『破天のディベルバイス』第14話 世界の裏側①
①テン・ブロモ
ディベルバイスの回頭が完了した瞬間、正面の窓に映し出された光景は、真紅のフリュム船が彼方に浮かんでいる手前で爆ぜた小さな光だった。爆発の光とは異なるそれは、四散せずその場に留まり続け、やがて蒸発するようにゆっくりと溶けて見えなくなった。
「ジェイソン、お前……」
呆然と呟きながら、ウェーバーの方を見る。彼は、ゆっくりと首を振った。
「スペルプリマー三号機ゲイル、敵スペルプリマー・レイン、共に信号がロストしました」
「そんな……」マリーが顔を歪ませる。「死んじゃったの? ジェイソンと……ガリバルダが?」
その時、窓の端の方に浮かんでいた機体──ナウトゥから、一直線に炎が撃ち出されて船の下の方に直撃した。突然の事に、皆身構えるのが間に合わない。激しい震動が床から突き上げ、一同は体勢を崩して床に薙ぎ倒された。
衝撃と震動は次々に襲ってきた。何とか視線を上げて窓を見ると、ナウトゥは四方八方に、狙いも定めずに火炎放射を行っているようだ。
「何だ!? いきなりどうしたんだ!?」ポリタンが叫ぶ。
「ナウトゥのパイロットが錯乱したようです! 理由は分かりませんが……」
ウェーバーが言うのを聴きながら、テンはぐっと奥歯を噛み締めた。
きっと、仲間が死んだからだ。レインに乗っていたのがガリバルダで、更にストリッツヴァグンの時もウォリアが機体に搭乗していたのだとすれば、あれを動かしているのもユーゲントの誰かなのだろう。
彼らが、こちらがユーゲントと訓練生だと分かっていて、攻撃を仕掛けてくるはずがない。フリュム船の事は宇宙連合内でも極秘のようで、指名手配によって今まで襲ってきた軍もこちらを単なる新型宇宙船だと認識していたはずだが……フリュム船に配属され、その秘密を明かされた彼らにも、自分たちの事だけは過激派として伝えられていた訳か。彼らは、何も知らないままかつての学友たちを殺すよう、仕向けられていたという事なのか。
「重レーザー砲の照準を、エルガストルム本艦に固定しろ!」
気付けば、テンは叫んでいた。
「えっ?」
「沈めるんだ、早くあの船を!」
「お、おう!」
ボーンが、机に縋りながら立ち上がった。ヨルゲンが素早くプログラムを組み、エナジーチャージを開始する。許せない、という、敵に対する激しい怒りの炎が心に燃え上がった時だった。
『先輩方!』
ニーズヘグのドッキングとケーゼ隊の帰投を済ませたカエラが、ヒッグス通信を入れてきた。その声は、まだ焦燥を孕んだままだった。
『エルガストルムが、ダイモスの軌道での重力操作を停止しました。また、正面から火炎放射を行ってきますよ!』
思わず視線を上げると、エルガストルムの周囲の空間が発光していた。火炎放射が行われれば、このブリッジに直撃するだろう。間に合わないか、とテンが思った時、トレイが「チャージ完了!」と叫んだ。
「発射、急げ!」
サバイユが大声を上げ、彼女がボタンを押し込む。窓の外に極太の光芒が生じ、敵船へと向かっていく。ナウトゥは変わらず錯乱を続けていたが、無意識の防衛本能が働いたのか、その軌道から跳び退くように大きく後退した。
間に合ったか。間に合わなければ、命を賭けたジェイソンの行動も無駄になり、舵取り組は全滅する。テンはレーザー光線の行く末を凝視し、エルガストルムの姿がゆっくりと消滅していくのを見守った。
やがて、光が消えた。
「……生き、てる……?」
発射ボタンを押したトレイは、ケイトを庇うように屈み込んで窓から目を背けていたが、やがて妹の手を引いて恐る恐る立ち上がった。ウェーバーが素早くレーダーを確認し、ほっとした口調で告げる。
