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『破天のディベルバイス』第16話 行く宛てのない船②

 ②木佐貫啓嗣


「わざわざご足労様です。電話では出来ない話とはいえ、場所を指定して下さればこちらがそこに出向きましたのに……」

 リージョン五、ユニット五・九「クシナダ」。

 木佐貫とヨアンが家を訪問すると、オブザーバーの夫婦のうち、妻の方がそう言った。彼女は名を美智子(ミチコ)と名乗った。

「いいえ、無理を言ってお時間を取って頂いたのは、我々ですから。それに、宇宙は船の往還路であっても、いつラトリア・ルミレースが現れるか分かりません。あなた方に、そのような危険を負わせる訳には行かない」

「それにしても驚きました。木佐貫議員は私たちにとってずっと、テレビで見た事のあるというだけの存在でしたから……」

 美智子は言うと、夫の敦史(アツシ)と一緒に木佐貫たちを室内へと(いざな)った。クシナダの天候は、今日は雨に設定されており、木佐貫とヨアンは入口のマットで靴の泥をよく落としてから玄関に上がった。

「何より、七年前で縁が切れたと思っていた事柄について、未だに私たちが話を求められる事にびっくりしましたよ。あなたのような安保理議員さんまで、計画に参加されていた事も」

「本当に申し訳ない事をしたと思っています。家を出られたとはいえ、息子さんの事を、このような形でお知らせする事になってしまいました」

 木佐貫が本当に申し訳なかったのは、彼らの息子の死亡は確認されていない、と言えない事だった。この夫婦がかつて行った事は人道上問題のある行為だったと言わざるを得ないが、フリュム計画に関わり、ブリークス大佐の行動を黙認した自分が言える事ではない。

 何より、彼らは深く傷つき、自分たちの行いを悔いている。木佐貫たちの目的は彼らから話を聴く事であり、その行為を糾弾する事ではない。

 夫婦が二人を通したのは、六畳程のリビングだった。和洋折衷の家で、襖を抜けた向こうには座敷が見える。家は大分立派なようで、何故彼らが二十年前、報酬金を得る為に人体実験の被験体として我が子を差し出したのだろう、と木佐貫は疑問に思った。最近建てた家のようには見えず、それ程彼らの生活が困窮していたようには思えなかった。

 木佐貫の疑問を感じ取ったのか、敦史が苦笑した。

「両親の代から建っているボロボロの家ですが、これだけは手放す訳には行かなかったのです。一時的にお金を得る事が出来ても、アパートなどに移れば家賃が掛かる。我が子であっても、生まれてすぐに宇宙連合に提供してしまうのなら寂しくもならないだろう、そう妻とは話し合いました」

「もう一人、娘さんがいらっしゃったとか……」

 ヨアンが口を挟む。敦史は肯くと、自分の足を叩いてみせた。木佐貫はそこで、彼の片足が義足である事に気付いた。

「娘が生まれて、二年目でした。ちょうどその頃私は運送会社に勤めていて、宇宙船でユニット間の資材運搬を行っていたのですが、事故に遭ってしまいました。重傷で足を切断せねばならなくなり、入院して働けなくなった上で、運んでいた高額な機械を弁償する必要が出てきたのです」

「保険には……」

「運んでいたものが、ヒッグスビブロメーターでした。保険金が下りても、働けなくなる事を含めればとても間に合うものではなく……妻の実家から支援を受けて、何とか食い繋いでいる状態でした」

「娘を保育所に預け、私が働く事も考えていました。私は素粒子物理学を修めていましたので、主人と結婚する以前はインヴェステラの研究所に居た事もありました。働き口は見つかったと思います。ですが……その頃はどうしても、以前のように睡眠時間を削って働けるバイタリティを喪失していました。

 私は産後鬱の症状がなかなか治らず、一年程続いていたのです。研究所では若い頃から働き詰め、それを急に結婚と出産に転換した事で、反動が来たのだろうと医者は言いました。主人には、とても助けられました。それが改善され、生活が安定し始めた途端の事故でしたから……」

