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『破天のディベルバイス』第16話 行く宛てのない船①

 ①宗祇隼大


 西暦二五九九年十月二十三日。グリニッジ標準時午前八時十三分。

 火星圏最大のマフィアを束ねるジャバ・ウォーカーによる、小惑星ナーサリー・ライムの火星への衝突作戦を受け、宗祇隼大は研究データやニロケラス基地の部下たちと共に、第一衛星フォボスの公転軌道外へと脱出していた。

「只今情報が入りました、ユニット九・三『シシュポス』の駐在部隊からです。……火星へのナーサリー・ライム落下は阻止されたそうですが、無色のディベルバイスによりニロケラス基地は壊滅しました。その後衛星記録が調べられましたが、ディベルバイスが火星から出た様子はありません。現在シシュポス駐在軍が火星に降下し、開発地区を中心とした周囲の被害調査、並びに船の捜索を行っている模様です」

 エイハブ級小型巡洋艦、ブリッジ。

 通信機を操作していた護星機士が、宗祇に報告してきた。宗祇はぴくりと眉を動かし、そちらの方を見る。

「阻止された? 隕石落下が?」

「はい、人工衛星の記録によりますと、火星の大気圏へと突入した小惑星は何らかの干渉を受け分断、それぞれが数分の差で内側から崩壊したとの事です。記録にはディベルバイスの船影も確認出来、あの船が小惑星に反重力操作を行い、自壊させたものと思われます」

「ディベルバイスが、火星を救った……」

 宗祇は何とも言えず、複雑な気分になるのを感じた。もし、これが通常の戦時として扱われるのならば、彼らは英雄となっていただろう。だが今彼らは、人類生存圏のお尋ね者だ。この情報は隠蔽され、連合軍とマフィアの関わりを隠す為、隕石の落下という事件そのものがディベルバイスによって引き起こされたと、情報は捏造されて公開される。

 仕方のない事だ。ニロケラス基地の壊滅、火星駐在軍上層部の大勢の人命が失われたこの事件を、悲劇として終わらせてはならない。

「ダイモス戦線はどうなった?」

「これもまた、ディベルバイスの者たちによって討滅されました。ヒュース・アグリオスが滅びた今、火星圏の宇宙連合軍戦力は大きく削られています。フォボスを占拠している部隊を始め、火星圏に居るラトリア・ルミレースがこの機に動けば、リージョン九は過激派によって掌握されるでしょう」

「……それもまた、シャドミコフ議長のシナリオ通りというのかな」

 宗祇は自虐的に笑い、護星機士の報告を反芻した。

 ダイモス戦線、自分の部下たち。彼らに、隕石衝突が迫っている火星に来てディベルバイスを捕らえるように、という指示を出した時から覚悟はしていたが、彼らは皆殺しにされてしまった。

 渡海祐二というあの少年が、渡海嘉郎軍曹の弟だという話は本当のようだった。彼らは本当に、ダイモス戦線に助けを求めて火星を訪れたに違いない。その彼らの手によって戦線が葬られたのなら、ディベルバイスの子供たちにも相当な覚悟があったと見るべきだろう。

「火星が滅ぶ恐れがなくなったのなら、戻らねばならない。ニロケラスの開発地区も相当な被害を受けただろうし、そのままにはしておけないからな。あの場所でなくとも、火星駐在軍の基地はまだあちこちにある。当分はそこに身を落ち着ける事としよう」

「ディベルバイスがまだ留まっているのなら、危険では?」

「フリュム計画に犠牲が出るのは仕方ない。だけど、無辜の人民の命がいたずらに失われたら、私たちの目的とは本末転倒だ。そうでなくとも、このプランでは計り知れない犠牲が出る予定だったんだし。……ディベルバイスが居るから危険だというのなら、逆だよ。私たちが逆にディベルバイスを捕らえてやる」

 宗祇はそう言い、船を火星の方へ回頭するようにオペレーターに指示した。だが、オペレーターが「アイ・コピー」と答えて舵を切ろうとした瞬間、ふと窓の外に見えるものに気付いて、「待て」と命令を打ち消した。

