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『破天のディベルバイス』第13話 せめて君と一緒に⑩

 ⑧ジェイソン・ウィドウ


 眼下の小惑星ダイモスが、突如亀裂で覆い尽くされた。ブリッジクルーたちが何かを察したように、何の前触れもなくディベルバイスを上昇させ始める。窓から、アンジュたちの搭乗しているニーズヘグの様子を見ていたジェイソンは、足元から突き上げてくる震動に耐えきれず尻餅を突いた。

「アンジュ!」

 真空の宇宙空間で、彼女に聞こえる訳もないのに、ジェイソンは叫んでいた。その声を搔き消すかのように、ブリッジからの放送が船中に響き渡る。

『緊急事態発生! 緊急事態発生!』

 報告するケイトの声は、酷く狼狽していた。

『フリュム船エルガストルムが、重力場を展開! 出力……ディベルバイスの基本出力の、約五百倍! 本船も出力を上げつつ、上昇して干渉圏内からの離脱を図りますっ! 二号機、重力操作でニーズヘグとケーゼ隊の脱出ルートを作って! 担当者はドッキング準備!』

『何が起こったのかまで言わなきゃ駄目だろうが!』

 サバイユの怒鳴り声が、回線に入り込む。ケイトは慌てたようにしどろもどろになり、数秒後サバイユに『怒らなくってもいいじゃん!』と怒鳴り返した。

 彼女に代わり、ヨルゲンが今起こっている事を告げてきた。

『ダイモスが……崩壊しようとしています』

(星砕き? あのエルガストルムが、過激派諸共ダイモスを破壊して……)

 思いながら立ち上がった瞬間、窓の外をバーデが物凄い速度で上昇してきた。思わず再び腰を抜かすと、その後ろから一機のケーゼ──機体に刻まれたナンバーから、神稲伊織の操縦するものだと分かった──が続いて来て、そのバーデに機銃を浴びせる。バーデが爆散し、ケーゼがその煙を突っ切るように旋回すると、ディベルバイスの格納庫の方へ飛び去って行った。

 ジェイソンは激しい震動の中、這うようにして廊下に出た。何故自分がそのような行動を取っているのかも分からないでいると、船内放送の回線が繋ぎっ放しになっている中、舵取り組が実戦部隊と連絡を取る声が聞こえてきた。

『エルガストルム、軌道に向けて加速中! スペルプリマー二機、ナウトゥ、レインの発艦を確認! ニーズヘグ、帰艦出来そうか!?』

『畜生、結局こうなるのかよ……』

『渡海、綾文はそのまま行け! 下手に戻れば巻き込まれるぞ!』

 ナウトゥ、レインがまたこちらへ接近してくる。ジェイソンは焦りのあまり、すぐ傍の壁に思い切り拳を叩き付けた。

(死にも殺しもさせないって、アンジュは言ったじゃないか……あの中に乗っているのは、俺たちの仲間かもしれないんだぞ。それがもう、あれから十六人も仲間を殺してしまったんだぞ!)

 ──お前が考えているのは、いつも自分の事ばっかだ。都合のいい時だけのこのこ現れやがって。出て行けよ、俺たちの邪魔すんな!

 最初の戦闘にて、ブリッジでそれを訴えようとした自分にヨルゲンが言い放った言葉を思い出し、苛立ちが込み上げる。結局、自分はスペルプリマーのパイロットが同期生である可能性について、今まで仲間たちに伝える事も出来なかった。やはりホライゾンとの戦闘後、祝勝に水を差すと分かっていたとしても、少なくともアンジュにはウォリア・レゾンスの事を伝えておくべきだったのか。

 そう思った時、唐突に船内を猛烈な揺れが襲った。隣近所の船室から、訓練生たちの悲鳴が響いてくる。

『破壊されたダイモスが火山弾となり、重力フィールドに射出されてこちらに飛ばされている模様! 元の質量の分エネルギーも異常、早期に離脱しないと戦闘不能に追い込まれる!』

『重レーザー砲を使って、まず敵スペルプリマーを片付けるんだ。向こうの質量・エネルギー変換能力は桁違いだが、どうせこっちはパーティクルフィールドが使えねえんだ、向こうに熱の素を与えちまうくらいなら、こっちでどんどん攻撃に使うしかねえだろ!』

『簡単に言わないで下さい! この距離で重力操作が出来るなら、狙いを定めている間に撃沈されますよ! それにこんな大きな岩、ディベルバイスの熱変換能力では手に負えません!』

