『破天のディベルバイス』第17話 反攻の伊織①
①エギド・セントー
十月二十四日。二番艦バイアクヘーを駆るセントーが率いるラトリア・ルミレース船団と、無色のディベルバイスがリージョン七付近で第三のフリュム船を巻き込んだ激闘を繰り広げてから一ヶ月弱。
現在船団は、リージョン二近傍を通過して月へと向かっていた。
自分たちが二隻のフリュム船と邂逅、交戦しているのと同じ頃、ブリークス・デスモス大佐は月面都市オルドリン奪還作戦、通称アポロ作戦を発動した。地球圏に入ってから、ディベルバイスを除く宇宙連合軍の中で大規模戦闘は行われなかったが、その理由はこのアポロ作戦にあった。
ブリークスは、来るべきセントーとの決戦に備え、月軌道や各コラボユニット群の軌道上に展開していた護星機士団をガイス・グラに合流させたのだ。そして編成された大規模討伐部隊が月面に結集し、ラトリア・ルミレースに対して反撃を開始した、という連絡が月面制圧部隊から届いたのは、セントーがフリュム船との戦いで崩れた編隊を立て直しているまさにその時だった。
今まで、月面制圧部隊の多くを壊滅させる、地球圏への移動中に派遣した先遣隊をことごとく葬る、本格的な脅威という意識を新たにして送り込んだ一個旅団をも殲滅するという戦果から、ディベルバイスの強大な力については認識しているつもりだった。その上で、セントーは鉢合わせを避けられなくなったそれと直接対決をする覚悟を決めたのだ。
業火のエルガストルムが割り込んだ事は、ある意味不幸であり、またある意味では幸運だった。『業火』の保持するスペルプリマーはたちまちにして、セントーの船団を次々に崩していった。それは、船団が再編成の為に進軍を停止せねばならないきっかけを作ったが、『業火』はディベルバイスを捕獲する事を第一目標としていたようだった。ディベルバイスがワームピアサーを使用し、姿を消してから、エルガストルムもまたそれを追って戦域を離脱した。結果としてこちらの船団は、再起不能になる前に戦闘中断という形で壊滅を免れたのだった。
星導師オーズから命じられていた通り、「ディベルバイスを進路上から除く」という事は一応達成出来た。あまりにも皮肉で、あまりにも屈辱的な結果だった。星導師の期待にこのまま応えられない事が続けば、自分は確実に彼に見限られる。それは、信仰に生きたセントーにとって死ぬよりも辛い事だ。
(その上で、むざむざオルドリンの奪還を許すとは……)
ディベルバイスとの交戦後、セントーは常に最善を目指しながら、可能な限りの速度で月を目指した。大胆でありながらも緻密さを兼ね備えたブリークスの作戦は、喩えるのであれば大質量兵器のようなものだ。装填には時間が掛かるが、発動すればほぼ確実に戦局を決定する。
そして、それは間に合わなかった。ブリークスの編成した大部隊は月面制圧部隊を滅ぼし、宇宙連合総本部ボストークとこちらの間に、最終決戦の為の橋頭堡を築こうとしていた。
それだけは、完成させる訳には行かない。大軍を挙げての攻め一方だった事は、たとえ勝利したとしてもブリークスたちを疲弊させたはずだ。早期に月まで辿り着ければ、今の状態の自分たちでもまだ勝ち目はある。
「認めたくは、ないものだ」
セントーは星図を睨み、進路を確認しながら、声に出して呟いた。
「はっ、何か……?」
バイアクヘーのオペレーターを務めていた兵士が、自分の声を拾ったらしくこちらを向いて言ってくる。セントーは微かに苦笑した。
「私は今、ブリークスと無色のディベルバイス、双方から汚名を着せられている。異に前者には、騙されて部下を死なせたという大きな借りがある。私は今、感情的になっている……いざとなれば冷静な判断を下せず、貴様たちに無謀を強いる事になるかもしれない。これを、若さなどと美化する訳には行かないな」
