『破天のディベルバイス』第16話 行く宛てのない船⑦
⑥神稲伊織
ニーズヘグがなくなった今、ヒッグス通信の出来ない自分たちのケーゼと、光通信が不可能なディベルバイスのブリッジは互いの状況を確認する事が出来ない状態だった。祐二やカエラは、スペルプリマーのコックピット内に光通信用の通信機も持ち込んでいるものの、重力を使用している間それは使えない。
スカイ、アイリッシュとのみ通信しながら、スペルプリマーの動きを目で見ながら戦闘を行う。これは、かなり厳しい事だった。彼らの注意力であれば、誤射をしたりされたりという事はないだろうが、行動を妨害し合ってしまう事も考えられる。
伊織は、自分もスペルプリマーに乗れるようになったのだから、五号機を使わせて欲しい、と訴えた。だが、祐二はそれを許さなかった。
「自重しろ、伊織。君がスペルプリマーに乗ったら、また四号機が動き出すかもしれない。封印は完全じゃないんだ。……それに、君は一回前例を作った。その事を、皆が忘れると思うなよ」
ついかっとしたが、彼の言う通りなので反論の余地はなかった。自分の独断行動でケンは昏睡に陥り、四号機はパイロットが乗れないものになってしまったのだ。大人しく、今まで通りケーゼを使う事にした。
周辺に駐在している部隊、衛星軌道上でディベルバイスを捜索していた部隊が、皆結集したようだった。そして、彼らは闇雲にこちらに向かって来た訳ではない。規模から推測していた事だったが、敵の中にメタラプターの姿を見かけた時、伊織はその推測が真実である事を悟った。
「行かせるかっ!」
伊織は、浮上を開始したディベルバイスに向かって行くケーゼ一機に狙いを定め、機銃を放つ。普段通り一撃で仕留める事が出来たが、爆散するその陰から大型のメタラプターが飛び出し、こちらのすぐ横を通過して行った。
しまった、と思った時、すぐさま次のメタラプターが横から現れ、こちらの機体に組み付くように上から覆い被さってきた。
「この野郎……!」
『可哀想だが、撃墜させて貰う!』
「この距離じゃ、高威力のミサイルは撃てないだろう!」
伊織は機体を反転させ、逆さに飛びながら機銃を放つ。メタラプターは翼を傾けて回避すると、アームをこちらの機体の底に押し当ててきた。
『既にエスベックが出現しているとはな。そしてその声……君が当人か?』
「誰だ、お前は? 俺はモデュラスじゃないのか? 答えろよ!」
『神稲君……そうか、こういうのを宇宙の意思というのだな』
メタラプターは、こちらを引き摺るようにして飛び始める。
『私は宇宙連合軍少佐、宗祇隼大だ。君の存在を、ボストークから通知された』
「宗祇!? 生きていたのか?」
口に出して呟くと、今まで自分の中に溜め込んでいた疑問の数々を洗い浚い吐き出したくなった。だが、すぐに今し方彼の呼んだ名にはっとし、伊織は機体を捻る。アームが捥ぎ取られ、急に力の抜けたメタラプターは空中でよろめいた。
彼が、ダークやハープ、大勢の人生をフリュム計画の為に目茶苦茶にした事は、最早自明だった。そして、あの四号機の中に居たハープの言った事、そこから自分の導き出した結論が、残酷な程に疑いようのない真実である事を悟った。
彼は、現在の宇宙戦争そのものの元凶だ。
伊織はそう思い、操縦桿を押し込んで敵機に接近した。この男を倒さない限り、自分たちが救われる事はないのだと思った。
「くたばれ! お前のような人間は、生かしておいちゃいけない!」
『神稲君、シャドミコフ議長の計画が最終局面に入りつつある今、君はもう用済みなんだよ……出来れば、どうやってエスベックとなったのかも聞き出しておきたかったが……!』
宗祇は言うと、ミサイルを射出してきた。伊織は機体を加速させ、ミサイルが命中する前に回避して敵の懐に入り込もう、と判断した。
だが、その一か八かの賭けが始まるという瞬間、横から祐二のスペルプリマー一号機が割り込んできた。伊織の前に立ち塞がり、重力バリアを展開してミサイルを受け止める。重力操作が終わったらしく、祐二がこちらに通信を繋いできた。
『伊織! こいつは……』
「宗祇少佐だ! ニロケラス基地の崩壊を生き延びていたらしい!」
『それで、こんな人数を集めたのか……でも、どうして僕たちの居場所が?』
「それは……」
伊織は、ぐっと唇を噛み締める。先程宗祇は、「君の存在をボストークから通知された」と言った。そして、自分の事をエスベックとも呼んだ。それは否が応でも、一号機を起動した時に浮かび上がったあのメッセージを想起させた。
『エスベックを検知。情報をサーバーへ送信します』
自分が、勝手にスペルプリマーに乗ったからではないのか。それで、自分の位置情報がボストークに送信され、ディベルバイスの座標も露見した。本部に居るフリュム計画の誰かが、それを宗祇に伝えて自分たちにこの大部隊を差し向けた。そう考えるのは、不自然だろうか。
その時、ディベルバイスの方で轟音が響いた。先程自分が取り逃がしたメタラプターだろうか、と思うと、背筋がぞわりと粟立った。
「攻撃されたのか……?」
言いかけた時、宗祇のメタラプターが再びこちらに突進してきた。一号機が、重力刀を下段に構えてそれを迎え撃とうとする。重力操作が開始されたらしく、祐二との通信状態が悪くなった。
回線の向こうで、戦闘を繰り広げながら祐二が何かを言っている。こちらにではなく、ブリッジに居る千花菜たちから何やら報告を受けているようだ、と思った。
伊織が加勢に入ろうとした時、祐二は左腕を伸ばしてこちらの機体に触れてきた。接触通信で『やめろ』と声が聞こえ、伊織は反射的に停止した。
『伊織、落ち着いて聞くんだ。……すぐにディベルバイスに戻って、さっきのメタラプターを仕留めてくれ。そしてそれが終わったら、すぐに船の中に』
「何でだ? 向こうには射撃組が居るだろう」
伊織は、戸惑いながら声を上げる。祐二は、抑えきれない動揺を無理矢理押し殺したような、低くくぐもった声で続けてきた。
『恵留が瀕死だ。伊織、彼女の傍に居てあげてくれ』
後頭部を、槌で殴られたかのような感覚を覚え、伊織は声が出せなくなった。
恵留が。何故。どうして彼女が、そのような事になるのだ。考えた時、直前に彼女が行っていた事を思い出した。恵留は、万葉と共に岩場で太陽電池を発電する作業に取り掛かっていたのだ。同じ舵取り組に居ながら、彼女が何をしているのかも把握出来ていなかったのか、という自己嫌悪が込み上げる。
『聞こえているか、伊織? 急げ! 取り返しのつかない事になる前に!』
ここは僕に任せろ、と祐二は言い切った。普段なら、彼にそのような事を言われても伊織はその場を離れなかっただろう。だが今、伊織は一切の躊躇いなくケーゼをディベルバイスの方に向けていた。既に自分が取り返しのつかない事をしてしまった、という思いを、心の底に封じ込めながら。
(恵留……俺は……最低だ!)
死ぬな、と、心の中で彼女に呼び掛ける。
その時の自分の気持ちだけは、純粋なものだと信じたかった。