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『破天のディベルバイス』第15話 夜明けの少年④

 ③渡海祐二


 オペレーターを務めていた生徒たちが全員作業船に移ると、カエラはシックルの残ったニーズヘグに容赦なくグラビティアローを撃ち込んだ。船は真ん中でくの字に折れ、爆散する。僕は思わず、彼女に叫んだ。

「シックルをやったの!?」

『彼、ダークの仲間だよ。生かしておくのは、後からリスクになるだけ』

「ダークギルドのメンバーたちは、ダークに騙されていたんだろう? シックルだって今まで僕たちと、一緒に戦ってきたじゃないか。船に居た生徒たちが拘束はしていたんだし、殺しまでする必要はなかったのに……」

『メリットもないよ』

 カエラは、さらりと返してきた。僕は更に反論しようとしたが、彼女はすぐに『そんな事より』と言って僕の言葉を遮った。

『早く皆を、ヒュース・アグリオスに迎えに行かなきゃ。時間がないよ』

『ヒュース・アグリオス?』

 伊織が、光通信の回線から割り込んできた。『確かにここに居るマフィアは、そこから来たみたいだ。ダークも、そこでジャバ一味に戦いを挑んでいるって聞いたけど……』

『違うの、伊織君。ダークは”革命”って言って、仲間を騙していたのよ。本当の目的は彼らを脅迫して、自分に協力させて、火星にある宇宙連合軍のニロケラス基地を潰すつもり。何でそんな事をするのかは分からないけど、アンジュ先輩も彼に協力しているの』

 カエラは早口で説明すると、僕の方に話を向けてきた。

『祐二君も、もう説明は大丈夫よね?』

 僕は、立て続けに起こる異常のせいで思考が追い着かないような気分だったが、これは火星でも聴いた事なので「ああ」と答える。無線機の向こうで、伊織が必死に情報を反芻している気配があった。

『……って事は、今他の皆は?』

「ヒュース・アグリオスで船から放り出されて、ジャバ一味を賄賂で見逃していた汚職軍人たちに襲われているみたいだ」

 僕は答えながら、伊織たちのケーゼが集まっている辺りを見る。僕たちが割り込んだ事で警戒したのか、ジャブジャブは再び彼らに群がろうとはせず、距離を開けてこちらの出方を窺っているようだった。

 最初にジャバ一味と戦っていたダイモス戦線は、僕たちが残りの敵機を睨んでいる間、こちらに攻撃してはこなかった。彼らは何故か、いつの間にか完全に動きを止めていたが、僕たちがそれに気付いた時、不意に開けた空路を火星本体の方面へと飛び始めた。マフィアの戦闘機には最早目もくれず、むしろ彼らが散開して抜け道が出来ている事を僥倖とすら思っているかのような動きだった。

『ダイモス戦線が……』

 カエラと共に二号機のコックピットに居る千花菜が、若干焦ったような声で言いかけた。そこでカエラが、『千花菜』と彼女の名を呼んだ。

『彼らはもしかして、ニロケラス基地に呼ばれたのかもしれない。火星に向かっている事は間違いないし、私たちの事なら、後からでも話す機会はある。今はそれより、ここに居る敵を片付けてヒュース・アグリオスに行く事を考えなきゃ』

『……そうだね』

 千花菜は答え、カエラに何かを言おうとしたようだった。スカイが、僕の方に『すまん』と謝ってくる。僕は生徒たちを軽く見回し、気にしないで、と言った。

 ケーゼ隊の機銃の弾が尽きかけているという事は、先程ニーズヘグに乗っていた生徒たちから聞いた。伊織たちは、僕たちが火星本体に不時着してしまった後、自分たちで状況を打開しようと戦い続けてきたのだ。これ以上は、無理をする必要はない、と僕は思った。

「カエラ、疲れとかはない? 火星の大気圏突破も、これまでの戦闘も、全部君に任せちゃって……」

 一号機があれば僕も、彼女だけに負担を負わせずに済むのだ。火星ではジャブジャブを使ったが、ニーズヘグに居る者たちを乗せる為、大気圏脱出後に再び作業船に乗り換えてしまった。いざとなったら前にやったように、作業船のデブリ破砕用機銃で戦う事も考えていたが、生徒たちを乗せた以上、危険な賭けを一か八かでする事は出来ない。

『ありがとう、祐二君』カエラは微かに笑ったようだった。『でも、ここは私に任せて。丁度気分がむかむかしていてね、ダークたちにも、ジャバ一味にも、腐った連合軍人にも。悪い奴らを思いっきり倒せるなら、むしろ願ったり叶ったりってところかな!』

 彼女は言い終わるや否や、機体を急旋回させた。同乗している千花菜が急激なGに呻く声が聞こえ、僕はついあっと声を上げかける。だがカエラは、本当に敵を倒す事に喜びを見(いだ)しつつあるらしい、次々にジャブジャブを貫き、爆散させていく二号機の動きは、何処か嬉々としていた。


