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『破天のディベルバイス』第20話 絶望の王④

 ④アンジュ・バロネス


 起動キーを回すと、タブレット画面に『Super Primer : EINHERJAR Ⅱ』という文章が浮かび上がってきた。星導師オーズと名乗っていた、伊織のオリジナルである神稲シンによると、七年前の起動試験で使われていた機体はこれと、同型の対になる機体だったらしい。

『You have control』というメッセージが続いて浮かぶと共に、機体の関節部から紫色の光が溢れ出した。

「エインヘリャルは少々特殊なスペルプリマーでしてね、二機で合体したり、コンボ技を使用したりと、『二機で一つ』というような機体なのですよ。ですから、機体名が同じなのです」

 オリジナルの神稲伊織が乗っていた一機は、元々搭載されていたフリュム船へと戻されたという。搭乗者が死亡する、重力出力の限界値──シンクロナイズ・ラインを突破したその機体には、「同化」した伊織のモデュラス回路が宿っている。機体同士の繋がりが強力なエインヘリャル二機を同じ場所に置くと、こちらにも同化した伊織の干渉が及びかねない、という事で引き離されたのだそうだ。

(私は今、どう転ぶか分からない事をやっている……)

 アンジュは、薄いパイロットスーツの胸の奥で、鼓動が痛む程に速くなっているのを自覚する。

 オーズから依頼されたのは、ディベルバイスをラトリア・ルミレースに引き渡す事だった。最初は当然のようにそれを否定したアンジュだったが、オーズは「皆の安全を保証する」と言った。

「私はフリュム計画の一環として、教団を束ねている。ですが、面従腹背とはこの事です。私は彼らの行為を許しておらず、フリュム船を破壊する目的で動いている。それだけが、私の行動理念なのです。

 ディベルバイスを差し出して頂ければ、私はブリークスのように、あなたのお仲間を口封じしようとは思いません。あなた方を保護し、ブリークスの刺客からも守りましょう」

「でも……」

 アンジュは、心の中で抵抗を感じた。

 ルミリズムとモデュラスの能力についての不思議な符合。オーズが、「ラトリア・ルミレースを滅ぼせば自分たちはフリュム計画から解放される」と宣言した伊織と、瓜二つの見た目を有している事。エインヘリャルⅡの存在。

 オーズがフリュム計画の関係者であり、その犠牲者である事は、最早疑いようがなかった。だが、幾らフリュム計画の指示とはいえ、彼が過激派組織の総帥である事に変わりはないし、多くの仲間たちがラトリア・ルミレースによって殺された。それを許し、彼に仲間たちを降伏させるという事は、かなり抵抗を感じざるを得ない内容ではあった。

「無論、私のクローン……いや、伊織ではない神稲伊織君も保護しましょう。私は彼の存在を否定しません。同じ遺伝子を持っていても、彼は私とは独立した、一人の人類だ。私を殺害しようとしているのも、事実を知った彼の状況では当然の判断です、責められる事ではない」

 それに、と、オーズは駄目押しするように言った。

「確かに我々は、あなたのお仲間を大勢殺めました。それは、確かにあなたにとっては許し難い事でしょう。しかし、このまま伊織君の強行を許しては、私たちはフリュム計画以前にまたあなた方の命を奪わねばならなくなる。それよりも、短期決戦で彼らの保護に向けて動いた方が、お互いの為になるでしょう」

 私にこれ以上、無益な殺生をさせないで下さい、と彼が言うのを聞き、アンジュは肯くしかなかった。確かに、自分たちが宇宙連合から見放されたと知ってからずっと目指してきたものは、この宇宙戦争から早期にドロップアウトする事だった。そうすると、今はオーズの言う通りにする事が得策なのかもしれない。

 それと同時に、アンジュは自分の中で、戦いたいという気持ちが膨れ上がっている事に気付いた。その感情の行方には、ウェーバーが存在していた。

 彼は、自分の命を奪おうとしただけではない。アンジュの、ダークへの断ち切れない想いを利用し、何か邪悪な計画への踏み台にしようとした。モデュラスとなり、感情が増幅されやすくなった事も手伝ったのかもしれないが、アンジュは彼に怒りを通り越し、憎悪を感じていた。出来る事ならこの手で討ちたい、というような、以前の自分では浮かびもしなかった考えが胸中で萌芽した。

(決して、戦う為に戦う訳じゃないのよ……アンジュ)

 自分に言い聞かせると、アンジュはコネクタの接続を確認し、機体の脚を前に踏み出した。ノイエ・ヴェルトに搭載されたエインヘリャルは戦闘用に積まれている訳ではない為、ディベルバイスにあったようなカタパルトデッキには出られない。出られるのは、壁を動かしてジェットエンジンの噴射口に入り、そこから飛び立つというルートだけだった。

 幸い、他の大型戦艦の中でも群を抜いて巨大な船体を誇るノイエ・ヴェルトのジェット噴射口は、スペルプリマーが身を屈めなくても脱出出来るサイズとなっていた。アンジュはそこから船外に出、通信機に向かって声を放った。

「アンジュ・バロネス、エインヘリャル、出ます!」

 お気を付けて、というオーズの声を受けながら、機体を垂直方向に飛ばす。機体を旋回させ、地球方面を見ると、星々の灯りが以前よりも鮮明に見えた。明るくなったのではなく、一つ一つが背景扱いなどにはならず、はっきりと独立した天体として自分の目に映った。

