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『破天のディベルバイス』第18話 集合する自我⑨

 ⑧ブリークス・デスモス


 十一月十日。スペルプリマー・ナウトゥのモデュラスであるベルクリ・ディオクレイ准尉が乗ってきた往還シャトル(ロケット)で月を脱出すると、ブリークスは土星圏に居る浪川に連絡を取った。現在は彼の乗ってきたロケットに移り、タイタンへと向かっている。

「見えてきました、もうすぐ到着しますよ」

 浪川が告げてくると、ブリークスは微かに顎を引いて肯く。彼は何度も、主に自分の要請によって土星・地球間を往復している。強烈な加速と姿勢の維持に対して慣れが生じているのか、別段苦もないように声を掛けてきた。

「あなたがフリュム計画の意思を外れて動いている事は知っていましたが……あのような行動、本当に宜しかったのですか? 露見すれば、あなたは連合への反逆者とされます」

「浪川殿。私は既に、ラトリア・ルミレースをビードルに呼び寄せ、サウロ長官を殺した。外患誘致罪すら適応されるだろう。それに私の権限増大が合法的であっても、非合法的であっても、連中には関係ない。……私がフリュム計画の意思を逸脱した訳ではない。私の意思が、計画の意思となるのだ」

 ブリークスは言うと、ちらりと顔を動かして背後を見る。そこには、四肢を拘束されたベルクリが治療用カプセルに入れられ、眠っていた。


          *   *   *


 ベルクリは、無色のディベルバイスとの戦闘の中、自分が彼に吹き込んだ嘘、否、モデュラスの概念を明かしても尚隠していた真実について知ったようだった。向こうのモデュラスと接触する機会があったのか、その理由については分からない。だが彼は確かに、レインの搭乗者ガリバルダ・カバルティ准尉を含む彼の同期生たちを死に追い込んだのはブリークスであると、確信していた。

 彼は自分を襲撃してきたが、その動機は彼の私怨だけではないだろう。

 月への往還シャトルは、現在全て運航が停止されていた。ベルクリが駐在しているのは火星圏ではないし、軍用シャトルを手配したのだとすれば、その相手はフリュム計画の事情を知っている者のはずだ。そして、その誰かがベルクリに、自分への復讐を許可したのならば。

 自分がフリュム計画から命を狙われている事は、確かなようだ。しかし、何故今のタイミングで、という疑問はあった。

 フリュム計画は裏の計画であり、今の自分は地球圏防衛庁の長官代理、宇宙連合軍の総司令官だ。ラトリア・ルミレース司令官セントーとの決戦も控えたこの時期に自分を失えば、軍の混乱は避けられないだろう。

 実際、観測通りであれば三日前に戦闘は幕を開けたはずだ。連合軍は大部隊として月面に集結し、再編成されたが、それだけに自分が居ない現在、統制が取れず混乱しているに違いない。自分が危険極まりない事をしている、という自覚はあった。だが自分の今回の作戦が上手く行けば、バイアクヘーによる進撃など簡単に食い止め、それどころか逆転すら出来るようになる。

 フリュム船を軍事転用させようとしている、という事には自分でも呆れと、人類の宿命にも似た諦観を感じたが、『水獄』や『業火』を起動し、標的にぶつけた時点で引き返す事は出来ない場所に踏み込んでしまっているのだ、という開き直りのような感情もまたあった。

 事態は切迫している。先のアポロ作戦とて、無理矢理総力戦に持ち込んで押し勝ったという、客観的に見ればかなり危うい勝利だった。フリュム計画がそのような状況下で自分を殺そうと目論んでいるらしい事は、彼らもフリュム船の軍事転用という最終手段を覚悟した、という認識で間違いはないはずだ。ブリークスがハンニバルを沈めた以上、ガイス・グラを上回る戦艦など、連合にはもう存在しないのだ。


          *   *   *


 ベルクリを返り討ちにし、彼が激痛に意識を失った事を確認すると、ブリークスはオルドリンに彼を運び込んで治療させた。招集されていないはずの護星機士が居ると怪しまれる可能性があったので、無論IDは偽った。それから、彼を含む負傷者をボストークへ運ぶよう指示を出し、他の負傷兵たちを船に乗せたところで、彼だけを往還シャトルに運び戻し、自らも副司令官にガイス・グラを預けてコリンズに引き返したのだ。

 出発すると、浪川との合流ポイントである小惑星カモオアレワへ移動し、土星・地球間往還ロケットに乗ってきた彼と再び顔を合わせた。だが、そのまま共に土星へ向かおうとした時、リージョン八近辺に駐在していた護星機士団が現れ、自分を、というより浪川を取り囲んだ。

『土星圏開発チーム、インヴェステラ社会社役員、浪川藤吾(トウゴ)

 ロケットの中に入っていて、姿が見えないはずの自分たちに、護星機士の一人は僅かにも迷う事なくそう呼び掛けた。

『あなたには、土星開発に於ける資産の横領容疑が掛けられている。直ちに、我々に同行して頂く』

 聴きながら、ブリークスは「なるほど」と思った。

 ザキの時と比べ、業火のエルガストルムを起動した際、ブリークスの工作はかなり甘かった。シャドミコフ議長らにエルガストルムの起動が露見し、土星圏開発チームの中で、フリュム計画に関わっている者たちの調査が行われたのだろう。そして、浪川がそれに引っ掛かった。

