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『破天のディベルバイス』第19話 モデュラスの宿命⑥

 ⑤渡海祐二


 一号機の周囲で、自分が撃沈すべきだった戦艦が次々に爆発した。僕は、先程から交戦しているボーアを懸命に追尾しながら、襲い来る衝撃に懸命に耐えた。重力刀を労わりながら戦わねば、僕の攻撃手段はなくなってしまう。

 体勢を立て直そうとした時、その相手のボーアがグラビティアローの矢に貫かれ、撃墜された。僕が顔を上げる間もなく『祐二君!』という声が聞こえ、上方から二号機が急降下してきた。

「カエラ!?」

 二号機はこちらの肩部を掴み、ディベルバイスから見た主戦場の右斜め上空へと上昇していく。シェアリングを求める双方の光が、酷く感応し合っていた。

『祐二君、私、あなたを撃つ!』

 カエラが叫んでくる。僕は、自分の耳を疑った。

「何だよ、それ……? 何でこの状況で、そんな事が出来るんだよ?」

『言ったでしょ、私、裏切った男には怖いって』

 その声色から、彼女が本気である事を悟る。僕は、プライドの高い彼女の事だ、昨夜の千花菜の件があってから、彼女が報復に出る可能性が全くない訳はない、と思っていた。だが、何故このような戦闘の真っ最中に。彼女の恨みは、そこまで深いものに変化していたのか。

 愛多憎生、などという話ではない。彼女は、僕を愛してはいなかった。それは、僕自身が彼女の目を見て確信した事だった。僕自身も、彼女に乗せられて盲目になっていた。心の底では、ずっと千花菜を愛していた。僕たちの間にあったのは、ずっと空回りの児戯に過ぎなかったのだ。

 その彼女が、幾らプライドを傷つけられたと思っても、この戦闘中にわざわざ僕を殺そうとするものか、と思った。彼女だって、ディベルバイスが敵に沈められれば生きていけないというのに。

『私、祐二君を断ち切る。間違っていたのは、ずっと分かっていた。だけど、あなたはそれに気付いちゃいけなかった。私は……これからも、何度も間違える。もう私、アイドルなんかじゃないもの。頑張らないで認められて、何が悪いのよ? 間違えて間違えて、本当の事なんか分からなくなって……それでいいの。残酷な現実なんて要らない。私を、それに気付かせてしまう人も』

 カエラは言うと、二号機の拳を固めてこちらの胴部を殴りつけてきた。衝撃のあまり僕は制御が間に合わず、スペルプリマーは大きく後傾する。機体同士が少し離れると、今度は弓が振るわれる。本弭(もとはず)の辺りに付属しているエッジが一号機の足を薙ぎ、関節部の発光している辺りから赤黒い液体が散る。

『祐二君は、失敗なの。知ってはいけない事を知ってしまった。だから、この関係にも私が、私の手で始末をつける!』

「独善だよ、それは!」

 僕は上空に退避すると、重力場を広げる。シェアリングをし、すぐにカエラに終了されてしまうとしても、一瞬だけ二号機の制御を奪えないだろうか、と思った。その一瞬で、中に居るカエラを気絶させる事が出来れば、彼女を殺さなくても止める事が出来る。

 殺す事は、したくなかった。カエラが如何に危険思想を持っていても、一般的な道徳観や価値観が欠如していたとしても、それを全て否定し、排除する事は出来ない。そう思う僕は、やはりお人好しすぎるのだろうか。だが、千花菜を殺そうとした彼女を同じようにこの手に掛ければ、僕は僕自身で千花菜を愛する事すら許されないような気がした。

 しかし、重力出力を上げていくうち、頭に痛みを感じるようになって僕は異常に気付いた。波長が、一向に重ならない。彼女の出力が大きすぎるのだ。

「カエラ、もうやめてくれ! このままじゃ、君も危ない!」

『あなたがそれを言うの、祐二君!』

 彼女が、赤黒い波動を拡散させる。それは、宇宙に吹く暴風のようだった。僕はバランスを崩し、また落下しそうになる。

『じゃあ、さっさと死んでよ。私に、終わりを与えて!』

 再び波動。彼女の脳から捻出された重力を浴びる度、彼女の内側に渦巻く負の感情の嵐に曝されるようだった。これがモデュラスの、人類が分かり合う為の力なのだとしたら残酷すぎる。

「……っ!」

 僕は身を翻し、二号機の足元に滑り込んだ。そのまま高度を下げ、ラトリア・ルミレースの船団に紛れ込む。このままでは埒が明かない。一旦身を隠し、呼吸を整えた後に隙を突き、起死回生の一撃を狙わねば。

『逃がさないよ!』

 グラビティアローの矢が、こちらに降って来る。彼女は既に、目視では僕を見失ったようだった。それは一号機を大きく逸れ、中型のバルトロ級戦艦のエンジン部を貫く。

 矢も、戦艦からのレーザー砲と見紛う程太くなっていた。船体に大穴を穿たれたバルトロ級は、呆気ない程容易く轟沈した。

(マズいな……)

 船団は、過去にない力を見せている二号機を警戒したらしい。甲板に備え付けられた砲台が揃って上空を向き、二号機に向かって連続射撃を開始する。だが、カエラは戦艦からの攻撃など全く意に介していないようだった。極限まで展開された重力バリアがその弾をことごとく弾き、カエラは敵船からの攻撃の間隙を突いて、またも矢を放ち始めた。

