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『破天のディベルバイス』第3話 見えざる敵①

 ①神稲伊織


 二つ隣でビームマシンガンを撃っていた少年──アイリッシュ・ロムが、悲鳴を上げて逃走した。伊織が狙っていた敵機バーデが、こちらが撃つよりも早く射撃してきて、彼の操縦していた機銃を破壊したのだ。

 スコープに目を当てていた彼は、間近で敵の攻撃による爆発を目撃し、腰を抜かした。幸い破壊されたのは砲身の付け根の辺りであり、機銃室の壁は大きく震動したが破れる事はなかった。それでも、過激派に攻撃されているという意識の肥大は、皆の恐怖心を煽動した。

 アイリッシュが部屋を出ようとした時、ユーゲントのシオン・エリ先輩が咄嗟に彼の襟首を鷲掴みにし、「逃げるな!」と一喝した。彼女は言ってから、しまった、というような顔をしたが、アイリッシュは顔を引き攣らせて振り向いた。

 シオン先輩の顔が青褪め、同時にアイリッシュからは怯えたような色が消えた。代わりに、頰がかっと紅潮した。

「怒鳴らなくたっていいじゃないですか!」

「いや……だって皆も、怖いながらも戦っているのよ。あなたが抜けてしまったら、代わりに個人の負担が大きくなってしまう……」

 伊織たち射撃組は、現在右側に三十台並ぶマシンガンに一人ずつ就き、その後ろに更に二人が並ぶという形で列を組み、十分ごとに交替しながら狙撃を行っていた。それ以外にも、疲れたり負傷したりしたらその時は臨機応変に各人で交替する。部屋の出入口にはシオン先輩が立ち、タブレットを手に、ブリッジと通信しながら指示を出していた。

 アイリッシュの使用していた機銃は破壊された。だが、彼ら三人はそこで役割が終了するのではなく、近いグループの後方に並び、また順番を待つという役割に変更される。これは、最初に先輩から指示された事だった。

 シオン先輩がしどろもどろになると、アイリッシュの後ろに並んでいた二人も彼の傍らに立つ。

「敵はまだあんなに居るんですよ! この船には重レーザー砲があるって言っていたでしょう!? それを使って下さい!」

「いや、三割は減らせたんだ。敵も動揺しているはず、今のうちに脱出を」

「俺が死ななかったのだって、奇跡じゃないですか!」

「ああ、もう! うるさい!」

 言い訳するように言葉を探していたシオン先輩だったが、遂にそこで堪忍袋の緒が切れたようだった。

「私たちに従えば守ってやるって言ったでしょう! つべこべ言わず、指示された事だけをやっていればいいの!」

 その瞬間、合奏していたはずの銃声が疎らになった。伊織の近くで響いていた銃声も、いつの間にか自分で撃っているものだけになっている。

 マシンガンが乾いたような音を立て、それだけが時間に静寂という空白を作らないでいる中、シオン先輩のインカムにブリッジからテン・ブロモ先輩の叫ぶ声が届き、漏れ出してきた。

『おい、弾幕薄いよ! 何やってんの!』

「何だよ、それ……」

 アイリッシュが、べそでもかき出しそうな声で呟き、誰もが腕を止めている時、またもや轟音と共に船体が強く震えた。

 シオン先輩は、素早くマイクに口を寄せる。「被弾箇所は!?」

『機銃室の真上! 倉庫で、壁は破れていないけど換気扇がぶっ壊れた!』

 離れている伊織まではっきりと届く声量で、ユーゲントの誰かが叫んでいる。シオン先輩は顔を顰めながら耳を離し、最早完全に手を止めた生徒たちはまたもや怯えたような、半ば怒っているような声で囁きを交わし始める。

「交替! 交替だ!」

 伊織は後ろに居る男子二人に叫び、絶句した。二人とも伊織の後ろを離れ、先程のアイリッシュと同様逃げようとしている。

 思わず舌打ちが零れた。何処に逃げても、このディベルバイスが沈んでしまえば全てが終わりなのだ。攻撃を受けている壁に最も近いここに居る自分たちも、居住階層で震えている他の生徒たちも、その死には早いか、遅いかだけの違いしかない。それよりは、皆で生き残る確率が最も高い行動をすべきではないか。

(前線で必死に生きようとして、その為だけに頭を使って行動して、それでも生きられなかった奴だって居るんだよ……!)

 いい加減にしろ、という言葉が口を突きかけた時、奥の機銃でスコープを覗き込んでいた女子生徒があっと叫んだ。

「ねえ、あれって……!」

「どうしたの?」

 シオン先輩が、奥に向かって叫ぶ。伊織はスコープに目を当て直し、再度バーデの群れの方に注目した。そして、自分が息を呑むと同時に、再びスコープを覗き直した生徒たちも驚愕の声を上げた。

 艦首の方から、船を回り込むようにしてバーデの前に飛び出してきたのは、黒鉄(くろがね)色の巨大な人型ロボットだった。アニメや映画に出てくるような、誰もが仮想の世界で一度は見た事のあるような、あれをそのまま現実に引き出してきたような姿だ。

「あれは何? 通信は繋がっているの?」

 アイリッシュたちが操縦していた場所のスコープを覗き込んだ先輩は、ブリッジに向かって早口で呼び掛けている。今度は、向こうが応答する声は漏れては来ず、ただ先輩の、えっ、や、そう、という短い相槌が聞こえてきた。

