その時エインヘリャルが再び回転しようとし、アンジュ先輩の乗っているらしい方の機体が向こうを向きかけ、僕は重力刀を鞘に納めて彼女の機体をがしりと掴んだ。

「何で、そんな事になるんですか? デスグラシアのスペルプリマーにまで……また僕たちを裏切ったんですか!」

『違うわ、祐二君! 私、昨日は嵌められたのよ。四号機に乗ったら、ダーク君と話せるかもしれないって言われて……それで、伊織君に討たれそうになったの。機体を脱出したのは良かったんだけど、そこで船に戻れなくなって……ラトリア・ルミレースのジウスド級戦艦に取り縋って、そのままエロスに運ばれたの。地表で落ちた後、星導師オーズに助けられて』

「嵌められた? 四号機に乗っていたって……」

 僕は、昨日の戦闘を思い出してはっとした。突如ディベルバイスから発艦し、戦場に突入しようとした四号機。あの時伊織の様子は、何処かおかしかった。

「誰が、そんな事を?」

『ウェーバーよ。何で、伊織君にあんな事をさせようとしたのかは分からない。だけど、彼を陥れようとした事は間違いない。……祐二君。私ね、伊織君のやろうとしている事、分かっちゃった』

「えっ?」

 彼女の言葉に、僕はつい返答を忘れた。

『ノイエ・ヴェルトは沈んで、オーズは死んだわ。だけど、私は伊織君を止めなきゃいけない。だって、彼の本来の計画じゃ……』

 その時、一号機の腕から機体を捥ぎ取るようにエインヘリャルが動いた。アンジュ先輩の裏側の機体に乗ったモデュラスが、僕たちの長い話に業を煮やしたらしい。マズい、と僕が判断する間もなく、赤黒い煙を纏った腕が伸びて一号機の胴部に押し当てられた。赤い稲妻のような光がバチバチと音を立てて機体を攻撃し、コックピットから火花が散る。

 僕はつい操縦桿から手を離し、悲鳴を上げて顔を伏せた。隙を突き、エインヘリャルは再び上昇すると、腰の辺りに装備されたレーザー砲にエネルギーを集め始める。撃たれる、と思うか思わないかのうちに、僕は脊髄反射的な速度で一号機を更に高高度に上げた。

 数秒前まで僕の居た空間が焼き払われるのを見つつ、僕は蹴りを繰り出すように一号機の脚を伸ばす。エインヘリャルが頭部をこちらに向けるや否や、その機体の上部に着地し、攻撃を仕掛けてきた機体の腕をホールドした。

「アンジュ先輩、あなたがディベルバイスを出ている理由は分かりました」

 僕は、早口で先輩に言う。手短に用件を済まさねば、また振り落とされて攻撃に晒される事になる、と思った。

「でも、何であなたがエインヘリャルに?」

『オーズが私に、乗るように言ってきたの。エインヘリャルⅡ、今私が乗っている方の機体にね。それで、ディベルバイスを降伏させろって。そうすれば、自分たちが船を保護するからって。私たちと同じように、オーズもフリュム計画とは敵対する立場だから、って……フリュム船の存在が、彼らが破壊すべき対象だからじゃない。オーズもまた、計画に復讐心を抱いている犠牲者……モデュラスだったの。話せば、随分長くなるんだけど……』

「オーズが?」

 どういう事ですか、と聞こうと思ったが、僕は追及を控える事にした。今は、それよりアンジュ先輩が置かれた立場について把握する事が大切だ。

『だから私、今日の午前中までディベルバイスを攻撃するつもりだった。そしたら、急にフリュム船……常闇(とこやみ)のデスグラシアがワープしてきて……ノイエ・ヴェルトを沈めたの。そして、あっちの船に積まれていたエインヘリャルⅠがシェアリングしてきて……私、今制御が(ほとん)ど利かない状態なの』

 僕は、ぐっと押し黙る。アンジュ先輩の口から飛び出すのは思いがけない事ばかりで、何処まで信用していいものなのか、判断がつかなかった。しかし、この状況でアンジュ先輩が噓を()く理由が見当たらなかった。

 ウェーバー先輩が、彼女を嵌めようとしたとは本当だろうか、と、その部分だけはなかなか理解出来なかった。伊織が打ち倒された今、僕たちが真っ先に指示を仰ぐべきはユーゲント出身の彼だ。その彼が何やら思惑を抱えており、信用出来ない、という事は受け入れ難かった。

「……アンジュ先輩」

 僕は、今にもエインヘリャルから離れそうになる足を懸命に踏ん張り、繋ぎ止めながら彼女に言った。

「僕が、そこからあなたを引っ張り出します。あなたが何を掴んだのかは分かりませんが、あった事を全部、後で僕に話して下さい。今、エインヘリャルⅠとはシェアリング中なんですよね? その接続は、切れそうですか?」

『無理よ。画面に、終了する為のボタンが出ていないの。多分、Ⅰから重力干渉を受けているんだと思う……』

「スペルプリマーに乗っているの、またユーゲントなんですよね、きっと……」

 僕は唇を噛んだ。ナウトゥ、レインと交戦し、ジェイソン先輩が衝撃的な事実を告げた後で戦死した事は、無論僕にも聞かされている。エインヘリャルが如何に危険な存在だとしても、あの中にはアンジュ先輩の仲間、同期生が乗っているのだ。そう考えると、どうしても撃墜する事は躊躇われた。

 と、そう思うと共に、僕ははっとして声を上げかけた。

 シェアリングを行っているモデュラスは、相手がアンジュ先輩である事に気が付いていないのだろうか。それともまさか、彼女が乗っている、彼女の仲間がディベルバイスに居ると分かった上で、攻撃を仕掛けてきているのか──。

