表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
164/210

『破天のディベルバイス』第17話 反攻の伊織⑥

 ⑤渡海祐二


『ディベルバイス、全乗組員に告げる。自分は〇一クラス首席訓練生、ケーゼ隊筆頭にしてスペルプリマー五号機のモデュラス、神稲伊織。現時刻を以て、本船の指揮権は自分に移行した。これより我々は、ダイモス戦線副指揮官・宗祇隼大少佐率いる師団へ反撃を開始する』

 艦内放送のスピーカーから、伊織の声が船中に響き渡る。この放送は、五号機からの通信を中継するように、と半ば脅すような形で命じられた僕が、チャンネルをオンにして流したものだった。

 現在ブリッジに繋がる通路は、防火シャッターによって封鎖されている。僕たちがブリッジを出た後で伊織がシャッターを下ろしたらしいのだが、外に居る彼がどのようにして船内のシステムに干渉したのかは不明だった。だが、たとえ操船はブリッジに入らないと行えないとしても、生徒たちの行動をこのようにして制限する事が出来るのであれば、彼は独断でこの船の舵取りを行えるという事だ。

『この戦いは、俺によるディベルバイスの舵取りが、皆の信用に足るものである事を証明するデモンストレーションだ。これから、作戦のデータをケーゼ、スペルプリマーに転送する。実戦部隊はそれに従って動くように。それ以外の者は、自室から絶対に出るな』

「じょ、冗談じゃねえぞこの野郎!」

 廊下を駆けている時、和幸と共にうろついていたショーンが叫んでいるところに遭遇した。

「あいつらと戦うって、いきなりすぎんだろ! 俺たちにはまだ、次の行き先すら知らされていねえってのに!」

「しかも、神稲が……」和幸も、不安そうに呟く。「彼、元々舵取り組だよね? それなのに、この間勝手にスペルプリマーに乗って、皆に怒られていた……何で、彼がまた? 俺たちを、どうする気なんだろう?」

「自分の女が殺された腹いせなんだろ。元はといえば、自業自得じゃねえか」

「ショーン、まだ美咲さんは死んだ訳じゃ……」

 和幸が窘めている。僕は思わず、足を止めて二人を注視した。

「あの様子じゃもう駄目だろ、神稲の彼女。それで、私怨絡みの復讐かよ? 俺たちに死ねって言うのか!」

 僕はついかっとなったが、ショーンに向かって足を踏み出す前に、咄嗟に伊織の言葉を思い出して自分を抑え込んだ。

 ──もう、遅いんだよ。恵留の事はもう、幾ら後悔しても取り返しが付かない。だけど、もう恵留みたいな犠牲者を出さない為に出来る事は、俺にはある。

 仇討ちとはまた違うのだろうが、伊織自身も恵留の回復については絶望的だと思っているようだ。それに、彼が何の前触れもなくこのような行動を起こした訳がない。ダークが追放された時から、彼はずっと何かを抱え込んでいるようだった。そして、恵留の件が彼の背中を押したのかもしれない。

 考えると、今度は一週間前、自分が彼と交わした会話が蘇った。

 ──俺は、祐二を危険な目に遭わせたくなかった。

 ──伊織、僕さ、君の事、そこまで独り善がりな奴だとは思っていなかったよ。

 考えてみればあの時、伊織は既に何か、僕たちには言えない秘密を抱えていたのではないだろうか。そして僕は、それを見ようとしなかったのでは。

「祐二君!」

 前方で、カエラが叫んだ。「早く戦闘準備に入らなきゃ!」

 僕は我に返り、「ああ」と呼吸のような返事をする。そうだ、今は考えるよりも動かねばならない。伊織は、たとえ一人でも宗祇少佐らに挑むだろう。戦闘が始まってしまってからでは、僕たちは船を守り切れない。

(伊織……君は、本当に自分がこの旅を終わらせられると思っているのか? だとしたら、その確信は何処から来ている?)

