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『破天のディベルバイス』第14話 世界の裏側⑥


          *   *   *


 厚みと構造から考えて、ユニットの地下に作る事が出来るのは輸送用エンジンのメンテナンス用通路と、ユニットシステムの制御室、各種ライフラインを全域に供給する為のトンネルだけだ。だが、ジャバ一味は闇に流れた大型宇宙船などをユニット下部にドッキングさせ、自分たちの根城を”地下”に作っていた。そのような、民間による勝手な「増築」が看過されているのは、駐在軍の無能ではない。ジャバの影響力が、宇宙連合軍の一部にまで及んでいる、という事だ。

 そうして地下に降りると、既に何度も見てきた光景ながら、トレイは眩暈(めまい)を催しそうになる。悪趣味に金箔が張り巡らされた壁、天井に広がる天球図、床には真っ赤な天鵞絨(ビロード)の絨毯が敷かれており、壁際には名品と呼ばれる絵画や旧時代の刀剣、鎧などが陳列されている。

 黄金を基調とする極彩色の中をボンゴリアンに案内されて歩いて行くと、やがてまたエレベーターが現れる。この下の階層にはカジノや違法薬物の取り引き所、私娼窟などが広がっているが、そこを通過し、更に下ってジャバの事務室へと降りる。ただそこにも、ジャバ本人が居る訳ではない。

『久しぶりだな、革命のお坊ちゃん』

 ガラスのテーブルに、向かい合うように置かれたソファの片側には、男が座っているように見えた。背が高く、純白のタキシードを纏った中年の男。髪は整髪料で整えられ、長い部分は一本に結ばれている。宝石の指輪を十本の指全てに嵌め、唇には極太の葉巻を咥えている。だが、この場所に彼は存在しない。居るのは側近のカラヴァッジョ、そして下着風のメイド服を纏った使用人の女が二人。男本人は、私営の戦艦ジャ・バオ・ア・クゥに居り、ここにはホログラムでその姿が映し出されているだけだ。

「挨拶は省かせて貰おう。話は、カラヴァッジョから伝わっているはずだ」

 ダークは反対側のソファまで進むと、遠慮する事なく腰を下ろす。白いタキシードの男──裏社会の最高権力者ジャバ・ウォーカーは、苦笑と共に葉巻の煙を吐き出した。

『相変わらずせっかちな男だな、君は。まあ、久々にこうして話す事が出来たんだ、旧交を温めよう。おい、お前たち。お坊ちゃんに飲み物を出してやれ』

 控えていたカラヴァッジョが素早く動き、何処からかグラスを取り出してテーブルの上に置く。女の一人が、そこに琥珀色の酒を注ぐ。

『タルシス産ウィスキー、最果てのエデン。火星で最も地力が豊かな溶岩台地で栽培した大麦を原料に、ユニット内の重力発生機構、連合軍製の太陽光発電設備にて百年分の熟成を短期間で可能としたもの。あの地を表の企業が買収し、麦畑と醸造設備を食糧増産に回せば……』

「ニロケラス、ギャラクシアス等の大都市で消費されるパン全てを自給で賄える。俺はそれを知りながら、このエデン醸造設備を貴様らに売り渡した」

 ダークは、自虐的にも取れる笑みを浮かべる。ジャバは呵呵大笑した。

『文字通り、火星人の社会最底辺者たちの命を絞って作られたブランドという訳だ。皮肉なものだね、芳醇な味の本質は、強欲と傲慢だ。上辺では気付かないだろうが、それはこのヒュース・アグリオスも同じ。上流階級の連中も、私が流しているこの酒を飲んでいる。……お坊ちゃん、君はそれでも飲むのだろう? 私たちと対等な交渉をする為に』

 トレイは、グラスを持ち上げ、色を確かめるかの如くシャンデリアに向けるダークを見つめる。改革者である彼だが、それでも断る選択肢はない。

(……舐められない為に)

 心の中で呟いた時、ダークはグラスを一息に飲み干した。ジャバは笑みを顔に貼り付けたまま、満足そうに肯く。

『結構。君はやはり、腑抜けてはいないと分かった。……地球圏への渡航は、決して裏目には出なかったようだな』

「ディベルバイスを得た。系列はHR――フリュム。ヴィペラの雲を最大深度まで潜航する事が可能。重力発生機構を船全体に備え、極めて緻密な重力操作が可能となっている。またそれを機動兵器に転用した、人型近接格闘戦用兵器スペルプリマーを備えており、現在人類生存圏全域に報道されている地球圏での宇宙連合軍連敗、これはその主武装によるものだ。連合の新型戦艦を奪ったのは過激派ではない、俺たちダークギルドだ」

