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『破天のディベルバイス』第17話 反攻の伊織③

 ③渡海祐二


 十一月五日。宗祇少佐率いる大部隊との交戦があってから、今日で丁度一週間が経過した。

 負傷により植物状態に陥った恵留は、一週間経っても呼吸が止まる事はなかった。これで脳死である可能性は大分低くなったが、まだこちらからの呼び掛けに反応する様子もない。僕たちの状態は、安堵にも絶望にも繋がらない緊張のまま停滞を続けていた。

 ノクティス迷路を取り囲むように布陣を開始する宗祇少佐らが、こちらを煽り立てて引き摺り出そうとするかのように送り込んでくる小規模な部隊と、戦闘はほぼ一日に一度のペースで行われた。僕たちは警戒をそちらに向けざるを得なくなり、今後の進路に関する話し合いはどんどん先送りにされた。それは、少佐の包囲網が完成するのを指を咥えて見ているという事に他ならなかった。

 警戒は怠れない。けれど、警戒に時間を割いて日を追うごとに、僕たちの脱出は困難になっていく。

 舵取り組の中、筆頭である僕と伊織の間に生じた溝は、生徒たちの焦燥や不満によって更に広がっていた。ブリッジ内でそのような分断が起こる事は、建設的な議論を行う事すら阻害し、悪循環を招く。宗祇少佐が僕たちにチェックを掛けた時が、この船の終わりだと皆が思っていた。

「……やっぱりノクティスを出る(ほか)にないんじゃないの?」

 話し合いの中で、グレーテがそう言った。もう何度目だよ、と辟易した顔で、ナイジェルが(かぶり)を振る。

「どうせ戦闘を避けられないなら、この迷路地形に籠っていた方がやりやすい。イレギュラーが起こって、戦わなくて良くなる可能性だってないとは限らない。こちらから仕掛ける事にはあまり乗らないな」

「宗祇少佐の命令で私たちを探している連合軍が皆一箇所に集められようとしているなら、軌道上の警戒網は薄くなっていると思うの。陣形が整わないうちに、一戦だけを抜けてしまえば少なくとも火星からは出られるのよ。今のうちなら……」

「出て、何処に行く? そこさえ決まっていないのに、戦ってどうするんだよ。宗祇の軍勢を全滅させでもすれば、このままここに居ても安全なんだろうけどさ、不可能だろ、そんなの」

 話はどうしても、堂々巡りになる。カエラはもう飽きた、というように仏頂面で窓際に佇んでおり、千花菜は艦長席の上で三角座りをしている。伊織は、恵留の病室に籠って出てこなかった。

「ワームピアサーがあるから、何処にでも行ける。木星圏にでも逃げようか? 宇宙連合軍は少ししか居ないし、ラトリア・ルミレースも居ない。それか、ワープで皆故郷に送り届けて……」

 アイリッシュが言いかけると、イワンが彼を睨んだ。

「アイリ、真面目に考えろ」

「俺だってちゃんと考えてるよ! でも、何処に行っても事情を知らない連合軍は俺たちを攻撃してくる。本当の事を伝えても、保護した連中が連合に報告すればフリュム計画が口封じしに来る。じゃあ、保護される事も駄目って事じゃないか。根本的な解決なんて、連合を潰しちまう意外にねえんだよ」

 暴論のようだったが、それが事実だった。フリュム計画の存在が明らかになった事で、僕たちの敵はブリークス大佐に留まらなくなった。ややもすれば、地球圏防衛庁以上の存在が僕たちと敵対しているのかもしれない。

 旅が始まり、フリュム船の存在が明らかになった頃、僕たちが抱いた疑問の中にまず「どのようにして船は造られたのか」という事があった。技術面だけではない。組み立てや研究を含めた金銭的な面に於いてもだ。宇宙連合の財政に用途不明金があれば、すぐに船の開発は明るみに出ていただろう。だがそれが、例えば事実上の最高意思決定機関・安全保障理事会に関わっている人物が計画に関与している、などとなれば話は別だ。考えれば考える程、さもありなんと思えてきた。