 これが、モデュラスの認識能力なのか、と思った。同時に、あの星明かりのどれかが、人工的なディベルバイスの光がなのだろうか、という緊張も湧く。彼らは、着実にこちらへ進んで来ているのだ。

(私は今、どう転ぶか分からない事をやっている)

 再び、先程と同じ言葉が頭を(もた)げる。

(私のしている事は、明確なディベルバイスとの敵対。今までの仲間たちに対する裏切り行為。……ダーク君の時もだし、私、皆から見たら裏切ってばっかりなのかな。でも、私はいつも、自分がしなければならない事だと思って、それをやってきたんだから……)

 アンジュは操縦桿を握り、スロットルレバーを押し込む。エインヘリャルは地表を離れ、エロスの重力場を離れて宇宙空間に飛び出した。

 異変、否、異常が発生したのは、その時だった。

 機体から放たれていた紫色の光が、突如点滅を始めた。まさに、スペルプリマーたちがシェアリングを求め合う時の信号。そして案の定、予想に(たが)わずタブレット画面に『EINHERJAR Ⅰが感覚共有(シェアリング)を求めています』というメッセージが追加される。しかし、異変はそれだけでは終わらなかった。


『DESGRACIA』


 一切のメッセージを打ち消すように、一つの単語が表示される。それがフリュム船の名前であると、アンジュには直感的に分かった。

(ディベルバイスじゃない船が、こっちに接近している……?)

 しかも、それが使役するスペルプリマーは自分と同じエインヘリャルだという。という事は、今こちらに接近しているのは、同化されたというオリジナルの神稲伊織なのか。

(ホライゾンやエルガストルムは、私たちの位置を正確に把握して追い駆けてきた……やっぱりフリュム船には、起動されている他のフリュム船を見つけ出す能力があるんだわ)

 そう思い、再び小惑星の方を振り返った瞬間。

 アンジュは、自分が見ているものの正体が、一瞬分からなかった。

 明らかに小惑星よりは小さいに違いない。だが、その船が放っている威圧感は星をも破壊するかのようだった。今まで見てきたどのフリュム船よりも巨大な船体は、あたかも船の影だけが出現したかの如く漆黒。その禍々しさは、外見のみに由来するものではないようだった。

「デスグラシア……」

 呟いた時、その艦首砲が発光し始めた。ディベルバイスの放つ重レーザー砲のような、白い光ではない。ストリッツヴァグンのハドロン・カノンのような、赤黒い血煙にも似た色。

 アンジュははっとし、慌てて通信機に叫ぶ。

「オーズ! フリュム船が来ているわ!」

『えっ?』

 彼が、認識が追い着いていないような声を出す。その声に後があったのかどうか、アンジュには知る事が出来なかった。

 デスグラシアというらしいそのフリュム船は、エロスの地表に向かって艦首砲を発射した。十キロ程度離れているアンジュの位置からも、要塞の如く厳めしく見えていたノイエ・ヴェルトがそれを浴び、星を抉らんばかりの爆炎の中に消えていくのがやけにはっきりと見えた。

(嘘……でしょう……?)

 宇宙戦争をここまで長引かせ、真実を知らない宇宙連合軍、ラトリア・ルミレース双方に甚大な被害と犠牲をもたらした、過激派の旗艦ノイエ・ヴェルト。それが、呆気なく沈んだ。

 彼らの、旗艦への守りが甘かった訳ではない。ワームピアサーを用いたフリュム船の奇襲が、あまりにも突然すぎたのだ。空間を超越して現れる敵を、事前に察知する事など出来ない。

 シャドミコフが、フリュム船の軍事転用を許可していなかった理由も明白だ。フリュム船がそもそも戦争の為に作られたものではない、という事以外にも、最終的に宇宙連合軍がラトリア・ルミレースに敗北せねばならない以上、このような戦術が採られる事は何としてでも防がねばならなかったのだろう。

 どうしよう、と思った。伊織の計画も、生徒たちがオーズに保護される見込みも、これで潰えたという事だ。この事実を知ったら、伊織はどうするのだろう。シャドミコフの計画が破綻した事を喧伝するか。それとも、その物的証拠がなくなったとして次の作戦を考え出すのか。

 そう思った時、デスグラシアがここまで接近した事の意図を悟り、アンジュは戦慄した。

 ホライゾンやエルガストルムのように、ブリークスが船の独断起動を行ったのだとすれば。それは、単にノイエ・ヴェルトを沈める為だけではないだろう。月面にセントー司令官の軍が結集し、決戦が行われているであろう現在、指揮官であるブリークスが戦場を離れれば、たとえオーズを討ち取る事が出来たとしても軍内が混乱するのは間違いない。その結果、ボストークに近い場所で宇宙連合軍の敗北が起これば、ラトリア・ルミレースという現在の組織を解体出来たとしても、大量の残党を生む事になる。

 ブリークスは、その危険を冒してでもディベルバイスの捕獲を優先したのだ。シャドミコフたちとの間で、何かのっぴきならない事情が発生したのかもしれない。

(私は……一体どうすれば……!)

 その時、エロスから立ち昇る煙を切り裂くように、こちらと同色の発光体が飛び出してきた。それがもう一機のエインヘリャルだと、アンジュが認識するかしないかの間に、脳に直接語り掛けてくるような声が響いた。


 ──皆、俺が滅ぼしてやるよ。

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