「エルガストルム、反応消滅。攻撃はありませんでした。ナウトゥも、火星圏から離脱していく模様です」
助かった、と思うと、全身から力が抜けていくようだった。だが、以前のように戦勝を手放しで喜ぶ気にはなれない。安堵と共に訪れた余裕は、戦闘から少し遅れて後悔を運んできた。
ジェイソン。何故自分は、否、自分たちは、彼の訴えようとしていた事に耳を貸そうとしなかったのだろうか、と思った。それ以前に、何故彼がニルバナでの戦闘からずっと自分たちと距離を置いていたのか、その理由に気付けなかったのだろう。彼は今まで、ずっと独りで抱え込んでいたのだ。自分たちは戦いの中で、何も知らないまま仲間を殺していたのだ、と。それを、生徒たちを懸命に守ろうとして戦ってきたユーゲントに、言える訳がない、と。
取り返しのつかない事になってしまった。彼の言う事に耳を貸し、最初の戦闘の段階でガリバルダたちと意思疎通を行う事を試みていれば。彼らに、早い段階でディベルバイスの真実を伝えていれば。十六人の生徒と、ジェイソンが命を落とす事はなかったのに。
『……状況の終了を確認した』
無感動なダークの声が、不意に無線機から響き渡った。テンたちは一斉に、ニーズヘグとの通信を司っている小型ヒッグスビブロメーターの方を見つめる。
『これから俺たちは、そちらのブリッジへ向かう。動かず、待っていろ』
* * *
五分程して、ダークがアンジュを後ろに従え、ブリッジに入ってきた。シックルやニーズヘグのオペレーターに選出された生徒たち、ケーゼ隊の神稲たちも来るものだと思っていたが、現れたのはその二人だけだった。
「おい、この後どうするんだ?」
サバイユが、両手を広げてダークに尋ねた。
「祐二たちを待つまでもなく、ダイモスに居たラトリア・ルミレースは全滅。それどころか、星が木っ端微塵に砕かれちまった。祐二たちはアマゾンに着くまでもう少し掛かるし、このままじゃニュースになっちまう。絶対に宇宙連合は、これを俺たちの仕業だって言い始めるぜ」
「一旦、ダイモスの公転軌道外に出た方がいいんじゃない?」トレイも、彼の後から口を挟む。「ガンマだけなら疑われずに話を聴いて貰えるだろうし、もしこの事がリージョン九で報道されたとしても、あの二人なら……」
だが、ダークは否定も肯定もせず、彼らをちらりと一瞥しただけだった。
そして、次に信じられない事を言った。
「……救助など、来ない」
「えっ?」
テンは耳を疑った。聞き違いか、と思い、彼の顔を見つめる。他の皆も石化したかのように動きを止め、彼の次の言葉を待った。心なしか、ダークギルドの面々の顔には、「聞いていないぞ」というような色も浮かんでいるように見えた。
「ディベルバイスはこれより、ユニット九・一『ヒュース・アグリオス』に進路を採る」
「待ってよ、ダーク」ケイトが割り込んだ。「予定が早すぎない?」
「予定?」ラボニが、すかさず彼女を問い詰める。「何の予定なの? あたしたちはこれから、渡海君たちがダイモス戦線を連れて来るのを待って救助されるはずだったでしょ? ダークも、救助が来ないなんて……何なの? 一体、藪から棒にあなたたちは何を言っているの?」
ケイトが、しまった、というかのように口元を押さえた。ユーゲントの者たちははっとしたように、ダークギルドに鋭い視線を向ける。
その時、ウェーバーがふと船の図面が表示されているモニターに視線を落とした。
「ニーズヘグ、本艦から切り離されています」
「何……だと?」
サバイユは唖然としたように零した。ヨルゲンが立ち上がり、腰を低くしてダークに問い掛けた。
「お前……一体何をした?」
「貴様らはただ、言われた事だけをすればいい」
ダークはそう言うと、拳銃を抜いてアンジュの眉間に突き付けた。