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『破天のディベルバイス』第18話 集合する自我⑥

 ⑤宗祇隼大


 十一月二十七日。火星、クリュセ平原。エイハブ級小型巡洋艦のブリッジ。

「火星圏の全ユニットを捜索しましたが、フリュム船・無色のディベルバイスの反応は皆無でした。過激派の占領軍が停泊しているフォボスにも、目立った動きはありません。彼らがフォボスに向かい、過激派を退けて留まっている可能性もないと見て宜しいかと」

「そうか……」

 報告してきた護星機士の言葉に、宗祇は腕を組んで肯いた。まあ、予想していた事ではある。自分が彼らでも、あの作戦を行って逃げるとしたら、リージョン九からはまず脱出するだろう。

「私たちがノクティス迷路でディベルバイスを発見出来たのも、運が良かったに過ぎない。たまたまあの子供たちの中にエスベックが居り、たまたまそのエスベック──シン・クマシロのクローンがスペルプリマーに乗っただけだ。サーバーに転送されるデータは、一個体につき一回のみ。もう先日のように、あのエスベックの反応から船の座標を探す事は不可能だ」

「承知しております。そうなると、やはり一時的に第四のフリュム船を起動し、船同士の共鳴から位置を探る以外には……」

「一時的にであれば、シャドミコフ議長もそれを許可して下さっている。業火のエルガストルムが勝手に起動された後、第四、第五の船の整備を急ぐようにと、土星の関係者たちに指示が出された。……連絡は私が行う。貴様たちは、先日の事後処理を急げ。フォボスの奪還作戦も、立て直さねばならない」

「はっ!」

 護星機士は敬礼し、「失礼します」と言って立ち去って行った。宗祇はその背中に向かって「貴様たちだけが頼りだからな」と声を掛け、すぐにその言葉を放った自分自身に言いようのない嫌悪感を覚えた。

(彼らは確かに、フリュム計画の人間だ……だがあのような者たちに、人類の希望を託さねばならないなどと……)

 宗祇は歯噛みする。今し方自分と話していた護星機士の所属する部隊は、ユニット九・一「ヒュース・アグリオス」の駐在軍だった。ジャバ一味と癒着し、ユニットに彼らの区画を与え、挙句その事が露見しそうになると、守るべきユニットの住民たちを証拠隠滅の為に虐殺した。ジャバと関わりを持っていた点では宗祇も同じだが、自分のそれは火星圏の統治を円滑化し、反社会的存在である彼らの活動を抑制する為であって、決して私腹を肥やす為ではない。

 更に、彼らヒュース・アグリオス駐在部隊の悪行はそれだけではない。彼らはブリークスによってフリュム計画に引き入れられ、暴走状態にある彼に協力していた。最初に水獄のホライゾンが動かされた時、ブリークスは土星圏開発チーム代表アクラ・ザキに自分の独断行動の責任を負わせ、抹殺した。その際、「ザキが火星への逃亡を企てていた」という証拠作成にも彼らは一枚噛んだ事は、状況を見る限り疑う余地はなかった。

 自分は確かにシャドミコフと共に、非人道的だと罵られるような行動を繰り返してきた。だがその中に、私欲の為に行われた行動など一つもない。泥の中に沈んだ一粒の砂金を、汚泥を被りながらも拾い上げる作業が政治なのは仕方がない事だが、彼らの行動はそうして獲得した砂金を、決して人民の為に使おうとしないのだ。

 状況がこれ程切迫していなければ、自分は彼らを粛清していただろう。

 実際に、自分はブリークスを殺す為、ベルクリを送り込んだ。

(そういえば、彼からの連絡が未だに来ないのは何故なんだ?)

