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『破天のディベルバイス』第20話 絶望の王②

 ②シン・クマシロ/オーズ


「……どうやら、言い抜けではないようですね。私も、あの船の存在を感じました。モデュラスとスペルプリマーの影響でしょう」

 ラトリア・ルミレース旗艦ノイエ・ヴェルト。居住区画、聖堂。

 星導師オーズは、セントーへの友軍として送り込んだ二個旅団のうち、生き残った方の旅団長が報告するのを聴き、そう言った。口調は努めて穏やかにしたつもりだったが、やはり内心の憎悪や憤怒は隠しきれないものがあったようだ、旅団長は跪きながら、背筋をびくりと痙攣させた。

 セントー率いる一個師団、アポロ作戦を成し遂げたブリークスの大規模部隊との決戦に赴いているあの部隊を支援するべく、オーズは動かせる残りの部隊全てを動かしたつもりだった。見す見すオルドリンを奪還され、無色のディベルバイス、業火のエルガストルムと鉢合わせた事で戦力の多くを削られたバイアクヘー隊が月面で苦戦を強いられているだろう、と思い、派遣した追加部隊だ。それが、またディベルバイスによって(ほとん)ど壊滅に追い込まれた。

(フリュム計画……いや、シャドミコフの計画は最終局面に入りつつある。だが、そのように万事が上手く行くとは思わないで欲しいものだ)

 オーズは、連合内に派遣した間諜に思いを馳せ、顔を覆う布の奥で残虐な笑みを浮かべた。あの人物の存在について、シャドミコフは既に知っている。だが、その存在理由については、ラトリア・ルミレースが機密であるフリュム船の事を嗅ぎつけた事の理由とする為、と解釈しているだろう。

 自分は生まれながらにして、人としては死んでいたのだ、と思う。そして、やっと実験体から「人」になれた時に、彼らはまた自分を殺した。殺した上で、更に都合良くそれから後の計画に利用しようとした。

 あの惨劇を引き起こしてしまった自分──路上生活者の少女を襲い、モデュラスへ変貌させ、その子供を宿させ、最終的には昏睡状態に追い込んだ自分が、最早怪物である事は痛い程分かっていた。彼らはどのような思いで、その犠牲となった子供を更なる計画の要素としたのだろう。怪物となった自分を見て、僥倖だったとでも思ったのだろうか。

(ディベルバイスが近づいているというなら、ある意味都合がいい。……民間上がりの無能な兵士しか持てず、それらを使う事しか出来ないのが、痛すぎる制約ではあるが……)

 もし自分が戦う事が出来れば、と思ったが、出来ない事を考えても仕方がない。

 オーズは「それで」と言い、旅団長を睥睨した。

「『無色』は、こちらに攻め込んでくるという事ですか?」

「そのようでした。火星圏に向かっていたあの船が再び地球方面へ引き返し、(あまつさ)え我々の停泊する空域に向かって来たのですから。しかし……これは私見ですが、彼らは自暴自棄という程浅ましい様子には見られませんでした。我々の駆逐こそが、自分たちの助かる道であると考えているようでした。さもなくば……戦力差で圧倒的に勝る我々が、あのような敗北など……」

 旅団長は、屈辱の為か声を震わせる。オーズは唸った。

(さては気付いたか、フリュム計画とこちらの関係について……だが、もう遅い。この宇宙戦争という茶番も、そろそろ引き際だな)

「分かりました。無論、我々もただ黙ってやられる訳には行きません。今度は双方からの衝突ではなく、防衛戦です。彼らが進路上に居る以上、セントー殿への援軍は派遣出来ません。あなた方にも、ここでの防衛に加わって頂きます。……疲弊しているのは敵も同じです、緊張感を持つのは結構ですが、それを恐怖と履き違え、戦闘に支障を(きた)す事のないよう努めて下さい」

「了解しました」

 旅団長は一礼し、聖堂を出ていく。入れ替わるように、僧兵が一人入ってきた。

「星導師様」

「何ですか?」

 次から次へと、と思いながらも、声に不要な感情が混ざらないよう気を付けて応答する。僧兵は教団の礼式に則って拝礼し、片膝を突いた。

「地表哨戒班から連絡がありました。プシュケに漂流者と思われる人物を発見した、との事です」

「民間船の事故ですか? ここは、星間往還シャトルのコースからも外れているはずですし、資源採掘者も居ない事は確認済みですが。逃がすか、居住区画に匿うかしてやりなさい」

 ラトリア・ルミレースは、戦闘行為によって民間人への犠牲者を出す事は仕方がない、とされているが、無益な殺生は行わないようにしている。聖戦という大義名分の為には、当然の事だ。