「レーダーに反応が……」

 護星機士の一人が言うのを聴き、宗祇はモニターに視線を落とす。いつの間に現れたのか、連合軍のヒッグス信号を放つ機体が一キロメートル程離れた位置に浮遊していた。

「スペルプリマー?」

 無意識のうちに呟きが漏れる。窓の向こうに浮かんでいるそれは、東洋の龍の如く細長い体躯を持つスペルプリマーだった。接合部の光色は、スヴェルドよりも濃い、(くれない)に近い赤。業火のエルガストルムに搭載されているナウトゥだな、と思い、宗祇は船体を寄せるように命じた。

「貴官に告げる! 所属と名前を要求する。貴官の回答を確認した後、本船により保護を行う」

 ヒッグス通信を送った直後、ナウトゥからの返答はなかった。パイロットは死んでいるのか、と思いかけたが、機体が生きているらしいのでそれはない、とすぐさま自分で打ち消す。しかし、また必ずしもそうとは限らない、と思った。スペルプリマーに乗っている以上、「同化」が起こった可能性も否定出来ない。

 念の為もう一度通信を試みようとした時、微かに向こうの音声が拾われた。

『俺は死んだ、俺は死んだ、俺は死んだ……』

「………!」

 宗祇はある事に気付き、ブリッジに居る護星機士の一人に言った。

「キルシュを出せ。あの機体を回収し、速やかに搭乗者を保護する」


          *   *   *


 船内のPCから護星機士団のデータベースにアクセスし、顔認証を行うと、パイロットはユーゲントのベルクリ・ディオクレイである事が分かった。階級は、エルガストルムを動かし、彼を乗せる為にブリークスが勝手に上げたらしく、准尉となっている。良くて曹長止まりの同期生の中では、破格の階級だと言える。

 業火のエルガストルムに搭載されているスペルプリマーは、ナウトゥ、レインの二機だ。後者の反応がない事から推測するに、エルガストルムが沈められた際、片割れのモデュラスが命を落としたのだろう。

 重力波を重ね合わせる事で、他者と思考や感覚を共有する技術、シェアリング。その最大のリスクは、シェアリング中の相手が死亡する事だ。そうなれば、残された方は生きながらにして、死の瞬間の生物的な恐怖や激痛、意識が途絶える瞬間を共有する事になる。そのショックの大きさは計り知れず、最悪の場合はもう片方も負荷に耐えきれず死んでしまう。

 ベルクリは幸い、そこまでは行かなかったらしい。だが、彼の精神が崩壊しかかっている事は、宗祇にはよく分かった。実際に見た事があるのだ、廃人のような状態になり、そのトラウマが蘇った瞬間、発作でダーク・エコーズが”人鬼”と呼ぶまでに凶暴化したモデュラスを。

 彼が半ば引き摺られるように運ばれてくると、宗祇は側頭部を殴打して彼を気絶させた。護星機士たちがあっと叫んだが、それから呼吸が落ち着くのを待って気つけを試みる。ベルクリは間もなく目を覚ました。

「ガリバルダ……」

 起き上がるや否や、彼は低い声でそう呟いた。その目尻から涙が伝ったのを見て、宗祇は彼の呟いた言葉は、相方の名前だったのだな、と気付いた。

「ベルクリ・ディオクレイ准尉だね? ……何と言ったらいいか分からないが、とにかくご愁傷様」

 宗祇が言うと、ベルクリははっと顔を上げた。心神喪失状態からそこでやっと立ち直ったらしく、警戒するような目付きでこちらを見てくる。

「あなた方は?」

「宇宙連合軍、火星駐在部隊。私はダイモス戦線副指揮官、宗祇隼大少佐だ」

「し、少佐……」

 ベルクリは立ち上がると、慌てたように敬礼する。だがその目に一瞬反逆的な色が走ったのを、宗祇はしっかりと認めた。機密であるスペルプリマー、ナウトゥに乗っているところを見られた、と思ったらしい。

