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『破天のディベルバイス』第14話 世界の裏側⑩

 ⑧神稲伊織


「畜生、遅かったか……!」

 フォボスの公転軌道に最も近いユニットであるアマゾンまで近づいた時、オペレーティングをしていたスカイが悔しそうに叫んだ。伊織も窓の外を見、舌打ちしそうになるのを懸命に堪える。

 アマゾンは無数の岩石片を外壁にめり込ませ、煙を上げていた。その中から、戦闘機が次々と宇宙空間に飛び出してくる。駐在しているダイモス戦線である事は、疑う余地がない。ただ、彼らは祐二たちの救助要請を聞いて出動している訳ではないようだった。

 軌道周辺に、宇宙連合軍のものでもラトリア・ルミレースのものでもない漆黒の戦闘機群が集まっており、ダイモス戦線はそれらの制圧を行っているのだ。謎の戦闘機たちは少し離れたユニット九・一「ヒュース・アグリオス」方面から現れ、潰れかかったアマゾンに攻撃を仕掛けようとしているらしい。

「ユニットは、ダイモスが爆散した時の影響を少なからず受けているらしいな」

 ケンが呟く。伊織は、それはそうだろう、と思った。

 通常、隕石は直径八百メートル以上のものがぶつかると「衝突の冬」が起こると言われている。ダイモスの直径は約六・二キロなので、そこまで大きな断片は飛散しなかったらしいが、コラボユニットの大きさと距離を考えるに、甚大な被害が出た事は想像に難くない。

 それよりも、この現状が意味不明だった。祐二たちがディベルバイスの事を知らせていなかったとしても、ダイモス戦線が動いた事自体はまあ理解出来る。突然火星の衛星が砕け散り、駐在しているユニットに甚大な被害が出れば、様子を見るべく彼らが出てくるのは当然だろう。だが、今彼らが戦っている黒い集団は一体何なのだろうか。ヒュース・アグリオスの方から現れたようだが、こう立て続けに色々な事が起こりすぎると、何がどのような因果関係で動いているのか、伊織には全く分からなくなった。

「……ジャバ一味か」

 突然、伊織の座っている艦長席の横で、呻くような声が上がった。咄嗟に視線を下ろすと、両腕を拘束されたまま眠っていたシックルが目を開け、窓を真っ直ぐに見つめている。どうやら、失神から目覚めたらしい。最初に彼に気絶させられた生徒たちが素早く彼に駆け寄り、ドライバーやカッターを突き付けたので、伊織は慌てて「よせ」と言った。

「ジャバ? お前、ダークは裏社会の連中に戦いを挑もうとしているって言っていたな?」スカイが、頭だけ振り返って鋭く問うた。「あの黒い奴らが、そのジャバ一味なのか」

「ダークの奴め、しくじったな……何でこいつらが、ダイモス戦線を攻撃しているのかは知らん。でも、取り逃がさなきゃこうはならない」

 シックルは舌を鳴らすと、こちらを向いてきた。

「神稲、あのジャブジャブどもを叩け」

「縛られてる癖に、偉そうに命令出来る立場なのかよ?」

 アイリッシュが声を荒げる。彼にネジ釘を撃ち込まれた事に対する怒りが、まだ収まっていないらしい。当然だと思ったが、伊織は首を振った。

「言われなくてもそうするつもりだ、ダイモス戦線を全滅させられる訳には行かないからな。でもその後は、ヒュース・アグリオスに行ってダークからディベルバイスを奪還する。決して、お前の言いなりになる訳じゃない」

「いや、違うな。お前たちは、俺の言う通りにするしかないんだ」

 シックルは、嘲笑うかのように口元を歪めた。

「ダイモスに居た過激派の討伐と、対エルガストルム戦で、お前たちのケーゼは弾を(ほとん)ど使い果たしただろう。そのケーゼを作ったのは俺たちだ、機体の限界くらい知っているさ。少なくともこいつらを倒す為に、お前たちのケーゼは持たない。……ニーズヘグの主砲で、ジャブジャブを一掃するんだ」

 伊織は、はっとしてシックルを見つめた。主砲を使えば、ニーズヘグの推進エナジーも一気に消耗する。最初にエルガストルムと戦った際、この船はそれによって危うく宇宙空間で動きを停止するところだったのだ。