「いえ、それが……」僧兵は口籠った。「特殊なパイロットスーツを身に着けている上、まだ二十歳前後のようで……事によると、先の戦闘で機体を放り出された、ディベルバイスの船員かもしれません」

 オーズの眉が、ぴくりと上がった。

「……何ですって?」


          *   *   *


 空き部屋に入ると、そこでは僧兵たちが保護された漂流者を取り囲んでいた。

 漂流者は、身体にぴったりと付着するようなパイロットスーツを着用した女性だった。肩の部分には丸く穴が開き、そこに薄く霜焼けのような色が見える。その服に、オーズは見覚えがあった。

 スペルプリマーに搭乗するモデュラスが着用するもの。やはりこの女性はディベルバイスから流されて来た、しかもモデュラスなのだろうか、と考える。だが、彼女は過激派とされている自分たちに怯える様子はなく、むしろ安堵したように脱力し、差し出されたらしいコーヒーを啜っていた。

「星導師様……」

 自分が入室すると、僧兵たちは慌てたように女性の前に立ち塞がる。オーズは「心配する必要はありませんよ」と言った。

「ボディチェックは済ませているのでしょう? 第一、武器などを持って宇宙空間に出てくる事は考えられません。下がって宜しい」

「ですが……」

「私は、彼女と二人で話をしたいのです」

 その時、モデュラスらしい女性がはっと顔を上げた。オーズを見て、というよりその声を聴いて、何かに気付いたらしい。まさか、というように表情が歪んだ。

「では……」

 僧兵たちは躊躇いがちながらも、一人、また一人と部屋を出て行った。オーズは全員が去ると、扉に鍵を掛けてから女性と相対するように座る。

「さて……まず、あなたの名前を教えて下さい」

「アンジュ・バロネス、宇宙連合軍第一二四代護星機士です。あなたは……星導師オーズ、ですか?」

「如何にも」

 オーズは肯き、アンジュと名乗ったモデュラスを覗き込む。

「無色のディベルバイスからやって来たのでしょう、あなたは? 私が怖くないのですか? 私は、あなたの仲間の命を沢山奪いました」

 アンジュは痛みを堪えるかの如く俯き、胸に手を押し当てる。唇が数回震え、やがて声が紡ぎ出された。

「怖い、です。許せない気持ちもある。……でも、それよりも驚いています。あなたの喋り方が、仲間に似ているから」

「ほう」

 一瞬、脳裏に電撃が閃いたように思った。顔にも動揺が現れたかもしれない。しかし、仮にそうだったとしても、その表情は顔の前に垂らしている布に隠され、アンジュに見えなかっただろう。

「私のような喋り方をする方が?」

「口調、というより……抑揚とか、イントネーションとかが。声も似ています。あなた、思っていたより私たちと歳が近いのかもしれない……」

「差し支えなければ、そのお仲間の名前を教えては頂けませんか?」

 オーズは、声を低めて彼女に問うた。アンジュは、真実を確かめたい、というような表情で身を乗り出す。身構えてはいたものの、その名前を聞いた瞬間、オーズは震えが走るのを抑えられなかった。

「神稲伊織、といいます」

 それは、かつてオーズに”死”を共有した双子の兄の名前だった。一瞬混乱しかけたが、すぐにそういう事か、と分かる。かつてシン・クマシロと呼ばれた自分には、モデュラス回路に一部欠陥があったという。その部分を補ったクローンを作るような事は、彼らならやりかねない。

 伊織は死んだ。それは、シャドミコフに言われるまでもなく知っていた。シェアリングで死の感覚を共有されたショックにより、廃人のように過ごした一年の間も、自分が心を崩壊させかけている事実こそが伊織の死の裏付けなのだ、と体が自覚していた。

 自分と同じ遺伝子を持つ、自分のコピーが兄の名を名乗っている。理屈ではない、根源的な嫌悪感が込み上げてくる。

「あの……可能であれば、で構わないのですが、そのフェイスベールを外しては貰えませんか? 私、混乱しているんです。彼の……伊織君の行動や、スペルプリマー四号機に何が起こっていたのか……ウェーバーが、何故私を殺そうとしたのか。真実を知る事が出来ないまま、これから先怯えて暮らさねばならないとしたら……私、そんなの耐えられない」

 アンジュの言葉に、段々と熱が入り始めた。彼女の言っている事は全て、彼女が元居たディベルバイスの内情に関する事で、オーズには知る(よし)もない事だったが、そのような事に構う様子もない。

