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『破天のディベルバイス』第2話 ディベルバイスの鼓動④

 ⑥渡海祐二


 カエラを連れて体育館に戻ると、訓練生たちは局所的にざわざわとしつつも、普段の無秩序な会話も抑えられ、一度戻ってきた時とは打って変わって静かだった。ステージには、正規護星機士の軍服を纏ったユーゲントが並んでいる。

 僕たちが入ると、訓練生たちは一斉にこちらを見た。やや気まずい思いをしながら視線をきょろきょろと動かすと、ステージの上、ジェイソンと呼ばれていた機士と並んで中央に立っているアンジュ先輩と目が合う。彼女は僕たちの無事だった姿に、安堵したように微かに口元を綻ばせた。

「……ガストン先輩が居ないな」

 伊織が険しい声で呟く。はっとし、ユーゲントの人数を数えると、確かに一人足りない。まだ彼ら一人一人の顔と名前を把握している訳ではなかったが、輸送船に着艦した時に言葉を交わした大柄な機士が居ない事に気付き、欠けているのは彼だと分かった。

 何があったのかを意図的に考えないようにしながら、僕は四人と共に生徒たちの後ろに並んだ。僕たちが止まるのを待ち、ジェイソン先輩が咳払いをする。

「まずは後輩諸君、このような事態に陥った事について、さぞ不安な事だろう。だが我々ユーゲントが来たからには、怯える必要はない。これから諸君は我々に従い、宇宙に上がって貰う。そして軌道上で、宇宙連合軍からの保護を求める」

「どうやって?」

 ぽつりと、最前列に居る男子生徒が言った。

「電話はしました。宇宙に居る護星機士団にHMEも送った。コンピューター室で、ネットにも書き込んだ。でも、反応は返ってきても誰も助けに来る気配がなかった。当然ですよね、過激派がうようよしているんですから」

 段々と、その声に熱が入り始める。

「軌道上の宇宙連合軍は、やられてしまったって事でしょう。ここまで過激派が入ってきたんですよ? そんな中に、この人数で乗り出すなんて。先輩は俺たちに、死ねと言うんですか!?」

 落ち着け、という声と、そうだそうだ、という声が同時に上がった。

 大人が全員死亡したという事は、護星機士の世界に入ったばかりの子供たちを酷く動揺させていた。リーヴァンデインが倒壊した以上、宇宙に出る事も出来ない。だが過激派は、自分たちのすぐ頭上まで来ている。

 普段なら自制も利く生徒たちだが、事態が刻一刻と極限状態に進みつつあるという事は、彼らの精神に短時間で急激な負荷を与えていた。考えてみれば僕たちも、リーヴァンデイン倒壊に立ち合い、過激派と交戦し、カエラを救助した。半日も経たぬ間に、あまりにも色々な事がありすぎた。

「どうやってと言われても……ただ、ボストークまで行けば仲間が居るのは確実だ。諸君はまだ学生なのだから、保護を受けられるのは間違いない……」

「だから、どうやって行くって言うんですか!」

「わ、私に言われても……」

 ジェイソン先輩は狼狽する。不安を爆発させた生徒を宥めていた者たちの声も、次第に恐怖で飽和したひそひそ話に変わり始める。

「月軌道が戦場になっているんじゃ、連合も私たちを助ける暇なんてないかも……」

「ねえ、ユーゲントがうちらを守ってくれるんじゃないの?」

「見通しが立っていないなんて」

「何か、思ってた人たちと違う……」

「やっぱり俺たち、ここに居ても宇宙に上がっても死ぬのかなあ……」

 不安は不安を呼び、体育館中を駆け回る。

 見通しが立っていないのは当たり前じゃないか、元々ユーゲントはこの為に降りてきた訳じゃないんだから、と僕は思ったが、口に出せば張り詰めた恐怖が苛立ちとなって自分に流れ込みそうで、声は出せなかった。

 ただ、彼らにとってユーゲントは、やっと現れた救いだったのかもしれない。それが、胸を張って「自分たちが守ってやる」と言ってくれないのは、確かに絶望的な気持ちになる事ではないか。