「嫌なら引き返せ。もっともそうしたら、この船がヒュース・アグリオスへは行けない、ダークの革命が終わるのを、ただ見ている事になるんだ」

「シックル、お前はやっぱり本気なんだな……」

 最初にブリッジに突入した時、彼が船内を真空状態にしようとした事を思い出し、伊織は拳を握り締めた。彼は、ダークの行っている作戦の為なら、命を投げ出す事も厭わないらしい。

「神稲」

 伊織が迷っていると、オペレーターの女子生徒が鋭い口調で囁いてきた。

「あんたたちは、ケーゼ隊で突っ込めるところまで突っ込んで。全部倒そうとは考えなくていい、ユニット九・一方面に抜けて、ディベルバイスの所まで行ければそれでいいから。ダイモス戦線への伝達は、私たちが何とかする」

「おいおい」

 アイリッシュが、怯えたような声を出す。

「悔しいけど、こいつらの言う通り俺たちのケーゼは残弾数が少ししかないんだぜ? もし突破出来なかったら……」

「じゃあ、アイリ。あんた、こいつの言いなりになっていいの?」

 女子生徒が挑発するように言う。アイリッシュは一瞬かっと顔を紅潮させたが、すぐに唇を噛んで俯いた。シックルは話を聞き、皮肉っぽく嗤う。一体伊織たちが何処まで出来るのか見物(みもの)だ、とでも言いたげな顔だった。

「分かった」伊織は答える。「俺たちはケーゼで行く。絶対にダークの所に行って……あいつを、もう一回ぶん殴ってくる」

「そういえば神稲、旅の最初にもダークをぶん殴ったっけな」

 スカイが、大真面目な顔で言ってきた。

 伊織はその言葉に、今までの旅を思い出す。あの日から自分たちは、何があっても生き延びる為に戦ってきたのだ。ダークたちの戦ってきた理由が、自分たちが生き延びる事に在ったとしても、譲れないのは自分たちも同じだ、と思った。


          *   *   *


 ケーゼで出撃するとすぐに、自分たちの方にジャブジャブの大群が向かって来た。軌道の外側から突如現れ、しかもヒッグス信号を出していないアンノウンの接近に戸惑ったのかもしれない。ダイモス戦線のケーゼ群も、多くがこちらを向いたように思う。だが彼らが射撃してくるのを待たず、伊織たちは編隊を組んでジャブジャブたちの中に突っ込んだ。

「アイリ、スカイ、ケン、左右と後方に弾幕を張れ! 抜けるまで持たせられたら、全弾撃ち尽くしてもいい!」

『アイ・コピーだ、神稲!』

 各々(おのおの)の残弾数が僅かであり、敵との戦力差が圧倒的な自分たち。ならば、採り得る策は一つのみ──四機で密集し、全方向からの攻撃を防ぎつつの一点突破。ダイモス戦線に狙われたとしても、ジャブジャブを盾として使えば、協力すべき相手へ攻撃する必要もない。

 ちらりと側面モニターを窺うと、絶え間なく現れてはカメラの外に過ぎていくジャブジャブの向こうから、ダイモス戦線の機体がこちらに射撃を行ってくるところだった。それは射線上を通りかかったマフィアの戦闘機に当たって爆散させ、射撃を行ったケーゼは何処かから飛来した弾丸に側面を貫かれ、()ぜた。

 戦力で言えば、軍隊であるダイモス戦線の方がジャバ一味より明らかに多い。しかし、今回マフィアは、アマゾンが突然小惑星の欠片を受けて駐在軍が対応に追われている隙に攻撃を仕掛けてきた。初手で押されがちになっている連合軍は、この状態が続けば壊滅するという可能性も、ゼロではない。

 伊織は、ニーズヘグに残った者たちが早いうちに戦線とコンタクトを取ってくれないだろうか、と心が急くのを感じた。だが、ニーズヘグは現在所属不明船という認識をされている。アプローチに失敗すれば、撃沈されてしまう事も考えられる。そう思っていた矢先、レーダー上に表示されているニーズヘグの信号に、ダイモス戦線の信号が近づいたのが目に入った。

