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『破天のディベルバイス』第13話 せめて君と一緒に⑥


          *   *   *


 はっと気付いた時、僕はベッドに寝かされていた。目を開け、がばりと体を起こそうとして全身に激痛を感じる。思わず呻いた時、視界の隅で何かが動いた。伊織が椅子に座って微睡(まどろ)んでおり、僕の声に反応してはっと顔を上げたのだった。

「祐二、大丈夫か!?」

「伊織? どうした、戦闘は?」

 僕は慌てて尋ねる。僕は、戦闘中に倒されたのだろうか、と考えた。何らかの原因で戦闘不能となり、ディベルバイスに回収されたのだろうか。という事は、船は少なくとも沈められていないのか。ディベルバイスは、エルガストルムを振り切ったのだろうか?

「終わったよ。でも、完全に振り切れた訳じゃない。ここ五日間のうちに、また追い着かれて攻撃を仕掛けられた。今、俺たちはピンチだ。この調子じゃ、ダイモスを通過する時点で奴と交戦している可能性も出てくる。過激派とエルガストルム、両方を相手にするリスクをまた負わされる」

 伊織の言葉に、僕は絶句した。

「五日間? 僕は、そんなに昏睡していたの?」

「何だか分からないが、交戦中に一号機とナウトゥ、同時に動かなくなったんだ。物凄い光を散らした後でな。そして気付いたら、船同士の擦れ違いが上手く行った後でお前の機体はオーバーヒートしていた。回収が遅かったら、お前はコックピットの中で蒸し焼きになっていたかもしれない」

 伊織に言われ、僕はおぼろげな記憶を辿る。

 作戦は、順調に進んでいた。僕たち実戦部隊は敵機二機を追い詰め、エルガストルムの死角まで押し込んだ。だがそこで、踏み込みすぎた僕は敵の罠に嵌まったのだ。僅かに回頭し、擦れ違おうとするディベルバイスに岩石を射出しようとしたエルガストルムに重力で干渉し、それを相殺しようとした時、ナウトゥが同じように重力操作を行ってきた。そして気付けば、ストリッツヴァグンと戦った時に現れたシェアリング開始の光が飛び散り、一号機は操縦を奪われていた。

 機体の熱を増幅され、僕はその高熱により意識朦朧の状態となった。そのままシェアリングは解かれ、レインが龍の牙──歯型プレス機をコックピットに突き立てようとしてきた。もう駄目だ、と思った瞬間ディベルバイスの機銃が掃射され、誰かのケーゼがアームを操作して僕の機体を掴んだ……

「脱水症状で、脳が異常収縮したんだな。そして、スペルプリマーの副作用である疲労の増幅……それで、頭が過去にないレベルの昏睡に陥った。意識が戻らなかったらどうしようって、千花菜や恵留も心配していたよ。すぐに食塩水を点滴で流し込んで応急処置はしたけどさ」

 伊織はほっとした口調でそこまで説明すると、立ち上がった。「千花菜たちを呼んでくる。あいつ、本当に心配していたんだぞ。何でか分かんないけど、凄く自分を責めているみたいだった」

「千花菜が? どうしてだろう?」

「恵留は何か勘付いたみたいだけど、はぐらかされちまった。これは女子の繊細な機微だから、深く踏み込むなって。何か、祐二に申し訳ない事でもしたと思ったんじゃないか?」

 僕は首を捻る。彼女が何を考えていたのかは分からなかったが、彼女の事だ、もしかすると、僕が「もっと頼って」などと言った気持ちに甘えてしまった、とでも考えたのかもしれない。そう考えると少し複雑な気分だったが。僕の命が危険な状態に陥った時、彼女が純粋に僕の事を心配してくれたのは嬉しかった。

 思考を切り替え、再び伊織に尋ねた。

「カエラは? 彼女は今、何処に居るんだ? 無事なの?」

「……部屋」

 伊織は、そこで急にぶっきらぼうになった。千花菜が僕を心配している、という話をしてすぐ、僕がカエラの名前を出した事がそこまで気に入らなかったのだろうか、と思い、少々居心地が悪くなった。

「部屋?」

「自室、というか、お前たちに特別に与えられた個室。恵留たちの部屋では眠っていないみたいだ。……というか、お前と同じ部屋だろ?」

「えっ? じゃあ、ここは……」

 僕は素っ頓狂な声を上げ、辺りを見回す。僕が寝かされているのは、カエラと過ごしているいつもの部屋ではなく、最初に伊織と一緒に割り振られ、今は伊織が一人で使っている部屋だった。

「彼女も、お前がこういう状態になって大分神経が参ったらしい。最初の戦闘が終わって一日目は、部屋に引き籠って眠りっ放しだった。恵留が食べ物を運んでやっていたんだけど……そしたら、カエラが使っているって言われていた部屋が無人だったみたいだ。俺はすぐに気付いて、恵留に後を任せろって言ってお前の部屋に行ったら、居てさ」

 伊織はふっと息を吐き出し、首を振った。

「カエラが何か訳あって、その日だけお前の個室で寝たって訳じゃなさそうだな。荷物まで置いてあったし。ユーゲントに聞いたら、俺たちには秘密で許可されていたらしいが……今、この事でお前を責めるのはやめておく。お前も今、体力が落ちて大分弱っているみたいだから」