 ダークはすらすらと言う。

『……作り話だとしたら、大したものだ』

 ジャバは表情を改め、恫喝するかのように、ホログラムの顔を彼にぎりぎりまで近づけた。相手本人がそこに居ないと分かっていても、離れて様子を見守っているトレイ、更にはカラヴァッジョらも、空気が緊張していた。

『だがその分、それが虚偽だった場合、君らの身の安全は保障出来ないよ』

「ニュースは見ているか? 見ていなかったとしても、話題になっているはずだ。小惑星ダイモスが破壊され、近辺のユニットや火星本体に損害が出たと。それを行ったのは、ディベルバイスだ」

「おい、それは本当か?」

 黙っていたカラヴァッジョが、ソファの横からダークに詰め寄った。

「確かに、この段階になってラトリア・ルミレースが自決するとは思えねえ。するにしても、もう少しスマートなやり方ってものがあるだろう。新型戦艦とやらがディベルバイスで、それを占拠した奴らがラトリア・ルミレースでないとすれば確かに話は通るが……」

「証拠としては、(いささ)か信憑性に欠ける、か?」

「あったりめえだ」

 ボンゴリアンも、ダークの言葉に口を挟んだ。

「お坊ちゃん、いや、”闇の宣告者”様の目的は、上流社会の破壊だろう? 小惑星を破壊出来るような連合の秘密兵器を私物化したなら、軍資金を俺たちから調達するよりもさっさとそれを実行に移しちまえばいいじゃねえか」

「……貴様は先程まで、俺の言葉を信じていたように見えたが?」

「その自信が気になんだよ。ヤワな奴が相手なら、証拠がねえとしてもその自信で信用する気になっただろうさ。でもよ、お前はただのガキじゃねえ、胆が据わっていやがる。だから、逆にな」

『お前ら』

 ジャバが、威嚇するような声を出した。

『今、私が彼と話しているのが分からないか?』

 カラヴァッジョ、ボンゴリアンは怯んだように居住まいを正す。ジャバの眼光は、ホログラムで再現されているとは思えない程に爛々と輝き、至近距離からダークを刺し続けていた。

『まあ、確かに彼らの言い分も理解出来る。君の目的は軍資金を得る事、我々との取り引きで集めた金は、また我々から闇の武器を買う為に使用するのではなかったのかな? ガイス・グラ級ジャ・バオ・ア・クゥ、民間の自警団ではまず手に入れられない戦艦だが、これも君の出方次第、更には金次第で売っても構わないと思っていたのだが。私は非常に、君に興味があるんだよ、ダーク・エコーズ君』

「貴様らは、『革命』を理解していないな」

 ダークは、足を組んで椅子に凭れ掛かった。

「革命は従来、現状を変えさせすればいいという短絡的な思考から始まる。弱者の群れから現れた一握りの野心家がそれを行うが、知恵がないから過激な事ばかりを行動に移す。大衆にとっては、政治すらショーやエンターテインメントだ。世論やスタンピードに流された大衆は、頭を失った怪物だ。現状は変わるだろう。だが、それだけだ。頭のない勝者は、驕るだけだから。

 天才が始める革命もある。だが、それも結局は同じ事になる。革命は一人では成し遂げられないから、人民を動かさねばならなくなる。指導者が天才でも、その後のプランは愚かな周囲の人間により捻じ曲げられる」

『その更に上を行こうとしたのが君か? 革命後、火星を復興する事までも視野に入れ、また行動は必要最低限の人員で起こす。……だが、お坊ちゃん。長い目で見ればどんなに善政と呼ばれる政治でも、必ず終わりが来る。何故だと思う?』

 裏社会の支配者であるジャバにしては消極的な思考だな、とトレイは思った。ケイトが「難しい話は分かんない」と囁いてくる。

『停滞すると、人は変化を求めるんだ。だから、世の中は決して良くなりはしない。私は革命など、その時の趨向を破壊すればそれで構わないと思っている。人々は上に従うだけなのだから、上が変わればヒエラルキー全体が変わる。過激で構わない、変わればそれでいい。救うべきは、今虐げられている人間だろう。

 ……そして私たち裏の人間は、社会がどう変われど、対象を替えながら自利の為に動く。だから君たちの行動にも容喙すべきではないのかもしれないが、まあ、ディレッタンティズムとでも取ってくれ。繰り返すようだが、私は君たちを大変見所のある若者たちだと思っていてね』

