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『破天のディベルバイス』第14話 世界の裏側⑧


          *   *   *


 ケーゼや汎用ヘリのキルシュなどは、メンテナンス中のもの以外全てが出動してしまったようだった。残されていたのはSD – 4の作業用小型宇宙船のみだったが、僕たちは躊躇わずそれに乗り込んだ。養成所に居た頃、最も乗ってきた船だ。オルト・ベータもティコも、このカスタム機だった。そして僕は、旅が始まった初日に、オルト・ベータの機銃でバーデと戦ったのだ。

「祐二、あれ見て!」

 上空に飛び上がった時、千花菜が大気圏を抜けてきたディベルバイスを指差した。ブリッジの真下にある格納庫が開き、機体が発進する。見紛う事なく、それはカエラのスペルプリマー二号機だった。

「あれはカエラにしか動かせない……って事は、本当に?」

 僕が呟いた時、周囲に群がっているマフィアの戦闘機──形はケーゼだが、改造とペイントを施されているらしく、翼は蝙蝠(こうもり)の如く尖り、機体は漆黒だった──の一機が動き、基地から発進したケーゼ群にミサイルを発射した。連合軍機は大きく旋回して回避したが、ミサイルはそれを追尾して容赦なく爆散させる。

「追尾性ミサイル?」

 千花菜が声を上げる。その初撃が嚆矢(こうし)となり、マフィアたちは次々に連合軍の機体を襲い始めた。基地側も反撃し、台地からはペトリオットが迎撃ミサイルを放っている。

 と、その時ジャバ一味の機体の数機が、基地の向こう、透明なドームに覆われた都市部へ向かって巨大なミサイルを発射した。それはドームの上部に当たると、閃光を放って爆散する。連合軍機は慌てたように数機がそちらに向かい、光焔の拡散に巻き込まれて散った。

「エレクトロン・ゲル弾……まさか、裏社会にまで流れているなんて……」

「しかもそれを、街に向かって撃つなんて。一体ジャバ一味は、いや、ディベルバイスはどうしてこんな事を?」

 呟いた刹那、二号機からグラビティアローが射出されて近くを飛行していたケーゼを撃墜した。僕たちは慎重に近づいていたつもりだったが、戦場の範囲が予想外の速度で拡大したようだ。

 僕は連合軍機の陰に隠れるようにしながら、二号機に接近してアームを機体に接触させた。二号機は脊髄反射に近い速度で振り向き、至近距離でグラビティアローを撃ってこようとしたが、僕はそれよりも早く呼び掛けた。

「カエラ! 返事をしてくれ!」

『その声は、祐二君!?』

 彼女は声を上げると、弓を腰部に収納し、機体の両手でこちらの船体を掴んだ。そのまま、主戦場から少々離れた位置へと移動する。

『ルキフェル、勝手に離脱するな』

 向こうの回線から、ダークの声が聞こえてくる。僕と千花菜が息を呑んだ時、カエラがその通信を切断する音が微かに聞こえた。

『祐二君なの?』

「千花菜も居るよ。さっきまで、基地に居たんだ」

『どうしてここに? ……いや、生きてて良かったけど、何でアマゾンじゃなくて、このニロケラスに居るの? 船もガンマじゃないし、危うく撃ち落とすところだったじゃない』

「ダイモスが砕かれた時、衝撃でガンマがやられたんだ。ここに不時着するしかなくて、何とか理由を作って、連合の人にアマゾンへ送って貰う予定だった。カエラはどうして、裏社会の連中と一緒に居るの? ディベルバイスは何で、この基地に攻撃を仕掛ける事になったんだ? 皆はどうなった?」

 つい、矢継ぎ早に質問をしてしまう。カエラは、同じくらい早口で答えた。

『エルガストルムは倒したよ。でも、そのすぐ後でダークが先輩たちを脅して……このままヒュース・アグリオスに行くようにって言ったの。その時ニーズヘグが本艦から切り離されて、伊織君たちがどうなったのか分からない。他の皆もそのユニットで降ろされて、保護は軍警に求めろって』

「さっきの放送では、ヒュース・アグリオスがディベルバイスに襲撃されたって言っていたようだけど……」

『そうなの、保護も何も、全部ダークの嘘だったのよ。ヒュース・アグリオスにはバンダースナッチっていう宇宙船がくっついていて、そこがジャバ一味の根城になっているんだけど、そこをディベルバイスが攻撃した。……アンジュ先輩が、私たちを裏切って』

