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『破天のディベルバイス』第15話 夜明けの少年①

 ①アンジュ・バロネス


「ポリタン君、ボーン君、ビームマシンガンを休めないで。形勢はこっちが有利になったわ、あとは向かって来る敵を近づけないで、この船を守るだけでいい」

 機銃室に居るダークギルドの二人に指示を出すと、無線機から忌々しげな声が返ってきた。

『ダークが居なければ、俺たちはお前一人なんかどうとでも出来るんだよ。もう偉そうな事を何も言えないくらいに、俺たちを裏切った事を心の底から後悔させてやれるんだ。俺たちが今戦っているのは、宇宙連合軍に沈められれば俺たちもたたじゃ済まねえからだ。調子に乗るなよ』

 ボーンがそう言ったが、アンジュは無視する。ただ「弾幕を維持し続けて」とだけ返し、態度を揺るがせなかった。

 ダークがニロケラス基地に降下して行き、自分のみがブリッジに残って指揮を執るように言われた時は、怖かった。宇宙連合軍が、ではない。騙されていた事を知ったダークギルドのメンバーたちが、アンジュを守るダークが居なくなった瞬間に自分に制裁を行うのではないか、という事が恐ろしかった。

 何と、身勝手な心配をしているのだろう、とアンジュは思った。ダークはジャバ一味の一部戦力に命じ、万が一生徒たちがダイモス戦線とコンタクトを取り、こちらに反撃に来る事がないようにと、彼らをアマゾンへ向かわせた。駐在しているダイモス戦線を奇襲し、こちらの作戦が成功するまでの時間稼ぎをする為だ。

 ダークは生徒たちを見捨てた。そして、そんな彼の目的に、自分は協力しながらもまだ心の中で、叶うのであればダークの作戦が上手く行った後、生徒たちも保護されて欲しい、と思っていた。そして生徒たちが保護されれば、全てが終わった後、自分は彼らからリンチに遭うに違いない。

 それは、覚悟の上だった。ならば、もしもここでサバイユたちから反撃を受ける事があっても、恐れずに向き合えるはずだ。自分が今恐れているのは、覚悟をしながらも傍にダークが居るという状況に、ずっと心の何処かで安堵していたからだった。だから、彼が居なくなった途端にこのような気持ちになるのだ。

(ある意味、執着よね)

 自分が彼に、特別な想いを抱いている事は既に自覚していた。そうでなければ、一昨日の夜、彼に「本当の目的があるのではないか」などと尋ねようとはしなかっただろう。彼は、アンジュが自分と生徒たちの板挟みにならないよう、自分の目的の事は忘れろ、生徒たちの事を第一に考えろ、と言ってくれた。だがアンジュには、それをする事が出来なかった。

(祐二君、千花菜ちゃん……あなたたちはちゃんと生きていた。それなのに、私は今皆よりも私情を優先している)

 そう、これは私情だ。何があっても、決してダークのせいには出来ない。アンジュ自身の選択であり、アンジュの成し遂げたい事でもある。

 宇宙を宿命というものが支配しているのなら、自分がこうしている時に祐二と千花菜がニロケラス基地から現れた事は、自分に対する警告だったのかもしれない、とアンジュは思った。引き返せ、と訴え掛けてきているような感覚を抱かざるを得ない出来事だった。だが、ここまで進んでしまった以上、自分に最早引き返すべき道は必要ない。

 そう思った時、突然それは起こった。

 アンジュが前方に群がる次の敵を睨んだ瞬間、衝撃と共にディベルバイス全体が大きく震動した。アンジュは慌てて艦長席にしがみついたが、サバイユ、ヤーコン、トレイ、ケイトは咄嗟に動けなかったらしく、バランスを崩して倒れ込む。ケイトは舵輪に片手で縋り付き、意図せず大きく舵を切られた船は大きく回頭した。

「何? 何があったの?」

 後方から撃たれたようだった、と思った。だが、後ろに回り込んだ宇宙連合軍の機体は現在なかったはず。だから、敵の接近をビームマシンガンの射撃でほぼ防げていたのだ。

 (いち)早く立ち上がったヤーコンが、レーダーを覗き込む。案の定連合軍機は居なかったようで、彼は戸惑いの声を上げた。アンジュも混乱したが、そこで不意にある事に思い至り、背筋がすっと冷たくなった。

 そしてその予感は、間髪を入れずに裏付けられた。

『おい、てめえら……一体何の真似だよ?』

 無線機の向こうで、ボーンが呟くように言った。

『ヤバいです! ジャバの仲間たちが、狙撃してきました!』

 ポリタンも喚く。どうやら機銃室に居た二人には、ジャ・バオ・ア・クゥに側面を向けていた為今し方起こった事がはっきりと見えていたらしい。

 自分でレーダーを確認すると、いつの間にか船尾の方にカラヴァッジョ、ボンゴリアンの機体が回り込んでいた。ジャブジャブより上位に位置付けられる高機動中型強襲戦闘機、ハイラプターを改良したUF – 7 マザー・グース。位置取りから考えるに、誤射ではないだろう。

