『破天のディベルバイス』第18話 集合する自我③
③神稲伊織
「小惑星エロス、プシュケから、ラトリア・ルミレースの編隊二個旅団級が発進したようです。バリ級戦艦を筆頭に、中型を含む宇宙船多数。進路的に、我々を狙ったものではありません。月に向かっているバイアクヘーから、何かしら予想外の伝聞を受けたのでしょう。援軍のようです」
索敵をしていたウェーバー先輩が、淡々とした口調で告げた。ブリッジでオペレーターを務めていた他の生徒たちは、何でもない事のように報告されたその情報に、驚いたようにはっと息を呑んだ。
「何で……」
信じられない、というように自分でレーダーを確認した男子が、責めるような口調で発言した。
「何で先輩、そんなに冷静なんですか! 二個旅団って……」
それは、リージョン七近傍でバイアクヘーと交戦する前、セントー司令官がこちらに送り込んで来た先遣隊と戦った時の二倍の戦力だった。伊織もぎょっとしたが、落ち着け、と自分に言い聞かせた。
(俺たちはあの後、バイアクヘーともエルガストルムとも戦った。ジャバ一味とも、火星駐在軍の、過去最高規模の部隊とも。こんなの、雑魚だ)
「別に戦う必要もないからです」
ウェーバー先輩は、声を荒げた生徒を冷たい目で見る。
「我々は、今まで小規模な偵察部隊を叩きながらエロスへの接近を行った。索敵範囲の関係上こうして確認が遅れた事は痛いですが、まだ引き返せる範囲です。宇宙連合軍と過激派の戦いは最早我々には無関係です、彼らを行かせてしまえば、これから私たちがノイエ・ヴェルトを陥落させる際倒さねばならない敵が減る。神稲さん、一時的な避難を」
先輩が言うと、皆は「そういう事か」と納得の表情を浮かべ、自分の方を見つめてきた。伊織は彼らを見つめ返し、それから口を開いた。
「いや、もうこっちも奴らには捕捉されているだろうな。連中も、このまま自分たちが素通りすれば、俺たちにノイエ・ヴェルトを攻撃して下さいと言っているようなものだとは分かっているだろう。……叩く。俺たちでラトリア・ルミレースの大本を断つという事に、まだ不安を感じている奴らも居るだろうからな。ダークギルドには、バイアクヘーを倒す事は出来なかった。だが俺たちには、出来るって事を、ちゃんと示すんだ」
自分の言葉に、生徒たちは一様に沈黙した。彼らが、無茶だ、などと余計な反論をしない事は、正論を述べている以上有り得ないと伊織には分かっていた。彼らは、ただ自分の脅迫めいた行為に屈したのではない。自分の思想に納得し、共感したからこそブリッジに集まったのだと信じていた。
反論がない事を確認すると、伊織はウェーバー先輩の方を向いた。
「先輩、このまま俺たちがここに留まっていた場合、奴らとの会敵までどれくらい掛かる?」
「大規模な進路変更がない限り、明日の午前五時頃となるでしょう」
「となると、戦闘準備は十分に進められるな」
この間の宗祇との大規模戦闘では祐二たちが足を引っ張ったが、あれは自分の指揮能力と作戦の運び方を生徒たちに見せ、自分が指揮権を得る事に納得させる点ではいい方向に働いた。だが、ここで前と同じようにやっては、今度は逆に自分の支持率を下げる事に繋がる。
ここで、自分がユーゲントやダークギルドのように、不満を抱かれた挙句放逐される訳には行かないのだ。生徒たちがそれをすれば、それは自殺行為に他ならないのだから。生徒たちが不満を抱かない事は、まず不可能だ。だが、それによって彼らが反抗的な態度を取らないようにする事は出来る。その為には、やはり力による抑圧しかないのだ。
目指すは、短期決戦。長引けば長引く程、脅迫による統治も難しくなる。別に自分は、生徒たちの身を本気で脅かそうとしている訳ではない。逆に、自分のプランでは確実に彼らを救う事が出来る故、何が何でも従わせねばならない。
(祐二たちに、俺のやり方は通じるんだろうか?)
伊織はふと、そう考えた。
彼は、自分の親友だった。今のところも、自分の提案する作戦には協力してくれている。だが、敢えて戦闘を回避せず、フリュム船やバイアクヘー程ではないとはいえ敵の大部隊に向かっていくという自分の方針に対しては、迷いを生じさせるのではないか。それは、火星を脱出する際に宗祇と戦った時のように、彼に揺るぎを与え、稚拙な戦闘に走らせるのではないだろうか。
彼は、もう自分がリードしなくても、自分の意思で行動し、選択出来るようになっている。以前のような消極的な性格は影を潜め始めている。その事自体はいい事なのだろうが、彼は脅せばどうにかなる、という存在ではない者となったのは事実だ。選択の余地が出来た故、揺れる事もある。
スペルプリマーを操縦出来る者を増やす、という事も考えた。祐二やカエラに現れた、感情の増幅や凶暴化といった異常も、ハープ曰くスペルプリマーの副作用によるものらしいが、伊織はモデュラスを超越した存在──エスベックというらしい──になり、今のところ祐二が悩んでいたような慢性疲労なども出ていない。状態が安定した、このエスベックという存在になる可能性があるのなら、生徒をスペルプリマーに乗らせる事が必ずしも危険とは限らない。祐二やカエラより優秀な成績の者は、射撃組にも沢山居た。その者たちに、スペルプリマーは任せてしまった方がいいのではないだろうか。
しかし、伊織にはそれが出来なかった。これから自分がしようとしている事が成就したら、モデュラスはその後残してはならない概念なのだ。これ以上、兄である本物の神稲伊織や、星導師オーズのような存在を増やす事は控えたい、というのが正直な気持ちだった。
「ウェーバー先輩の言う通り、戦闘を回避出来る可能性はまだある。その上で、敢えて戦闘を行うんだ。この情報はまだ伏せておき、作戦準備が整い次第船内全域に公開する事とする。作戦は俺が立てるから、お前たちは引き続き警戒と操船に集中していろ」
伊織がそう言って締め括ると、ブリッジクルーたちは声を揃えて「アイ・コピー」と答えた。