 話を聴く限り、彼女は先程の戦闘中に同じ船の者から殺されかけ、この星に流れて来たようだ。モデュラスになると、感情制御の能力も大分落ちる。彼女は実際、破綻しそうな精神を宥め(すか)し、叫び出したいのを堪えて言葉を放っているに違いない。

(まあ、私も彼女から聞きたい情報が増えた)

 オーズは「いいでしょう」と肯き、顔に垂れ下げている布を上げた。

「これはまあ、宗教的な指導者としての印象を付ける為に行っているファッションのようなものでしてね。私もラトリア・ルミレースを立ち上げた当時は十五歳でしたから、少年である事を理由に舐められてはいけない、そのような思いもありました。大した訳はないのですよ」

 素顔を晒すと、アンジュははっと口元を押さえた。

「伊織……君……?」

「私は神稲シン。伊織は、死んだ双子の兄の名前ですよ」オーズは、変わらぬ穏やかな口調を続けた。「あなたが関わりを持った神稲伊織という少年は、恐らく私のクローンでしょう。フリュム計画であれば、そのような事もきっと行います。容姿が似ているのも、同じ遺伝子を有しているのですから必然です」

「フリュム計画……伊織君が、最初からそれに関わっていた……?」

「私も、モデュラスなのですよ」

 オーズは言い、事と次第によってはこの女を自分たちの側に引き込み、対ディベルバイス戦に利用出来るかもしれない、と考えた。口元に手を当てたまま、整理の付かない頭を必死に回そうとしているのか目を白黒させているアンジュに、意図的に追い討ちを掛けるような台詞を投げ掛けた。

「今度はあなたが教えて下さい。あなたは先程、伊織の……私の代用品であるもう一人のシン・クマシロの行動に、混乱していると零しました。彼は、ディベルバイスの中で何をしたのですか? 現在、あの船で何が起こっているのですか?」


          *   *   *


「……あなたに、見せたいものがあります」

 オーズは話が終わると、椅子から立ち上がった。アンジュは、長い間溜め込んでいたものを吐き出した事で幾分か気分が落ち着いたらしく、既にオーズを警戒するような色は完全に消えていた。

「着いて来て下さい」

 言い、部屋を出る。彼女が続いて来ている事を確認し、再び居住区画の方へ引き返す。アンジュは、内側にこのようなユニットじみた街を持つノイエ・ヴェルトに驚いたようで、始終あちこちを眺め回していた。

「都市、とまでは行かないけれど……要塞ですね。土星の資源採掘船サトゥルナリアも長旅に備えて、居住区画を広く取って大型に作られているって聞きましたけど……ノイエ・ヴェルトは戦艦なんでしょう?」

「ある意味、国と言えるのかもしれませんね。コラボユニットに使用されているシステムも一部転用し、兵糧となる穀物や野菜を栽培しながら旅が出来るようにしています。生活環境も、敵を駆逐する為の武装も、この船は全て一隻で完結させているのですよ。まあ、武装がある以上『戦艦』と大きく分類されてしまう事は、如何(いかん)ともし難いのですが」

 オーズは聖堂まで戻ると、祭壇の一角に設けられた台に指を這わせ、念を込める。教団の者たちへの説教の際に立つ演台だが、BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)が搭載され、オーズであれば思念で操作を行う事が出来る。

 これもまた、モデュラスの発生させる重力を用いた装置だが、何の事はない。ノイエ・ヴェルトはワームピアサーやパーティクルフィールドこそ持たないものの、HR系列をベースに、フリュム計画によって作られた船なのだから。

 重力波を読み取り、センサーは壁の一部を動かす。アンジュが息を呑む中、下層への通路がそこに口を開けた。

「これは……」

「あなたになら、教えても構わないでしょう。……この先にあるのは、私とフリュム計画の繋がりを示すもの。セントー殿も知らない場所ですよ」

 足を踏み入れると、すぐに階段が現れる。自動的に、壁の照明が淡く点灯した。

 そこを下って行くと、祭壇より一回り大きい程度の空間に出る。この壁の周囲には船の直接制御系や機械室、エンジンなどがあり、別の場所から船員が立ち入る事もあるが、この空間だけは構造図にも描かれておらず、存在を知る者はオーズ以外に存在しない。

 オーズが足を止めると、アンジュはあっと小さく声を上げ、そこに屹立するものを見上げる。床からのぼんやりとした照明に浮かび上がる、ギリシア文字のⅩ(カイ)に似た、やや(いびつ)な人型。

「スペルプリマー……?」

「如何にも。これはエインヘリャル、私に兄伊織の死を共有した因縁の機体です」

 オーズは微かに笑う。その笑みに秘められた意図を、アンジュは拾わなかった。

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