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『破天のディベルバイス』第15話 夜明けの少年⑨

 ⑦渡海祐二


 旅客船アミュージングと僕の作業船、カエラのスペルプリマー二号機が火星の大気圏に突入した時、既に小惑星ナーサリー・ライムは一足先に大気圏に入っており、地上の土や宇宙連合軍を巻き上げていた。

 その僅かに下の位置で、戦艦ジャ・バオ・ア・クゥを無数の戦闘機が取り巻いている。それらは全て宇宙連合軍、ダイモス戦線のもので、蝙蝠(こうもり)のような翼を持つあのジャブジャブは一機も見当たらなかった。更に下にはディベルバイスが見えるが、その船体は砂煙の中に覆い隠されつつある。そして、ジャバを襲っているダイモス戦線の一部が船へと接近し、拿捕しようと攻撃を仕掛けていた。

『アンジュ先輩!』

 カエラの叫ぶ声が、回線越しに聞こえた。

『応答して下さい! 状況は……』

 刹那、ナーサリー・ライムが上下に真っ二つになった。その亀裂から見慣れた赤黒い光が漏れ、隕石の下半分が砕けながら地上へと降り注いでいく。石片だけでも最小で一メートルはあるが、それは最早大質量兵器としての意味は成さない。僕もカエラも、通信機の向こうの先輩たちも皆言葉を留め、息を呑んでその信じがたい光景を凝視し続けた。

『ディベルバイス……?』カエラが、長い沈黙の後で呟いた。『ディベルバイスが重力操作で、隕石を砕いたの?』

『違うわ。あれは……ハープちゃん。ダーク君の妹よ』

 応答したアンジュ先輩の声は震え、濡れていた。あたかも、泣き出すのを必死に堪えているかのように。僕ははっとし、回転しながら軌道を変えるナーサリー・ライムを見た。

 という事は、あそこにスペルプリマー四号機が──ダークが居るのだ。そして彼の目標が火星圏の革命などではない事は、最早明らかだった。

「カエラ!」

 僕は、すぐ傍に浮かんでいる二号機を見る。その接合部の青い光は、スペルプリマー同士の共鳴を起こして激しく点滅していた。

「あそこで、四号機が戦っているんだ! 質量が半分になった今なら、僕たちの重力場でも隕石を喰い止められるかもしれない。僕はディベルバイスに行って、一号機を出す。道を……作ってくれないか」

『祐二君! それって……』

 ──ダイモス戦線を、潰してしまうのか。

 カエラの切られた言葉の後が、僕にははっきりと分かった。僕自身、猛烈な葛藤の上に口に出した言葉だった。僕は「分かってる」と返し、アンジュ先輩に向かって尋ねた。

「ナーサリー・ライムの地表到達まで、あと何分ですか?」

『……ハープちゃんのお陰で、少しは時間が稼げた。質量が半分になった事と火星の重力から考えて……あと、五分弱ってところかしら』

 アンジュ先輩は気持ちを抑え込んだように、声を低くして答える。僕はそれを聴くと、もう一度カエラに言った。

「時間がないみたいだ。本当に残念だけど……ここで皆が死んでしまったら、ディベルバイスが沈んでしまったら、未来はない。だけど、ここで旅が終わる可能性が潰えたとしても……生きていればまだ、希望はあるよ」

『祐二君……っ!』

 カエラが、悔しそうに奥歯を食い縛る音が聞こえてきた。しかし、彼女が迷ったのはその一瞬だけだった。

 二号機が青い軌跡を描き、降下して行った。

『ああ……ああああああ─────っ!!』

 彼女の咆哮が響いた瞬間、二号機から放たれたグラビティアローが、やや高い位置を飛行していたダイモス戦線のケーゼを射抜いた。赤黒い光と共に機体が爆散し、それに反応したらしく戦闘機群が一斉に僕たちの方を向く。

 カエラは叫び声を上げながら、次々と戦闘機を撃墜していく。彼女が作った道を作業船で進みながら、僕は瞑りそうになる目を懸命にこじ開けた。

 ダイモス戦線は射抜かれ、落下し、群がっている他の機体に当たって連鎖反応的に爆散していく。その輝きが一つ散る度に、僕たちが救われるはずだった未来が壊れていくのが感じられた。

(兄さん……ごめん)