 ウェーバーが、サバイユに叫び返しているのが聞こえてきた。と、ほぼ同時にマリーが「ねえ!」と一同に呼び掛ける声が響く。

『放送まだ繋がっちゃってる! 生徒たちに聞こえているわよ!』

『何だと!? おいケイト、何やってんだよ! すぐに通信を切れ!』

『そういちいち怒鳴らないでよっ!』

 ケイトの罵声と共に、放送が聞こえなくなった。

 ジェイソンは、彼らはもう駄目だ、と思い拳を握り締めた。自分はこれから、本当に何も出来ないのだろうか、と考える。自分は、ちゃんとやろうと思っていたはずなのに、出来なかった。それで、仲間たちからは愛想を尽かされ、こうして本当に大切な事すら言えなくなってしまった。

 だが、言って、彼らが信じたところで、一体どうやってそれを確かめればいいのだろう? 敵のスペルプリマーに乗っている者たちが、自分たちの同期生だとどうすれば確かめられるだろう。接触通信を試みられる可能性は絶望的、またカエラも、エルガストルム本艦が行ってくる火山弾の投擲からディベルバイスを守らねばならないので、それに回す事は不可能だ。

 向こうは刻一刻と接近してくる。このままでは、ナウトゥとレインは容赦なくカエラを撃墜し、ディベルバイスは戦闘不能となる。

 ……自分が責められる事は、まだ耐えられる。だが、無能者の烙印を押されたまま目の前で仲間を見す見す殺されるのは、もうごめんだ。

 ジェイソンはそう思うや否や、廊下を駆け出していた。またディベルバイスの船底から震動が突き上げてきて、何度か翻筋斗(もんどり)打ちそうになったが、今度こそ逃げ出す事はしたくない、と思っていた。


          *   *   *


 スペルプリマーの格納庫に到着した時、一度鍵を壊されているその扉は、繰り返し船体に打ち付けた衝撃で歪んだのか、簡単に開いた。開いた瞬間、船内から外に向かって突風が吹き、ジェイソンはついよろめきそうになった。

 目を凝らすと、カタパルトデッキに出るシャッターが一部大きく捲れ上がり、穴が開いていた。船の底からぶつかった火山弾が、デッキと格納庫の連結部を貫通したらしい。勢いを付けて飛び出す事は難しいかもしれない、と思ったが、ここまで来て引き下がる訳には行かない。ジェイソンは風に流されないように足を踏ん張り、スペルプリマー三号機の方へ足を進めた。

 コックピットから垂れている縄梯子を登り、機体の中へと滑り込む。手探りで起動キーを回すと、足元から小型タブレットが上がってきた。『Super Primer : GEIRR』という文字、そして別のメッセージが現れる。


『警告:スペルプリマーと同化した者は、精神構造を回復する事は出来ません。登録は慎重に行って下さい』


 渡海の言っていた副反応か、と思った。だが、それにしては恐ろしい文言が並べられているような気がする。同化、精神構造が回復不能となる──渡海やカエラもこれを見て、それでも尚機体に乗り続けているのだろうか、と考えた。

(……ナウトゥやレインのパイロットと、話し合わねばならないんだ。そして、それはウォリアの件を知っている俺でなければ、出来ない事だ。アンジュ……俺は鈍臭くて、養成所での試験で点数を採るしか能のない、実践向きとは言い難いような男だ。だけどリーダーとして精一杯やろうと思ったのは、見栄でも何でもないんだ。逃げさえしなければ……君の為なら……!)

 更に浮かび上がってきたダイアログボックスには、『OK』を選択するボタンのみが表示されていた。ジェイソンは自分の手を見つめ、それに指先を押し当てる。

『アイ・コピー。転送を開始します』

 そのメッセージが表示された瞬間、座席の後ろからヘルメットのようなものが後頭部に嵌め込まれた。肩に無針注射器のような筒が接近してきた、と思うか思わないかのうちに、それが思い切り肉体に打ち込まれる。

「ぐっ……!」

 激痛に思わず呻いてしまったが、その痛みはすぐに奇妙な感覚に掻き消された。

 ヘルメットのような機械、そして神経に直接接続されたらしいコネクタから、自分の内側に大量の情報が流れ込んでくるのが感じられた。これから自分が何をすればいいのか、目の前の情報をどう処理したらいいのか、様々な事柄が有機的に結び付き、自分とは思えない速度でそれらが処理されていく。物凄い速度で頭が回転しているのが分かるのに、不思議と苦痛はなかった。

