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『破天のディベルバイス』第18話 集合する自我⑦

 ⑦渡海祐二


 十一月二十七日、午前二時四十八分。

 僕はスペルプリマーの格納庫の前で、眠る事が出来ないままで居た。

 伊織から、僕やカエラ、アイリッシュたちケーゼ隊に、今日の朝五時頃ディベルバイスは過激派の二個旅団級の船団と会敵する、と報告があったのは、昨夜の夕食後だった。僕はそれ以前に伊織から個人的に聞かされたが、そこで彼の言う事は本当なのだ、という実感が湧いてきた。

 伊織は、早い段階で生徒たちに不安要素を与え、指揮に支障を(きた)す可能性を生むよりも、いざとなってから混乱させ、否が応でも自分に従わざるを得ないという状況を作る、と言い、邂逅の一時間前まで情報を伏せておく事を宣言した。僕たちにあらかじめ知らせておくのは、相手の規模が規模だけに、実戦部隊の対応までが遅れては困るから、という事だった。

 僕は、皆を混乱させるのは危険だ、と思ったし、アイリッシュも怒りを露わにしたが、伊織は冷徹だった。この事を僕たちの誰かが訓練生に漏らし、その事が発覚したら、出所を突き止めて私刑を加える、と脅された。

 どちらにせよ、僕たちが戦う事は間違いない。ブリッジで組まれた作戦データが転送され、目を通したものの、数時間後に大きな戦闘が迫っているという状況下で眠れるはずがなかった。部屋に居ると肺に空気が詰まりそうに思えたので、こうして出てきたが、伊織が実権を掌握して以来僕でも勝手にスペルプリマーの格納庫に入る事は出来なくなっていた。

 念の為カエラを訪ねてみたが、彼女は部屋に居なかった。千花菜の部屋にも居ないというので、やはりブリッジで寝泊まりしているのだろう。

(千花菜、どうしているんだろうな……)

 僕は、千花菜にであれば、今日未明の戦いについて打ち明けてもいいのではないだろうか、と思った。彼女なら事情を察して、絶対に仲間たちに口外する事なく、情報を有効に活用して身を守れるのではないか、と。しかし、結局僕は言う事が出来なかった。

 万が一、猜疑心に駆られた伊織が、監視の目を僕たちに付けていたとしたら。そうでなかったとしても、何かの拍子に情報漏洩が露見したら。それを恐れる気持ちは無論あったが、それだけではなかった。僕が情報を打ち明ける事で、千花菜が僕と同じように眠れない夜を送る事になるのではないか。それが、僕の口を開かせない最大の理由だった。

 せめて夜くらいは、千花菜に何も考えないでいて欲しかった。彼女の心にプレッシャーが掛けられ、その状態が続く事は、僕にとっても(つら)い。火星を脱出してから僕が千花菜の事を考える頻度はずっと増えたが、それは伊織と恵留の先例があったからではなく、彼女の周囲に、彼女が心を落ち着かせられる場所や時間を与えてくれる人が誰も居なくなったように思えたからだった。僕は、彼女の傍に居なければならないのだ、という使命感すら感じ始めていた。

「……ここに居たんだ、渡海」

 声を掛けられ、僕は顔を上げる。そこに、グレーテが立っていた。寝間着に着替えてはおらず、服のまま夜間の警戒を行っていたらしい。

 グレーテは、第三次舵取り組が伊織によって解体された時、最初は彼を支持しないとしてブリッジを去った。だが、火星から脱出した時の作戦や、その後伊織の戦術で過激派を駆逐したりするうち、考えを改めたのかブリッジメンバーとして復帰していた。元々ニーズヘグでクルーを務めていた人物で、成績優秀である事は確かなので、伊織もそれを受け入れていた。

「見回り中?」

「そう。渡海、夜間の外出は禁止されているはずだよ」

 言われ、僕はついむっとする。

「今寝たら、二時間後に戦闘準備に入れなくなる。でも、部屋に居たところでどうしようもないじゃないか」

「カエラとなら、眠らないで二時間くらい潰せるんじゃないの?」

 グレーテの言葉に、そこで棘が混じったように思った。僕の苛立ちは募る。

「嫌味で言ってる? 僕は、段々分かってきた……いや、()()()()()()()()()()()、自分で自分の事が。自分が今、本当に彼女に共感出来ているのか。出来なくても、彼女の価値観を理解出来るのか」

「……訳が分からないな。カエラ、確かに私でもイラッとする事はあるよ。でも、あんなに美人だし、可愛いし……勿体ない」

「それだけが、好きって事じゃないだろう」つい、口調が強くなった。「それじゃ、僕なんて……」

 僕は先日、カエラの目を見て、彼女の意図が分かってしまった時の衝撃を思い出した。このままでは僕たちは惰性になる、という事を、既に確信していた。しかし、それをグレーテに言ったところで、どうにもならない。僕たちの、否、僕の事は、僕自身で決めねばならなかった。

「とにかく、僕の事は放っておいてくれ。すべき事はちゃんとするから」

「……そう。まあ、騒ぎ立てないならいいけど」

 彼女はそれ以上追及する事なく、回れ右をした。「おやすみ」と形許(かたばか)りに言い、歩み去って行く。僕は膝を抱え、蹲った。

 ──すべき事、か。

 一歩引いて考えてみれば、どうとでも解釈出来る、都合良く便利な言葉だ。だが、確かにその〝使命〟のような義務は存在するのだ、と僕は信じた。信じなければ、僕の変化に説明はつかないようだった。

 感情の変化が大きくなった自分。それを、千花菜に振り向けようとした自分。それが、スペルプリマーによる精神干渉……洗脳であっていいはずがない。

(僕は……もう、迷わない)

 心の中で、自分に暗示を掛けた。自信が無理に変わる必要も、変わらない必要もないのだ、と思う。自然に変わっていったのだとしたら、それも含めて僕は僕だ。


          *   *   *


 その、十数分後の事だった。

 突然、何の前触れもなく、静まり返った船内に、居住区画から聞こえてきた悲鳴が響き渡った。それは間違いなく千花菜のものだったので、僕は反射的に、弾かれたかの如く立ち上がった。

「千花菜!?」

 声に出し、叫ぶ。僕の声が届いた訳ではないだろうが、彼女の声はその直後、「祐二、助けて!」と続き、そこで急に潰れたように途切れた。苦しげな、微かな呻き声へと変化したが、集中力がいつの間にかモデュラス回路に切り替わっていたらしく、僕には一旦意識したその声がはっきりと耳に届いた。

 不吉な予感が、体幹をぞくぞくと駆け上がるのを感じながら、僕は床を蹴って駆け出した。どうか、誰も間違いを犯している事がないように、と心の底から祈り、それが通じる可能性が限りなく低い事を、また自覚してもいた。

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