『祐二君』

 僕の思考を、アンジュ先輩の続けた言葉が遮った。

『今回ばかりは、そうじゃないの。Ⅰの中に居るのは……』

 彼女が言いかけた時、上空からメタラプターが一機こちらに向かって来た。僕が、しまった、と思う間もなく、ミサイルが発射される。重力バリアの展開は間に合わないか、と咄嗟に思い、やむなく一号機をエインヘリャルから引き剝がすように高度を上げる。

 その時、エインヘリャルが予想外の行動を取った。Ⅰの機体が、ミサイルを撃ってきた味方の戦闘機にレーザー砲を照射する。メタラプターは、信じられない、というように一瞬動きを止め、光の奔流へと呑まれて消えた。

(仲間を撃ったのか、このモデュラスは……)

 僕が戦慄していると、背後から機銃の弾が無数に飛来し、一号機の脚部にバチバチと当たった。振り返ると、ディベルバイスがいよいよ、僕が孤軍奮闘する主戦場のすぐ脇を抜け、デスグラシアの後方に回り込もうとしていた。船に攻撃を仕掛けていたメタラプターたちが、思い出したかの如く僕にも射撃を行ってくる。射撃組は早くもポジションに就き、手順を再確認する必要もなくビームマシンガンの発射を開始したらしい。局所的に展開されるパーティクルフィールドの間を縫うように、光線が飛んで戦闘機を貫いていた。

(ディベルバイスが重レーザー砲を撃つまでの間、エインヘリャルをこっちに引きつける……だけど、ウェーバー先輩のプランとかいうものを、発動させてはいけないんじゃないか?)

 アンジュ先輩の話を信じるならば、ウェーバー先輩は伊織に、彼女を手に掛けさせようとした。伊織に対して何らかの事柄に於いて優位に立つ事を狙い、その為に同期生の命を奪う事も厭わなかったのであれば……彼は、また容赦なくユーゲントが乗っていると思われるエインヘリャルを撃墜するだろう。アンジュ先輩が乗っている事など知らないのだから、その可能性は更に高い。

 ウェーバー先輩から何か指示が届く前に、アンジュ先輩をエインヘリャルⅡから救出せねばならない。

 僕がそう思い、(ほぞ)を固めた時だった。

 フリュム船デスグラシアの船尾付近に船首を向けたディベルバイスが、重レーザー砲のチャージを終えたらしかった。僕は、先程回線を切断していた事に気付き、ディベルバイスの砲口が白い光を放ち始めるのを見つつ、無線を回復する。不自然なまでの無音が途絶え、音が戻って来た瞬間にブリッジから届いたのは、

『艦首レーザー重砲、発射!』

 ブリッジクルーの女子生徒が、そう叫んだ声だった。

 一瞬の間が空き、ディベルバイスから極太の光線が放たれた。それは、無防備にこちらへ横腹を向けつつ、回頭を始めようとしていたデスグラシアのエンジン部に向かって伸び、船体を包んだ黒い膜に直撃し──吸収されていった。

(嘘、だろう?)

 デスグラシアは、何事もなかったかのように回頭を続ける。それはディベルバイスの側面に左舷を向けると、その黒い膜を部分解除する。追って来るエインヘリャルから逃れながら僕が見ていると、そこにディベルバイスと同じく、無数の砲身が並んでいるのが見えた。

『重レーザー砲直撃! デスグラシア……健在!?』

『ビームマシンガン、敵船左側より出現!』

 ブリッジから報告が聞こえてくる。僕は「あ……ああ……」とひび割れた呻き声を零し、何とか声を振り絞って通信機に叫んだ。

「射撃組、全員砲台から離れて! 早く!」

 ブリッジの外に居る射撃組の本人たちには届かなかっただろうが、クルーたちが一斉にはっと息を漏らす音が届いた。誰かが、射撃組に指示を出そうとした声も聞こえたが、それより早くデスグラシアが動いた。

 無数の光線が、ディベルバイスに撃ち出された。それは、ディベルバイス左舷の砲身に直撃し、次々と爆散させていく。ブリッジの通信機を経由しても、爆発音や生徒たちの悲鳴はくっきりと耳に届くようだった。

「こんなの……」

 デスグラシアに、攻撃が効かない。その一方で、敵のこの圧倒的な優位性。生徒たちが泣き叫び、苦痛に呻く中、途切れない射撃。

「こんなの、蹂躙じゃないか!」

 僕が叫んだ時、船の上空をまたメタラプターが横切った。ブリッジクルーたちは射撃組に被害情報を尋ね、デスグラシアから再び距離を取ろうとしており、パーティクルフィールドの展開に気が回されていない。僕が警告する間もなく、ディベルバイス後方、展望デッキにミサイルが投下された。

 対艦用ミサイルの爆散により、居住区画へ入る辺りの強化ガラスが砕け散るのが見えた。黒煙が立ち昇る中、爆撃を行ったメタラプターがデッキに降下して行く。コックピットが開き、護星機士と思しき人影が出現した。

「まさか、船の中に……」

 直接攻撃を仕掛けるつもりか。

 僕は考えるより先に、一号機をディベルバイスへと加速させていた。早く撃ち落とさねば、深刻な被害が出る。だが、僕の後方を追尾してくるエインヘリャルが、それを許さなかった。

 エインヘリャルから、光線が射出される。それは、咄嗟に回避行動を取った僕の一号機を掠め、居住区画の外壁に直撃した。

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