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『破天のディベルバイス』第14話 世界の裏側④

 ④マリー・スーン


 ダークに銃口を突き付けられている間、アンジュは一言も言葉を発さなかった。表情もいつもと変わらず毅然としており、マリーにはそれが逆に心配だった。ダークギルドのメンバーたちも、ダークの突然の行動に呆気に取られているようで、これは彼らの中であらかじめ話し合われていた予定ではないのか、と思った。

 アンジュの頭に銃口を押し当てながら秒読みのような事を行われ、ダークギルドの者たちは慌てたように操船を開始した。ラボニは「何勝手な事やってるの?」と狼狽したような声を出したが、テンがそんな彼女を制止した。ここは、ダークに従うしかないように思われたからだった。

 ダイモスの公転軌道内に入り、フォボスの軌道も越えてユニット群に近づいた時、火星から宇宙連合軍の艦隊が接近してくるのが確認された。中にはアルゴノート級の大型戦艦も含まれており、ニロケラスにある火星駐在軍の本部基地から派遣されて来たのだな、と分かった。

「……カエラ・ルキフェル」

 艦隊が目視確認出来る距離まで近づくと、ダークは未だにスペルプリマー二号機のコックピットに居るらしいカエラに呼び掛けた。

『何?』

 彼女は、棒読み(ふう)の口調で返す。別段怒っているようにも、怖がっているようにも聞こえなかったが、決してこの状況を楽しんではいない事が伝わってきた。

「こちらに向かってくる宇宙連合軍を、殲滅しろ」

「ダーク! お前……」

 一度は操船に手を貸したボーンが、堪えられなくなったかのように声を上げる。その瞬間、ダークは一切の躊躇いなく彼の足に銃口を向け、引き金を引いた。ボーンは布を裂くような悲鳴を上げ、翻筋斗(もんどり)(打って床に倒れ込んだ。

「てめえ……」

 テンが動きかけたが、ダークは「動くな」とドスの利いた声で言った。

「どうした、カエラ・ルキフェル? 話は聞こえていただろう。こちらはアンジュ・バロネスを人質に取っている。貴様が抵抗すれば、彼女を殺す」

『それがどうかしたの?』

 カエラの答えは、マリーが予想していたものとは大きく異なった。ブリッジに居る誰もが、絶句したように窓の方を見つめる。ダークも、眉をぴくりと動かしたように見えた。

 やがて正面の窓に、格納庫から浮上してきたスペルプリマー二号機がぬっと顔を覗かせた。

『あと半日も経たずに、祐二君は戻って来るのよ。そしたらあなたたちも含めて、全員が保護される。ここで宇宙連合軍と戦うのは、得策じゃないんじゃない? ……ダーク、あなたが言ったはずよね。この旅を無意味だったと言わない為には誰かが生き延びる必要があって、それには武器が居る、一部の人間を使う以上、パイロットは替えが利く、って。これ、誰かが生き延びさえすれば、ある程度の犠牲は仕方がないって事だよね?』

「カエラちゃん! あなた、何て事を……」

 ラボニが、ヒステリックに声を上げた。ダークは一瞬言葉を失ったようだったが、すぐに「それで?」と返す。

「貴様はこの女を見殺しにしても、ただ渡海祐二や綾文千花菜の帰りを待つと? 渡海と綾文は、既に死んでいるかもしれないのにか?」

『祐二君は帰る。それまでに、幾らあなたでもディベルバイスの生徒全員を殺したりは出来ないでしょ? 何なら私が、ブリッジを潰してもいいのよ』

 マリーは、カエラが過度のストレスでおかしくなってしまったのか、と思った。船の守りの(かなめ)であり、極限状態が続く皆の心の拠り所であるスペルプリマーに搭乗する彼女が、何故そのような台詞を口に出さねばならないのだろう。ブラフにしても酷すぎる。

「……カエラちゃん」

 発言したのは、ダークに銃口を向けられたアンジュ本人だった。

「私が命を捨てて、それで確実に皆が助けられるならそれでもいいわ。でも、今はそうじゃない。向かって来ている連合軍が、祐二君たちがダイモス戦線を連れて来るまで私たちを殺さないとは思えない。だから、お願い。ここは、ダーク君の言う通りにして」

 人質にされているとは思えない程に、はっきりとした声だった。カエラはその彼女の態度に押されたのか、ダークを脅すようにブリッジに近づけていた機体をすっと窓から引く。

『……分かりました』

 カエラは、声色を変えずに淡々と返事をした。

『先輩が、それでも問題がないと言うなら。だけどダーク、もしもあなたの行動がこの先ディベルバイスの未来を潰すと判断したら、私は躊躇わずにあなたを撃つ。人質が居てとしても、それごと。……別に、無慈悲だなんて糾弾される筋合いはない。ダーク、あなた自身が言った事なんだから』

「……肝に銘じておこう」

 ダークは微かに鼻を鳴らし、言った。

 二号機はくるりと回り、グラビティアローを迫り来る連合軍に向ける。見慣れた光景のはずなのに、マリーはその時、何故かそれを直視する事が出来なかった。視線を窓から逸らし、ダークに肩を抱くように拘束されているアンジュを見る。彼女とダークは、心を通わせていたように見えた。それなのに、何故このような事態になってしまったのだろう、と思った。

「アンジュ……」

 無意識のうちに呟くと、アンジュはマリーの方をちらりと見返してきた。その表情は何処か申し訳なさそうで、どうしてあなたがそんな顔をするの、とマリーは胸の中で問い掛けた。