 僕は心の中で彼に問い掛けながら、カエラに続いて再び走り出した。


          *   *   *


 僕とカエラがそれぞれスペルプリマーを起動すると、光通信の方の端末から、反対側の格納庫に居るケーゼ隊の声が聞こえてきた。残り三機であるケーゼだが、伊織が抜けた穴は急遽ナイジェルに埋めて貰っていた。

『渡海、五号機には光通信の通信機がない。ケーゼ隊内での通話は神稲には聞こえないだろうし、拘束しようと思えば出来るはずだぜ?』

 どうする、とスカイが尋ねてきた。カエラは『決まっているじゃない』と言う。

『伊織君は私たちを裏切って、脅迫までした。受けるべき罰は、ちゃんと受けて貰わないと』

「いや、それはまだ控えてくれ、カエラ」

 僕は、考えながら言った。

『どうして、祐二君? 彼は進んで、危険な戦いにディベルバイスを巻き込もうとしているのよ。それが脅迫によるものだったとしたら、やっぱり彼は放っておく訳には行かないと思うけど』

「カエラ……」

 僕はケーゼ隊に「少し待ってて」と言って光通信を切ると、彼女にだけ聞こえるようにヒッグス通信を繋いだ。

「君は、僕が近くに居ればそれでいいって考えているんだろう?」

『そうだけど?』彼女は、さも当然のように返してくる。

「……ごめん、カエラ。僕は、ただそれだけを考えている訳には行かなくなった」

 僕は言うと、回線を切り替える。千花菜の事、恵留の事、伊織の事。僕が、舵取り組の実質トップに立たされた事。僕は、もう自分の事ばかりを追求している訳には行かなくなったのだ。

「スカイたち」

『渡海、本当にいいのか? 神稲を止めなくても……』

 スカイが、改めて尋ねてくる。僕は肯いた。

「オーズと戦うなんて事に、全面的に賛同は出来ない。だけど、この一戦で伊織に勝算があるなら、ここだけは彼に任せよう。宗祇少佐の包囲網を破らないといけないのはこの先どんな選択をするにしても同じ事だし、彼を支持する人が現れるのかどうかも知らなきゃ」

『渡海、それを日和見っていうんじゃねえのか?』

 ナイジェルが厳しい声で言ってくるが、僕は、そうではない、と思った。

 僕は、伊織を見極めたかったのだ。彼にどのような変化があったのか、それが僕たちの影響によるものだとしたら、それは僕たちが受けるべき罰なのか。そして、中には「もしかしたら僕も同じ事をしてしまうかもしれない行動が、どのようなものなのかを確かめたい」という心理もあった。

「……都合がいい事かもしれないけど、伊織は僕の親友だ」

 僕は、はっきりとそう言った。

「支持する訳じゃない。だけど、まだ少し待って欲しい」

『……分かったよ』ナイジェルが言う前に、スカイが答えた。『でも、あいつが危ない事をすると思ったら、俺は動くぞ』

「勿論だ。……ありがとう」

 僕は言い、カタパルトデッキの方に足を動かした。カエラがまだ何かを言いたそうな気配があったが、これ以上時間を掛ける訳には行かない。

「スペルプリマー一号機、渡海祐二、出ます」

 ブリッジと通信は繋がっていないが、いつものように宣言し、発進する。ノクティス迷路の岩山の上まで上昇した所で、伊織の五号機がそこに浮かんでいた。カエラの二号機と呼応し合っていた機体が、更に五号機の存在も認識し、感応し合ったのか、接合部の点滅が激しさを増し、『AXが感覚共有(シェアリング)を求めています』というメッセージが現れた。

「……伊織」

『祐二。俺の送った作戦内容を見ろ』

 僕は言われた通り、送信されてきたデータを開く。素早く目を通していき、書かれている内容が頭に入った時、思わず声を上げかけた。

「放送を繋ぎっ放しにして、ブリッジから人払いをしたのもこの為か……!」

『船に居る連中に躊躇う隙を与えたら、この作戦は成立しない。それどころか、逆に皆を追い込んでしまうかもしれない。スペルプリマー三機が居れば、船に攻撃させない事くらいは十分出来る』

 伊織は冷静に言い、機体の頭部を僕に続いてきた実戦部隊に向けた。

『お前たちも徹底しろ。今までみたいに迷う時間は、もうなくなった』

『誰のせいで……!』

 アイリッシュが呟くが、伊織は無視して何も言わず、連合軍の方を睨む。彼らも、毒吐()きつつも今は彼の指示に従うしかない、と理解しているようだった。

『総員、クリュセ平原方面、敵陣主力に攻撃を仕掛ける! 一点突破を狙うつもりで力を出し惜しむな。第二局面の発動は、第一局面が功を奏したか否か、俺が判断して指示を出す』

「……アイ・コピー」『仕方ないね』

 僕とカエラが答え、ケーゼ隊の各員もそれぞれ肯いた気配がある。僕は重力場の展開を開始し、ケーゼ隊との光通信をオフにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