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『破天のディベルバイス』第20話 絶望の王⑤

 ⑤渡海祐二


『エマージェンシー! 第四のフリュム船、エロス及びノイエ・ヴェルトを襲撃した模様! 距離約三千キロメートル、船名……デスグラシア』

 船内放送で、突如グレーテの声が響き渡った。僕、伊織はスペルプリマーの格納庫へと走り、それぞれの機体へと乗り込む。伊織は一号機、ブリッジ双方にヒッグス通信を繋ぎ、船内放送の回線に中継するよう指示を出してから、『狼狽(うろた)えるな!』と叫んだ。

『俺たちが生還する為にも、目の前の敵は速やかに排除せねばならない! 俺のプランはまだ終わった訳じゃない、もう(しば)らく付き合って貰う!』

「ねえ、伊織……」

 僕は、この期に及んでも尚その「プラン」の全貌を明かさない伊織に、問いを投げ掛けようとした。だが、伊織は僕が言葉を続ける前に、遮るかの如くこちらに呼び掛けてきた。

『祐二、今回の船も、今までと同じような超常の能力を持っている可能性が高い。だがホライゾンもエルガストルムも、フリュム船に固有に備わっている技術の延長線上にあるような能力を使ってきた。常にあらゆる可能性を考えて、臨機応変に対応していく事を肝に銘じておけよ』

「あ、ああ……」

 問いが、僕の中で雲散霧消していく。伊織の言葉に対して浮かび上がった、そんな事を言われても、という気持ちが問いを塗り潰してしまった。

 タブレットに目を落とすと、向こうのスペルプリマーが近づいたらしく、画面には『EINHERJARが感覚共有(シェアリング)を求めています』と書かれていた。一瞬読み方が分からなかったが、伊織は『エインヘリャル』と呟いた。

『スヴェルドやボギと同じだ。地球、北欧地方の古い言葉が使われている。意味は……死せる戦士たち』

「死せる戦士?」

 何処となく不吉な言葉に、僕は身構える。だが伊織は、

『特段深い意味はないだろう。……まあ、同化が起こったスペルプリマーを見れば、多少は繋がるものを感じてしまうのは否めないけどな』

 何やら気掛かりな言葉を呟くと、シャッターの開いたカタパルトデッキに進み出、発射台に機体の脚部を乗せた。

『神稲伊織、スペルプリマー五号機、出る!』

 僕も、考えるのをやめてそれに続く。ヒッグス信号の分布を見ると、エインヘリャルという名前らしいスペルプリマーに加え、他にも戦闘機部隊が出撃しているようだった。

 さすがに半日前に交戦した過激派船団程ではないが、そもそもフリュム船とそれ以外の機動兵器ではスペックが全く違う。それを条件に含めると、こちらの実戦部隊よりも多い敵が向かって来る事は、やはり厄介な事だった。こちらにはスペルプリマーが二機あるが、ケーゼも二機のみなのだ。

(スペルプリマーを使える僕たちで、敵戦力を削るしかないか……!)

 僕は、重力刀を抜いて敵の先陣を睨む。現れた戦闘機の影は巨大で、思わず頰が引き攣った。

「最初から、メタラプター……?」

『戦艦とやり合うよりはまだマシだ!』

 五号機が僕の前に飛び出し、斧で一機を打ち砕く。編隊はぱっと左右に分かれ、五号機にミサイルを撃ち込もうとした。が、続いてアイリッシュとスカイのケーゼが僕の後ろから追い着き、がら空きのメタラプターの横腹に機銃を浴びせて爆散させる。残った敵機は、悔しげに旋回を開始した。

『祐二! 俺の機体を踏み台にしろ! 敵船に近づくんだ!』

 伊織が叫び、機体を前傾させた。僕は「アイ・コピー」と答え、彼に向かって跳躍する。五号機の肩部を踏み、高度を上げると、伊織は重力操作を行って加速を底上げしてきた。

 戦場の上空に移動すると、眼下に視線を向ける。残ったメタラプターは、五号機とケーゼ二機を取り囲み、波状攻撃を開始しようとしている。だが、戦闘機部隊は更に小惑星に接近した辺りに多くが集まっており、現在では伊織たちとそこまでの戦力差は生じていない。彼らに追い討ちを掛けさせない為にも、僕が第二陣を先に駆逐しておく必要があるようだ。

 僕は、敵の数が損耗した一号機で対応しきれる量なのか測ろうと、視線を更に奥へ移す。その瞬間、雷に打たれたかのように、全身の筋肉が硬直したのを感じた。

(あれって……?)