「ブリッジ、気を付け……」

 声を上げかけた時、回線の向こうから轟音が響く。大型戦闘機ハイラプターに爆撃されたらしい。

『神稲、こっちの事は気にするな! お前たちはただ、戦域を抜ける事だけを考えていればいい!』

 伊織が何かを発言する前に、ブリッジクルーの生徒が叫んだ。

「でも、その状態じゃ……」

 言いかけた時、今度はこちらに衝撃が襲ってくる。ケンの『すまん』という声が届いた。どうやら、薄くなった弾幕を敵の射撃が擦り抜けてきたようだ。咎める訳には行かない。皆、弾切れに近い状態なのだ。

(ここまで、なんて許されない……俺が、皆を助けに行かなきゃいけないのに)

 きっと、ヒュース・アグリオスでは今、恵留が怖い思いをしているだろう。自分は彼女の傍に居るべきなのだ。だが、やはり今自分は真剣になりきれていないのだろうか、という思いは抜けない。だから、自分は懸命に戦っても、いつも空回りのような形になってしまうのではないか、という。

 祐二たちは、本当に命を落としてしまったのだろうか、と思った。伊織は、祐二の千花菜への想いは本物だ、と分かっているつもりだった。だから、彼がカエラに逸れている事に苛立ちを覚えていた。そして、それが本当に彼に対しての怒りではない事にも気付いていた。

 自分の中にある”執着”。それが、恵留に対する申し訳なさと相俟って、彼女への態度を曖昧なものにしてしまっている。ディベルバイスの皆を守ろうと躍起になる事で、その中に含まれる恵留の事も守った気になっている。その中途半端さが今、自身への報いとして、この絶体絶命の状況を自分に課してきているのでは、という気がした。

瞳美(ヒトミ)姉さん……!)

 長い間意識の底に閉じ込めていた名前が、そこで頭を(もた)げた。

 その刹那、火星本体から一筋青い閃光が宇宙空間に尾を引いた。

「………?」

 それは次第にこちらに接近し、目を凝らすとすぐに正体が分かった。見慣れた巨大な人型兵器、スペルプリマー二号機。それはこちらに飛行しながら、グラビティアローに力を溜め始める。数秒後、一直線に射出されたそれが赤黒い光線のように、群がっていたジャブジャブを一気に爆炎へと変えた。

「カエラ! カエラなのか? どうして火星から……」

 彼女と通信は繋がっていないにも拘わらず、伊織は声を上げる。よく見ると二号機の後ろからは、SD系列と思われる作業用小型宇宙船も着いて来ていた。それらは接近してくると、こちらの反応を認めたらしい、伊織たち四機とニーズヘグに向かって動き始めた。

 作業船には誰が乗っているのか分からないが、識別信号は連合軍のものだった。それで戸惑ったのか、ダイモス戦線の機体がニーズヘグから遠ざかる。ニーズヘグと作業船は何か通信を行っているらしく、数秒間向き合ったまま動かなかったが、やがて船同士の側面が平行に並べられた。

『カエラの仲間なのか? 一体あれは……』

 スカイが通信の向こうで呟いた時、回線にニーズヘグの生徒たちの声が割り込んできた。

『神稲たち! 渡海だ、彼が助けに来てくれた! 綾文も無事で、今ルキフェルと一緒に二号機の中に居るらしい!』

『私たちも作業船に移る! 通信機を持ち込むから、渡海とも話せるよ!』

『事情は後で説明してくれるらしい! 取り敢えず、マフィアどもの守りが薄くなった所に避難していてくれ!』

 伊織は息を呑んだが、すぐに状況を理解し、「アイ・コピー」と答えた。

「分かった。祐二に、無事で良かったとだけ伝えておいてくれ」

 言い終わるか終わらないかのうちに、作業船が動き出した。コックピットは二人乗り用に作られているはずだが、何とか重量オーバーにならずブリッジに居た全員が乗り込めたらしい。

『伊織! ケーゼ隊の皆も大丈夫?』

 祐二の声が届いた。伊織は何か言わなければ、と思ったが、張り詰めていたものが解けるような気分から喉の筋肉まで弛緩したのか、溜め息のような音が断続的に漏れるだけだった。

 作業船がこちらへ進路を変えた時、二号機がグラビティアローでニーズヘグを射抜いた。船体が上部から貫かれてくの字に折れ、跡形もなく爆散した。

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