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『破天のディベルバイス』第14話 世界の裏側③

 ③神稲伊織


 スペルプリマー三号機の起動と、パイロット登録をしたジェイソン先輩の戦死、エルガストルムの撃破、と、事態は立て続けに進行した。ニーズヘグへの帰投を余儀なくされた伊織たちには、外で何が起こっているのか、アンジュ先輩らがブリッジから報告してくる言葉を聴く以外に知る(すべ)はない。

 ドッキングしたディベルバイス本艦が攻撃を受けて震動するのを感じながら、ただ待つだけの()れったく長い時間が終わりを告げたのは、エルガストルムが重レーザー砲によって撃沈され、本艦が無事だった、という報告が入った時だった。ニーズヘグが本艦に戻り、伊織たちが回収されてから指揮をディベルバイスのクルーたちに委ねていたダークが彼らにヒッグス通信で指示を出す声が、光通信でこちらにも聞こえてきた。

『……状況の終了を確認した。これから俺たちは、そちらのブリッジへ向かう。動かず、待っていろ』


          *   *   *


 それから約一時間、こちらには何の通信も入ってこなかった。ダークからの最後の通信が聞こえ、アンジュ先輩にもう(しば)らく待機しているように、と命じられてから五分程経つと、天井の方から金属質なガシャン! という音が聞こえてきて、それっきり音はなかった。

『なあ、神稲……』

 無線機から、スカイ・ダスティンの声が届いてきた。

『何かおかしくないか? 静かすぎる、ブリッジとの通話も、ここまで徹底的に切られるものかな?』

『シックルやオペレーターの奴らも、ディベルバイスに戻ったんだろ』

 アイリッシュが割り込み、気のない返事をする。スカイは反論した。

『それなら、何で俺たちだけこの船に残されるんだよ? これってちょっと、ヤバくねえか? 一旦、ブリッジまで上がってみた方がいいと思う』

 彼がそう言った時、伊織は思わず「おい」と声を上擦らせた。彼が何を言おうとしているのか理解し、そんな事があるはずがない、と言いたかったが、それが理性の声ではない事を自覚してぞっとした。

『はあ? 何だよ、ヤバいって。はっきり言えよ』

 アイリッシュは、苛立ったように小声で叫ぶ。スカイが言いかけたが、それよりも早く、ケンが言葉を選ばずに告げた。

『俺たちは、ダークに見捨てられたかもしれない。そうだな、スカイ?』

『見捨てられたって……』アイリッシュが絶句する。

 伊織は「外に出る」と彼らに言うと、ケーゼを降りた。格納庫内を浮遊し、船内に続く扉の方へ急ぐ。「待てよ」と言いながら、他の三人も追い駆けてきた。

 格納庫の出入口に近づき、扉を開けようとした時、伊織は手に抵抗を感じ、嫌な予感が現実となった事を悟った。ブリッジからシステムを操作され、扉にはロックが掛けられていた。

「やっぱりか……!」

 伊織は、青褪める三人に素早く指示を飛ばした。

「鍵を破れそうなものを持ってきてくれ! 脱出して、向こうのブリッジに直接話をしに行く! その前に、こっちのブリッジの様子もどうなっているのか確かめなきゃいけない」

「分かった。急ごう」

 スカイが真っ先に降りてきたケーゼの方に駆け出し、ケンとアイリッシュも弾かれたように彼に続く。伊織は扉を掴み、思い切り蹴りつけたが、衝撃を受けた靴の爪先が鈍く痛むだけだった。


          *   *   *


 工具などを使って鍵を壊し、船内に駆け込むと、伊織たちは真っ直ぐにブリッジを目指した。走り始めてすぐに床を蹴った足が空中に浮き上がってしまい、伊織ははっとする。ニーズヘグは今、ディベルバイスからの重力制御を受けていない。完全に、無重力空間となっている。

 ダークたちが本艦に戻ったと思われる数分後、天井から響いたガチャンという音を思い出す。考えてみれば、あれはディベルバイスとのドッキングが解除される音だったのではないだろうか。

「おい皆、何があった!?」

 ブリッジまで行くと、伊織は自動扉が開ききる前に隙間から体を捻じ込んだ。半ばつんのめるようにして入り込んだ瞬間、言葉を失う。

「お前……」

 オペレーターを務めていた生徒四人が、脱力したように宙に浮かび、空間を漂っていた。皆口から泡を零し、目を閉じている。目の前に浮遊してきた女子生徒の顔を見ると血色はあり、皆気絶しているだけのようだった。

