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『破天のディベルバイス』第15話 夜明けの少年⑥

 ④宗祇隼大


「……そうですか。では」

 通信を終えると、宗祇は行く手を睨んだ。半透明のドームで覆われた空、だがその一部は破れ、質量の大きい二酸化炭素は着実に開発区域に降りてきている。この街の酸素が完全に二酸化炭素に置き換わるのは、時間の問題だろう。

(人類の未来の為……ね。でも私たちは、今居る人間すら守り切れない)

 ジャバ一味の手綱は、しっかりと握っているつもりだった。だが彼らは、居住区画に容赦なく攻撃はしてくるし、更に小惑星を火星にぶつけようとまでしてくる。既にこの星が助かる見込みは、ほぼなくなった。

 ジョーカー、否、ダーク・エコーズに二度も狙撃された左肩は、最早感覚を喪失しようとしている。それを自分の身に繋ぎ止める為、懸命に右手で傷口を抑え込みながら、宗祇は破れた空を見上げた。

 火星から常々見えていた、フォボスやダイモスと(ほとん)ど変わらない大きさまでそれは膨れ上がっていた。確実にあのナーサリー・ライムは、ここを目掛けて接近している。あと二時間もしないうちに、空はあの天体に全ての面積を奪われ、火星に住む者たちは全滅する。

 今し方の連絡は、自分の直属の上司であるシャドミコフからだった。ダイモスが崩壊したというニュースは(いち)早くボストークまで伝わったらしいが、シャドミコフはその真実を察していた。

『土星圏開発チームを調べ上げた結果、浪川が業火のエルガストルム起動に関わっていた。ブリークスが従わせていたらしい、この分ではやはりアクラ・ザキも、奴に濡れ衣を着せられて殺されたのだろう。……ダイモスを破壊するなどという暴挙に出たのは、ブリークスからの命令を受けたエルガストルムだ』

 宗祇が、ディベルバイスが火星に来ている、という事を告げた上で現在の状況を説明すると、彼は『既にエルガストルムは撃沈されただろう』と言った。

『奴は行きすぎた。ザキ代表が濡れ衣を着せられていたとなると、彼の火星への亡命計画捏造に関わっていたのは恐らく、ヒュース・アグリオスの連中だろう。計画の無秩序な漏洩、フリュム船の独断起動、民間への無差別攻撃。ブリークスに、最早何者であろうと抑止力は効果を成さない。よって私は、奴を抹殺する方向で計画を進める事とした。

 ……宗祇少佐。フリュム計画の中で、その全貌を知っているのは君だけだ。君の持っているデータがなければ、大願は成就しない。火星の住民たちには申し訳ないが、もうその星を救おうとは考えず、データと共に脱出を急げ。サイス・スペードの事は見捨てても構わん、SBEC因子によりモデュラスが増産出来るようになった以上、彼女のような個体は幾らでも生み出せる』

 宗祇は基地を脱出するに当たって、乱闘が発生している砂漠方面を避け、開発地区から飛び立って火星の裏側へと迂回し、大気圏を抜けようと考えた。隕石が大気に触れる際の摩擦熱に巻き込まれたり、隕石本体にぶつかったりするリスクはそれで避けられる。自分は少なくとも、安全に脱出出来るだろう。

 問題はディベルバイスだ、と思った。状況を見る限り、ダークが掌握したと思っていたジャバに突然裏切られた事で、船は押されている。この分では船の脱出は間に合わず、隕石衝突にもろに巻き込まれる事となる。

 苦肉の策として、部下であるダイモス戦線を呼んだ。彼らにディベルバイスを捕獲して貰い、彼らによって火星からの脱出を図る。だが、それも一か八かの賭けだ。ダークの話では、ディベルバイスの子供たちが味方に付ける恐れのあったダイモス戦線は、ジャバの私設部隊の一部戦力を割いて足止めをしているという事だった。もしも彼らが間に合わなければ。

(計画に於ける『破天』は、打ち切らねばならないか)

 フリュム計画の関係者たちは、計画が将来予測されるナグルファル船の到来、第二のヴィペラ・クライメートに備えるものだとは知っている。だが、その為にシャドミコフが進行させている現在進行形の計画については、目には見えていても気付いていない。幾ら関係者でも、気付かれてはならないのだ。

『破天』は人類の悲願ではあるが、最終目標ではない。そこを履き違えたからこそ、現在のブリークスの暴走は招かれた。それでも、将来への布石ではある。”あの者たち”の手で『破天』が成就すれば、この後の計画は非常に円滑に進められるようになるのだ。

(もしもディベルバイスを失い、打ち切らざるを得なくなれば……)

 その元凶は誰なのだろう、と想像した。犯人捜しは趣味ではないが、この大事に面しては、どうしても考えてしまう事は避けられない。

 隕石落としを決行しようとしたジャバか。だがそれは、自分がジャバを律しきれないまま放っておいた事が原因だ。あの子供たちに、ディベルバイスを渡す事になってしまったブリークスの行動か。それも、原因は自分やシャドミコフにある。彼の短気や野心を、計算に入れなかったからだ。

 ダークのせいでもあるかもしれない。しかし、ダークが今回の行動を起こすきっかけを作り出したのは誰なのか。

 脳裏に、怯えたように自分を見つめるサイス、いや、ハープの表情が浮かんだ。更に、兄の為だと言って研究に自ら身を投じた彼女の凛とした顔も。意識が戻らなくなり、どんな夢を見ていたのか、急速に瞼の下で眼球が動いていた光景も。

 自分が善人などではない事は、自覚していた。

 だが今の状況が、もしも人智を超越した宇宙の意思から下された裁きなのだとすれば。自分は悪人と見做されたのかもしれない、と思った。

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