 やがて、彼女の持っていたタブレットが床に落下し、角が当たったのか画面にひびの入る音が聞こえてきた。

「スペルプリマー……」

「えっ?」

 伊織はつい、反応してしまう。

 ディベルバイスに乗艦し、部屋が割り振られてからすぐに、伊織は昼前からの疲労が一気にどっと襲い掛かってきて、ベッドに倒れるや否や爆睡してしまった。目を覚ました時、祐二が居ない事に気付いて恵留に聞きに行ったところ、千花菜と一緒にタンデムを組み、作業船ガンマで船外に出たと言われた。その際、目的を尋ねた時に返ってきた答えが、アンジュ先輩から依頼を受け、スペルプリマーなるディベルバイス固有の機動兵器の格納庫を外から開けに行った、というものだったのだ。

 射撃組の選出の際、真っ先に名前を呼ばれた──アンジュ先輩と顔見知りだったからではなく、機銃射撃訓練の成績順に呼ばれたらしい──伊織は、祐二たちはまだ戻らないのか、と尋ねた。その結果、過激派に襲われているダークギルドを救出に向かった、という返事が返ってきた。

「じゃあ、あれに乗っているのって……」

「ディベルバイスと通信が繋がっているそうよ。中に居るのは……渡海祐二君」

 何故、と伊織は思った。

 彼は、英雄になろうとはしない。出来る事なら、目立つのを避けたがっているような節もある。静かに生きたい、と口にするのを見た事もあるし、身内が過激派との戦いで死亡したという事がトラウマにもなっている。

 無論、伊織は彼の全てを知っている訳ではない。自分が、祐二には話さない限り絶対に想像する事の出来ないような過去を持っているかのように。自分のは少し特殊すぎるケースだが、きっと大なり小なりあれ、誰でもそれは同じだろう。だが、これだけは自信を持って言う事が出来る。

 祐二は、普通の状況では絶対に自分から初めての行動はしない。

 故に、あれは普通の状況ではないという事だ。ダークギルドが焚き付けたのか何があったのかは分からないが、祐二の中で、彼の中に巣食う一種の──怯懦と言っては偏見が過ぎるだろう、”冷め”のようなものを上回る情動があったのだ。

 伊織はマシンガンを操作する手を止め、止めている事すらも忘れてスコープを覗き続ける。

 バーデたちは、突如現れたスペルプリマーにたじろいだのか動きを止めていたが、やがて射撃を再開した。

 こちらには弾幕が張られていない。スペルプリマーに当たればあれは破壊されるだろうし、回避すればこちらに当たる。先程までのように、運良く大きな被害が出ないとは限らない。ビームマシンガン本体に直撃があれば、誘爆もあり得る。

 その時、スペルプリマーが左手を広げ、バーデの群れに突き出した。

 刹那、その(てのひら)を中心に、空間に黒い歪曲が生じる。それは波紋のように断続的に広がり、こちらに射手されたバーデの弾丸を空中に押し留めた。その状態は数秒間続いたが、敵の中にも追加で射撃を行ってくるバーデは居なかった。

「何だ……あれは……?」

 誰かが呟いた時、それを合図にしたかのように弾丸が空中で破裂した。断続的に()ぜる炎は、昔夏祭りで見た花火を想起させた。

 手を閉じ、握り潰すように空間の歪曲を消したロボットは、空間を蹴るように足を曲げて跳躍し、先陣を切るバーデに接近する。目にも留まらぬ速度で右手が巨大な軍刀を抜き、横一文字に先程のような黒い(ひず)みが生じる。切り裂かれたバーデ群が、先端部を大きく抉られ、弾丸と同様爆ぜた。

「す、すげえ……!」

 おおおっ、という歓声が、機銃室に漂い始めていた重い空気を吹き飛ばした。伊織は驚愕に、考える事も忘れてロボットの、否、祐二の動きを目で追う。

 自分たちを鼓舞するかのようにまたバーデが放ってきた無数の弾丸を、彼は避け、或いは先程のような波動の盾で受け止め、敵に肉薄しては次々に切り裂き、爆散させていく。

 その動きは、人間のようだった。だからこそ伊織には、壁一枚を隔てた場所で飛び回るロボットが祐二本人に見えた。彼が金属板の鎧を纏い、超次元的な力を使って戦闘を繰り広げているような錯覚に陥った。


          *   *   *


 何分間、我を忘れて戦闘に見入っていただろうか。

 気付けば外を埋め尽くしていたバーデたちは、大分遠ざかっていた。いや、遠ざかっているのではなく、近くに居た機体の(ほとん)どがスペルプリマーによって屠られたのだ。やがてスペルプリマーが引き返してきて、ディベルバイスに居る自分たちを守るように立ち塞がった時、敵が進路を変えた。

 彼らは諦めたように百八十度方向転換すると、飛び去って行く。

 敵機のエンジンの光が見えなくなって(しば)らくすると、再び誰もが口を噤む。静寂で飽和した広い部屋に、ブリッジに居るウェーバー先輩の、何処かほっとしたような声がインカム越しに伝播した。

『敵機、衛星軌道から離脱しました』

 三度(みたび)、今度は今までで最大の叫び声が上がった。拍手や床を踏み鳴らす音も響き、機銃室に割れんばかりの音が爆発的に満ちる。

 伊織は、安堵と共にスコープから目を離した。最後の一瞬、スペルプリマーが赤黒い光芒を曳きながら艦首の方に飛び去って行くのが見えた。

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