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『破天のディベルバイス』第16話 行く宛てのない船③

 ③渡海祐二


 十月最後の週が始まった、二十八日月曜日。火星本体を巻き込んだ大規模戦闘が終わり、ダークギルドが追放されてから明日で一週間が経過する。

 アンジュ先輩は幽閉され、ユーゲントは失脚した。現在第三次舵取り組としてブリッジで指揮を執っているのは僕、伊織、千花菜、恵留というリバブルエリアでの行動班とカエラ、ケーゼ隊のアイリッシュ・ロムとスカイ・ダスティン、ケン・ニール、そしてニーズヘグでオペレーターを務めていた生徒のうち、イワン・レオノフとナイジェル・グレゴリー、ジュディ・メリューとグレーテ・ケンプフェルという男女それぞれ二人ずつだった。だが、たまたま先の戦いで今までの舵取り組だった僕や伊織と一緒に居た、という理由だけで選ばれた生徒たちが、すぐに先輩たちと同じような事を出来る訳がなかった。

 一週間も経たないうちに、船内の治安は悪化した。旅の目的であり、希望だったものが消え去ってしまった絶望、巨悪であるジャバを倒しても尚宇宙連合軍のユニット駐在部隊が自分たちを探しているという不安、そして、自分たちにとって最大の枷であり恐怖の対象であったダークギルドが居なくなったという安堵が、訓練生たちを野放図に走らせようとしていた。

 駐留から二日目、一部の男子生徒がユーゲントの個室を襲撃するという事件があった。狙われたのはマリー先輩、シオン先輩が二人で使っている部屋で、襲撃した生徒たちが鍵を壊し、扉を開けたところで、通り掛かった別の生徒がそれを見て僕たちに伝えてきた。真っ先に彼らに立ち向かったのは意外にもアイリッシュで、彼は頭部を思い切り殴られ、眉間が割れて出血し、痣も出来た。

「名誉の負傷だな」

 彼の額に絆創膏を貼りながら、スカイが精一杯冗談めかして言った。アイリッシュは「笑い事じゃねえよ」と抗議の声を上げたが、いつも叱られてばかりいたシオン先輩から手厚く礼を言われ、まんざらでもない様子だった。

 反動は確かに大きかった。覚悟はしていた事だったが、僕たちは生徒たちの不満の矢面(やおもて)に立たされ、また責任を取る形でブリッジを退いたユーゲントたちも攻撃の対象とされた。二日目の事件があってからというもの、ユーゲントの部屋の前には伊織が選んだ生徒数人が立って見張りをする事になり、彼らは保護という名目で実質軟禁状態、更にブリッジに続く通路は千花菜の発案で常に防火シャッターが下ろされ、僕たちの自由行動も制限された。

 船内は常に舵取り組のうち三人が見回りを行い、生徒たちを見張る形となった。これが更に、僕たちに対する皆の悪感情に繋がった事は無理もない。僕たちも、守るべき皆を信じられない事は気持ち悪く感じたが、今は願望よりも現実を見るべき時だと判断し、それを継続した。

「ブリッジで寝泊まりまでする必要はなかったんじゃないの」

 見回り中、三人のうちの一人であるイワンを撒き、僕を追って来たカエラは、少し話すうちにそう吐き出した。僕たちが舵取り組の中心になってから、彼女と僕が二人で話す機会は大きく減っていた。

「ダークたちが居た時は、第二次舵取り組も夜の間、交代交代で個室とブリッジを行き来して寝ていたらしいよ。皆の命を預かるって事は、そういう事じゃないのかな。僕たちだって、我慢しなきゃ」

「皆、私たちが居ないとすぐに見つかって殺されちゃうのにね。それなのに不満言う人なんて、船の外に放り出しちゃえばいいんだよ。そんな奴に食べさせる船の食糧が無駄。割かなきゃいけない私たちの時間も無駄。……何より、私と祐二君が一緒に寝られない」