 アンジュは、傍らの小型ヒッグスビブロメーターに向かって鋭く問い掛けた。

「どういうつもりですか、ジャバ・ウォーカー? あなたたちの生殺与奪の権限は、私たちが握っているんですよ」

『それが、お嬢ちゃんの”革命”かな?』

 ジャバの、何処か面白がるような声が返ってきた。

『君たちは私たちに勝ち、従わせているつもりなのかもしれないが、そうではないんだよ。少し、視野を広げた方がいい。私は世界の裏側を統べる王者だ、君たちのような蒼氓(そうぼう)とは、そもそも戦っている場所が違うんだ。……身の程知らずには、分かりやすく教えてやらないとな』

「お言葉だけど、ジャバ」

 トレイが低い声で返す。彼女は懸命に抵抗してみせたようだが、その声からは明らかに震えを押し殺している事が窺えた。

「こっちはダイモスですら一撃で破壊出来たのよ。もしあんたたちが本当に裏切るなら、ジャ・バオ・ア・クゥも同じ末路を辿る事になるけど?」

『やってみればいいじゃないか。そもそもそれで基地を攻撃出来るなら、何故わざわざ私たちを使った? ……私は君たちの行動には驚いたが、すぐにいけない子供にはお仕置きをしなければと思ったよ。だから、こうして騙された振りをし、今までチャンスを待っていた』

「じゃあ、何故部下たちを戦わせたりなんか……」

『それくらいしなければ、お坊ちゃんとて疑いを持っただろう。宇宙連合軍の方も本気だ、少なくともここで戦っている連中は』

「まさか、軍の中にも!?」

 アンジュは息を呑む。ヒュース・アグリオスに居た駐在部隊は、確かに汚職軍人たちだった。だが、ダークから話を聞いた限り、火星圏の駐在軍全体の中でも上位の者たちは決して、そのような腐敗とは無縁の存在に思えた。

 そこまで考え、アンジュは再びはっと気付く。彼らは私欲の為に賄賂を受け取り、ジャバたちの活動を認めている訳ではない。裏社会に精通する彼らさえも利用し、ここでの作戦を円滑に運んでいるのだ。

(どちらにせよ、私たちは四面楚歌って訳ね……)

 こちらの動揺と悟りを感じ取ったらしく、ジャバは忍び笑いを漏らした。

『私と彼らも、心から友達になるつもりで付き合ってきた訳ではない。私は必要とあらば、彼らの部下である護星機士たちを殺す事に躊躇いは抱かないよ。今、見て貰った通りにな。……まあ、ここまで騒ぎが大きくなった以上私たちも、組織さえ維持出来ればこの先どうとでもなる、収拾を付ける為に何でもしよう』

 ジャバはそう言うと、不意に声を低めた。声がブリッジ中に響くのを避け、アンジュにだけ聞かせるようなその声で告げられた事が鼓膜に、そして脳に浸透した瞬間、全身にぞわぞわと鳥肌が立つのを止められなかった。

 アンジュは、貧血を起こしたかのような立ち眩みを感じ、艦長席に倒れ込みそうになる。口からは無意識に、「何で」という言葉が繰り返し零れた。

「何で……何で、そんなに恐ろしい事を思いつくの? 何でそう、闇の世界に生きる人って、そういう方向にだけ思い切りがいいのよ……?」

『力以外、私の持っているものは全て後から手に入れたものだ。失ったところで、また得ればいい。力は失われない、あとは命さえあれば、私はいつまでも王者で在り続ける。命は最初の財産、無償で手に入るものだからね。それもそうだろう、何故ならこの火星圏では、いちばん安いものが人の命なんだよ!』

 今まで控えめだったジャバの声が、そこで過去最大の声量まで跳ね上がった。

 ダークギルドの四人は最早操船の手を完全に止め、悔しそうに顔を歪めて小型ヒッグスビブロメーターを睨んでいる。

 火星圏でいちばん安いものが人の命。

 ジャバの言葉はアンジュ自身を、胸郭の内側から腐らせていくように思えた。ダークたちは、それを知っていたのだ。サバイユも、トレイやケイトも知っていた。だからこそ、”革命”などという言葉が使われるようになった。

 その時、ジャ・バオ・ア・クゥよりも更に上空、大気圏を抜ける辺りに、またもや無数の光点が出現した。レーダーに表示される信号は、宇宙連合軍の色。

「ヒュース・アグリオス駐在部隊……」

 ケイトが呟く。そうではない、とアンジュは首を振った。

「違うわ、あれは──ダイモス戦線よ」

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