表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/210

『破天のディベルバイス』第13話 せめて君と一緒に④

 ③綾文千花菜


「千花菜ちゃん、大変な事になってるよ」

 エルガストルムが、アモール群の小惑星を破壊しながらディベルバイスの進路上に先回りした。船内放送でその旨が告げられ、食糧の備蓄確認をしていた千花菜と恵留が部屋に戻ろうとすると、万葉が廊下を駆けて来た。

「どうしたの? エルガストルムの事なら、私たちも聞いたよ」

 千花菜は言い、「早く戻ろうよ」と催促する。万葉の部屋は、今彼女が駆けて来た方向にある。わざわざ、彼女が自分たちを追い駆けた理由が分からなかった。

 だが千花菜がそう言うと、万葉は()れったそうに首を振った。

「そうじゃないの! さっき射撃組と実戦部隊が持ち場に向かって、渡海君たちもスペルプリマーの格納庫に行ったんだけどね、その時彼とカエラちゃんが一緒の部屋から出てきたの。渡海君が一人部屋だって言って借りてる部屋」

「……何で、このタイミングでそんな話を?」

 一瞬の沈黙を経て、千花菜は尋ねる。その問いは、半分は本心だったが、もう半分は刹那の間動揺した自分を隠す為だった。

「戦闘中出歩くのは危ないでしょ。回頭とか急加速があるかもしれないし、エルガストルムの攻撃は重いんだから……」

「千花菜ちゃんにとっては、同じくらい問題でしょう? 渡海君、カエラちゃんと……その……」

 万葉の声が尻(すぼ)みになる。千花菜は彼女のその態度を見、言わんとする事が分かると同時に不快になった。幼馴染の彼の貞操が疑われたようで、万葉が状況を(わきま)えない事よりも、そちらの方に怒りが込み上げた。

「少しは自重して!」気付けば、千花菜は叫んでいた。「祐二は、スペルプリマーのパイロットとしてカエラと一緒に居るだけ。同じ部屋に居たのも、何か作戦を練っていただけかもしれない。どうして、こんなに危険が近づいている時に、そんな小さな事を私に伝えてくるの? 私は、祐二の彼女じゃないんだよ」

「小さな、事……?」

 万葉は呆気に取られたように呟く。その時、船が大きく揺れて千花菜たちは重なるように倒れ込んでしまった。恵留がこちらの名を呼んだかと思うと、同じように倒れてくる。エルガストルムが小惑星の欠片を、質量兵器としてこちらに放ってくると聞いた事を思い出し、ぞっと震えが走った。

「ねえ、千花菜ちゃん……」万葉が、再び口を開く。

「祐二は本当は、誰かの命なんて背負ったらいけないはずなの」

 千花菜は言い、彼女の肩を掴んで起こした。

「だけど私は、祐二に縋りたいと思ってしまう。それがどれだけ、今の彼を苦しめる事になるのか分かっていても。だって彼は」

 ──彼は、嘉郎さんの弟だから。

 心の中で、最後までそう言い切った。万葉に祐二とカエラの事を聞き、最初に動揺してしまったのはこの為だ。祐二が昔よりずっと大きく、男らしく見えるようになってきて、その上で自分に「頼って欲しい」とまで言ってきた時、千花菜は自分の彼を見る目が、嘉郎を見る目と同じになっていた事に気付いた。

 だから、彼がカエラとそのような関係になり、自分から離れて行ってしまったら、と考えて怖くなったのだ。彼に背負い込んで欲しくないと思いながら、自分勝手だよな、と感じた。

「……どんな状況でも、自覚しないままで居るのはずるいと思うよ」

 万葉ははっきりと言い切った。千花菜は言葉に詰まってしまう。

「あたし、千花菜ちゃんの事は応援してる。舵取り組に居て、皆がどんな事を言っても投げ出さない。ブリッジメンバーでも、実戦部隊でもないし、抜けようと思えばいつでも抜けられるはずなのに、絶対に逃げない。尊敬している。だから、守ってくれる人、縋れる人が居るのって、当然許される権利だと思うよ。……渡海君に、ちゃんと聞きなよ、カエラとの事。そして、あんまり強がっちゃ駄目。千花菜ちゃんが渡海君に思っている事、あたしも千花菜ちゃんに思うの」

 何も言えないでいるうちに、彼女は「あたしの用はそれだけ」と言い、こちらの返事も待たずに駆け去って行った。

「……何で、あんなに上から目線なの」

 千花菜は、ぽつりと呟く。万葉の言葉は、最初の切り出し方が、同級生の男女が共に帰る光景を見た小学生じみていたので、全く響くものはなかった。ただ、自分の祐二に対する曖昧な気持ちを抉り、聞きたくもなかった彼の事を告げてきたに過ぎなかった。

 祐二と一緒に居られる事が、養成所に居た頃よりもめっきり減ってしまった事は、自分でも感じていた。だからこの間、トムの毒殺未遂事件──と言われているが、実際はカエラがナツメグの分量を間違えた事による事故だったらしい──の時、もしもの為に一緒に居ようか、と祐二が切り出してくれた事には、本当は心底嬉しく思ったのだ。だがまた自分は、彼を頼り切れずに断ってしまった。

 もしも、祐二とカエラが本当に、万葉の想像しているような仲だったとしたら。一週間前のあの日、自分を気遣ってくれた祐二が既に、カエラとそのような関係に在ったとしたら、自分は何を思うのだろう。

(嘉郎さん……あなた、何で死んじゃったの?)

 彼が生きていたら、自分がこのような気持ちになる事もなかったのだろうか、と考えた。自分はまだ、彼を諦められないのだろうか。それとも、とうに祐二を好きになってしまったのだろうか。

「千花菜ちゃん、部屋に入ろう」

 恵留が、躊躇いがちに声を掛けてきた。そうね、と応えながら、ぺたんと座り込んだまま彼女の方を見上げる。眼鏡越しに向けられる彼女の視線と、自分のそれが一瞬強くぶつかった気がした。

「……ねえ、恵留」少し躊躇ってから、言葉を放った。

「なあに?」

「伊織とは、今上手く行ってる?」

 何を以てそう言えるのかも分からないまま、或いは分からないからこそ、千花菜は彼女にそう尋ねた。恵留は少々切なそうに首を振る。

「伊織君、今は忙しいから……でも、彼は船全体を守る事で、あたしの事をちゃんと守ろうとしてくれている。そう信じているよ」

「そっか……」

 溜め息を()き、立ち上がる。すぐ近くまで来ていた為、手を伸ばして自室の扉を開け、ふらふらとした足取りで中に入る。

 恵留の考えは間違っていない、と思った。だから、彼らの態度を責める気にはなれない。我儘(わがまま)なのは、きっと自分だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