「伊織……前にも言ったけど、僕が千花菜を大事に思う気持ちは、恋とは違う。僕が女性として好きになったのはカエラだ。千花菜も同じだ、それの何処もいけない事はないだろう? 何が問題なんだよ?」

 僕は、動揺を押し殺すようにやや早口で言った。胸の奥で何かが疼くと同時に、カエラがトムを毒殺しかけ、僕がそれを隠蔽しようとした時に彼女の言った「私たち、素敵な恋人同士だよね」という言葉が蘇り、何やらもやもやしたものが霧の如く広がっていくのを感じた。

 伊織は無言で僕を見つめ、小さく何かを呟いた。僕が「何?」と聞き返すと、「何でもない」とはぐらかされる。確証はなかったが、彼は「それを千花菜にも言えるのかよ」と言ったように思えた。

 彼は今度こそ、千花菜たちを呼ぶ為に部屋の外に出て行った。


          *   *   *


 千花菜と恵留は、僕が目覚めたという報せを受けると、すぐにやって来た。伊織は彼女らに気を遣ってか、ユーゲントに同時に知らせようとはせず、二人だけを部屋に招き入れた。

「祐二……! 良かった、目が覚めたんだ……」

 千花菜はベッドのすぐ傍まで来ると、僕の手を額に押し当てて瞑目した。恵留も千花菜に釣られたように、目を潤ませてその隣に座っている。

「心配掛けたね、でももう大丈夫だよ」

 僕は、握られた指を折り曲げて彼女の手を握り返す。

「エルガストルムは、まだ追って来ているんだよね? ディベルバイスは持ちそうかな? 一回戦闘があったみたいだけど、どうだった? ケーゼ隊の皆は、ちゃんと生きてる?」

「それは……」千花菜は、開けた目を再び伏せる。伊織は先程敢えて言わなかったのか、しまったというように顔を顰め、恵留の潤んだ目の色が、安堵とは別の感情に変化する。

「祐二……ケーゼのパイロットに選ばれた子たちはね……」

 千花菜は躊躇うような口調で、だが最後ははっきりと言い切った。

「スカイとケン、アイリ君を残して、皆死んだの」

「えっ……」

 予想を遥かに悪く超えていく報告に、僕は言葉を失った。

「トラブルはあの後もあって、ケーゼ隊は何度もメンバーを編成しながら活動していたんだけど……カエラだけじゃ、スペルプリマーで皆を守るのも限界があって。最初に戦った時よりも呆気なく、地球圏で戦った時から更に十四人が命を落とす事になったの。残っている機体も、あと四機だけ」

「正直なところ、今のままじゃダイモス越えは厳しいな。お前と千花菜はアマゾンに行ってダイモス戦線に保護を求めるっていう役目があるし、いざとなったら戦うのはカエラ一人だけだ。もしエルガストルムの追跡ペースが今のままだったら、全滅は免れない」

「それじゃあ、何処かでエルガストルムを迎撃して、今のうちに倒すしかないって事なのかな?」僕は、自分が五日間も昏睡に追い込まれたという現実を受け入れるに連れ、寒気すら覚えてきた。

「いや、もうあれを倒そうが倒すまいが、ダイモスでの戦いが不可避な以上危険度は変わらない。先輩たちはダークの言った通り、スペルプリマー残り三機の実戦投入も視野に入れているらしい」

 伊織が言うと、恵留は不安そうに彼の方を振り返る。彼は、恵留の肩に優しく手を回してから再び続けた。

「俺、最高成績者としてパイロットに選ばれるかもしれないんだ。アンジュ先輩から直々に言われた。他の二人はサバイユと、射撃組に居た男子一人が適しているだろうって事だった」

「あたし、伊織君がもし本当に登録する事になったら、ちょっと怖いよ」

 恵留は彼を見上げるようにして言う。

「そりゃ、ケーゼよりスペルプリマーのスペックの方が上だし、伊織君がそれで戦うようになったら皆危険は減ると思う。だけど最初に登録してから、祐二君はずっと疲れてて、(つら)そう」

 言ってから彼女は、僕の方をちらりと見て「ごめんね」と小さく謝ってきた。

「祐二君は頑張ってる。それを、ただ辛くて可哀想で、伊織君にやらせたくないとかって、そういう事を言っているつもりじゃないの」

「分かってる」僕は肯いた。「でも、恵留の言う事はもっともだ。費用対効果から考えて、残るスペルプリマーの実戦投入は慎重に行わなきゃ。エルガストルムに対しては、振り切る事を目標に対応を続行した方がいい。それでもし、火星圏に入るまで間に合わなかったら……その時に伊織たちを登用する」

「先輩やダークも、同じように考えているみたいだった」

 伊織は淡々と言った。

「祐二。……せめてこれだけだ。助けられなかった命について、悩む事はしないでくれ。それで尚、自分を追い込むような事も。主力を押し付けてしまって、俺がこんな事を言うのも何だけどさ」

 カエラの事を一瞬忘れ、僕は強く首肯した。彼に以前と同じような、いや、以前の冷めた僕とは比較にならないような、熱い友情を感じた。

 同時に僕は、以前彼に八つ当たりをしてしまった事を思い出し、それでも僕に「心配だ」と言ってくれた彼に、申し訳なさが込み上げた。

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