『破天のディベルバイス』第15話 夜明けの少年⑩
* * *
「結論が出ました」
壊滅したニロケラス基地の跡地に降り立ち、ダークギルドを除いた第一期舵取り組で話し合いが行われた後、ウェーバー先輩はそう言葉を放った。サバイユ、トレイ、ケイト、ヤーコン、ボーン、ポリタンの六人は殉教者のような表情を浮かべ、それを受け止める。
ダークは、皆からは少し離れて立っていた。その両腕には、彼の妹であるハープの亡骸が抱えられている。彼女はディベルバイスの一室から持って来たシーツに身を包まれ、髪を整えられて穏やかな顔をしていたが、ダークの顔は腫れ上がり、皮膚が切れてあちこちから出血していた。
「石一つぶっ壊したくらいで、いい気になるんじゃねえ!」
ショーンはそう叫び、最初にダークの顔面を殴り飛ばした。アミュージングを降りた生徒たちも彼に続き、次々に罵りの声を上げながらダークに制裁を加えた。ダークは決してやり返す事なく、彼らに殴られるままになっていた。
「本当は俺たちは、ここで救助されているはずだったんだ! それなのに、お前のせいで何もかもが駄目になった! ダイモス戦線は滅んで、皆死にかけた! どうするんだよ、お前!? どうやって責任取る気だよ! 言ってみろ、俺たち皆を納得させてみろよ、ええ!?」
皆口々に叫び、彼を攻撃する。誰もが、すぐ傍に寝かされているハープの遺体から目を逸らしていた。
僕は降りる直前、ダークが打ち明けた事を考えてやりきれない気持ちになった。
宇宙連合軍に囚われた妹ハープを救出する事。それが、軍資金を集めていたダークの本当の目的だった。詳しい事は語られなかったが、ハープは僕たちと同じモデュラス──フリュム計画がスペルプリマーの実験で生み出していたモデュラスが”発作”を起こした際に暴行され、その子供を宿した事で計画の関係者に「サンプル」として連れ去られた。そして、その計画を火星で率いていた人物こそが、ダイモス戦線の副指揮官である宗祇隼大少佐だった。
ヒュース・アグリオスに居た駐在軍は恵留たちを襲った際、フリュム計画の総意として僕たちを口封じする、と言ったそうだ。という事は、僕たちがダイモス戦線に保護を求め、それが受け入れられていたとしても、後から責任者である宗祇少佐に僕たちの身柄が受け渡された時、彼によって僕たちが密かに命を奪われていた可能性は大きい。ダイモス戦線への旅は、ダークの反乱がなかったとしても、最初から見込みがなかったのだ。
だがそれを告げたところで、皆の感情が鎮まるとは思えなかった。所詮は結果論であり、皆の気持ち、絶望はそれとは全く異なる場所にある。だからダークも、彼らに何も言わないようだった。
「あなた方には、ここで船を降りて貰います」
ウェーバー先輩は、淡々と彼らへの裁きについて説明した。
「あなた方は民間人であり、宇宙連合軍のデータベースには登録されていません。故に、肖像を含む個人情報がディベルバイスと結び付けられる事はないでしょう。火星駐在軍の枢軸が壊滅した今、口封じの為にあなた方を追跡する者も居ません。船を降りた後の安全も、十分保障されていると言えるでしょう。……もっとも、裏側が無法地帯である火星という環境そのものの安全については、私たちが責任を負う事は出来ませんが」
「俺たちにも、責任がなかった訳じゃない」
テン先輩は、彼の後に続けるように口を開いた。
「お前たちに、舵取りの実権を渡してしまった。ユーゲントとして、訓練生たちを守るべき立場の者として、その信頼を著しく損ねる行為だった。船に居る必要は残されているが、ブリッジからは自主退去する」
「先輩……」
伊織が、ぐっと拳を握り締めながら呟いた。
話し合いの中で、僕やカエラ、伊織、千花菜や恵留は、生徒でありながら現舵取り組に居る為、これからはディベルバイスの采配が委ねられる事になるだろう、と先輩たちから言われた。カエラは「責任転嫁じゃないですか」と言ったが、マリー先輩がそれを否定し、
「私たちはもう、皆から求められる存在じゃないのよ」