「案ずるな、ディオクレイ准尉」わざと、穏やかな声色で言う。「私たちもフリュム計画の関係者だ。君が機密を漏らしても、何も問題はない」

「フリュム……という事は、エルガストルムとも……」

「ああ、私も開発に関わっているよ」

 とは言え、宗祇の計画に於ける役割は主に作戦参謀としてのものだ。だが、それを言って墓穴を掘る訳にも行かないので、すぐに本題に入る。

「君のパートナー、レインのモデュラスは、無色のディベルバイスに居る連中に殺されたんだね?」

「はい……ラトリア・ルミレースの特殊部隊、そいつらが……」

 ベルクリは、宗祇の軍人らしからぬ穏やかな口調に安心したのか、幾分か声を落ち着かせて訥々(とつとつ)と語り始めた。

「ガリバルダ・カバルティは、最後の瞬間、何かに気付いたようでした。シェアリングを通して、自分にもその驚きは伝わってきました……ですが、その正体を知る間もなく、彼女は死んでしまった。ゲイルを仕留めて、その爆発に巻き込まれて……道連れにされたのです」

 カバルティ、と検索してみると、その名前は発見された。階級はベルクリと同じく急進させられたようで、准尉となっている。リバブルエリアの訓練生時代は大型一種操船課専攻で、ベルクリとは実技でパートナーを組んでいた事が分かった。その呼吸の合ったコンビネーションで、シェアリングを用いた戦術に二人で登用されたのかもしれない。

「フリュム計画の方々は、あの過激派を討滅してディベルバイスを取り戻そうとしておられるのですよね? あの船が火星に留まっているのなら、どうか自分をお使い下さい。自分は、彼らの無念を……」

「よく聴きなさい、ディオクレイ准尉」

 宗祇は、周囲で体を強張らせている護星機士たちの動きを目線で封じ、彼に声を掛けた。護星機士たちは、つい昨日存亡の危機に陥った機密計画に私情を持ち込もうとするベルクリに苛立ちながらも、その階級から強く言葉を出せないような気配があった。

「私は、カバルティ准尉の最後に気付いた事に見当がついた。……ゲイルとレインの間で、シェアリングが起こったのだろう? 恐らく彼女は、現在報道されている情報の真実について悟ったんだ。あの船に居るのは、過激派ではないと」

 部下たちが、あっと叫んで自分の方を見てくる。宗祇は両手を挙げて彼らを制し、続けた。このベルクリという若者を味方に引き入れ、現在の彼の立場を上手く活かす事を、既に脳内で考えていた。

「無色のディベルバイスに乗船している者たちは、リーヴァンデイン襲撃の際に死亡したとされているリバブルエリアの訓練生、並びに船を輸送していたユーゲントたちだ。彼らは死んではいない。むしろ、一度故意に殺されかけ、今も尚命を狙われ続けているんだ」

「………!? そんな……誰に? 彼らが生きていた……?」

「ブリークス・デスモスにだ。君とカバルティ准尉は、まんまとそのお先棒を担ぐ事になった訳だよ。……私は、君を苦しめるつもりで言っているのではない。むしろ、知らないままであれば君は大佐の元に帰還し、次の作戦に利用されていたかもしれない。そして仲間を皆殺しにした上で、口封じの為に大佐自身の手によって命を奪われていたかもしれない……」

「もうやめて下さい、少佐!」

 ベルクリは、拒絶するように顔の前で腕を振りながら叫んだ。

「自分はもう、この手を汚しています。アモール群での度重なる戦闘で、何度も彼らの戦闘機を撃墜しました。仕方がないでしょう、命令されて、何も知らなかったんですから……俺は、人殺しなんかじゃ……!」

「分かっているよ。だが、証拠はある。君が否定したくても、大佐が君やカバルティ准尉、ウォリア・レゾンス中尉に命令を出した事は紛れもない事実だ」

 宗祇は言うと、ベルクリの肩に手を置いた。

「ブリークスは今、宇宙連合軍司令官という立場に居る。彼を抑止する事は容易ではないが、フリュム計画は今一つのプランに向けて動いている。ディオクレイ准尉、君の現在のポジションは、それに最適なものなのだが、どうだろう? 君は、仲間の仇を討ちたくはないか?」

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