『破天のディベルバイス』第13話 せめて君と一緒に⑦
⑤木佐貫啓嗣
「ここにいらっしゃいましたか、木佐貫議員」
軍需工場への視察という名目で、スペルプリマーの研究に参加した民間のオブザーバーを訪ねようと、木佐貫がヨアンを連れて宇宙船に乗り込もうとした時だった。発着場に出てきた一人の護星機士が、こちらに声を掛けてきた。
「木佐貫さん……」
ヨアンが、身を固くする。木佐貫もつい、警戒心を込めて現れた護星機士を見つめた。自分がフリュム計画上層部の隠している機密について調べようとしている事が、シャドミコフにバレたか、と思い緊張が走る。だが、機士の告げた事は自分の予想とは違った。
「計画に関する事で、シャドミコフ議長がお呼びです。HMEで関係各位に招集を掛けたはずだが、木佐貫議員がまだ来ていない、と。失礼ですが、HMEに電源は入っていましたか?」
木佐貫は別の理由で慌て、スーツのポケットからHMEを取り出す。着信履歴を見ると、いちばん上にシャドミコフから招集のメールが着信していた。どうやら、自分が電話をしている間に届いたので気付かなかったらしい。
つい一時間程前まで、木佐貫は例の双子の両親であるオブザーバーの夫婦に連絡を取っていた。当時木佐貫はフリュム計画に居なかったので、夫婦は最初は訝しげだった。だが、今その双子の片割れが護星機士訓練課程に所属し、リーヴァンデインの倒壊に巻き込まれた、という事を伝えると──彼が死亡した、と伝える事は辛い事だったが、ディベルバイスを取り戻すまで訓練生たちの生存は明かせないので、仕方がなかった──、母親の方は取り乱した。そして、彼は二年前に出奔して行方不明になっており、今では音信不通だとも告げられた。
木佐貫は、七年前に行われ、成功していたかもしれないのに、記録から一切抹消されている起動試験の真相について、夫婦が知っている情報はないか、と尋ねた。双子の片割れは、星導師オーズかもしれないのだ。さすがにそこまでを言う事は出来なかったが、オーズの出現は三年前、訓練課程に居た双子の片方が出奔したのが二年前だとすると、何かストーリーが見えてくるような気もする。それを補完、或いは修正するには、夫婦からの情報提供が不可欠だった。
だが、夫婦はなかなか応と言わなかった。それどころか、起動試験については思い出したくもない、というような反応だった。木佐貫はそれを訝しみながらも根気強く交渉し、「過激派が、あなた方の苦悩と犠牲の上に成り立った計画を水泡に帰しめてしまうかもしれない」と言った。更に、出奔したという息子が起動試験の後、どのような生活を送ってきたのかだけでもいい、と頼み込んだところ、彼らは不承不承という様子だったが話を聴く事を許してくれた。
自分とヨアンが彼らを訪ねる、と告げ、木佐貫はすぐに出発しようとした。自分が計画内部で嗅ぎ回っている事を怪しまれないよう、目的は軍需工場を視察する事だと職場に報告し、準備を行った。それらに追われていたせいで、シャドミコフからの連絡に気付かなかったのかもしれない。
「すぐに行きます。ヨアン君、少しだけ待っていて貰えるかな?」
「はい。船の中で待っている事にしますね」
ヨアンがこくりと肯くのを見ると、木佐貫は護星機士と共にボストークの施設内に戻り始めた。今度は何が起こったのだ、と考え、この計画はいつも自分に不吉な予感ばかり与えてくるな、と思った。
* * *
「ブリークスが、アポロ作戦を発動した。現在宇宙連合軍は、月面・静かの海に避難しているオルドリン駐在軍を吸収し、敵陣を目指している」
報告が始まるや否や、シャドミコフはそう言った。いよいよ天下分け目の戦いが始まったか、と木佐貫は気を引き締める。
「ラトリア・ルミレースがジャミングを使用しているらしく、オルドリンに取り残された民間人の様子に関する情報は、未だに更新されていない。更に、セントー司令官の乗艦バイアクヘーがリージョン五近辺を通過し、こちらに接近している。今後二ヶ月以内に、決戦が起こると思われる」
