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『破天のディベルバイス』第18話 集合する自我②

 ②渡海祐二


 その日も戦闘が終わった後、僕が船内に戻ると千花菜が待っていた。

「お疲れ様、祐二」

「ありがとう」

 僕は答えながら、ちらりとカエラの方を窺う。彼女はこちらに、やや睨むような視線を向けていたが、僕と目が合うと、何も言わずブリッジに向かう伊織たちの方に混ざった。

「祐二、この後は何か予定ある?」

「船の修繕と、太陽電池の充電かな。ナイジェルたちに任されて」

 船の治安は確かに改善され、生徒たちも露骨に不満を見せるような事はなくなったが、それは決して、悪い空気が消えた事を意味しなかった。暴力行為や罵倒の応酬がなくなった一方、僕たち元舵取り組に対する嫌がらせは陰湿さを増した。部屋の扉に落書きがあったり、残飯が投げ込まれていたりする事もあったが、それらの犯人は不明のままだ。

 千花菜もそれを経験し、目に見えない形となった悪意──と言えば語弊があるかもしれないが、生徒たちの負の感情に怯える事が多くなった。そして伊織やウェーバー先輩は、肉体的な実害がない事から、それらを看過していた。彼らの優先する事はあくまで皆の「身の安全」であり、脅迫という手段で船に支配体制を敷いた事からも、精神的な事は後回しにする方針のようだった。

 僕は、そのような状況下で、積極的に船内の仕事を引き受けるように努めた。生徒たちの負担を軽減する事が出来るし、一人で作業をしている間は目に見える悪感情から遠ざかる事も出来る。千花菜も、第一次舵取り組の頃から務めていた、食事を始めとする生活活動の仕事を以前と同様に行う事で、僕と同様神経を現状から逸らしているようだった。

「良かったら、私も手伝うよ。昨日終わらなかった分もあるでしょ?」

「千花菜の仕事の方は、大丈夫なの?」

「お昼までは時間あるし、他にしなきゃいけない事もないから」

 そのような時は、彼女も気を紛らわせたいのだろう、と思った。それに、僕はこの間千花菜が耐えきれなくなったように涙を流したのを見た時から、今こそ僕が彼女の傍に居なければならない時なのだ、と思い、リバブルエリアに居た時のように接するように心掛けた。

 そして僕は、千花菜と一緒に居る時、この状況でいちばん自然体のままで居られるような気がした。これこそが、千花菜や恵留が、僕や伊織に求めていた事だったのではないか、と思った。

 僕は肯き、「ありがとう」と言った。

「ガンマで外に出るけど、船から降りる事もあるから気を付けてね」


          *   *   *


 恵留が攻撃を受けて昏睡に陥ったのは、このように船外で活動している時だった。特に今回、多くのラトリア・ルミレースを撃墜した事で、ディベルバイスがここまで迫っている事は星導師オーズにも気付かれているだろう。哨戒中のバーデや宇宙船は先程倒したが、他の部隊がそれを受けて僕たちを探している可能性もないとは限らない。

 僕はディベルバイスの修繕すべき箇所まで移動し、作業船から出ると、続いてこようとする千花菜を留め、機材を僕に渡す事、作業船を指示通りに操縦する事だけを頼んだ。彼女はこくりと肯き、船内に戻る。ちらりと見ると、アタッチメントのアームでこちらに溶接機を渡してきた。

 船体の損傷した箇所を溶かした鉄で固め、金属板を取り付けながら、僕は周囲に絶え間なく気を配った。作業船に通信機は持って来ているが、ブリッジクルーたちがビブロメーターで反応を検知した時には、敵の射程に入っている事も考えられる。僕が付いていながら千花菜を喪った、などという事になったら、悔やんでも悔やみきれないだろう。伊織と同じような間違いを、僕は犯さない、と心に誓っていた。

 そのような考えに囚われ、手元の注意が散漫になっていたのだろう、宇宙服の指に電動ドライバーを打ち込みそうになり、僕は慌てて手を引いた。取り付けかけていた鉄板が船体から離れ、落下していく。千花菜はそれを掴むと、こちらに接触回線で声を掛けてきた。