 カエラの言葉に、僕は思わず足を止めて周囲を見回す。幸い、誰もそれを聞きつけた者は居ないようだった。

「言葉には気を付けてくれ、カエラ。僕たちは今、そんな事を考えている場合じゃないだろう。疲れだってそこまで酷くないし、モデュラスの”発作”だって起こっていない。抱き合って得られるのは、僕たちの自己満足じゃないか」

 僕が言うと、カエラは心から不思議そうな表情を浮かべて返す。

「祐二君が私を抱くのは、スペルプリマーの副作用を消す為だけなの?」

「そうは言わないけどさ」

「私は皆を切り捨てたとしても、祐二君と一緒に居たい。祐二君の為にならないものなら、幾らでも排除出来る。祐二君も、そうじゃないの?」

「それは……」

 この間カエラが、僕に暴言を吐いたトムを毒殺しようとした事を思い出した。あの時、彼女の行為を揉み消そうとした僕に対して、彼女は「いつもお互い相手の為に行動出来るから素敵な恋人同士だ」と言った。だが僕は、自分たちの形がそう言える事なのかどうか、分からなくなりつつあった。

「……でもさ」僕は絞り出す。「恋人同士って、そういう事をする為だけのものじゃないだろう?」

「祐二君が、それ言うかな?」

 カエラの声には、邪気が感じられない。

「祐二君、千花菜に言ったんだよね? 私たちが付き合っている事」

「言ったよ。だけど、どうして今?」

「千花菜もよく分からないよ。それを聞いておきながら、どうして私たちが二人きりになる機会を減らすような提案をするんだろう?」

「ブリッジで寝泊まりする件と、千花菜の気持ちは関係ないだろう」

 僕は、疲労を覚えながらやや口調を強めた。

「君は一体、どうなれば満足なの? 千花菜は今でも兄さんの事を想っているし、僕たちにそんな邪念を抱いたりしない。絶対にないけど、仮に千花菜が僕の事を男として想うような事があっても、それは僕がどうにかすべき問題じゃないか。カエラが口を出す事じゃない。……ちょっと君は、色んな事を色眼鏡で見すぎているよ。肝腎の状況を忘れないで」

「……じゃあ、祐二君は私だけを見ていてよ」

 カエラの声が、そこで微かに温度を下げたように思えた。

「そういう訳にも行かないよ。僕たちは舵取り組だ。それも、今度は先輩たちに代わって指揮を執らなきゃいけない。皆が僕たちを受け入れなくても、はいそうですか、ご自由にどうぞ、って切り捨てる訳には行かない。今僕たちがしている事は、火星駐在軍から身を隠して時間を稼ぎながら、これから先のプランを練る事だろう。それを忘れちゃ駄目だよ」

 僕は、千花菜にカエラの事をカミングアウトした。二人で、腹を割って話し合う事が出来た。僕は彼女を、恋人とは違う手段で、傍で守ろうと一層強く思ったばかりなのだ。恋は盲目、が許される状況ではない。

 カエラは僕を(しば)し見つめた後、「らしくない」と言った。

「祐二君、やっぱり皆の為とか、向いていないよ。私が好きになった祐二君は、独りぼっちで、自分の中に閉じ籠っていた。ディベルバイスの守りの(かなめ)として、成り行きで舵取り組の中心になったのには、無理があるよ」

「僕だって、変わる事くらいはあるさ」

「千花菜を守る為?」

「ああ。それは、恋とは別問題だから」

 カエラは、「ふうん」と曖昧な反応を返した。まだ何か不満があるようだったが、申し訳ないが僕には付き合いきれない。

 アイリッシュですら、今自分たちの置かれている立場を自覚して行動するようになり始めたのだ。僕が船に居る皆の安全と秩序を守ろうと考える事を、らしくないなどとは誰にも言わせられない。たとえそれが、冷めきった僕を愛したカエラであったとしても。

 カエラが無言で去って行くと、僕は見回りを再開した。

 船の内部へと蓄積され続け、濃縮されていく皆の鬱憤。カエラもまた、それと戦いながら日々を送っているのかもしれない。それが船の外に漏れ出した時が、僕たちの最後だと思った。

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