 もう、僕に隠れ場所は(ほとん)ど残されていない。隠れる場所を誤れば、第五陣以降の戦闘機部隊が発艦され、礱磨(ろうま)した機体を蜂の巣にされる。

『祐二!』

 五号機から、伊織の声が届いた。

『二号機を撃て! お前が殺されちまう!』

「無茶言うなよ!」

 僕は、脊髄反射の如き反応速度で叫び返した。それは伊織が結局、無人の四号機にすら出来なかった事ではないか、と思った。

「カエラはディベルバイスの一員だ! 僕の手では撃てない!」

『仲間を殺そうとする奴が何処に居る!?』

 伊織の言葉が、僕の胸郭の内側を鋭く刺した。

 トム、千花菜、シックル、そして僕。カエラは今まで、同じディベルバイスの船員を何人殺そうとしただろう。その大部分が、僕が止めなかったら手遅れになっていたケースだ。そしてカエラは、同じ事を繰り返す。僕が抑止力にならない事を悟った彼女は、ここで僕を殺した後何をするのだろう?

 考え、背筋が粟立った。だが、それでも僕の意思は動かなかった。

『お前の責任でもあるだろう、祐二!』伊織は、尚も続けてくる。『俺はずっと言っていた、お前は間違えているって! それでもお前は、妄執で彼女を好きだと言い続けた! 今更気付いたとか、そんな言い訳が通用するか! お前が死んだら話にならないんだよ!』

「黙れ、伊織! 都合のいい時だけ僕を責めるのはやめろ!」

 僕は怒鳴り返した。君は撃てなかった癖に、と言いたかった。だが、それでは撃つ事を正当化しているような言い方だ。

 また、矢が降る。敵船が一隻沈む。あれ程沢山居たように思われた大船団は、見る間に殲滅されていった。これが、ヒトに出来る事だろうか。カエラはモデュラスの力を極限まで使用し、人間である事を捨ててまで、何を求めているのか。

 僕を殺す為か。僕を(しがらみ)へと堕とし、清算する為か。別に僕でなくて良かったのなら、と思った時、カエラがモデュラスになった時の事を思い出した。

『祐二、本当に殺されるぞ! 情なんかに流されるな。俺は今まで、撃てなかったんじゃない! その為に、こうして船の権限を奪いまでしたんじゃないか!!』

「う……わあああああっ!!」

 僕は咆哮すると、また一隻爆散する船の陰から飛び出し、二号機に突進した。先程カエラが一号機にしたように、二号機の肩部を鷲掴みにする。重力刀を抜き、彼女のコックピットを──避け、グラビティアローを握り締める腕に峰打ちを喰らわせようとした。

「撃てないよ!!」

 次の瞬間、二号機から光が迸った。先程まで彼女が繰り返し放ったような、赤黒い光の渦。しかし、それは先程までのような整った波形を描かず、血煙が立ち昇るかのように一号機に噴射された。

 僕は、耐えきれずに一号機を後退させた。重力刀を頭部の前で構え、重力バリアで懸命に衝撃を相殺する。光の中心を見ると、二号機は力なく浮遊していた。立ち昇る重力波が、あたかも搾り取られた生命であるかの如く。

 二号機のボディに、接合部を中心に亀裂が入った。そこから、赤黒い液体が泡となって浮き上がり、凝固していく。その光景は、機体が内部から菌類に冒されているかのようにも見えた。


『……し?』

 二号機からの重力の放散が止まっても、僕は(しば)し動けなかった。脳がモデュラス回路に切り替わっていながらも、その上で思考が停止する程、たった今まで起こった事は衝撃的だった。

『もしもし? もしもし! 一号機、応答して! ねえ!』

 ディベルバイスからの通信で、僕ははっと我に返る。辺りを見回すと、僕が硬直している間に、過激派船団はこれ以上の戦闘継続は危険と判断したらしい、エロス方面に撤退を開始していた。

 僕は、血に塗れたかのように黒い斑点だらけになり、少し離れた位置に浮かぶ二号機に接近した。機体は相変わらず青い光を点滅させており、僕のタブレット画面には依然『BOGIが感覚共有(シェアリング)を求めています』と表示され続けていた。

「カエラ……?」

 機体同士を近づけ、コックピットを開ける。二号機に飛び移り、外からハッチを開けると、僕はその中に身を躍らせた。

 照明が点いたままの、狭い空間。カエラは操縦桿を握り締め、バイザーの降りたヘルメットの頭を座席の背凭れに寄り掛からせていた。照明がバイザーに反射し、顔がよく見えない。

 座席のすぐ横に立ち、彼女の後頭部に手を差し入れた時、その中の顔がはっきりと見え、僕は熱いものにでも触れたかのように手を引っ込めた。

 カエラは、目を開いていた。だが、その目は焦点が合っておらず、瞳が散大していた。口元も何かを叫んだような形のまま硬直しており、血液混じりの涎が顎の方まで痕を付けている。

 僕は恐る恐る、タブレット画面に視線を向ける。そこには、最早変えようのない現実に与えられた名前が、たった二単語で記されていた。


『Completely Assimilated(完全同化)』

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