 美智子は言うと、(つら)い記憶が蘇ったらしく目を伏せた。だがすぐに、「愚痴っぽくなってすみません」と言い、席を立って台所に入って行った。

 間もなく、日本茶を()いだ湯呑みを持って戻って来る。木佐貫たちは礼を言い、それを受け取った。

「弟たちの……あの二人の事は、今でも時々夢に見ます。最初、お金の為に子供を作って人体実験に提供した、しかもその子供たちは遺伝子改造を施され、人間ではないのだと知った時は、後悔に苛まれました。計画の関係者である木佐貫議員の前で言う事は憚られますが、敢えて言うなら……私たちは親失格、いえ、人間失格だと思いました。人非人だ、人間の屑だと」

 美智子は淡々と語った。最初の説明で、幾分か心は落ち着いているようだった。

「そんな私たちですが……木佐貫議員はご存じかと思います、ディオネショックの後で、被験体が成長するのを待つとしてあの二人が私たちの元へやって来た時は、正直に嬉しかったのです。無戸籍児だった事で役所での色々な手続きはしなければならなかったし、単なる幼児じゃない、天才の知能を持つ二人が、本当の事を話したら私たちを酷い親だと思うかもしれない、という不安もありました。

 でも、私たちは自分たちの子供が、ちゃんと『自分たちの子供』として存在出来ている、家族が二人も増えた、という事に喜びを感じていました。娘も大喜びで、弟たちを本当に可愛がりました。勿論、親の愛情が分散するので時々は幼児退行するような事もありましたが……」

「毎日が楽しかったのです。無論私たちは『研究者』としてフリュム計画に引き抜かれ、経過報告をつけながらモデュラスの双子を育てるという役目でした。その事を忘れた事は、一日たりともありません。それでも、母性や父性を手放す事は出来なかった」

 敦史が、美智子の言葉を継いだ。

「私たちのそれが、懺悔に成り得なかった事は明白です。その中途半端さが、悲劇を生んだのかもしれません。……彼らが十二歳の時、実に十年越しにスペルプリマーのシェアリング試験が行われました。私たちの役目は彼らを育てる事だったので、その場には立ち会わなかったのですが……双子の兄が、『同化』したのです。それでシンは……弟は錯乱しました」

「お待ち下さい、同化した場合、シェアリング対象の脳回路喪失は発生しません。死のショックは、シェアリングで共有されないはずでは?」

 木佐貫はつい口を出してしまう。やはり、双子の片割れは死亡していた。だが、それが「同化」による死亡であれば、もう一方が巻き込まれる事はないはずだ。

 付け焼き刃の知識だっただろうか、と思っていると、敦史は首を振った。

「正確には、重力出力を上げすぎての同化ではなかった。同化直前に、不幸な偶然があったのです。感覚を共有する試験でしたから、あの子たちには外的な刺激が繰り返し与えられて与えられていたのですが、そのプログラムに異常が発生し、兄の鋭敏化した感覚に『想像を絶する激痛』が与えられたというのです。私たちにはどのようなものか、考えも及びませんが」

「それで、彼はショック死してしまったのですね。そして、偶然にもそのタイミングで、重力出力がシンクロナイズ・ラインを越えた」

「その通りです。弟のシンは一瞬ですが、兄の死の瞬間を”経験”したそうです。彼は理性を失い、実験場を含むダイモスの研究施設を破壊して逃亡し、行方不明となってしまいました」

 私たちが罰を受けない事など有り得なかったのです、と美智子は言った。だが、いちばん不幸だったのは彼ら双子だったのだろう、とも。木佐貫もヨアンも、最早掛ける言葉を持たなかった。