 宇宙連合から僕たちが保護される可能性は、最早皆無に近かった。僕や千花菜と、兄の参加していたダイモス戦線のような、個人的な関係がある団体も、そう都合良く見つからない。かといって民間に頼ろうにも、僕たちは過激派として報道されているし、正体を明かしたところで連合に報告され、保護に見せかけてフリュム計画に殺される事は必至だ。事情を説明したら、今度は民間は宇宙連合から反逆と見做される事を恐れ、僕たちを受け入れないだろう。

 八方塞がり。王手詰み。

 ニルバナの時と同じく、僕たち自身を宇宙連合と切り離して外部に認めさせる事が出来ねば、行く宛ては何処にもない。話し合ううちに、真に論ずるべきは行き先よりももっと根本的な事だと分かってきた。

「そもそも何故、俺たちは口封じされなきゃならないのかってところだな」

 スカイが、唸るように呟いた。言い合っていたグレーテ、ナイジェルはやや突拍子もない彼の言葉に、思わず顔を見合わせてからそちらを向いた。

「今更すぎるだろ。フリュム船の存在を知って、技術的特異点(シンギュラリティ)並みの技術を暴いたからに決まっているじゃないか」

「だがそれは、いずれ公表される予定だったはずだ」

 スカイは、ナイジェルの言葉に素早く切り返した。

「現時点で明かせない事だったとしても、脅迫して口止めするなり、やりようは色々あっただろう。何故あいつらは、ここまでむきに……そう、むきになるんだ? そこが分かれば、俺たちが計画と和解する事だって叶うかもしれない」

 言われてみれば、確かに妙かもしれなかった。

 フリュム船は、将来絶対に公表される。現在発表されている科学よりも遥かに進んだ技術を利用し、これ程コストを掛けているのだから、それは確かだ。フリュム計画は僕たちを殺すべく、人類生存圏全体で大規模な情報統制や交戦規定の発令を行っているが、その労力は確かに過剰とも言える。

 そこまで根本的な事を考えた事がなかったので、僕やその他のメンバーも、皆一様に押し黙ってスカイを見つめる。彼はそこで自信をなくしたのか、やや控えめに「ふと思っただけだ」と付け足した。

 だがその時、ジュディがはっとしたように発言した。

「スペルプリマーで作られるモデュラスは、ヒトが発生させる重力の出力を上げて、思念の伝達をするんだよね? それからフリュム船は、ワープによって外宇宙へ出る事も可能……これって、ラトリア・ルミレースの教義に繋がるものがあるよ。多分、全てはこの宇宙戦争のせい」

「ルミリズムが、何か?」

「外宇宙に居る宇宙人から天啓を得た、なんて星導師オーズは言っていた。それがたとえ、貧窮した火星が連合から独立する為の詭弁で、出鱈目(でたらめ)な事だったとしても……それが偶然にも、フリュム船の機能と一致してしまった。もしこの戦時中に、フリュム船の存在が明るみに出れば、ラトリア・ルミレースの運動に正当性を与える事になってしまう」

 そうか、とスカイは手を打った。

「それでフリュム計画は、部外者で真相を知る者を抹殺しようと、ブリークスの暴走を黙認したんだな。どんな”万が一”があるか分からないから、不安要素はどれ程小さなものでも摘み取ってしまおう、と」

「だとしたら……この戦争が終われば、私たちも?」

「待って、落ち着いてよ」

 ずっと黙っていたカエラが、そこで発言した。

「今の話の流れからすると、私たちが宇宙戦争を終わらせようって言っているように聞こえるんだけど。あなたたち、それこそ自棄(やけ)っぱちの浅ましい考え方だとは思わないの?」

 にわかに高揚しかけていた雰囲気が、そこで一気に鎮静した。カエラは僕たちの上を順番に視線でなぞり、言葉を続ける。

「私たちには、今戦争がどうなっているのかすらも分からない。それにバイアクヘーと戦った時、私たちは明らかに劣勢だったのよ。もう敵にエルガストルムは居ないけれど、私たちの戦力も大分減ってしまった。……私たちがここで議論しているのは何の為? 宗祇少佐に追い込まれて、何処に逃げるか考える為じゃないの。逃げた先でまた、進んで戦いに飛び込むの? ……それはちょっと、話がおかしいよ。私たちの中立すら危うくしかねない」