 ジャ・バオ・ア・クゥが、こちらを新たな脅威と認識したらしく回頭を始めた。艦首の重レーザー砲が僕たちに向き、その砲口が徐々に明るくなっていく。だがそれが放たれる前に、カエラはその砲口に矢を叩き込んだ。巨大戦艦はエナジーの暴走により、前方から爆散して呆気なく沈んでいった。

『急いで!』

「渡海祐二、これより帰投します!」

 僕が叫ぶと、誘導灯が普段より速い速度で点灯する。格納庫へのシャッターは開きっ放しになっており、僕は加速しつつその隙間に滑り込む。船本体を襲っていたダイモス戦線の機体が狙撃してきたが、それらはカエラが二号機で相手を引き受けてくれた。

 格納庫内へ着艦すると、僕はすぐに作業船を降りて一号機へと走った。縄梯子を一段飛ばしで登り、パイロットスーツに着替える暇も惜しくコックピットに座る。起動し、モデュラス回路が形成されるのも待たずに再び外に出た。

 衝突まで、あと三分。僕は水平に飛行し、今まさにディベルバイスを追い越そうとしている小惑星の下側に回り込んだ。そこには緑色の光を放つ四号機が力なく漂っており、『HAMARRが感覚共有(シェアリング)を求めています』というメッセージがこちらのタブレットに現れた。

 僕は四号機に接近すると、使用可能になっていたそちらとの通信回線を開いた。

「ダーク! 居るんだろう、応答しろ!」

『……俺のせいだ』

 数秒後、返ってきたのは、僕に対する返事ではなかった。

『俺のせいで、ハープを死なせてしまった。俺が殺したんだ……俺が妹を……』

「ダーク、ちょっと君……」

 低い声で、呪詛の如く断続的に吐き出される言葉に、僕は戸惑った。その一方で、今四号機のコックピット内で何が起こっているのかを悟り、アンジュ先輩が嗚咽を堪えていた理由も判然とした。

『俺は、お前を守ろうとしたんだ。助けようとした……その結果がこれだ。俺は今まで、何の為に……何故、こうなってしまった? お前を救おうとした事自体が、罪だったというのか? 答えてくれ、ハープ……』

『何訳の分からない事言ってるの!』

 通信に、カエラの声が颯然と割り込んだ。

『今は一秒一秒が貴重なのよ! このままこの隕石が落ちたら、皆死ぬ事になる。それでもいいの!?』

『……黙れ、カエラ・ルキフェル』

 こちらからの通信は聞こえていたようで──モデュラスは、五感に届く情報を何も遮断する事が出来ない──、ダークは呟きの合間にそう返した。

『ハープはもう、居ない。この先俺が生きている意味など、もうありはしない』

『ふざけないで、ダーク・エコーズ!』

 カエラは叫ぶと、二号機の片手で四号機の後頭部を鷲掴みにし、隕石の表面に押し付けた。バキバキ、という軋んだ音が響く。僕が思わず口を出しかけた時、彼女は尚も続けた。

『あんたが死ぬのは勝手。勝手に死ねばいい。でも、ここであんたが動かなかったら私たちも皆その巻き添えになるのよ! 元々こうなったの、あんたの自分勝手に裏社会を巻き込んで、自滅したからでしょう! 何処まで私たちに迷惑を掛ければ気が済むのよ!』

「カエラ、よせ!」

 彼女が弓を振り上げ、四号機を打擲しようとしたので、僕は慌てて叫んだ。接近してくる隕石で四号機の頭部が潰れないよう、重力バリアを岩面に押し付けて減速を試みながら、今度こそ声を出す。

「ダーク、君は妹を殺した」

 彼を突き放し、弾丸を撃ち込むような言い方だと思いながら、わざと頭に浮かぶままを口に出した。ダークが『何だと』と小さく呟く。

「そして、同じようにアンジュ先輩も殺すの?」

『アンジュ……?』彼の声は、今まで聞いた事のない怯えを孕んでいた。

「ディベルバイスには、アンジュ先輩が居る。彼女が何の為に、君に付き合おうと決めたのか分からないのか? 君は自分が絶望したからって、先輩まで道連れにするつもりなのか? それでどうやって、今まで妹を救うつもりで居たんだよ? いい加減にしてくれ!」

『黙れ!』

 ダークは叫び返すと、自機を岩石に押し付けている二号機を振り払うように機体を振った。力なく漂っていた機体を立て直し、その腕部が握っていた巨大な槌から赤い閃光を迸らせる。

『……生き延びたければ俺に従え。俺はサバイユたちに、そう言った。アンジュにも心配するなと言った。妹を死なせてしまった事は関係ない、それを果たさない限り、俺は楽になろうなどと考える資格もない』