 窓の外が一瞬赤黒く光り、レーダーに表示されていた連合軍艦隊の信号が一斉にロストしていくのを、皆が厳粛な面持ちで見届けた。


          *   *   *


 ダークの指示通り、ディベルバイスの進路はユニット九・一「ヒュース・アグリオス」に取られた。連合軍を駆逐した後のカエラは大人しく格納庫内へ戻ったようだったが、ダークは念の為格納庫にロックを掛けるように命じた。

 ディベルバイスが近づくと、ヒュース・アグリオスからは警告を発せられた。戦犯指名手配中の船なのだから、当然の事だろう。だがそこで、ダークはヒッグス通信を繋いできた管制官たちにこう告げた。

「我々はダイモスを破壊した船、ディベルバイスである。駐在軍への通報があった場合、或いはこの場でユニット内への入船を拒んだ場合、このユニットはダイモスと同じ運命を辿る事となる」

 クラフトポートのスタッフたちはたちまち恐れをなし、ディベルバイスの入港準備を始めた。誘導灯が点き、船がユニット内へ進入を始めると、テンが真っ先にダークに抗議した。

「お前、自分が何を言ったのか分かってんのか? 俺たちが星を破壊した、報道されている通り、過激派の特殊部隊であると宣言したようなものじゃねえか。俺たちの保護は、絶望的になった。どうするんだよ?」

「……貴様らには、ここで船を降りて貰う」

 ダークはその抗議に対し、淀みなく答えた。

「船を降りる? そんな無茶苦茶な……その後はどうなる?」

「ヒュース・アグリオス内に、軍警察が居る。ブリークスが情報統制をしていたとしても、彼らはそれを信じ込み、ディベルバイスを過激派に占拠されたと思い込んでいるだけだ。事情を話せば、受け入れられるだろう。その後の船は、最早貴様らには不要のものとなる。だから、俺たちが貰い受ける」

「俺たち?」

 テンは訝しげに呟いたが、そこではっとしたようにダークギルドの者たちを見つめた。足を撃ち抜かれたボーンはダークを睨みつけ、サバイユやトレイたちは戸惑ったように互いに視線を交わしていたが、やがてヤーコンが、何かに気付いたかの如く表情を一瞬固くした。その口が動き、ダークに問いを放つ。

「やるんだな、俺たちの本当の目的を?」

「本当の……目的?」

 ラボニが呟いた時、突然それは起こった。

 ブリッジの自動扉が、こじ開けられるように開き、射撃組の生徒たちを率いたシオンがつかつかと歩みを進めてきた。彼女の手には、厨房から持ち出したと思われる包丁が握られており、他の生徒たちも麺棒や片手鍋、機動兵器の修理用に船に積み込んでいたドライバーや玄翁を各々(おのおの)携えていた。

「さっきから聴いてりゃ、あんたは……!」

 シオンは、包丁を背後からダークに突き立てようとした。ユーゲント、ダークギルド問わず皆が声を上げた瞬間、ダークは素早くアンジュの手に拳銃を押し付け、彼女を突き放した。アンジュは拳銃を握り締めたまま、ふらふらと後退する。

 マリーには、ダークのその行動の意味を考える時間は与えられなかった。徒手空拳となったダークはさっと体を開き、突き出されたシオンの手首を掴んで捻り上げ、彼女のもう左手が動くよりも先に包丁を掴んだ右手首に手刀を打ち込んだ。シオンは包丁を取り落とし、苦悶の声を上げる。

「この野郎!」

 フライパンを手にしたショーンを先頭に、訓練生たちが彼女を救出しようとダークに飛び掛かる。だが、ダークは足元に落ちた包丁の柄を踏み、爪先で高々と蹴り上げた。包丁は恐ろしい程鋭くショーンの耳を掠めて飛び、入口の壁に突き刺さる。訓練生たちは、怯えたような声を上げてその場で足踏みした。

「……俺に反論があるなら、それを説明してみろ」

 ダークは、シオンを射撃組の方へ押しやる。

 その時ウェーバーが、彼らに向かって冷めたような声を出した。

「クラフトポート内に着艦しました。次はどうしますか?」

「ウェーバー……」

 ヨルゲンが、憎々しげに彼を睨む。ウェーバーは乱闘が起こりかけている間、ずっと涼しい顔をして操船を続けていたようだが、それがヨルゲンに苛立ちを起こさせたようだった。

「言ってやる、お前らが過激派だってな!」

 生徒の一人が、ダークに指を突き付けて叫んだ。

「ダークは今素手だ! 全員で掛かれば制圧出来る、やっちまえ! ユニットに入ったら、俺たちはこいつに脅されていたって言うんだ!」

 うおお、と声が上がり、一度は怯んだショーンたちが再び彼に向かいかける。

 鼓膜を(つんざ)くような轟音がすぐ近くで上がったのは、まさにその時だった。

「うっ……!」

 最初に声を上げた男子生徒が、二の腕を押さえてがくりと膝を折った。生徒たちの気勢が悲鳴に変わり、彼に躓くようにして床に倒れ込む。そこに血飛沫(しぶき)が飛ぶのを見て、皆の目が一斉に音源に集まった。

 それは、アンジュだった。彼女はダークに押し付けられた拳銃を両手で構え、自分でも信じられないというような顔で生徒たちを見ている。銃口からは、硝煙が縷々(るる)と立ち上っていた。

「わ、私は……」

 アンジュは、しどろもどろに声を出す。サバイユが瞬発的に動き、彼女の手から拳銃を捥ぎ取って首に腕を回し、頭に押し当てた。

「……それでいい、サバイユ」

 ダークはちらりと彼を見て言うと、生徒たちに指示を出した。

「メンテナンス用通路からユニット内に入る事が出来る。すぐに立ち去れ。立ち去らない奴は、容赦なく殺す。……だが、ギルド、アンジュ・バロネス、カエラ・ルキフェルは残留しろ。貴様らにはまだ、やって貰う事がある」

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