「アンジュ先輩が!?」

 千花菜の声は、悲鳴に近かった。

「何で、ここでダークが……アンジュ先輩は彼とよく一緒に居たけど、私たちの安全が第一じゃなかったの?」

『分からないけど、ダークギルドのメンバーたちも、ダークに騙されていたみたいなの。ダークはジャバ一味を騙して、最後に彼らを始めとする裏社会を破壊する、って仲間たちに伝えていたみたい。だけどそれは嘘で、彼の本当の目的はジャバたちを脅迫して従わせて、ここを攻め落とす事だった。

 今、ヒュース・アグリオスにはバンダースナッチを中心に、大きな穴が開いて空気が流出している。駐在軍は賄賂で一味に買収されていたみたいだけど、それが明るみに出るのを恐れてユニットの制圧を始めた。降ろされた皆が今どういう状況なのかも分からなくて……』

 カエラは言うと、コックピットを開けた。こちらの船体から離れ、右手を差し出してくる。二号機に移れ、という合図だと悟り、僕と千花菜は作業船から出た。気流で落ちないように手を繋ぎ、コックピットに移動する。

「祐二君……!」

 カエラがヘルメットを外し、口づけしようとしてくるので、僕は押し留めた。わざわざ千花菜に見せつけるような事をする必要もないし、余裕もない。

「カエラ、皆の救出に向かおう。それから、ダイモス戦線が味方になってくれるっていう希望はまだ消えていない」

「私もそう思う。だけど、怖くて逃げられなかったの。スペルプリマー一機に対してこいつら、民間とは思えないくらいの戦力だし、それに……」

 カエラが言った時、不意にまたもや空が燃え上がった。見上げると、ディベルバイスに続き、また別の巨大宇宙船が降下して来るところだった。

 さすがにフリュム船程の大きさはないが、それでも全長は一キロに近いのではないだろうか。ジャバ一味がカスタムした戦闘機と同じく漆黒の船体、側面に無数に並んだ艦砲とカタパルト。炎状の尖った装飾を多く施されており、威圧感がひしひしと伝わってきた。

「あれは……」

「ジャ・バオ・ア・クゥ。ジャバの乗艦で、ガイス・グラ級。怪物並みよ、連合軍と戦っても滅多に出てこないのに……あんなものを民間で普通に持っているのが、こいつらなの。おまけにこれを隠す為に、フォボスから三百キロくらい離れた場所に小惑星を運び込んでいる」

「あれが控えているせいで、君は離脱する事が出来なかったのか」

 僕は、厄介だな、と思った。それに、スペルプリマーには大気圏突入用のバリュートが備わっていない。このまま上昇して行けば、熱で機体が燃え尽きてしまうかもしれない。

 その時千花菜が、今し方僕たちの乗っていた小型宇宙船を指差した。

「それを、バリュート代わりに使えないかな? それから重力場を周囲に展開して、戦闘機からの攻撃を防御しながら大気を排除していくの。そうすれば、空気抵抗を最小限に抑えながら脱出出来るんじゃない?」

「それは無茶よ、千花菜」カエラは即座に首を振る。「さすがに全ての攻撃を防ぎきる事は出来ない。それに、ジャ・バオ・ア・クゥから艦砲を受けたら……」

「主戦場から離れたら?」

「目立ちすぎる。逆にジャブジャブを引き寄せちゃう」

「それなら……」

 千花菜が言葉に詰まった時、僕は一つ頭に思い浮かんだ事があった。少し離れた場所で互いに機銃を撃ち合っているケーゼとジャバ一味の機体を睨みながら、僕は口を開く。

「カエラ、ダークに通信を入れて。僕たちが見つかったって」

「えっ? でもそしたら、祐二君も脅されて……」

「僕は一号機のパイロットだ。ダークが脅してきたとしても、きっと一号機で連合軍と戦えっていう内容だろう。僕はそれに乗った振りをして、ディベルバイスに移動する為にジャバ一味の機体を借りる。そっちが大気圏突入に耐えられる事は、さっき見て分かったし、僕は後から追い着ける」

「ジャブジャブを使うの?」

「それで、二号機が大気圏を突破する間、僕が掩護する。それなら、カエラも千花菜の言った通りの方法が使えるだろう?」

 千花菜が、「大丈夫なの?」と尋ねてきた。

「そしたら祐二が、マフィアの攻撃に晒されるでしょう?」

「大丈夫だよ、千花菜」僕は、無理に微笑んだ。「機体はスペルプリマーじゃないけど、今までと同じように戦うだけだよ」

 本当は、とても不安だった。ジャブジャブというらしい戦闘機は、メタラプターのように対艦仕様ではないようだ。ジャ・バオ・ア・クゥを相手にするのは、さすがに厳しいかもしれない。

