『破天のディベルバイス』第2話 ディベルバイスの鼓動⑤
⑦エギド・セントー
月面都市オルドリン、ラトリア・ルミレース陣営。
「……報告は以上です」
黒地に六芒星のエンブレムをあしらった、ラトリア・ルミレース実戦部隊の兵士が報告を終えると、十字軍総司令官セントーは舌打ちをした。
地球圏に人類を縛り続ける忌まわしき楔、フリュム船ディベルバイスの実在は、宇宙連合軍のブリークス大佐からリークされたデータで確認していた。知れば知る程、それは排除すべき桎梏だった。
全人類は最早、地球の上に乗って暮らす事は出来ない。それに関する理解が中途半端であり、宇宙に無数の容器を用意し、人工の捌け口とした宇宙連合。百年前のヴィペラ・クライメートは、それで尚も地球の恩恵を貪り尽くそうとした者たちへの”彼ら”からの啓示だった。その啓示を蔑ろにし、同じ過ちを繰り返す引き金であるディベルバイスは、宇宙連合腐敗の象徴。その存在が諜報の過程で仄めかされるようになってきてから、自分たちはその追究に力を注いだ。
フリュム船という系列の存在についての真偽を確認する事と、実在した場合、それを破壊する事。フリュム計画なるプロジェクトは連合の中でも極秘事項のようで、第一目標はなかなか達成し得なかった。
軍事力が連合より圧倒的に劣るラトリア・ルミレースは情報戦で優位に立つ必要があり、それ故に工作員や諜報員の育成に力を入れている。だが、あらゆる手段を以てしてもフリュム計画が本当にそのような「超次元的な船の建造計画」なのかどうか確かめる事は叶わなかったのだ。
それが、軍の重役中の重役であるブリークス大佐からの情報提供により、急転直下で明らかになった。地球圏防衛庁、サウロ長官の実印が押された資料には十分な信憑性があった。だが、教団内ではまだ慎重な意見があり、サウロとブリークスが共謀して自分たちを罠に陥れようとしているのではないか、という声も聞かれた。
ブリークスの情報提供について裏が取れたのは、その後諜報員からの新たな情報──連合上層部の内情──と、ブリークス本人の接触によりもたらされた報告で辻褄が合ったからだった。
護星機士団に新たな人員が編入される先月、サウロ長官は新規機士たちを「ユーゲント」として組織化し、彼自らが直接指揮を執るハンニバルに乗艦させた。その許可を連合に求め、結果親サウロ派の賛成多数で可決された。反対派の多くは、ブリークスの指揮下に所属する将校たちと、フリュム計画を指揮すると言われているピョートル・シャドミコフに近しい者たちだった。
サウロが、無言で自分を牽制しようとしている、というのがブリークスの言い分だった。ブリークスに近い将校たちが前線に送り出され続けているのも、サウロの策略だ、と。その理由は、フリュム計画の舵取りを巡って彼らの間に意見の対立があるからだ、とも言われた。
ブリークスは、サウロがディベルバイスをリバブルエリアに隠そうとしている、という情報を掴み、船を破壊して欲しい、と言った。ラトリア・ルミレースの進行は確実であり、宇宙連合軍はこれ以上戦っても資源を無駄に蕩尽するだけだと自分は思っている、停戦協定を締結したい、とも頼み込んできた。フリュム計画を独断で進めようとしたサウロの所業を暴露し、また連合軍総司令官である自分が力を持てば長引く戦争にも終止符が打てるだろう、と。
作戦を決行する当日、恐らく月地球間往還軌道にラトリア・ルミレースが入れば自分の率いるガイス・グラが出撃する事になる、その際自分たちは一切の手出しをしないので、リーヴァンデインを攻撃してユーゲントとディベルバイスを葬ってくれ、とブリークスは言い、実際ラトリア・ルミレースを招き入れるかのように月周辺の防備は脆くなった。月面都市オルドリンは、一日にして陥落した程だ。
そして今日を迎えた訳だが、今の報告でブリークスの嘘は暴かれた。
リーヴァンデイン最上層ビードルにガイス・グラが出現し、宇宙船としてのビードルが再起動フェイズに入った。約束が違う、と思い、セントーがバーデ隊を派遣すると、彼はビードルを切り離してリーヴァンデインを倒壊させ、重レーザー砲を使用してハンニバル諸共軌道上のラトリア・ルミレースを蹴散らした。
話に真実があった為、セントーたちは騙されたのだった。ブリークスが目論んでいたのは、リーヴァンデインへの攻撃を我々によるものだと偽装する事、そしてどさくさに紛れ、サウロ派を謀殺する事だった。
セントーは、直ちにブリークスを滅ぼすつもりだった。彼は恐ろしい男だ、火星圏の名もなき農家の六男に生まれ、宇宙連合軍大佐まで上り詰めた。野心に満ち、好戦的な彼が防衛庁を掌握すれば、戦いは増々熾烈を極めるものとなる。
だが、派遣した者たちは最早アンティークの域であるビードルに蹴散らされた。今頃彼らは、とうにボストークに帰投しているだろう。
(せめてもの成果を残すならば、サウロが隠蔽しようとしたディベルバイスを破壊する事だが……)
先程の兵士の報告には、ディベルバイスが起動され、地球を脱出したのが確認された、とあった。ブリークスが再度出撃し、鹵獲したら厄介だ。
「只今、往還軌道上に他の宇宙連合軍の艦影は確認出来ません」
兵士の言葉は、自分を試すものであるかのようだった。
「オルドリンの連合軍部隊残存戦力は『静かの海』へと逃れ、目下捜索中です。こちらの捜索を打ち切り、制圧部隊主力をかの船へと当たらせれば、或いは……」
「……月面制圧部隊に告ぐ」
セントーは立ち上がり、窓の向こうに小さく、灰色に泥む地球を指して叫んだ。
「全戦力を以てフリュム船、ディベルバイスを強襲し、破壊せよ!」