 彼はまくし立てるように言い、槌を隕石にぶつける。一号機の重力バリアと同じ、波紋のような重力の波が生まれ、僕のすぐ横に壁を作り出した。カエラもすぐに旋回して戻って来ると、もう何も言う事なく、同じように重力バリアを機体前面に展開して防ごうとする。

 重圧が、スペルプリマーたちの腕をへし折らんばかりに掛かってくる。僕は、自分の手が押し返されているような感覚に陥った。それでも尚押し続けていると、各々(おのおの)の重力が干渉していた部分が抉り取られるように砕け、隕石の一部が大きく陥没するのが分かった。

『祐二君、カエラちゃん、ダーク君!』

 アンジュ先輩が、僕たちの名前を呼んだ。

『私たちも全力で手伝うわ! 外壁の重力発生機構、この距離からなら、その出力を上げればディベルバイスも隕石を押し返せる! サバイユ君、ヤーコン君、皆、最後まで諦めないで!』

『言われねえでもやるんだよ!』

 サバイユの声が聞こえ、ディベルバイスが接近してくる。こちらに掛かってくる圧力が、幾分かではあるが軽減されたような気がした。だがこれで、押し返させなければまずディベルバイスが離脱する事は確実に不可能となった。

 三機のスペルプリマーは、次第に重力出力を上げ始める。隣り合った僕とダークの機体から、赤い波動が広がり、重なり合う。その波長が合った瞬間、空間が白く発光した。

 シェアリング開始の光。その一瞬で、僕はシェアリングの発動条件を悟った。

 スペルプリマーの発生させる重力の波長を合わせ、相互に干渉し合う事。モデュラス同士の思考回路を重ね合わせ、伝達し合う事──。


          *   *   *


 光が消えた時、僕の視界に映し出される岩石の表面が変化した。どうやら、ダークの視覚を共有したらしい。手応えにも変化があり、瞬間的にではあるが重力バリアを押し当てている部分が軽くなったような気がした。

『渡海!』

 ダークが、過去最大の声量で僕に叫んだ。

『その位置だ! そこの奥に通路があって、空洞になっている! 叩き込め!』

 ダークの視覚を共有した僕には、それがはっきりと分かった。『視覚を移動させますか?』というメッセージをタップし、カエラにそれを転送する。

『祐二君!?』

「カエラ、そこだ! そこにグラビティアロー、思いっ切り撃っていい!」

 二号機が、旋回して再び四号機の後ろへ出た。機体を押し退()けるようにし、再び弓を抜いてダークの指示した位置に向ける。重力子の矢は薄いその部位を粉砕して小惑星の内側へ入り込み、小惑星の重力を打ち消しながらエネルギーを放散した。

『全機、離脱!』

 アンジュ先輩が叫び、僕たちは一斉に機体を引いた。

 ナーサリー・ライムは、形状を崩壊させながら回転し、こちらに赤い光の尾を引きつつ熱圏へと押し戻され始めた。ボロボロと砕けた岩石が摩擦熱に焼かれ、流星の如く輝きながら空を炎の色に染めていく。

 三人とも、いつの間にかシェアリングは解けていた。隕石の破片のうち大きいものは土煙の中へと落下していき、更に視界を悪くする。大気を伝わり、地上からの爆発音が僕たちの耳に届く。宇宙連合軍のニロケラス基地が、石の雨を受けて壊滅していく音だった。

 隕石の直撃を免れ、摂氏千二百度を超える熱線や寒冷化、汚染を回避した火星へ、四号機が力なく墜落して行く。僕は一号機を旋回させ、加速してそれに追い着くとしっかりと機体を掴んだ。

「大分やられただろう、ダーク」

『……また、失ってしまうのだろう。ハープは逝ってしまった。アンジュとも、もう共には居られなくなる……』

 ダークは、既にアクティブゾーンを抜けたようだった。僕は静かに首を振り、「それでも」と答える。

「それでも……これが、君の……」

 ゆっくりと、ディベルバイスやアミュージングが高度を下げてくる。帰投する為にスペルプリマーの頭部を上げると、ナーサリー・ライムが真っ赤な大気圏の中で溶けるように消滅していくところだった。


 その日、火星圏では正体不明の巨大なオーロラが観測された。

 火星の、その時まさに朝を迎えようとしていた地の人々は、誰もがその光景を見て荘厳な夜明けだと思ったそうだ。

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