『破天のディベルバイス』第14話 世界の裏側⑪
⑨ダーク・エコーズ
ニロケラス基地の外に群がっていた宇宙連合軍を一通り片付けると、ダークはパラシュートを使ってディベルバイスを出、基地の中へ降下した。自分の真の目的を察したギルドのメンバーたちがどのような行動に出るのかは不安だったが、その意図を読み取ったトレイ、ケイトの姉妹が積極的に協力する姿勢を取ってくれた事は僥倖と言えた。
目的を達成したら、ダークは自分が断罪される事は構わないと思っていた。むしろそうでなければ、事後訓練生たちの制裁が彼らにも向かってしまう。そういう意味では、脅迫によってサバイユたちが「裏切られた」と感じてくれる方がありがたかったが、それだけで終わってはいけない。自分が断罪されても、一つだけ彼らに託したい事はあった。トレイとケイトの姿勢は、それについても理想的だった。
(アンジュ・バロネス……)
ディベルバイスに残してきて、指揮を引き継ぐようにと言い渡した彼女は大丈夫だろうか、と考えた。そう思うと同時に、感慨とも自虐ともつかない感情が湧き上がってきて、思わず薄い笑みが零れる。
自分は何故彼女に、本当の目的を打ち明けたのだろう、と思った。
決して自惚れではないが、アンジュが自分の目的と生徒たちの安全の間で板挟みになっている事は感じていた。ダークは彼女を苦しめたくはなく、そもそも彼女に自分の目的を偽って伝えていた事もあり、彼女が優先すべきは生徒たちの安全だ、と判断した。それは、彼女自身のディベルバイスの中に於ける立場を守る為でもあった。だから、ダイモス戦線に保護を求める事、そして自分の目的が両立出来ない事を告げ、自分と特別な関わりを持つ事はもうやめろ、と言った。
彼女はあの時、とても寂しそうだったが大人しく引き下がった。ダークも、それでいいのだと自分を納得させた。だがアンジュは、一昨日、自分が行動を起こす前日になって、決定的な事を言ってきたのだ。
「ダーク君、もしかしてあなたの目的は、裏社会の打倒とは違うんじゃないの?」
──情など、誰にも移っていない。自分が、真実を知った者にどのように見られたとしても、何か思う事もない。
あの夜ダークは、そう考えていた。だから、本当は否定すべきだったのだ。アンジュが何かに感づいていたとしても、確証はないのだからそれを否定すれば、彼女はもう自分に深入りしようとはしなかっただろう。だがダークはその時、迷いはしたものの、結局彼女に自分の五年間抱え込んできたものを打ち明けた。
アンジュは、自分が彼女を騙していた事を怒らなかった。そして、自分の立場が危うくなったとしてもダークの力になりたい、と言った。ダークはもう、自分に関わるなとは言えなかった。
(これが情か? まさかな)
雑念を振り払い、これもまたジャバ一味から奪ったショットガンを握る。外に大部隊が集結していただけに、中の警備は手薄となっているらしい。だが、現れた相手は少なからず居り、そういった護星機士は容赦なく射殺した。
この基地の中で、”人鬼”に関わっている人物はごく一部だろう。だが、それだけにもしかすると、ラトリア・ルミレースではない集団が国家機密らしいディベルバイスを先頭に現れた時点で、関係者は気付いて逃亡を企てているかもしれない。ややもすれば、証拠隠滅を図って目標が消されてしまう可能性もある。
急がねば、と思いながら、ダークは基地の中を進み続けた。上層部しか立ち入る事の出来ない区画を探し、隈なく捜索を行う。慎重に、と自分に言い聞かせはするものの、もうすぐ自分の願いが叶うのだと思うと、気分が高揚してくるのを抑える事は出来なかった。
* * *
オペレーティングルームを制圧し、基地内の立体構造図を確認すると、目指すべき部屋にはすぐ見当がついた。「特別観察室」、基地内で、機密レベルが最大である五に設定されている唯一の部屋。その存在すら、図面を徹底的にスキャンしなければ見つける事が出来なかった。
隠し通路や裏口を幾つも抜け、ダークはそこを目指す。大きさはそこまでなかったが、という事は自分の目標二つのうち、片方だけが存在している可能性が高いという事だ。
”人鬼”がどのようにして生み出されたのか、どのような目的で連合がそれをここに置いているのかは分からない。だが、分かったところで事実は変わらない。あの”人鬼”は”彼女”を襲い、一生消えない傷をつけ、”彼女”があの男たちに連れ去られる原因を作った。それだけでも、万死に値する存在だとダークは思った。
「そこで、何をしている?」
目的の部屋の扉が前方に見えてきた時、背後から声が投げ掛けられた。来たか、と思い、ダークは振り向こうとする。だがその瞬間、鋭い破裂音と共にこちらの肩を弾丸が掠め、壁にめり込んだ。
「武装解除して、手を上げてこちらを向け。ゆっくりとだ」
軍人らしい、はきはきとした命令口調。だが、この場所を知っているという事は、この男も何らかの形で”人鬼”に関わっているのだろう。下劣な存在である事には変わりがない。
ダークはショットガンを床に落とすと、両手を上げた。タイミングは悪いが、脅して情報を聞き出す事くらいには利用出来るだろう。そう考えながら、ゆっくりと振り返る。
そして、その顔を見た瞬間、動揺が体幹を駆け上がった。
「君は……もしかして、ジョーカーか?」
宇宙連合軍火星駐在部隊少佐、宗祇隼大は、声色を変えずに問うてきた。