 それが終わった瞬間、周囲のモニターに外の景色が映し出され、機体の腕や足も見えるようになる。先程までは深く黒い鋼の色をしていた三号機だったが、今やその各パーツの接合部は黄金色の光を燦々と放っていた。

(もう、引き返せないんだ)

 躊躇いはなかった。何故か操縦方法は分かったので、ジェイソンはそのまま三号機の歩を進める。壊れかけていたシャッターが、呼応するかのように自動で開き、カタパルトへの誘導灯が点灯する。

 デッキの一部には、格納庫へ続く部分に大きく穴が開いていたが、幸い射出装置に異常はないようだった。真っ直ぐに進んで行き、装置に脚部を乗せてやや屈むように腰を落とすと、次の瞬間には宇宙空間へと射出されていた。

 ディベルバイスは今、エルガストルムの発生させた重力場、及び敵船の質量兵器と化したダイモスの残骸から逃れようと、絶え間ない浮上を続けている。だが、そのような状況で発射されても、慣性は三号機を船の正面真っ直ぐに導いた。ゆっくりとエンジンの出力を上げ、加速上昇すると、ジェイソンはデッキの真上、ブリッジ正面の窓の前へ飛び出した。

『三号機! 一体誰が乗っているんだ?』

 ヒッグス通信の回線から、ブリッジに居るテンの声が届いた。ジェイソンは、思い切ってそれに答える。

「私だ、ジェイソン・ウィドウだ。お前たちに、どうしても聞かせたい事があったからこのような行動を取った」

 名乗った瞬間、ブリッジに居る者たちが一斉に息を呑んだ。数秒の緘黙(かんもく)の後、サバイユが声を荒げる。『てめえは何処まで……』

「ホライゾンのスペルプリマー、ストリッツヴァグン!」

 ジェイソンは、それを黙らせるべく同じ声量で叫び返す。

「それに乗っていたのは、ウォリア・レゾンスだった!」

『嘘っ!?』『誰だよそいつ?』

 ラボニ、ヤーコンが同時に声を出した。ダークギルドの面々には分からないか、と思い説明しようとしたが、マリーが自分の代わりに早口で言った。

『ユーゲントの一人。つまり……私たちの同期生』

『何で、あいつだって分かったんだ?』

 テンが訝しげに、だが冷静な口調で問い掛けてきた。それに対し、ウェーバーが得心の行ったような声で返す。

『ジェイソンさんは、先の戦いで船尾付近に逃げ、すぐ近くにストリッツヴァグンが着艦しました。敵の目標は本船の破壊ではなく、捕獲のようでしたので、機体トラブルによりパイロットが機外へ脱出した蓋然性はあります』

『それが分かっていて、どうして言わなかった!?』

 サバイユが、またも責め立ててくる。ジェイソンはかっと体から怒りの熱が舞うのを感じたが、それをぐっと堪え、感情的に聞こえないように言った。

「私は一度、お前たちにこの事を伝えようとした。だが、お前たちは耳を貸さなかった。……私たちは、本当は戦わなくてもいい者同士なのかもしれない。あの中に居る者たちが私たちの仲間なら、話は通じるかもしれない。それを確かめる為にも、私は行く。裁きは……ちゃんと受ける」

『待って!』

 ラボニの声が甲高(かんだか)く叫んだが、ジェイソンはもう何も言わなかった。操縦桿を握り直し、旋回して船尾の方へ飛行する。機体の後部に折り畳まれた武器がある事を直感的に悟り、抜いて展開すると、それは本体よりも遥かに長い槍だった。

 カエラが、船のすぐ下までニーズヘグを押し上げたのだろう、重力場の反応に変化が検知され、『BOGIが感覚共有(シェアリング)を求めています』というメッセージと共に接合部の黄色い光が点滅を開始した。

(ルキフェルの重力相殺と誘導は順調だな……あとはドッキングだけか)

 だが、それが確認される以前に、砕かれたダイモスから間一髪で脱出したボーアが二機、火山弾と共に浮上してくるのが見えた。ディベルバイスの船底に見え隠れするニーズヘグの様子を見、思わず血の気が引く。火山弾とボーアの超電磁ブラスター、どちらか片方でも喰らえば船はバランスを崩し、エルガストルムの重力フィールドへと落下してしまう。

 カエラは今、ニーズヘグが敵の重力に引かれないように相殺を行っている為、対応出来ない。となれば、自分が動くしかない。

「うおおおおっ!」

 己を鼓舞するように雄叫(おたけ)びを上げ、ジェイソンは降下しつつ槍を振るった。一号機の刀と同じく、槍の先端にも重力発生機構が搭載されているらしい、思い切り一閃したそれは空中に赤黒い軌道を引き、射出されていた火山弾を弾き飛ばした。

