『破天のディベルバイス』第19話 モデュラスの宿命①
①渡海祐二
『ラトリア・ルミレース、艦首レーザー重砲の射程圏内に侵入。スペルプリマー及びケーゼ隊は順次発射を!』
ブリッジから、オペレーターを務める男子生徒の声が聞こえてくる。カタパルトデッキに出るシャッターが開いていき、伊織が五号機の足を発射台へと進めた。
『祐二、カエラはどうした?』
彼は、心持ち機体の頭部をこちらに向けるようにして尋ねてくる。僕はゆっくりと首を振った。
「……分からない」
『グレーテが、彼女を単独行動させるなって伝えてきた。お前、カエラと何かあったのか? 何で彼女は、戦闘配置になってもここに現れない?』
伊織の口調は焦っているようで、僕を責めているようにも感じられたが、それは僕も同じだった。千花菜を襲った事でカエラが罰を受けるのは当然だが、ディベルバイスの防衛はそれ以前に僕たちの義務だ。
「知らないよ。居場所すら分からないんだから」
それは本当の事だった。
伊織は、僕といざこざがあった彼女が姿を隠していると思っているらしい。それは確かに事実だが、今カエラが何処に居るのかは僕にも分からない。招集に彼女が応えなかった時、僕は再び彼女が千花菜に牙を剝くのでは、と思い、万葉に言って千花菜の傍に居てくれるように頼んだ。
五号機のメインカメラはこちらに向け続けられていたが、そこで回線から先程の男子の声で『早くしてくれ』と催促があり、伊織は『悪い』と言って歩を進めた。
『スペルプリマー五号機、神稲伊織、出る』
彼が飛び出して行き、反対側のカタパルトからケーゼ隊もそれに続くように射出される。僕もデッキに進み、彼らの後を追った。
ラトリア・ルミレースもこちらの動きを捕捉しているらしい、レーダーの画面に映るジウスド級、ルビコン級戦艦の信号から、バーデ隊と思しき無数の光点が分離し、加速を掛けてきた。
『接触まで、約十キロ』
敵の戦闘機群が、目視出来る距離まで近づく。彼らの彼方に、ノイエ・ヴェルトの停泊するエロスは地球から見た月──無論、リバブルエリア時代に天蓋に映し出された再現映像だが──程の大きさにまでなっていた。この分では、明日には到着する事になるだろう。
僕は、一号機の左肩から腕にかけてを覆うように取り付けられた、宇宙船の大気圏突入時に使う冷却用のシートをマントの如くはためかせた。火星脱出の際、破壊されたスペルプリマーの左腕は当然の如く、修復不能だった。重力発生機構の構造が不明なので、僕たちの手では直す事が出来ない。
代わりにアモールⅠに引き返してきてから取った措置は、重力刀を操る右腕からシステムを外し、左部に移植するという方法だった。結果として、一号機は攻撃と防御を以前のように同時に行えるようになったが、重力刀の出力制御にも右腕の機構は関わっていた。刀の以前の威力は失われつつあり、また左部に移された機構も剝き出しの状態の為、このシートを苦肉の策として取り付けた。
スペルプリマーと搭乗するモデュラスは、人型を手続き記憶で操る為一体化したような錯覚に陥らされる。僕からすれば、現在の一号機は、自分にあるはずの左腕という部位が動かせない、というような状態で、これは戦闘を幾度と繰り返しても慣れるものではなかった。
『行くぜ!』
伊織の声が聞こえ、視線の先で五号機が戦斧を振るった。真っ先に接近してきたバーデは圧し潰されるような形で切り裂かれ、爆散する。それを煙幕代わりにし、スカイたちのケーゼが戦域に突入した。
その直後、並列していた戦艦が一斉に砲塔から射撃を開始した。戦闘機部隊に当たらないような位置を、真っ直ぐに空間を貫いて肉薄してくる。
僕は重力バリアを発生させ、それを防いだが、受け止めきれたところでその威力はバーデとは段違いだ。激しい衝撃に、早くも移植した重力発生機構が破壊されるのではないか、と不安になった。
『祐二、高度を下げろ!』
伊織が、バーデを次々に打ち砕きながら叫んできた。