「ブリークス大佐が、アポロ作戦に成功していればの話ですが」
モラン情報庁長官が注釈を挟む。シャドミコフは肯いた。
「これらに関する対応は、ブリークスを交えて安保理での議論に引き継がせて貰う。我々フリュム計画が今回の件に関して目を付けるべきは、バイアクヘーが無色のディベルバイスと遭遇したであろう事についてだ」
「確かブリークス大佐は、両者の進路が交錯する事に着目し、戦わせて双方疲弊したところで戦力を投入し、攻略しようという事でしたよね?」
木佐貫は確認する。その作戦が成功していない事は、バイアクヘーが尚も接近している事から明白だった。となると、バイアクヘーと交戦したはずのディベルバイスはどうなったのだろうか。
「彼がどのような作戦を立てていたのか、今や推察する事は難しい。アポロ作戦が発動された以上、戦闘を開始したブリークスに、この件で連絡をする事も困難だろうしな。だが間違いない事は、ディベルバイスが再び行方を晦ましたという事だ。まさかバイアクヘーなどに撃沈されたとは思いたくないが、今回は船が沈められた可能性についても検討せねばならない。故に、私は『フリュム船同士の共鳴』を用い、ディベルバイスの居場所を調べようとした」
「また、フリュム船を動かしたのですか?」
関係者の中から、非難めいた声が上がる。木佐貫は、信じられないというような思いでシャドミコフを見つめた。彼は、船の起動に関しては頑なにそれを行わない姿勢を貫いてきた。何故急に、その方針を変えたのだろう、と思ったが、シャドミコフ本人は首を振った。
「今回ばかりはやむを得ないと判断した。それに、ディベルバイスの位置を特定したらすぐにまたシステムを停止させる予定だったのだ。だが……」
「無色のディベルバイス、水獄のホライゾンに続いて起動可能な状態に在った第三の船、業火のエルガストルムは、土星の衛星タイタンから忽然と姿を消している事が判明しました」
シャドミコフの言葉を受け、モラン長官が続ける。
「何者かが、エルガストルムを動かした可能性があります」
「ブリークス大佐……でしょうか?」
「真相は不明です。確かめようにも、大佐本人に連絡が取れない状態では。しかし、フリュム船のスペルプリマーを動かすにはユーゲントが必要となる。もしも本当に船が動かされていたのなら、各地の駐在軍に配属されていたユーゲントのうち、引き抜かれた者が何人か存在するはずです。計画に参加する各員は、それらについて徹底的に洗って頂きたい」
もし、とモランは言った。
「エルガストルムを動かした張本人がブリークス大佐であれば、目下の戦争が終結した後すぐに、彼を粛清します」
「………!」
木佐貫は息を呑む。今まで、大佐に半ば引き摺られるような形だったフリュム計画で、これ程強気な意見が出たのは初めてだった。恐らくモランははっきりと言わないだけで、そこには関係者たちの暗黙の了解、リーヴァンデイン倒壊からホライゾンの独断起動及びザキにその責任を負わせ、濡れ衣を着せた事なども含まれているのだろう、と思った。
「これを境に、我々はディベルバイス捕獲作戦を一時的に中断します。宇宙戦争と捕獲作戦が並行して行われている限り、ブリークス大佐の権力増大に歯止めは掛かりません。まず彼に、計画に振り向けていた軍の戦力を全てラトリア・ルミレースとの最終決戦に動員するように告げ、戦争を終わらせる。ディベルバイスの捜索が手遅れになっていないかは……セントー司令官と直接対決すれば、分かります」
「そういう事だ」
シャドミコフは手を打ち、立ち上がった。
「残る二隻の調整、メンテナンスは引き続き行う。これ以上フリュム船を失う事があれば、『破天』は実行不可能なものになる、という事を心に刻み、ザキ殿の時のような被疑者死亡による調査終了を許すな。各々の役割に責任を持ち、背水の陣で事に当たるように」