 まさに船に攻撃しようとしていたボーアはそれを喰らい、コックピットを潰されて落下を始める。更に機体を前進させ、返す(やいば)でもう一機の機銃を切り裂くと、チャージしていた電力がショートし、そちらも爆散した。

『ジェイソン先輩!』

 カエラが叫んでくる。心配するな、とジェイソンは返した。

「私はユーゲントだ! 第一二四代護星機士団、訓練課程〇一クラスルーム長、ジェイソン・ウィドウなんだよ!」

 そのまま、公転軌道外へ向かって一気に加速を掛ける。こちらから第三のスペルプリマーが発艦されたのを確認したのか、行く手に見える二機の機械龍が炎を纏い始める。『感覚共有(シェアリング)を求めています』という文言は更に追加表示され、光の点滅は増々激しさを増した。

 紅色の光を放つ龍の片割れ──ナウトゥが、加速と共にこちらに突進してくる。今し方撃墜した戦闘機以上の速度だというのに、ジェイソンにはその頭部に開かれた口から覗く無数の牙、歯型プレス機がはっきりと見えた。

 ──今、反撃の姿勢を見せても見切られ、連携の強いレインから攻撃される。

 そう判断し、左手に重力バリアを発生させる。リーチでは、明らかにこちらの方が長いのだ。懐に入り込むまでの間にこちらに攻撃の隙を与え、主導権を渡してしまう事は、ナウトゥのパイロットも分かっているだろう。だからこそ、決して無理な攻め方はしてこないはずだ。

 こちらが防御の姿勢に入った事を確認したらしく、ナウトゥはレインと交替しようと身をくねらせて上昇の体勢に入った。だがジェイソンはその隙を逃さず、即座にバリアを解除して槍を突き出した。

 ゴキッ、という手応えがあり、その先端がナウトゥの口の中に突き刺さる。機体が纏っていた火花が三号機に降り掛かり、表面を加熱してきた。相当な熱エネルギーなのだろう、コックピット内の温度が急に上がったような気がした。だが、

(何のこれしき……っ!)

 細い槍は、長大な機体を貫いたまま振り回すのにはかなり重く感じたが、右腕が抜けても構わない、というような気持ちで上体を捻った。研ぎ澄まされた五感からその重みがダイレクトに伝わってきて、過熱したコックピット内で汗が散る。そこで初めて、ジェイソンは自分がパイロットスーツを着用していない事に気付いた。機体が大破したら、自分は生身で宇宙空間に投げ出される事となる。

 だが、と思い直した。

 この戦いで自分が負ける時は、そもそもディベルバイスが敵の手に落ちる時を意味している。渡海たちはダイモス戦線との交渉に成功したとしても、戻って来るのは明日になるのだ、負けと死が同義である事は、パイロットスーツがあってもなくても、大して変わらない。

『お前、本気で……』

 回線の向こうでヨルゲンがそう呟いた時、ジェイソンの振り払ったナウトゥが、交替しようとすぐ横まで接近していたレインに叩き付けられた。レインの纏っていた炎の渦は火勢を強め、ナウトゥの側面がぐしゃりと潰れる。

 それを庇おうとしてか、レインは前に出るようにして攻撃に出てきた。ナウトゥの頭部を貫いたまま槍を握る三号機の腕に、口から炎を零しながら噛み付く。過熱して柔らかくなった鋼鉄は上下からプレスされ、驚く程呆気なく切断された。

 武器を失った。だが、まだ目標は達成出来ていない。

 エルガストルムはまだ、あの火炎放射などの攻撃を仕掛けてきていないな、と考える。何百キロ単位という広大な空間に重力フィールドを展開し、粉砕したダイモスの破片を熱変換して飛ばし続けているのだ、さすがにこれ以上、同時に能力を使う事は出来ないのかもしれない。

『ジェイソン、もういい! もうやめてくれ!』テンの声が、焦燥を飽和させながら訴え掛けてくる。『ワームピアサーは使えるんだ、火星圏からは離れてしまうけど、とにかく一時的にでも危機を脱する方法はある!』

「駄目だ! 同じ事の繰り返しになってしまうだろう!」

 叫び返しつつ、重力バリアを操作する。重力発生機構をフル稼働させ、周囲に三号機の重力場を広げる。レインはまだ健在だ、こちらが接触通信を試みる前に、炎で機体を包んでくる事も、例の牙でコックピットを潰す事も出来るだろう。一瞬だけでいい、物理的な接触の機会を得なければ。