「ならば、今は俺に従え」

『おっと、話は長くなったがはぐらかされちゃ困るよ』

 ジャバは、元の馴れ馴れしい調子に戻って言った。

『君の話は、ディベルバイスという船の性能を表す証拠にはなっていない。まずは、君たちの船が例の戦犯指名手配を受けた戦艦だという事を理解する為に、実物を見せて貰おうか。バンダースナッチから、ユニット外の様子は見えるはずだね。窓の外まで、そのディベルバイスを誘導してくれ。見たところ、君たちの人数は以前よりも減っているし、外に仲間が居るのだろう?』

「……ああ」

 ダークは短く答えると、ちらりとこちらを見た。サバイユが微かに肯くのを見て、トレイは意思を固める。ダークの行動は確かに突発的だったし、説明不足とさえ言えるかもしれなかったが、最終目標としては今まで自分たちに繰り返し伝えてきたものと変わっていないようだった。

「貴様は、俺の話を早合点して捉えたようだな。……火星圏に於いて、法による支配など題目に過ぎないという事は、世界の裏側に生きる貴様らがいちばんよく知っているはずだ。では、革命によって下すべきは、上流社会ではない」

『何?』

 ジャバが怪訝な顔になる。ダークがこの後の台詞を言った時、作戦は発動されてここにヤーコンたちが乗り込んでくる予定だった。

「力こそ法の世界で、人々を頭のない怪物に仕立て上げた貴様ら裏の人間こそ……俺たちが軍門に下すべき権力者」

 彼は、事前にトレイたちに告げた通りの言葉を放った。

 だが、次の瞬間起こった事は、トレイの想像とは全く異なる出来事だった。

 突然頭上で爆発音が轟き、天井が崩れてきた。使用人の女たちが悲鳴を上げ、カラヴァッジョとボンゴリアンは身構えつつ、崩落箇所から跳び退()く。ダークがソファから宙返りで下がると共に、ガラステーブルがある場所に大きな破片が落下してきてそれを粉砕した。

 ホログラムでそこに浮かび上がっていたジャバの姿が、掻き消すように見えなくなった。彼が反射的に映像を切ったらしい、と思った時、サバイユが

「おいダーク!」

 と叫んだ。「話が違げえぞ! どうなっているんだ?」

 ダークは、それには答えなかった。瓦礫の落下が停まると、ジャバを投影していた小型のプロジェクターを拾い上げ、付着した粉塵を払う。空気が天井の穴に向かって流出しているかの如く、床の方から風が吹き始めた。

 部屋の隅に置かれている電話が激しく震え、カラヴァッジョがそこに飛び掛かるように向かう。

「ああ? ……そうか。分かった、だが……」

 彼は何やら応答していたが、やがてこちらを睨んだ。

「ダーク・エコーズ……てめえ、一体何のつもりだ?」

「……貴様らのジャ・バオ・ア・クゥを含む、一味の私設部隊は全て俺の傘下に入って貰う。さもなくば、小惑星ナーサリー・ライムごと戦艦はダイモスの二の舞を演じる事になり、ジャバ・ウォーカー、貴様も死ぬ」

 ダークは、予定にもなかった事をすらすらと述べ、プロジェクターに搭載されている小型カメラを崩壊した天井に掲げた。そこから見える上層は淫猥なショッキングピンクに塗られた壁を露わにしていたが、それは酷く焼け焦げ、大きく崩壊した一部から宇宙が見えていた。フロアに居た客やジャバの部下たちが、空気の流出に巻き込まれるようにその穴へと飛んで行き、ぬっと姿を現した巨大な物体に激突しては潰されていく。

 姿を見せていたのは、ディベルバイスだった。トレイは混乱する。船に残留した他のメンバーたちにも、作戦の説明は自分たちと同時に行われたのだ。何故、船が自分の知らない行動を取っているのだろう。

『……そうか。君は最初から、私たちとあの船の取り引き交渉をしに来たのではなかったと。私たちに、何を求めているんだ?』

 ジャバの声が、装置から響いた。一時は驚愕の為か沈黙していたが、再び紡がれ出した言葉に動揺が現れていないのは、さすがと言うべきなのだろうか。今冷静さを欠こうとしているのは、むしろトレイたちだった。

「火星、宇宙連合軍ニロケラス基地の襲撃。あの最大の火星駐在軍基地に居る汚れた連中を一掃し……」

 ダークが言った時、ケイトがはっと声を上げた。

「ニロケラス……ダーク、まさか、あなたは……!」

 トレイも彼の真の目的に気付き、信じられない思いで彼を見つめた。そのような事が、本当にあるのだろうか、と思った。

「あの基地に匿われている”人鬼”を殺す」

 ダークは宣言すると、装置を瓦礫の中に放り投げた。

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