「娘にも、彼ら兄弟の事を既に話してありました。彼女は分別がついて、私たちの行いが人倫を大きく逸脱するものだとは分かっていた。けれど、モデュラスである事を弟たちがごく普通に受け入れ、ディオネショックの後で家に引き取った直後から真実を知っていた事から、自分を納得させているようでした。彼女は弟たちを愛していましたから、私たちが彼らを生んだ事も、過ちとは思っていなかった。

 それでも、この七年前の起動試験で弟たちが悲劇に遭った──兄の方は死に、弟は錯乱して行方不明になった──時は、私たち親を強い言葉で非難しました。特に私たちが、『罰だったのかもしれない』などと言った時には、何故親の罪で子供が罰を受けなければならないのだ、死んで彼らに詫びろ、とまで言われました。

 娘は、立ち直れないまま半年近くを塞いで過ごしました。学校にも通えず、食事が喉を通らない為に栄養失調に近い症状を呈した事もあります。シンの捜索が進退窮まった時、決断したのは主人でした」

 話が核心に踏み込みつつある事に、木佐貫は勘付く。今まで聴いてきた話、調査して分かった事、自分やヨアンの推測が、目の前の夫婦の話と、磁力で引かれるように少しずつ近づいていく。だが、それがある種の有機的な結合を生み出すには、あと少しベクターが必要に思えた。

「シンは、モデュラス回路の形成に一部欠損がありました。しかし、モデュラスの一卵性双生児は非常に珍しいケースですし、その欠損を除けば回路形成率は兄と共にほぼ完璧でした。天才の兆候が見られたのは事実でしたし、宇宙連合は観察も兼ねて彼を試験に使い続けたのです。

 しかし、シャドミコフ議長は用心深かった。いざとなってその欠損が致命的なものだったら、と考え、シンの体細胞からクローンを作り出していたのです。……荒唐無稽に思えるでしょう? ヒトの遺伝子に干渉するのは、ご法度になっているものですから。第一世代のモデュラスたちだって、遺伝子改造で作り出す事は相当な覚悟が必要だったはずです。ましてやヒトそのものを複製するなど、明るみに出たら宇宙連合の一大スキャンダルになります。

 私たちにも当然、シンの”欠損”及びクローンの存在については、明かされていませんでした。私たちはこの事故について報告を受け、計画に抗議しました。連帯責任という訳には行きません。私たちは計画内で『研究者』という扱いになりながらも、民間人である事には変わりないんですから。資料にも、全て名前を伏せて書かれていたでしょう?」

「申し訳ありません、暴くような事をしてしまって……」

「いえ、私たちの今までが全て水の泡になると聞けば、無視出来ませんよ。

 ……それで、私たちの話を聴いたシャドミコフ議長はそこで初めて、このクローンの話を口に出したのです。そして、シェアリングの限界値と重力出力の極限、シンクロナイズ・ラインのデータを得られたから、もう私たちが実験に参加する必要はなくなった、シンのクローンは保存され、無意識領域で学習を行いながら連合の管理下で成長している、もし望むのであればこのクローンを引き取らないか、と持ち掛けてきました。

 当然、私たちは怒りました。クローンとしてのシンが帰って来ても、何の意味もない。それはシンの代用品であり、今までの私たちとの思い出を持ち、姉の愛情を受けて育ってきた彼とは別物だ、ヒトを何だと思っているのだ、と突っ撥ねました。そこで話は終わりになったのですが……あまりにも娘が鬱状態に陥っている事が、私たちを焦らせました。栄養失調の傾向も見られ、このままでは娘まで失ってしまう事になる──そう思いました。

 主人の決断により、私たちは二人目のシンを引き取る事にしました。本人には何も告げず、里子として養子に来るのだと思わせて。本当は血が繋がっているのだと知れば、彼がオリジナルのシンの代用品であるという事を彼自身に気付かせてしまう。そしたら、彼も衝撃を受けるでしょうから」

「……それも、私の判断でした」

 敦史は、美智子を庇うような言い方をした。

「それが、私の最大の失敗だったのです」

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