と強く言った。
「あなたたちは、船を動かす為に居なきゃいけない。あなたたちなら、皆から舵取り組としての信頼を回復出来ると信じている。だから……」
「……やります」
伊織は、揺るぎない口調で言い切った。ダークの行動に対してずっと腹を立てていた彼だったが、僕がダークから聴いた事を話し合いの中で一同に伝え、ハープが第一世代のモデュラスに襲われた事から全てが始まった、という事を言った時から、突然神妙な態度になった。
「責任は俺たちにもあります。俺たちは、先輩たちとは別の方法でそれを取りますから……祐二たちも、付き合ってくれるよな?」
「背負っている責任は同じでしょ、伊織君?」
恵留が言い、伊織は「ありがとう」と言いながら彼女に微笑み掛けた。
ウェーバー先輩からの判決を聴くと、ダークギルドの面々は押し黙った。このような場面で反抗的な態度を取ると思っていたサバイユやケイトも、何も言わずただ悔しそうに足元を見つめ続けている。
やがてトレイが「分かったわよ」と答えた。
「ダークとサイスちゃん……いえ、ハープちゃんとは、彼がダークになる前からの知り合いだった。彼の目的にも、ジャバに脅しを掛けた時に気付いたわ。それでも従っていたし、元々ダークギルドは、”革命”の為に火星圏に着いたらディベルバイスを乗っ取る事は考えていた。結果がどうであれ、仕方ないわ」
「トレイ……」
ケイトが、双子の姉を見つめる。その口から、源氏名ではない本名が零れ出したようだったが、僕には聞き取れなかった。
「大丈夫よ、ケイト。……じゃないね」トレイも、妹を本名で呼びながらそっと抱き締める。「火星駐在軍もジャバたちも、もう居なくなった。ここまで、小さい頃とは比べ物にならないくらいの敵と戦ってきたんだもの。きっとこれからも、二人で居れば大丈夫」
「あの……」
アンジュ先輩が、ユーゲントの後ろから小さく手を挙げた。彼女は立場上、ディベルバイスに残留せねばならなかったが、仲間を裏切り、守るべき生徒たちを真っ先に危険に晒したという罪は重く取られた。これから先は見張り付きで空き部屋に幽閉され、謹慎するという事になった。
「何、アンジュ?」
ラボニ先輩が厳しい目を向けると、アンジュ先輩は居たたまれなそうに、しかししっかりと最後の意見を口に出した。
「これは、サバイユ君たちへのお願い。……ダーク君が、辛い境遇の皆を”革命”って言って騙して、脅すような形で今回の作戦に動員した事は事実。皆がダーク君を許せない、制裁を下したいって思うのは無理もない。だけど、ディベルバイスを……皆の命を救ってくれた事に免じて、どうか……どうか彼を攻撃するような事は、しないであげて」
「アンジュ……」
ずっと無言を貫いていたダークが、ゆっくりと顔を上げて彼女の方を見る。ダークギルドのメンバーたちも、ユーゲントも生徒たちも、僕たちも最早何も容喙出来るような空気は残っていなかった。
「ダーク君」
アンジュ先輩は、ダークから本当の目的を聞いた時、彼が遂に僕たちに明かさなかった本名を教えられていた可能性もあった。だが、彼女は敢えてそれを言わないつもりだったのか、呼び慣れたいつもの名前で彼を呼んだ。
「もう一回私の事、アンジュって呼んで。アンジュ、さよなら、って……ちゃんと言って。お願い」
彼女は、ダークに近づこうとはしなかった。だが自然に、僕たちは二人の間から身を引き、お互いの姿がよく見えるようにしていた。
「……さよなら、アンジュ。達者でな」
「ええ、ダーク君もね。……今まで、本当にありがとう。さよ、な……ら……!」
先輩はそこで、限界が来たように声を詰まらせ、泣き崩れた。ダークギルドの者たちは皆一瞬顔を歪め、振り切るように身を翻して去って行く。
ダークは、もう何も言わなかった。振り返る事なく、妹を抱え、一歩ずつ火星の土を踏み締めるようにして歩く。これから夜明けを迎えようとしている方角へ、夜の闇の中へと戻って行くように。
誰も、見送るつもりはなかった。
それでもアンジュ先輩が泣き止むまで、僕たちは出発しなかった。