『破天のディベルバイス』第15話 夜明けの少年⑤
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クラフトポートの発着場を調べると、全員で乗る事の出来そうな旅客船アミュージングが見つかった。無論武装はないが、ここは先程までと同様カエラにカバーして貰うしかない。
僕はカエラと一緒に二号機のコックピットに乗り、無論座席に座らねばモデュラス回路が表層意識に現れないので重力操作などは行えないが、敵の目視確認などは出来るだろう、という事でアシストを担当する事になった。発艦前、僕はカエラに念の為こう言った。
「カエラ、Gには気を付けてね。僕はスペルプリマー用のスーツじゃないんだし、立っているんだから」
側面モニターをちらりと窺うと、画面には赤黒く固まった染みが点々と付着していた。アマゾンを襲撃したジャバ一味の分隊と戦う中、カエラの乱暴な操縦で負荷を受けた千花菜が吐き出した血液だろう、と思い、少々心の中で不愉快な気持ちを感じざるを得なかった。
カエラは僕がやんわりと言うと、微笑を浮かべて答えた。
「大丈夫よ。私、さっきのはわざとやったんだもん」
「何だって?」僕は彼女の肩を掴む。「わざと? カエラ、訓練をしていない人なら、七Gでも危ないんだよ? 下手したら、千花菜は……」
「そんなに怒らないでよ。ちょっと悪戯しただけじゃない。ほら、私はもう一日近く祐二君といちゃいちゃ出来てないのに、千花菜はその間ずっと独り占めしててずるいよ。祐二君は私の恋人なんだから、少しくらいならお仕置きしたって罰は当たらないと思うんだけどなあ」
彼女はあっけらかんとした態度で言う。この間からずっと、彼女の異常行動がエスカレートしているようで僕は不安になった。彼女もスペルプリマーによる精神干渉の影響が顕著になってきたのかな、と思ったが、考えてみれば彼女の行動には今までも幾つか、僕には理解不能なものがあったような気がする。
「……状況を考えて、自重してくれ」
あまり強く責めては良くない、と考え、僕は言う。
「僕の千花菜への気持ちが恋じゃないって、最初に言ったのはカエラじゃないか。何で、こんな緊急事態でもそんなどうでもいい事が考えられるの? ジェイソン先輩だって死んでしまったんだよ」
「分かったってば」
カエラは、面倒臭そうに手をパタパタと振った。
「もうしないよ。だから祐二君も落ち着いて。私がそれくらい、祐二君の事を愛しているって事は分かるでしょ?」
「分かるけど……」
言いかけ、やめた。このままでは堂々巡りする。
じゃあ、と僕が発進を求めようとした時、突然回線から声が響いた。
『カエラちゃん! 何処に居るの!?』
それを聴いた瞬間、僕もカエラもびくりとし、視線が通信機に釘付けになる。声の主はアンジュ先輩だった。どうやらディベルバイスから、ヒッグス通信の繋がったままになっている二号機に呼び掛けてきたらしい。
カエラはぱっと顔を紅潮させ、息交じりの低い声で「先輩」と言った。
「今更私たちに、何を命令しようって言うんですか」
彼女の指が素早く動き、通信をアミュージングにも接続する。アンジュ先輩が『違うの』と言葉を続けると、それは旅客船のブリッジに居るユーゲントたちにも伝わったようだった。
『アンジュ……!』
ラボニ先輩が、声のトーンを上げて言葉を発した。
『あんた、本当にあたしたちを裏切ったの? 何で、ダークたちと慣れ合うような事してるのよ? あたし、あんたを信じてたのに……』
『ラボニ、ちゃんと聴いて! 私のした事は、確かに皆への裏切りよ。どれだけ謝ったって、許して貰える事ではないわ。でも、今はそんな許しを乞うべき時じゃないのよ。大変な事が起こったの』
アンジュ先輩の声は、僕がまだ彼女の裏切りという報告を受け入れ難いものと思っているからか、今までと同じく切実なものに感じられた。
『いい加減にしないと……』
『火星が滅びちゃう! ディベルバイスも、壊されるかもしれないのよ!』
割り込んだシオン先輩の声を掻き消すように、アンジュ先輩は叫んだ。僕は耳を疑い、怒りを露わにしていたユーゲントたちもカエラも、めいめい驚きと戸惑いの入り混じった声を出す。
『ジャバが、宇宙船ジャ・バオ・ア・クゥを隠していた小惑星ナーサリー・ライムをここに落とそうとしているの!』
『何だって!?』
テン先輩が叫ぶ。皆絶句したようだったが、最初に立ち直ったのはカエラだった。
「……もうあなたの言う事なんて、誰が信じると思いますか?」
憎々しげな彼女の声は、接続状態の回線を通じてユーゲントたちにも届き、先輩たちが息を呑む音が聞こえた。皆、アンジュ先輩がダークの側に着いたという事実を、いよいよ受け入れざるを得なくなったのだと思った。
アンジュ先輩は悲鳴のように喉を鳴らしたが、すぐに咳払いをして続けてきた。
『ダイモス戦線が来ている。多分ニロケラス基地に、彼らに指示を出せる人が居るのよ。多分……いえ、絶対に、彼らは過激派の特殊部隊だって報道されているディベルバイスを襲うわ。そして皆……隕石で殺されちゃう』
本当の事だろうか、と僕は思い、彼方に月の如く浮かんでいる火星を見る。その上の方で、何かが光っているように見えた。あれが、アンジュ先輩の言う「隕石」だろうか。火星の周囲を回っているフォボスの可能性もある。
僕たちが尚も沈黙していると、マリー先輩がそれを破った。
『どちらにせよ、ダイモス戦線を殺される訳には行かないし、ディベルバイスを壊される訳にも行かないわ。だから、私たちは行くに決まっているでしょう。最初からそのつもりだったんだし』
『マリー……』
普段大人しく、やや臆病なところもある印象の彼女だったが、今は毅然とした態度だった。アンジュ先輩が、ほっと安心したように息を吐く。だがそれを遮るようにして、マリー先輩は『但し』と続けた。
『罰は、ちゃんと受けて貰うわよ。……私たちも受けるから』
『マリー!?』
ラボニ先輩が、驚いたように彼女に叫ぶ。
『何で、あたしたちまで……』
『ダークギルドに実権を渡したのは、私たちユーゲント。ショーン君が言っていたみたいに、私たちだって責任はあるわ。まず、ディベルバイスを取り戻す事。隕石の件が本当なら……止められるのは、ディベルバイスしかない』
「分かりました」
カエラは、感情の欠落したような声で答えた。
「従いますよ、先輩たちに。だから、アンジュ先輩も……この戦いではもう、間違えないで下さい。私は、要らない、有害になると思った人は容赦なく撃ちますから、そのつもりで」
『カエラちゃん……ごめんね』
アンジュ先輩の声に、ほんの一瞬だけ嗚咽が混ざった。
それで僕は、きっと彼女の言う事は嘘ではないのだと悟った。