『祐二、大丈夫?』

「あ、ああ……問題ないよ。ちょっと、周りが気になっただけだ」

『私の事、心配してくれるの?』

「当然だよ。それが今の僕にとって、いちばん大事な事だから」

 僕が言うと、千花菜は『祐二……』と呟いて静かになった。その声に、僕は思わず心臓が速く鳴るのを感じた。その速い鼓動の中に、以前のように鋭く疼くものはなかった。

「ねえ、千花菜」僕は気付けば、そのような事を彼女に尋ねていた。「僕は、千花菜の拠り所になれているかな? 守るっていうのは、時には独り善がりな言い訳になってしまう事もある。船を守れば千花菜の事も守れるって、今まで僕はそう思っていたんだ。だけど、伊織と恵留を見ていて、分からなくなった……」

 本人に言うべき言葉ではないか、と思ったが、僕は言葉を呑み込めなかった。千花菜は面喰らったのか数秒間黙り込んだが、やがて口を開いた。

『私は、スペルプリマーパイロットとしての祐二より、私の幼馴染の祐二の方が好きだな。守って欲しいっていうより、一緒に居て欲しい。それが、弟分って事なんだと思う……』

「全く、千花菜は昔からそうだ」

 冗談めかして付け加えられた言葉に、僕は軽口を返す。僕たちは二人同時に、微かに笑い声を漏らした。だが、はぐらかすような形では終わらず、千花菜は『でもね』と続けた。

『私、今は祐二が居てくれて良かったって思う。縋りたくなっちゃう気持ちがあるのも、否定出来ない。だけど、そうやって祐二に甘えてもいいんだって……言ってくれたら、嬉しい』

 僕は、ほっと安堵の息を()いた。それは、今まで伊織に引っ張られ、足手まといになる事しか出来なかったのか、と思っていただけに、僕にとって最高の肯定の言葉だった。

『今度からも、こうして手伝いに来ていい?』

「いいよ、勿論」

 僕は、久々に感じる事の出来た充足感と共に、そう答えた。


          *   *   *


 作業が終わると、千花菜は昼食の用意の為に厨房に向かい、僕とは一旦そこで別れた。僕が自室──カエラと共用していた方──に帰ると、入口の扉には鍵が掛かっていた。心にさっと影が差すのを感じながら、僕は軽くノックする。間を空けず、声が返ってきた。

「祐二君?」

「そうだよ。……カエラ」

 僕が名を呼ぶと、扉が開いて彼女が顔を覗かせた。

 伊織が船の指揮権を奪い、以前のメンバーだった僕たちを追い出した後、久しぶりに二人で部屋に戻れた事で、カエラは機嫌良く僕に絡んできた。久々に祐二君と寝られる、などという事も口に出した。僕は、彼女が何故そのように平気で居られるのか分からず、実際に「無神経ではないか」と窘めた。その時に彼女は、

「伊織君が反乱を起こして、少なくとも一つは良かった事があったね。祐二君が、もう皆の指揮を執らなくて良くなった事。私との時間が戻って来た」

 このような事を言った。

「言ったでしょ、私は祐二君と二人ぼっちで居られるなら、()()()いいって」

 だから、生徒たちの命を顧みなくて構わないというのか、と、僕は心の中で反論した。僕は成り行きで指揮を執る事になったが、その時もカエラは、僕が責任の重さに呻吟し、心を擦り減らしている事を何とも思っていなかったのか、と思うと、着いて行けないように思った。

 恵留まで命が助かるかどうか分からなくなったのに、と思った瞬間、トムを毒殺しようとしたり、シックルの乗ったニーズヘグを容赦なく撃沈した時の彼女の態度が蘇り、僕との価値観の乖離に、喩えようのない”気持ち悪さ”を感じた。僕も、自分が正しいなどとは思っていないが、そのズレだけはどうしても受け容れ難いもののように感じられた。

 その夜、僕は彼女から誘われても、以前のように抱き合おうとはしなかった。モデュラス化に伴う慢性疲労の解消だとしても、それは出来なかった。彼女はそれからつまらなそうにし、その後は伊織の思想に共感してブリッジで眠る事が多くなった為、それ以降この部屋で二人きりになる機会はなかった。

「カエラ、戻って来たの?」

 僕が言いながら部屋に入ると、カエラはそれには答えず、「ねえ」と言った。

「祐二君、千花菜を想っている気持ちは恋じゃないって言ったよね」

「どうしたの、急に?」僕は、やや戸惑って聞き返す。

「こういう時って、恋人の方を優先するものなんじゃないの? 私、祐二君が居るからこんな最低な生活も受け入れられるんだよ。祐二君は、私が一番じゃないの? せっかく自由になったんだから、私をもっと見ていてよ」