 フリュム船デスグラシアは、既にエロスを通過したようだった。そこに浮かんでいるのは、途方もなく巨大な漆黒の船影。しかし、船体の色であるはずのそれは、次第に本物の影となって船を包んでいるようだった。船そのものが、光を反射していないのだ。空間の一部が途切れたかのような影の形で、そこに船がある事が確認出来るような状態だった。

 最初、僕は自分の目がおかしくなったのか、と思った。だが、それは確かに影を生じさせていた。黒い液体の如く、光を通さない部分が滲むように広がり、船体を包み込んでいく。

「何なんだ、あれは……」

『どうした、祐二!?』

 僕の独白を回線が拾ったらしく、伊織が短く尋ねてくる。僕がはっとし、次の行動を起こそうとした時、突如メインモニターの画面が暗くなった。

 紫色の光を点滅させながら、画面外から巨大な人型がぬっと現れた。幅の広い鎧のような、やや(いびつ)な形状。体高はディベルバイスの人型スペルプリマー五機より低いが、全体的な大きさはこちらの二倍近くある。ストリッツヴァグンにも匹敵する大きさだ。これが、敵スペルプリマーのエインヘリャルか、と思った。

 僕が面食らい、動きを止めたのは一瞬だった。自分を鼓舞するべく気勢を上げ、重力バリアをその機体に押し付けながら重力刀を突き出す。

 その時、エインヘリャルの頭部側面にあるバルカン砲が発射された。重力バリアは何故か途切れ、一号機の胴部、コックピットの周囲を無数の弾丸が襲う。僕は堪えられず、機体を後退させた。エインヘリャルはそれに追い討ちを掛けるように、腰部辺りに備えられていたビーム砲を撃ってきた。

「うわあああっ!!」

 僕は機体の脚部を狙撃され、バランスを崩して落下しかけた。

 異常な重力出力だ。こちらのバリアが逆方向の力で中和され、押し切られた。脳裏に、重力の捻出で脳に負荷を掛け、同化されたカエラの姿が浮かび、何故、という疑問が渦巻く。

 何故、エインヘリャルのパイロットは耐えられたのだ。僕は先程、出力を大分上げていたはずだ。シェアリングが発生しなかった以上、それと、エインヘリャルの重力波は波長が合わなかったという事だ。敵は、こちらより遥かに大きな出力で重力フィールドを展開し、中和したという事になる。それで、向こうのモデュラスは何故平気なのだろう。

『祐二、大丈夫か!』

 下方から、波状攻撃を仕掛けていたメタラプターを倒しきったのだろう、五号機が上昇してくる。アイリッシュ、スカイは一足先に戦闘機部隊の第二陣に向かっているようだった。

「伊織、気を付けろ! あのスペルプリマー、今までの奴より強い!」

『デスグラシアの機体が一機だけなら、その分強いって事なんだろう。お前は今までの戦闘で大分機体をやられている、あのエインヘリャルは俺がやるから、お前は戦闘機部隊を叩け。機体を労わる事を忘れるなよ、一号機がやられたら、ディベルバイスを守る戦力が大きく減ってしまうんだからな』

 伊織は僕が答える前に、一号機の横を通過して行く。斧に赤黒い光を纏わせ、エインヘリャルに向かって斬撃を飛ばす。エインヘリャルは、その巨体に見合わぬ機動性を発揮し、素早く上空に逃れながら両腕を前に突き出した。

 何か来る、と思い、僕が伊織に警告しようとした刹那、エインヘリャルの(てのひら)から光球が生成され、五号機に向かって発射された。伊織はぎょっとしたらしく、五号機の上昇を止める。僕はその時になって、「伊織!」と声を出した。しかし、

『問題ねえよ!』

 伊織はコンマ数秒の間に立ち直り、機体をくるりと回転させる。光球は巻き取られるように五号機の横を通過し、僕よりも遥か下方に落下して行った。そんなに急加速をして、伊織の体は大丈夫なのだろうか、と僕は不安になったが、伊織は僕のそのような懸念などお構いなしに、敵に接近した。

『これ以上俺たちの邪魔を……』

 構えられた斧が、再び赤黒く発光を開始する。

『……するな!!』

 彼は叫び、面食らったように動きを止めるエインヘリャルのコックピットにそれを叩きつけようとした。油断した訳ではないが、勝負が決した、という予感を、僕は確かにその時抱いた。

 が、直後エインヘリャルが起こしたアクションは、僕も、恐らく伊織も予想だにしなかったものだった。両機が接触した瞬間、敵機の頭側から黒い煙のような靄が噴出され、五号機にまとわりついたのだ。

「伊織避けろ!」

 僕が接近しようとした時、

『来るな!』

 鋭い一喝と共に、五号機から斬撃が飛んできた。僕は咄嗟に回避しようとし、機体を横にずらして停止する。その一瞬の間に、二機のスペルプリマーは闇の流体の中へと包み込まれ、姿が見えなくなっていた。

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