 だが、僕がやるしかないのだ。伊織たちの行方は分からず、ヒュース・アグリオスで降ろされた大部分の生徒たちは連合軍の無慈悲な攻撃に晒されている。彼らを救出し、この戦いを終わらせる為にも、僕たちは脱出せねばならない。

「……気を付けてね、祐二君。信じてるから」

 カエラは覚悟を決めたように表情を引き締め、通信機を操作した。回線が繋がるや否や、ダークの声がこちらに届いてきた。

『通信を切ったな。何をしていた、ルキフェル?』

 その声を聴いた時、僕は頭に血が昇るのを感じた。勝手にこのような状況を作り出しておいて、この男は一体何が目的なのか、と思った。

「祐二君たちを見つけたの。彼ら、ここに流されていたのよ」

 カエラは答え、僕に喋るよう促してくる。僕はダークに向かって怒鳴りつけたい気分だったが、それをぐっと堪え、低い声で彼に言った。

「君に言いたい事が、山程ある。アンジュ先輩を人質に取っているようだから、君に攻撃する事は出来ないんだろうけどね」

『……渡海祐二か。貴様の判断は正しい、大人しく俺に従い、一号機で敵を討て』

「でもその前に、君に直接文句を言わなきゃ収まらない。どちらにせよ、ディベルバイスに行く必要がある。ジャブジャブを使わせてくれるよう、こいつらに言ってくれよ」

『……承知した』

 ダークは言うと、別の回線でジャバらしき相手と話し始めた。彼の声は途切れ途切れながらマイクに拾われ、聞こえてくるが、ジャバの声は分からない。ただ、裏社会の権力者であるからには恐ろしい人物に違いない、と思った。

 数分後、一機のジャブジャブがこちらに近づいてきた。二号機に機体を寄せ、コックピットを開く。ヘルメットだけを被ったTシャツ姿の男が姿を見せ、こちらに手を振ってくる。

 カエラはそれを確認すると、コックピットのハッチを再び開いた。

「じゃあ……」

 僕は彼女と千花菜に軽く声を掛け、飛び降りた。重力が地球の三分の一である為、落下は非常にゆっくりとしている。その間に、僕は着地と同時にすべき事を、完全に頭の中で組み立てられた。

(騙す事は、今は特に大嫌いだけど!)

 心の中で思いながら、着地の為に伸ばした足を軽く動かす。こちらに手招きしていたマフィアの男の脇腹に、こちらの爪先がめり込んだ。悲鳴を上げる間もなく、男は機体から蹴り出されて宙に舞い上がる。

 カエラがグラビティアローでそれを射抜き、男は血煙となって()ぜた。僕は目を逸らし、機内へ入り込む。そこまでしなくても良かったのに、と思ったが、彼女に今それを言っても仕方がない。

 僕は操縦席に座ると、二号機が作業船のバリュートを引き出し、船体を押し上げるようにして上昇するのを見守った。すぐにダークが彼女の行動に気付いたのか、ジャブジャブの回線から彼の声が流れる。一斉放送らしい。

『総員、スペルプリマー二号機を止めろ。撃墜しても構わない』

「させるか……!」

 僕は機体を前進させ、向かって来る戦闘機の群れを睨み据える。手続き記憶で考える間もなく操縦出来たスペルプリマーに比べると、動きがかなり不自由な事は否めなかったが、本来はこちらが普通なのだ。

 機銃を放ち、先頭のジャブジャブを撃墜する。僕に貸し与えられた機体だと分かったのか、ダークが『どういうつもりだ?』と問い質してきた。

『渡海祐二、アンジュ・バロネスがどうなっても構わないのか?』

「君はアンジュ先輩に手を出すつもりなんか、ないんだろう」

 僕は返し、回線を切断する。また機銃を放ち、敵を撃墜する。敵からの攻撃があれば、機体を旋回させて回避する。……そうだ、この者たちは、僕たちの敵だ。それを束ねているダークも、千花菜やカエラが死んでも構わないと考えているのなら、僕は容赦しない。

 何があってもここを脱出して、皆を助けてやる。

 僕は心の中でそう思い、アクティブゾーンに突入したかな、とふと考えた。

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