 普段と変わらない口調ながら、何処か捲し立てるような、焦燥感をそそるような彼女の言葉に、僕はその意図を理解した。理解すると同時に、つい自分の口調まで強くなった。

「何で、僕が千花菜の傍に居るだけでいけない事になるんだ? 千花菜は、恵留の事で心を痛めている。そこに、君が共感する伊織の行動で追い討ちを掛けられたんだ。今、凄く繊細になっている。僕だって、幼馴染の友達なんだから気に掛けないなんて出来ないだろう」

「そういう優先順位は、恋人が一番でしょ」

「誰が決めたんだよ、そんな事?」

 僕は、虚空に向かって呼び掛けているような、話の通じない相手に懸命に話し続けているような、空虚な苛立ちを覚えながら言葉を続ける。

「恋人恋人って、状況も(わきま)えずに抱き合うだけがそれじゃないだろう。君だって、僕が何を思って舵取り組に居たのか、分かっていなかったじゃないか」

「私は、祐二君の事が一番だよ。祐二君にも、そうであって欲しいよ」

 ──違う。

 カエラの双眸に、狂気的な欲望が火を灯しているのを、僕はその一瞬で見てしまった。それを見た途端、僕は長い間ずっと見えなくなっていた疑問を思い出し、それに対する答えを得たように思った。

 いつの間にか、僕の中で萌芽していた違和感。それは、僕が薄々、その事を既に知っていたからだったのかもしれない。

 僕は、自分が今悟った事が咀嚼されきるのを待って、ゆっくりと発言した。

「……君は、自分を好きになる男子が居るって、証明したいだけだろう」

 カエラは、表情一つ変えなかった。僕は、尚も言葉を紡ぐ。

「僕は僕だ。僕自身が何の為に戦うのか、何の為に船に……いや、ここに居るのか、それは自分で決める」

 言い終えると、カエラは固めていた表情を、ゆっくりと冷たいものへ変化させた。一瞬完全な無表情を経て、次第にその顔は寂しそうなものへと変わっていく。だがその意味は、僕を憐れんでいるからのようだった。

「……祐二君には、それは難しいと思うよ」

 カエラは、(おもむ)ろにそう言ってきた。

「何で?」

「伊織君に導いて貰っていたでしょ? 本当は、責任を負う事だって苦手。だから私は、それじゃあ祐二君は苦しいだけだと思う」

「苦しい事から、逃げ続ける訳にも行かないだろう?」

「それで、あなたを認めてくれる人は居るの? あんなに何をやっても、頭を使って生きていない皆から不満しか言われなかったのに?」

「それに、僕が自分で選択をする事が、必ずしも(つら)い事って決まった訳じゃない。少なくとも千花菜は、このままの僕がいいって言ってくれた。

 ……カエラ。僕も前は、君が二人ぼっちになりたいって言ってくれた時、それもいいかもしれないって思ったよ。カエラは、今までありのままの僕を受け入れて、僕そのものを認めてくれているんだと思っていたから。だけど、それから色々な事があって、僕たちは……どれだけ好きな人同士でも、その二人だけじゃ生きていく事は出来ないって気付いた。宇宙って、そんなに単純なものじゃないよ。僕たちが二人で居れた事だって、第三者が居なければ出来なかった」

 芝居掛かった台詞だな、と自分でも思ったが、他に表白する(すべ)はなかった。ただ、僕とカエラの思考は、気付かぬうちに食い違っていたのだ、という事を、直接僕が言わない限り彼女はずっと悟らないままだろう、と考えた。

 カエラは、僕の言葉に(しば)し口を閉ざした。それから、「何か白けちゃった」と、今までと同じような軽い調子で言った。

「私、今日は前に千花菜と使ってた部屋で食べるね。ブリッジの皆には、今日は祐二君と居るって言ってきちゃったし、変に喧嘩したとか、的外れな詮索されたくないから。千花菜、部屋に居ないでしょ?」

「それは……どうかな?」

 確かに、彼女は部屋に居ない日が増えたと言っていた。だが、恵留の昏睡後完全に部屋に戻らなくなった訳ではない。今のカエラと、千花菜が顔を合わせるのは良くない、と僕は心の中で呟いた。

「僕が元の部屋に戻るよ。それでいいだろう?」

 僕は言ってから、先に離れて行ったのは僕とカエラ、どちらだったのだろう、という事を考えた。結論は、出せそうになかった。

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