「何やってんだよ、シックル!?」

 ブリッジの中央に、アルビノのシックルが立っていた。その赤い瞳は、爛々と輝いてこちらを真っ直ぐに見つめている。手はコントロールパネルに掛かり、伊織たちを近づけまいとするかのようだった。

「ダークの目的を知っているか?」

 シックルは、薄く笑ってこちらに問い掛けてきた。アイリッシュは気を失った生徒たちを見ると、「この半グレ野郎!」と叫んで彼に殴り掛かろうとする。が、それよりも早くシックルの手元で何かが煌めいた。

 伊織には、それがネジ釘である事がはっきりと分かった。真っ直ぐに撃ち出されたそれは勢いを殺す事なく飛来し、アイリッシュの左腕に突き刺さる。宇宙服の分厚い生地に穴が開いて血液が散り、彼は悲鳴を上げて蹲った。

「この……」

「動くな!」

 踏み出しかけたケンを、シックルは一喝した。

「近づけば、排気システムを全開にした後、制御系を破壊する。半日、いや、四分の一日も持たない間にニーズヘグは真空になるだろうな」

「そしたら……」伊織は油断なく言った。「お前も死ぬ事になるぞ。お前たちは宇宙海賊だろう、何の目的があって自分の命を投げ出そうとする?」

「宇宙海賊だと? 舐めるなよ」

 シックルの瞳に、昏い炎が宿ったような気がした。

「ここ、火星は俺たちの故郷だ。貧困と暴力、裏社会の闇の力が支配する、下劣で屈辱的な、憤ろしい故郷だよ。ダークギルドが地球圏で行っていたのは、軍資金を集める為の活動だ。……火星圏に、革命の灯火(とうか)をもたらす為の」

「革命……?」

「力こそ法。裏社会を破壊し、火星を支配しているその鉄則を覆す。それが、ダークの目的だった。ディベルバイスは、その為に非常に有用な武器となる。訓練生たちは戦力として、鍛え方がまだ足りなかったようだが……ジャバ一味のジャ・バオ・ア・クゥに対抗するなら、あの船とスペルプリマーさえあれば」

 シックルは言うと、窓の方をちらりと見た。釣られて伊織たちもそちらに視線を移す。彼方で、星が点滅するような光が断続的に見えた。恐らく、ダイモスの崩壊を聞いて現れた宇宙連合軍とディベルバイスが戦っているのだろう。

「生徒たちはどうなるんだ? ダイモス戦線がディベルバイスを敵と認識したら、ここまでの旅が水の泡になる。また、皆恐怖に怯え、不和が広がっていく生活が続く事になるんだぞ」

「ダークたちの戦う相手は、裏社会の連中だ。それに協力すれば、革命を成し遂げた後、訓練生たちには、俺たちダークギルドに船が占拠されていた、と言っていいとダークは伝えたはずだ。元々革命には人柱が必要で、ダークギルドはそれになる事を是とする者たちだ。約束は破らないさ」

「………」

 伊織は唇を噛み、迷う。シックルが嘘を言っているようには思えなかったが、それ程上手く行くものだろうか、と感じた。どちらにせよ、危険な戦いに生徒が巻き込まれる事は避けられないようだ。どうにかして、阻止の為に動かねば。

 それと同時に、伊織の頭の中ではもう一つの考えが渦巻いていた。シックルを取り押さえる方法を考える時間を稼ぐ為、それを口に出す。

「アンジュ先輩は……」

「ああ?」

「彼女は、お前たちのその目的を知っていたのか?」

「当然だろう」シックルは肯く。「彼女はダークのお気に入りのようだったからな。きっと三ヶ月前の反乱の時、俺たちの側に着いた時も、ダークがここでディベルバイスを乗っ取ると分かっていたはずだ。だけど、俺たちの革命と生徒たちの救助、どっちも成功すると思っていたからこそ、それを許したんだ」