普段事務的な自分にしては、人間臭く長い台詞を吐いたものだ、と反省した。兵士は黙ってそれを聴いていたが、やがてほんの少し相好を崩したようだった。
「自分たちも、司令と同じ考えであります」
彼が言うと、ブリッジに居る他の者たちも次々に肯く。
「各々の感情が向かう先がばらばらであるならば、それは確かに部隊内で足を引っ張り合う事になるでしょう。しかし、自分たちの意思は、現在司令の抱かれているものと同じです。自分たちの怒りは、司令の命令と共にぶつけます」
「宇宙連合軍主力を打ち破ったら……」
別の兵士が、最初の兵士に続けるように言う。
「今度は、忌まわしきフリュム船の破壊に臨みましょう。雪辱を果たして、それで終わりです」
「……そうだな」
セントーは、苦笑が微笑に変わったのを悟られぬよう、顔を微かに俯かせた。
星導師に司令官という重要な役割を任され、このように失敗続きの自分を見限らない部下たちも居る。その上で、これ以上恥を重ね、怒りを他人のせいにするのは贅沢な話だな、と思った。
「月まで、最短ルートであと二週間です」
マップを見ながら計算していた兵士が、そこで口を開いた。セントーにはその数値が、遅いのか早いのか、ブリークスの部隊に残存する具体的な兵力を知らない以上、判断する事は出来なかった。
その時、不意にHMEが着信音を響かせた。例によって、星導師からだ。セントーはすぐにメッセージを開き、目を通した。
『これは私の予想ですが、ここ一週間以内にはブリークスの元に、フリュム計画の刺客が到着します。あなた方の進路に想定外の事がない限り、月面到着時は連合軍が混乱を極めている最中でしょう。消耗戦になる事は考えられませんので、恐れずに進撃して下さい。
あなた方がこの一戦に勝たねば、我々の目的は全て水泡に帰します。必勝策などあってないようなものですので、とにかく覚悟を決めて全力で事に当たって下さい。あなたの活躍に期待しています。 O's』
読み終わるや否や、セントーは眉を潜めずにはいられなかった。
いつになく、何処か興奮しているような星導師の語調。特に最後の部分など、先程の自分と同じく、珍しく感情的にすら受け取れる。そして何より、ここ一週間以内にブリークスがフリュム計画の刺客により命を落とす、という情報が気掛かりなものだった。
ブリークスが計画に於いて、暴走気味である事はセントーも知っている。だが、何故このタイミングで計画が現在の総司令官を暗殺しようというのだろう。計画も、曲がりなりにも連合の一部だ。いずれブリークスが隘路になるとしても、そのような決定打は、自分たちラトリア・ルミレースとの決戦を控えた今でなくても良いのではないか。
何より、そのような情報を星導師は何処から掴んだのだろう、と思った。星導師が直々に連合内に送り込んだという間諜にしたところで、フリュム計画に踏み込めるような場所には配置されていなかったはず。
一体、自分の知らない場所で誰の、どのような思惑が動いているのだろう、と考えた。不安にも近い違和感が、セントーの体の奥底から湧き上がってくる。
「司令、星導師様から何か……?」
先程報告した兵士が、自分の空気の変化を感じ取ったのか、少々訝しむような声色で尋ねてきた。セントーは顔を上げ、「特に異常はない」と答える。
「星導師様は、我々に激励の言葉を下さったのだ。貴様たちはそれに応え、人類の革新の為に戦わねばならない。”彼ら”の意志のままに」
言い、セントーは真っ直ぐに進行方向を見つめた。
情報の出所はこの際何処でも構わない、と思い直した。星導師が自分たちに偽りの情報を流してくる訳がないし、真実であれば自分にとって、大いなる雪辱の機会となる。
──必ずやボストークを落とし、大義を成就させる。
セントーは拳を握り締め、彼方に目視出来るようになった灰色の惑星、地球を見据えながら命じた。
「この旅程は既に、反アポロ作戦、ディオニュソス作戦の一部だ。心して掛かれ」