          *   *   *


 ものの十数分で、カエラは群がっていたジャブジャブの大群を殲滅した。少々暴走気味のような印象はあったが、僕がもう一度千花菜に身体の異常がないか尋ねると、彼女は苦しそうな息を()きながらも『大丈夫』と返してきた。カエラは、そのような僕の態度を因循だと取ったのか、

『いちいち気にしてちゃ駄目』

 と少々固い声で言った。時間がない、というように、即座に次の目的地への進路を採ったので、僕もそれ以上何も言えなかった。

 僕たちはそれから、ダイモス戦線が採った火星へ戻るルートを避け、衛星軌道をなぞるようにしてヒュース・アグリオスに向かった。ダイモスが砕かれた衝撃や飛散した岩石の衝突を受け、ユニットは崩壊しかかり、亀裂から絶え間なく煙を吐き出していた。土台壁には巨大な穴すら確認出来る。

 カエラ曰く、その位置にはジャバ一味が密かに──実際は駐在軍が、宇宙船を利用したエナジータンクだと虚偽の情報を流して──バンダースナッチという宇宙船をドッキングさせ、根城にしていたらしいのだが、ダークがディベルバイスにそれを撃たせたのだそうだ。一味が退去した後で根城は爆発し、このように基礎ブロックに穴が開いてしまい、空気が流出を開始したのだという。

 その場所から離れた位置にあるクラフトポートは、それ程被害を受けていないようだった。管制官が逃げ出したのか、僕たちが接近してもゲートは開かなかったが、カエラが二号機を使って入口を抉じ開けたので入る事は出来た。

 港の中に続く連絡用通路に入った時、すぐに恵留が駆けて来て伊織に飛び付いた。生徒たちも皆そこに詰めており、入ってきた僕たちを見た瞬間一斉に安堵の表情を浮かべ、その後怒気を顔色に滲ませた。

「伊織君……良かった……!」

「恵留、ごめんな。もっと早く、来られていれば良かったんだけど」

 伊織は彼女をそっと抱擁し、それから皆を見回した。

「誰か、犠牲は出なかったか? 皆無事なのか?」

「今のところはね」

 答えたのは、マリー先輩だった。

「でも、ここまで来るのは大変だったのよ。駐在軍がユニットの制圧を始めてから住民たちが皆逃げ出そうとして、クラフトポートは大混乱。通路の奥の方まで行くと聞こえるわよ、シャッターを開けてくれって」

「まさか、彼らがこっちに来られないように閉めているんですか!?」

 千花菜が咎めるような声を出す。マリー先輩は、沈痛な面持ちになった。

「仕方がないのよ、私たちは駐在軍に、最優先で殺すべき対象として認識されているの。脱出の機会を奪われたら、ここで終わりなのよ」

「どういう事ですか? 私たちは確かにディベルバイスで来たけれど、過激派の特殊部隊なんかじゃないって伝えれば……」

 カエラが言うと、

「それは最初から、ここに居る連中も知らされていたみたいなんだ」

 テン先輩が、満腔の怒りを滲ませて連絡通路の壁を殴った。

「俺たちを狙っているのは、連合の『フリュム計画』とかいう組織らしい。多分、ブリークスの仲間なんだろう。彼らは、俺たちが何者だろうが関係ねえ、ディベルバイスという機密を知っている以上、抹殺する事は決まっているってさ」

「それじゃあ、もしかしてダイモス戦線も……?」

「いや、さすがにないだろう。そこまで行ったら、機密にしては周知されすぎているって言える。多分、リージョン九のうちいちばん外側に位置しているユニットだし、ディベルバイスが接近した時の為に備えていたんじゃないか。ただでさえ治安が良くない地域なんだ、厄介事を必要最小限にする意味でもさ」

「とにかく、ここを離れないと危ない」

 ヨルゲン先輩が言う。

「このユニットはもう救えない。俺たちは何とか、全員で生き延びたんだ。このまま終わるなんて……」

 彼の言葉に、僕は強く肯いた。地球脱出からボストークに向かう最初の旅が終わらなかった瞬間を皮切りに、僕たちは今まで何度も、旅の終わりへの期待を抱いてはそれが実現する寸前で裏切られる、という事を繰り返してきた。

 その時、千花菜が不意に、気付いたようにあっと声を上げた。

「全員? ジェイソン先輩は、どうしたんですか?」

 僕もそれではっとし、カエラの方を見る。カエラは僕と千花菜に現状を説明してくれた時、エルガストルムを撃破したと言った。だが、その方法について、何の説明もしなかった。

 彼女は、不貞腐れたように眉根を寄せ、そっぽを向いて黙り込む。僕と千花菜が何も言えないでいると、ヨルゲン先輩は、

「あいつは……自業自得だ……!」

 悔しそうに顔を歪め、拳で目を拭った。

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