「嘘()け!」

 アイリッシュは、左腕に刺さったネジ釘を強引に引き抜く。伊織が制止する間もなく、血の雫が空中に浮遊し、宇宙服の傷口がじわじわと赤黒く染まった。

「お前たちが……先輩を脅して従わせたんだろ……!」

「アイリ、よせ。もう喋るな」

 スカイが彼の傷口を押さえ、抜かれたネジ釘を受け取る。伊織はそこではっと気付き、スカイの方に手を伸ばして小声で囁いた。

「それを俺にくれ」

「シックルをやるのか? でも、その後は……」

「祐二たちがどうなったのかは分からない。だけど連絡が繋がらないって事は、あの二人がダイモス戦線まで救助を求めて行けた可能性は低い」

 言いながら、伊織は胸郭の内側が疼くのを感じた。

 祐二や千花菜が、生きていないかもしれない。そのような事を考えるのは非常に(つら)い事だったが、今自分に懸かっているのは生徒全員の命なのだ。

「ディベルバイスを追ったところで、ダークに攻撃されるかもしれない。だから、俺たちはニーズヘグでアマゾンまで行き、ダイモス戦線に直接事情を説明する。戦犯指名手配されているが、ディベルバイスに乗っているのは訓練生とユーゲントだという事、今は同乗していた民間の宇宙海賊に乗っ取られている事」

「……それしかないよな」

 スカイは肯き、体で隠すようにしながらこっそりとネジ釘を渡してくる。伊織はそれを受け取ると、再びシックルを睨んだ。

「サバイユが言っていたな、お前たちダークギルドが、この火星圏で壮絶な日々を過ごしていた事について。お前たちは、ただ自分たちの故郷の為に、どんな手段を使ってでもやらなきゃいけない事がある、って事なんだろう。だけど、俺たちだって同じように、何をしてでも生き延びなきゃならないんだ。アンジュ先輩がお前たちの行動を許したとしても……ダークは俺たちをこのニーズヘグに置き去りにし、皆を危険に晒そうとしている。それは事実だ」

「……そうだ」

 シックルの声が、更に低く、重みを増したようだった。

「本当は俺たちは、お前たちと慣れ合ってはいけない。ここまでディベルバイスの安全を守ってきたのも、船をこの作戦に利用したかったからだ。お前たちの事なんか、どうでも良かった」

「なら、俺たちも生き延びる為に、全力でお前たちの目的を妨害する。お前たちも、全力で抵抗してみせろ!」

 言い終わるや否や、伊織は先程シックルがしたようにネジ釘を投擲した。先程自分がした攻撃だけに、シックルもすぐに反応した。伊織たちに「ニーズヘグの制御系を破壊する」と脅したのは、ブラフではなく、本当にダークの邪魔をさせないつもりだったのだろう、パネルの上に置いてあったスパナを手に取り、抵抗なく飛来したネジ釘を難なく打ち払った。

 だが、伊織の狙いは、彼に無闇に血を流させる事ではなかった。伊織は、シックルがスパナを振るった一瞬に床を蹴り、無重力空間の軽さに任せるようにして彼に飛び掛かった。横から滑り込むようにし、彼の背後に回り込む。シックルは目を見開き、返す刀でこちらの側頭部に工具を叩き付けようとしたが、伊織の動体視力はそれを完全に見切っていた。

 カットバックのように、一瞬一瞬が鮮明に見える。むしろ、遅いくらいだ。

「そんなもんで殴ったら、死ぬだろうが!」

 叫びながら、背後からシックルの首に腕を回し、扼殺寸前の力で絞める。彼はスパナを取り落とし、伊織を振り(ほど)こうと(しば)し藻搔いたが、やがてぐったりとなって空中に浮かび上がった。

「神稲!」ケンがこちらに近づいてくる。

「大丈夫、気絶させただけだ。……急いで、失神している生徒たちを起こさないと。この船のデカさじゃ、専門知識に欠ける俺たちだけではさすがに厳しい」

「あ、俺とケンなら、フリングホルニ級の操船プログラム組んだ事あるぜ。こいつら起こすまでの間、俺たちが操縦する」

 スカイが言い、ケンの方を向く。ケンも肯いたので、伊織は心強くなった。

「助かる。じゃあ、アイリ。シックルを縛るから、何か紐のようなものを探してきてくれ。俺は皆の気付けをする」

「わ、分かったよ……」

 普段は反抗的なアイリッシュだが、怪我を負って元気を失ったのか、それともディベルバイスから切り離されて放置されているという状況に怯えているのか、大人しく腕を押さえ、ブリッジから出て行った。

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