『その位置じゃ狙い撃たれるぞ! 俺が活路を開くから、敵船の懐に入り込むように意識しろ! エンジンを潰すんだ!』
「駄目だよ、敵の進路ががら空きになる! 正面にはディベルバイスが居るんだ、船が集中砲火されてしまう!」
僕は叫び返し、伊織たちの猛攻から逃れてこちらにやって来たバーデを睨む。こちらなら仕留めやすそうだ、などと判断されたのだとしたら、腸が煮え繰り返るような気持ちになる。
「うおおおおおっ!!」
僕は裂帛の気合いと共に、機体を前進させた。敵の放ってくる機銃を回転しながら避け、擦れ違いざまに抜き銅の如く刀を振るう。だが、やはり重力出力の弱い刀は敵戦闘機の体側に大きく傷を付けただけで、エンジンを損壊させるまでには至らなかったようだ。
バーデは宙返りするかのように旋回し、メインカメラの辺りを狙って射撃を行ってくる。僕は空間を蹴るように脚部を屈伸し、後方に回避すると、敵のコックピットに反対側の足を叩き付けた。動きが止まったその一瞬、刀身を突き刺して今度こそしっかり仕留める。今回の敵は多い、という意識による焦燥の為か、今までよりも時間が掛かってしまった。
通信機越しに響く伊織の息遣いから、彼が僕に対して焦れを感じている事は判然としていた。しかし、僕も精一杯やっているつもりだ。敵の懐に飛び込めとは言われたものの、以前から感じていた通り、物量で押されると僕たちは弱い。伊織たちの倒し損ねた相手は、その後も続々と僕の方に向かって来た。
……僕が、伊織に文句を言える立場ではない事は分かっていた。伊織の方が僕よりも圧倒的に多い相手と戦っているのだし、一機を墜とすのに有する時間は僕の方が彼よりもずっと遅い。これでは、お荷物扱いするなと言う方が無理な話だった。
(二号機が居てくれたら……)
僕は歯噛みした。
(二号機のグラビティアローがあれば、小型戦艦なんて正面から簡単に撃つ事が出来るのに……ディベルバイスを近距離から危険に晒す必要もないのに……!)
カエラが、ではなかった。自分でそれに気付いた時、僕の心が完全に彼女から離れている事を実感した。それは、ある種の悟りのようでもあった。
「ディベルバイス、ブリッジ! 聞こえるか?」
僕は、通信機に向かって叫んでいた。
「人手が足りない! カエラを呼んでくれ! 無理だったら、誰でもいいから二号機を動かせる人を!」
『おい、祐二、勝手な事をするな』
伊織が通信を聞きつけ、僕に強い口調で言ってくる。だが、僕はそこで言葉を止めようとはしなかった。
「頼む! このままじゃ僕たちは……」
『……分かりました』
ブリッジから応答したのは、ウェーバー先輩だった。
『私が、カエラ・ルキフェルを探してきましょう』
『先輩!?』
回線の奥で、ブリッジクルーの女子生徒が声を上げる。僕も自分で頼んでおきながら、まさか彼が捜索を引き受けるとは思わず「えっ?」と呆けた声を出した。
『ウェーバー先輩、今あんたがブリッジを離れたら……』
伊織が言いかけたが、
『神稲さん、ここに居る生徒たちは、あなたが優秀だと判断したから取り立てたのでしょう。それに私は、この状況でスペルプリマー二号機が放置されているという状態こそ由々しきものだと判断します』
先輩は口調を変えなかった。
『神稲さんが招集を掛けても、彼女は現れなかった。ならば、直接誰かが引っ張ってくるしかないでしょう』
『………』
伊織は唇を噛んでいるようだったが、やがて『分かった』と言った。
『でも、もし彼女が見つからなかったら、その時は誰か別の人間をモデュラスにするなんて事は考えないでくれ。俺たちで何とかする。……この間は、この何倍も多い、しかもバイアクヘーとフリュム船も含めた相手と、スペルプリマー二機だけで交戦したんだ』
あの時みたいに犠牲は出させねえ、と彼が呟く声が、小さく拾われた。僕は肯き、そう言う伊織の現在の行動に改めて疑問を抱きながらも、再び敵を見据えた。前方から更に、バーデが三機向かって来ている。
(これ以上、足手まといにはならない……!)