 宗祇は、約一ヶ月前に月に送り出したその刺客の事に思考を回した。火星から地球までは、往還シャトルを用いれば三日で到着出来る。彼はブリークスに、エルガストルムでの作戦の失敗と、自身が彼に合流する事を告げていたようなので、月面・コリンズに着いた彼がブリークスに会うまで、そう時間は掛からないはずだ。ブリークスが警戒していなければ、彼の暗殺は容易く成し遂げられるはず。

 それが、何故一ヶ月待っても何の連絡も入らないのか。彼が自分ではなく、シャドミコフの方に作戦の結果を伝えていたとしても、それならシャドミコフから自分に何かしらの報告があるだろう。

(今までの予測通りであれば、既にラトリア・ルミレ―ス主力との決戦は始まっているだろう。ブリークスが予定通り殺されていれば、後の事は円滑に進むに違いないのだが……)

 確定情報が入らない事程、気分を苛立たせる事はない。自分はその気になれば、幾らでも迅速に行動する事が出来る。だが、自分に行動する気があっても周囲の状況変化が遅くてそれが出来ないという事は、自分に何も出来る事がないだけに()れが募るものだった。

 念の為、一度シャドミコフに確認してみようか。だが、これは彼から報告があった決定とはいえ、自分が起こした行動だ。ベルクリはそもそも、シャドミコフに連絡していない可能性もある。シャトルに何らかのトラブルがあったり、ヒッグスビブロメーターの破損による通信不良が起こっていたり、といった事も否定出来ないし、ベルクリが返り討ちに遭った可能性も、万に一つとしても完全にないとは言い切れない。それでは、こちらから連絡しても意味がない。ブリークスが彼の通信機を掌握していた場合、自分の指示である事が彼に知られる事も考えられる。

 今は待つしかないのだ、と、宗祇は自分を戒めた。

 ブリークスを除けたとして、まだ自分たちにはすべき事が残っている。先程の護星機士に言った通り、これから一時的にフリュム船を使い、ディベルバイスの捜索もせねばならないのだ。

(シン・クマシロ……君は、私たちのした事に気付いているだろう。人類の未来の為に行われた、我らが蛮行に……しかし、それ以上に何処までを知っている? 私は、オリジナルの君さえも成し遂げられなかった進化を成した個体、我々が最終的に生み出そうとしていたエスベックを、この手で葬らねばならないのか?)

 微かにやるせないような、思いを抱えつつ、宗祇は通信機を手に取る。土星の衛星タイタンでフリュム船を管理している者たちに、第四の船の整備状況を尋ねようとした。

 その時、周辺で見回りを行っていた護星機士たちから回線に着信があり、宗祇の連絡は中止せざるを得なくなった。

『宗祇少佐!』

「何だ?」

 彼らの口調が焦っているようだったので、丁度ベルクリの件で不安が兆し始めていた宗祇は、口調にそれが出ないように抑え込んだ。

『連中が……ダーク・エコーズの一派が……うわあっ!』

 焦燥は狼狽となり、刹那の悲鳴を経て、それは爆発音となった。鼓膜が破れそうなその音に、宗祇は咄嗟に無線機を顔から遠ざける。窓の外に広がる景色の一角で、光焔が拡散したのが目に入った。

 宗祇は、ブリッジに居る兵士に向かって叫んだ。

「敵が接近している! 情報を早く!」

『ア、アイ・コピー、只今……? ヒッグスビブロメーターに、反応がない?』

 ダーク、と先程の護星機士が言ったのを思い出した。宗祇は思わず立ち上がり、窓の外に視線を向けつつ双眼鏡を目に押し当てる。

 平原の向こうに、宇宙服姿の人影が幾つか見えた。中の一つはスティンガーミサイルの発射砲のような巨大な筒を持ち、片膝を突いてそれを上空に向けている。何故、火星駐在軍を結集させながら誰も気付かなかったのかが分かった。