「……皆さんが軌道上の戦域を離脱するまでの安全は、保障します」

 不意に、アンジュ先輩のよく通る声が凛と響いた。

 広がりかけていた(ざわ)めきがふっと止み、ジェイソン先輩は助けを乞うかの如く彼女を見る。

「私たちが地球へ降下する際に使用した船は、旗艦ハンニバルをも凌駕する超巨大サイズの軍艦なのです。詳細は分かっていませんが、外壁の厚さ、武装からして、ラトリア・ルミレースの攻撃には十分に対抗し得ると考えられますし、私たちも十分、軍艦での戦闘訓練は受けています。

 ジェイソン・ウィドウの言葉には些か語弊がありました。私たち……九人では、確かにセントー司令官率いる過激派の主力と正面切ってぶつかり合う事には厳しいものがあります。ですが、激戦区を抜ける程度であれば力は及びます。

 ……皆さんが不安になる気持ちは痛い程分かります。しかし、私たちは確かに訓練課程を修了し、ユーゲントと呼ばれた者たちです。どうか、信じて頂けないでしょうか? 全員の脱出を速やかに、安全に行う為には、皆さんの協力が不可欠なのです。ヴィペラはじきに濃度を増します。時間が経てば経つ程、脱出の決行は困難となります。今は……今だけは、私たちの力を信じて下さい」

 アンジュ先輩は時折閊え、ぎこちなくなりながらも言い切った。彼女が頭を下げると、慌てたようにジェイソン先輩も従う。やがて他の七人もそれに倣い、体育館は静寂で満たされた。

 やがて、伊織が声を上げた。「信じます、先輩方の事」

「伊織君……?」

「皆、ヴィペラが濃くなったら、ここも脱出不能になって潰れるんだ。それなら、危険かもしれないけど激戦区を抜けた方がいい。やらないを選んだら、少しでも残っている可能性がゼロパーセントになってしまうんだぞ」

 そうだ、と誰かが賛同の声を上げた。それに従うように、体育館中からちらほらと声が上がり始める。

「先輩方、宜しくお願いします!」

「信じていますからね!」

「皆、絶対に生き残るんだ!」

 ジェイソン先輩は、ほっとしたように額を拭う。アンジュ先輩は気まずそうに微笑んだが、そこには確かに安堵の色があった。

「では皆さん、身の回りのものや食糧品、水などをまとめておいて下さい。三十分後にまたここに集まって貰いまして、それから私たちの誘導で船に入ります」


          *   *   *


 リーヴァンデイン最下層の発着場に繋がる扉が開かれると、強風と共に灰色の煙がどっと流れ込んできた。防護服を着用しているとはいえ、咄嗟に僕たちは体を固くしてしまう。

 やがてそれが晴れると、コンクリートを引き剝がすかのように根元から折れ、養成所の裏手を押し潰して倒れているリーヴァンデインのケーブルと、その傍らに停泊している巨大な宇宙船の姿が露わになった。

 天蓋の上で見たものと、寸分(たが)わぬものだった。黒みがかった深い石色の船体。素材の分からない、微かにざらざらした外壁は、その細かな凹凸が光を反射して、金剛石の粉を浴びたように光っている。艦首には、やはり軍艦らしくレーザー砲のような筒が一対付いているが、これ程大きなものは見た事がない。

 そして更に驚くべきは、その周囲に、あたかも避けるかの如くヴィペラが浮遊していない事だった。

「この船は、コラボユニット内に於ける重力発生装置が外壁にも作用しています。これでヴィペラを跳ね返し、静電気を吸収しているのです。その為、艦内から通信電波は使用する事が出来ず、通信や探知は全てヒッグスビブロメーターに依存します。その性能は、一般的な宇宙船や戦闘機に搭載されているものを遥かに凌駕し、火星圏から地球上までのヒッグス通信を一切の遅延なく行う事が出来、また通信の進路上を飛ぶ暗号化ヒッグス粒子を判別し、認識を誤る事もありません。相手から発せられたヒッグス振動も、広範囲に渡って探知します」

 僕は、ぞくりと肌が粟立つのを感じた。

 それはつまり、この船はヴィペラの雲を最大深度まで潜航出来るという事か。そして、通信機同士の会話に於ける「周囲の情報を拾う」という弱点も、人が会話中に相手の声だけを拾うかのような方法でクリアされていると。

 宇宙連合は、何というものを隠していたのだろう。

「船の名は『ディベルバイス』。系列は……フリュム、と書かれていました」

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