心の中で宣言し、重力場を展開する。敵の戦闘機と擦れ違う寸前、彼らの機体の側面に重力バリアを押し付け、そこに重力刀を突き出す。かなり不完全な形ではあるものの、バリアを刀身補強に利用すれば、弱まった刀本体の重力出力をある程度は補完出来るようだった。
先程の半分程の速さで一機を撃墜すると、僕は主戦場の方へ飛ぶ。仕留め損ねた二機が反転し、追い駆けて来た。
「アイリッシュ、ナイジェル!」
『任せろ!』『アイ・コピー!』
ケーゼ二機が向きを変え、僕をターゲットにしているバーデのがら空きになった胴に機銃を撃ち込む。バーデ二機が爆散するのを尻目に、僕は高度を落として伊織たちの下を抜けた。
「ディベルバイスはパーティクルフィールドを可能な限り展開し続けて! 僕たちだけじゃ守り切れない! それから艦首レーザー重砲、いつでも撃てるようにチャージを。周囲の熱転換出来る物質が足りなくなるかもしれないけど、僕たちもすぐ戻るから出し惜しみしないように!」
『あと、万が一敵の接近中にパーティクルフィールドの持続時間が切れたら……』
伊織は、僕に続けるように叫んだ。
『座標を変えるにしても絶対に退くな。常に、敵船団に接近するような移動を心掛けるんだ。退いたら、向こうに付け込む隙を与えてしまう』
ブリッジから了解の返事が返ってくる。僕は、また勝手に仕切った事で伊織に咎められるのではないか、と思ったが、彼の判断も僕と同じ結論に至っていたらしく、何も言ってはこなかった。
一号機を加速させ、ジウスド級戦艦の下側に潜り込む。先程バーデを仕留めた時の如く、船底に重力バリアを押し当て、それを刀に纏わせるようにしながら一気にエンジンの辺りを突き刺す。素早く後方に抜けると、船は損壊したエンジンが誘爆を引き起こしたらしく、隊列に大きな穴を穿とうとしていた。
やれる、と僕は思った。だが、重力干渉の影響を刀にも与えている為、刀身には今まで以上の負荷が掛かっている。これが折れた時、一号機は本当の意味で戦えなくなるのだ。
(出し惜しみしていられないのは、こっちも同じか……)
思い、再び重力操作を開始する。船団は危険を察知したらしく、全体的に後退しつつ第二陣以降も戦闘機部隊を発艦してきた。よく見ると、中にはボーアも複数混ざっている。取り囲まれたら万事休すだろう。
カエラは、二号機はまだか。
僕は刀を垂直に持ち替えながら、ディベルバイスの方を確認する。敵の戦闘機群が到着し、攻撃を仕掛けてくる前にせめてもう一隻ジウスド級を沈めておきたい、と思った。
モニター画面の上部を、頭上を進む戦艦の腹に覆われ、同高度に位置するディベルバイスの姿は小さくしか見えない。その間で伊織やケーゼ隊が戦闘機部隊と交戦し、爆炎や閃光、煙を断続的に生じさせている為、その僅かな船の姿すらもシルエットとして映っていた。僕は確認を諦め、カエラが出撃してきたらブリッジから連絡があるだろう、と思い直した。
そして敵船に向き直ろうとした一瞬、その光景を、モデュラスの注意力はしっかりと拾い上げた。
スペルプリマーの格納庫側に伸びているカタパルトデッキから、小さな影が分離してきた。来たか、と安堵が湧き上がったが、それはすぐに、襲い掛かってきた”違和感”によって上書きされた。
あの機体は、小さすぎないだろうか。僕の一号機や伊織の五号機と比べ、大きさがその半分程度しかない。その上歪な長方形で、明らかに人型をしていない。よく見ようとすると、隙を突いたようにバーデたちがミサイルを放ってくるので、ジウスド級の船底に向けていた重力を彼らの方に回し、攻撃を防いだ。
やがて、僕は頭から血液が落下するのを感じた。
あれは確かにスペルプリマーだ。だが、頭部──メインカメラも四肢も、完全に喪失している。また火星と同じ事が起こるのか、という予感が込み上げた。
『……嘘だろ?』
伊織の──僕たちを導くべき存在となったはずの彼の呟きは、文字通り僕たちの耳を打った。彼自身がこの状況を否定したい、と思っている事が窺い知れ、皆精神的支柱を失ったかのようだった。
『スペルプリマー四号機……』
ディベルバイスから出て来たのは、スカイが呟いたそのものだった。