 チャンスは恐らく、こちらへの一回の攻撃が終了する瞬間。危険な賭けだ。それに耐え抜かねば、待っているのは死のみ。

 しかし、レインもこちらを確実に仕留めようと狙っている。恐らく彼らは、断続的に攻撃する事が出来ないのだろう。だから、二機で交互に、強力な連携を以て攻撃してくるのだ。突進、火炎放射、炎の渦、噛み付き攻撃。ナウトゥが大きなダメージを受けている今、レインはこちらに攻撃が防がれた時、隙をカバーする(すべ)がない。それ故に、こちらの防御を崩そうと狙ってくる。

 白い光を点滅させる敵機が、空間に赤黒い波動が広がる程の出力で重力場を展開した。バリアが相殺されないよう、ジェイソンも徐々に出力を上げていく。自分から何かを搾り取ろうとするかのように、座席の後ろから嵌め込まれたヘルメットが、急に頭を締め付けてきた。

「ぐあああっ!」

 肩甲骨にコネクタを打ち込まれた時にも勝る痛みに、喉の奥から、今度は殺しきれない絶叫が漏れた。心拍数が上昇し、熱と汗で肌がひりひりと刺激される。だが、ジェイソンは決して重力操作を止めなかった。

 観測されていた重力が双方同調した、と計器に映し出された瞬間、赤黒い光が目も眩むような白い閃光となって網膜を満たした。


          *   *   *


 タブレット画面に、『視覚を移動させますか?』『シェアリングを終了しますか?』という文章と、イエス、ノーのボタンがそれぞれに付いたダイアログボックスが二つ表示されていた。すぐ横に、淡く発光する人影が座っている。

 これがシェアリングか、と思った。どのような原理なのか、何故発生したのかも分からない。だがジェイソンには、隣に座っている人物がレインを操縦していたパイロットである、とはっきり分かった。

 はっと我に返ると、ジェイソンは口を開いた。自分が三号機に乗った理由。それはまさに、この為だったではないか。

「なあ、君……」

「消え失せろ、過激派!」

 人影は、こちらを認識する前にそう叫んだ。ヘルメットのバイザー越しに、こちらに向けられた顔がはっきり見える。ジェイソンがはっと息を呑んだ時、その人物も驚愕に目を見開いた。

 だが更に何かを言う前に、空間を飛び越えたかのような目の前の光景の跳躍と、ぐるりという回転が視界を支配した。


          *   *   *


 スペルプリマー・レインのパイロット──大型一種操船課専攻のガリバルダ・カバルティは、三号機とのシェアリング終了のボタンを押すと同時に、こちらに炎を浴びせてきたようだった。そして、彼女自身の戦っている相手が同期生のジェイソンなのだと気付いたのは、それよりも僅かに遅かった。

 ジェイソンが我に返ると同時に、モニターに映し出される景色が炎の橙色一色に塗り潰された。コックピット内が赤い光で満たされる程、四方から熱が襲い掛かってくる。警告が表示され、エンジンが異常に過熱している、というメッセージがモニターの隅に映し出された。

『ジェイソンーっ!!』

 ブリッジから、ヨルゲンが絶叫する。こちらの限界を悟ったのだろう、仲間たちはこちらを掩護しようと、最早躊躇う事はなかった。

『艦首レーザー重砲、開口!』

『……オールクリア! 照準補正、射角百二十度!』

『回頭開始!』

 ──彼らが、ガリバルダをその手で殺す事になる。

 ジェイソンは、ぐっと歯を食い縛った。自分はもう持たない。だが、この分では、ナウトゥに乗っているのも自分たちと同じユーゲントなのだろうが、それが自分に(とど)めを刺してくる事になる。レインは放心しており、離脱出来ない。

 今のままでは……誰かの手を、必ず汚させる事となる。

 覚悟を決めると、ジェイソンは回線に向かって「撃つな!」と言った。

「ここに居るのは、ガリバルダだ! お前たちには、やらせない!」

『ジェイソン……そんな、あなたは……!』

 機体同士が触れ合った事で、レインの中に居るガリバルダの声がはっきり聞こえてきた。ジェイソンは微笑むと、敵機の頭部を抱擁するように抱え込んだ。

(せめて、君と一緒に──)

 自分はこれで、何か一つは、アンジュたちの為になる事を出来たのだろうか。

 そう思った刹那、爆炎が五感を満たした。

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