 頭を回しつつ、小惑星に停泊するこちらのロケットを取り囲む、ケーゼの集団を睨んだ。彼らは、フリュム計画の機密を知っている者たちではないだろう。計画がマークしていた浪川が動いたので、シャドミコフか誰かが理由を付け、彼を逮捕するように言ったのかもしれない。

(……今ここで、彼を始末される訳には行かない)

 ブリークスは浪川の耳元に口を寄せ、小声で言った。

「浪川殿、私がこの状況を何とかする。決して、外に出ないで頂きたい」

「どうにか……?」

 彼は、作戦の為にブリークスが今まで多くの人命を奪ってきた事が()ぎったらしかった。こちらを凶悪な人間だと思ったのか、もしくはブリークスが直接仲間の護星機士を手に掛ける事で、こちらが宇宙連合軍に戻れなくなる事を憂えたのかは不明だったが、自分の行動を察し、出来る事ならば留めようとしているような表情が満面に浮かんだ。

 しかし、それ以外に”出来る事”など、残されてはいなかった。

 ブリークスは有無を言わさず、締めたばかりのシートベルトを外し、積載されているメタラプターを目指してコックピットを出た。

 浪川を拘束しようとした宇宙連合軍は、まさかブリークスが同乗しているとは思ってもみなかったらしく、メタラプターが現れるのを見るや否や、何が何だか分からない、というように動きを止めたまま、呆気なく自分によって全滅させられる事となった。


          *   *   *


 浪川を逮捕しようとした宇宙連合軍の反応が途絶し、また応答がない事が確認されれば、彼を自分の協力者だと勘付いているシャドミコフらは、自分が遂に味方の護星機士をも虐殺したのだと判断するだろう。

 だが、今更彼らにどう思われようが、ブリークスには関係ない。ベルクリが、フリュム計画の意思に基づいてこちらを殺そうとしてきたのなら、たとえブリークスが今回の殺戮を行わなかったとしても、計画関係者たちの取る行動は変わらなかっただろう。向こうに大義名分が出来るというだけだ。

 何より、証拠が存在しない。今までの全ての件に関してもそうだし、エルガストルムの起動についても「浪川が関わっていた」という事が判明しただけであり、彼がたとえ事後にブリークスに命令された、と言っても、自分と彼の関わりを示す根拠は存在しない。それよりも、無色のディベルバイスを取り戻して計画に持ち帰れば、連中はそちらの功績の方を評価せざるを得ないだろう。

(今まで払ってきた犠牲を無駄にしない為にも、私はこの作戦を最後のものとせねばならない……その為にわざわざ今度は、私が直接船の指揮を執る事を選んだのだから……)

 心の中でそう独りごちた時、ロケットは小惑星タイタンに着陸した。

 管制官が何やら通信をよこし、浪川がそれに答えている。震動が収まり、体が安定すると、ブリークスはシートベルトを解除して席を立った。

 医療用カプセルの中で昏睡するベルクリをその中から出し、背負いながら外に出ると、ブリークスと浪川はタイタンの地を歩き始めた。液状メタンの海、クラーケン海を臨む丘の影、開発チームの拠点からは見えない位置に並んでいるフリュム船は、残り二隻となってしまった。

「来るのは、十七年ぶりか……」

 同じ土星の衛星ディオネで、かつて自分が行ったスペルプリマーの起動試験。その結果は、未熟な第一世代モデュラスの全滅という形で終わり、ディオネショックという名でその事件は記録される事となった。それ以来、ブリークスはフリュム船に近づく事を禁じられ、船やスペルプリマーについての情報はフリュム計画の定期的な会議でのみ得られるようになった。

 シャドミコフは、この事件が始まってから一度、ブリークスがスペルプリマーやモデュラスに関わる内容について無関心だと言ってきた。だがそれは、自分が知ろうとしなかった訳ではない。知る機会を与えられなかったし、それでも自分は「破天」──地球を救う為のプランを進められると思っていた。

「大佐殿?」

 浪川が声を掛けてくる。柄にもなく物思いに耽りかけていたブリークスはふっと我に返り、「失敬」と答えた。浪川はほっとしたように息を()き、丘の下にその姿が見えるようになっていた二隻の船を手で示した。

「シャドミコフ議長から、残るフリュム船のメンテナンスと整備を急ぐように、と連絡があったのです。恐らく議長も、フリュム船を用いたディベルバイスとの戦闘は図っていなくとも、船同士の共鳴による先方の居場所の探査を行う予定は立てていたのでしょう」

「という事は、いつでも動かせるな、『常闇』は?」

 ブリークスは、死んだように眠り続けるベルクリをちらりと窺う。最愛のパートナーであるガリバルダを喪った事は、彼にとっては悲劇だったに違いない。だが、その感情は丁度良く利用出来るものだった。

「恐らく今の彼であれば、ディベルバイスのスヴェルドやボギなどの比ではない実力を、あのスペルプリマーに持たせられるだろう」

「その方を見、話を伺った時から私も覚悟はしておりましたが……本当に行うのですか? 『常闇』のスペルプリマーは……」

「始まりの機体。私には、この後あれがどのように働き、スヴェルドやストリッツヴァグン、ナウトゥやレインの誕生に繋がったのか分からない。だが……今は何より、作戦を遂行する事が優先される」

 ──貴様には、人柱になって貰う必要がある。

 ブリークスは心の中で彼に囁き、目的のフリュム船を睨み据えた。

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