「じゃあ……」

 僕は口を開く。先程からずっと黙ったままだった彼女が唐突に皆を批判するような事を言い出したので、ナイジェルたちはむっとしたような空気を醸し出した。誰かが感情的になる前に、僕が収めるつもりだった。

「カエラは、どうすればいいと思う?」

「戦闘を避けて、極力逃げ続ける。目的地がないだけで、今までと何も変わらないでしょ」

「それは!」ジュディが叫んだ。「旅の長期化を招くわ。それに、もう船の皆は耐えられないっていう話じゃない。前提を崩しているのはあなたよ、カエラ」

生憎(あいにく)だけど私」

 カエラはそこで、ちらりと僕の方を見た。その目が一瞬だけ、冷たい口調とは裏腹に悪戯(いたずら)っぽいいつもの色を浮かべている事に気付いたのは、僕だけだったようだ。僕は戸惑いながらも、彼女の言葉を待った。

「自分の事しか考えていない人たちの為に、私たちが頭を悩ませる事が馬鹿らしくなってきたの。どんな結論を出したって、何も考えていない人たちは不平不満しか言わないんだもの。それで彼らが勝手な事をして、私たちがその尻拭いのせいでもっと選択を制限される。……そういう人たちは、もう放っておけばいいんじゃない? 船全体の為には必要な事よ」

 ──私は、祐二君が私と二人ぼっちになってくれるなら、何処でも。

 ──ライブを邪魔するファンは、ファンとは認めない。私は今まで、そういう世界で生きてきたからね。向こうがファンだと思っていても、それは独善だもの。仲間にも、それと同じ事が言えるんじゃないかな。

 カエラの今までの言葉が蘇った。いちばん現実を受け入れているのは、彼女なのではないか、と思いそうになる。彼女は、どのような窮状でも受容するつもりだ。そして、代わりにたった一つの拠り所があればいいとして……選ばれたそれが、僕だったという事か。

 だが僕は、彼女の言葉をそのように翻訳する訳には行かなかった。それは、僕自身が彼女と同じ思想だと皆から思われる事への怯懦に基づくものだった。

「それは、舵取り組の責任放棄じゃないの」

 グレーテが言う。カエラは「そうかな?」と変わらぬ口調で応じた。

「自分たちの限界が見えていないのは、あなたたちの方だと思うけど」

 彼女がそう言った時、突然それは起こった。

 千花菜の腰を下ろす艦長席の傍らに置かれている、小型ヒッグスビブロメーターの無線機から声が響く。

『……第三次舵取り組。この声を、船内全域に中継しろ』

 すかさず、次に正面の窓のすぐ外からブリッジに薄桃色の光が差し込んでくる。僕たちが振り向くと、そこに浮かんでいたのはスペルプリマーだった。接合部から桃色の光を放ち、赤黒い光を纏わせた巨大な戦斧を構えている。

「スペルプリマー……五号機?」

 アイリッシュが呟いた時、イワンが素早く船内構造図を開いた。

「格納庫が開いている……」

「伊織……君、何やってるんだよ!?」

 僕は、窓際に駆け寄りながら叫ぶ。大気のある火星とはいえ、この距離では無線機を使わないと聞こえないだろう、という事には、頭が回らなかった。

 伊織は、僕の声が届いたのか届かなかったのか、斧の先端をこちらに向けてきた。僕は思わず後退(ずさ)ろうとし、足が縺れて床に尻餅を突く。

『清算が必要なんだ、この船にも、俺の過去にも。フリュム計画と、この宇宙戦争の本当の姿にも』

 呟くような伊織の言葉に、皆押し黙ってその続きを待つ。彼の呼吸音がやけに大きく回線を流れ、それはやがて重厚さを帯びた声に変化した。

『ディベルバイスの進路を、アモールⅠに定めろ。目標はラトリア・ルミレース旗艦ノイエ・ヴェルト。……星導師オーズを討つ』

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