「生身だったのか……!」

 あの携帯式防空ミサイルは、宇宙連合軍の兵器だ。宗祇が火星駐在軍をノクティスに集中させた際、警備が薄くなった何処かの基地から奪取されたものに違いない。だが何故、先程の機士はあの人物がダークだと分かったのだろう、という疑問が浮かんだ。距離は、双眼鏡で見ても豆粒程度にしか捉えられない程離れている。少なくとも宗祇には、その相手の宇宙服のヘルメットの中に、誰と分かる顔を認める事は出来なかった。

 と、思った次の瞬間、頭蓋の中で声が(こだま)した。

 ──宗祇隼大。貴様は、これでおしまいだ。

「………!?」

 まさか、という一念が頭を支配した。モデュラスによる、脳への重力干渉。星導師オーズ、否、シン・クマシロが分かりやすく「思念伝達(テレパシー)」とも表白した、彼らの存在理由ともいえる能力。

 そう思った時、ならば仕方がない、という諦観にも似た気持ちが込み上げた。これこそが、自分たちがしようとしていた事の結果なのだ。シャドミコフは今でも健在であり、自分と彼の計画も最終段階に突入しつつある。ディベルバイスを火星圏から取り逃がした今、自分に出来る事はもうない。この辺りが、お役御免というところだろう。

(これは、私にとっての罰だ……)

 必要悪という言葉が、自分の出した犠牲を正当化したい人間の口にする都合のいい言い訳に過ぎなかったとしても、自分はまさにそれだった──。

 ミサイルが発射され、こちらに真っ直ぐ向かって来る。双眼鏡に映し出される弾頭が次第に大きくなり、宗祇の視界に限定された窓を覆い尽くす。

 痛みを感じる前に、内部をエンジンまで貫かれたエイハブ級小型巡洋艦は爆散し、周囲の部隊を巻き込みながら閃光となった。


 ⑥ダーク・エコーズ


 平原に停泊していた宗祇少佐の宇宙船は、自分の放ったミサイルによって呆気なく撃沈した。彼の率いていた宇宙連合軍も、今の攻撃に巻き込まれて倒されたのか、それともこちらの攻撃で一瞬にして指揮艦が沈められた事に恐れを成したのか、反撃してくる気配はない。

 ダークは、一種の厳かな気持ちすら抱きながら、その光景を見守った。満足感も達成感も特になく、あるのはただ、一つの事柄がそこで完全に終わったかのような虚無感だったが、少なくとも心地の悪いものではなかったように思う。

「何やってるの、ダーク。狙われるよ、早く退散しなきゃ」

 背後から、ケイトが声を掛けてきた。トレイも、庇うように彼女の肩にそっと手を回し、自分が動くのを待っているようだった。

 今のダークは、ここで撃たれたとしても未練はない、という妙に落ち着いた心境に在った。だが、それにトレイやケイトまでも付き合わせる訳には行かない。自分のこの行動にしたところで、彼女たちには散々止められ、結果的に二人が自分に着いて来るという形になってしまったのだ。

 ダークは無言で肯くと、もう一度追手が自分たちを狙って来ないか確認し、身を翻した。もう自分はリーダーではないので、以前のように「行くぞ」などと殊更(ことさら)に言ったりはしなかった。

「……ねえ、ダーク」

 歩き始めて間もなく、トレイが言ってきた。

「あなたは何で、今日のこの作戦を実行したの? あたしたち、もう何をしたところでディベルバイスには戻れないのに……」

 ダークは、ふと足を止めて彼女の顔を見つめる。トレイは、何かいけない事を言ってしまっただろうか、と思ったのか、若干緊張の表情を浮かべながら自分を見つめ返してきた。

「……さあ、何でだろうな」

 自分でも、分からなかった。

 しかしその言葉に、双子の姉妹は何処か安堵したように息を吐き出した。

「そっか」

 トレイはそれ以上、何も言わなかった。

 ダークは再び前を向き、進み始める。頭上で、煙の中を抜けてきた戦闘機の駆動音が小さく、しかし鈍く確かに響き始めた。

 クリュセ平原で連続した爆発音が轟いたのは、その十数秒後の事だった。

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