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『破天のディベルバイス』第13話 せめて君と一緒に③

 ②アンジュ・バロネス


 九月二十九日。エルガストルムとの遭遇、エギド・セントー率いる過激派船団との衝突から、丁度一週間が経過した。

 見立て通り、アモール群を移動している間敵は現れなかった。索敵を行うと、エルガストルムはやはりこちらと同様ワームピアサーを使用したようで、小惑星群の中、ディベルバイスが最初のワープで転移した座標付近に留まっていた。メンテナンスでもしているのか、それともこちらの移動に追い着けず索敵をしているのか、まだ大きな動きはなく、こちらとの距離も十分に取れている。このままディベルバイスが火星圏に突入すれば、敵はワープを使う余地がない。本当に、戦闘なしで振り切れるかもしれない。

 この一週間のうちに、船内の様子はかなり荒んだ。戦いがなく暇を持て余した生徒たちは、先行きの不安さを互いにぶつけ合う事が多くなった。トムへの毒殺未遂事件は結局、当番のカエラのミスによる事故だった事が判明し、アンジュは安堵したのだが、風評や憶測を完全に拭い去る事は出来なかった。舵取り組であり、実戦部隊のエースである彼女や祐二の故意ではないか、という見方は強まり、彼らはそれから逃れるように二人きりで居る事が多くなった。

 一昨日は、カエラから「祐二と同じ部屋にして欲しい」という注文があった。テンやシオンは「男女を同じ部屋にするのは風紀の為に良くない」と反対したのだが、するとカエラは、自分たちの立場を危うくしているのは生徒たちだ、少しくらい逃げ場があってもいいはずだ、と強い口調で訴えてきた。

 結果、彼らを同室に移す事は、生徒たちには秘密にする、という条件付きで認められた。舵取り組の一部からは「千花菜が可哀想ではないか」という声も、半ば陰口のような形で上がったが、アンジュは祐二にも事情があるのだろう、と解釈して何も言わなかった。というのは建前で、本当はこれ以上余計な事に関わりたくない気持ちが大きかったのかもしれない。

 考えるべき問題は、火星に近づくに連れて増加していた。

 その長たるものは、ダークたちの「革命」と生徒たちの保護をどう両立させるべきか、という事だ。ダークは「裏社会の破壊」と言ったが、具体的なその方法については何も聞かされていない。断片的な言葉から推測する限り、彼はディベルバイスとその戦力を裏社会との戦いに向けるようだが、一体生徒たちに、どのようにそれを行わせるつもりなのだろう、と疑問を感じていた。

 無論、手段としては脅迫を用いるのだろう。そうでなければ、一刻も早い旅の終わりを望んでいる生徒たちが、彼らの私的な戦いに力を貸すはずがない。だがアンジュはユーゲントとして、訓練生たちが保護される見込みのないままそのような作戦が行われる事は、容認出来ない。

 (きた)るべき、ダイモスでのラトリア・ルミレースとの戦闘。その際、ダイモス戦線からの助力は必要不可欠だ。だが、それでディベルバイスの動きが制限される事があれば、ダークたちの目的は達成出来なくなる。一方で、ダイモス戦線と接触して保護の約束を取り付けられないまま、ダークたちが行動を起こせば、もし火星圏で旅が終わらなかった場合彼らはリンチに遭い、彼らの舵取りを認めたユーゲントも完全にブリッジから駆逐されるだろう。

 ──俺たちは舵取り組、ニルバナの前例もある。常に、最悪のケースを含めあらゆる可能性を想定せねばならない。

 ダークの言葉が、アンジュの脳裏に焼き付いていた。なるべくネガティブな事は考えたくない、というのが本音だが、常に最悪の場合を想定せねばならないのは、自分たちの義務なのだ。

 アンジュは夜、ブリッジ担当が交替になるとダークの部屋を訪ねた。三回ノックすると、いつもと変わらない低い声が聞こえた。「……アンジュか」

「ええ。よく分かったわね」

「ギルドの奴らは直接声で呼ぶか、断りなしに入るかのどちらかだからな。それにお前の仕草の特徴については、俺も大分把握したつもりだ。で、何の用だ?」

「少し、聞きたい事があるの。入っていい?」

「……好きにしろ」

 ディベルバイスの個室で一緒になる事は今までなかったので、少々緊張しながら扉を開ける。ダークは椅子に深く座り、拳銃を磨いていた。机の上には、慌てて片付けられたかのように何もない。

「ごめんね、仮眠時間なのに……まだ、寝てなかったの?」

「ああ。眠れるような気分ではない」

「私もまあ、色々考えちゃうとそうなるわ。でも、考えなきゃいけない事ではあるから……聞きたい事っていうのはね、火星に着いてからのあなたのプランの事なの。裏社会との戦いの事。ケーゼが大事だって言ったのも、このディベルバイスの戦力として戦って貰う必要があるからなんでしょ?」

 前置きせず、アンジュは本題を切り出した。ダークと少しでも長く喋りたい、という気持ちはあったが、今は頭を悩ませている早く問題を清算せねば、先行き不透明が続いてしまう、と思った。

 ダークは拳銃を拭いていた手を止め、アンジュの方を見つめてきた。その顔が険しくなり、何か口に出してはいけない事を言ったのか、とアンジュは不安になったが、そうではないようだった。

「……ダイモス戦線に保護されれば、ディベルバイスが自由に動く事は難しくなるだろう。だがお前は、一刻も早く訓練生たちの安全が確保されねばならない、と考えている」ダークは言った。「一方的に同志に引き入れた事で、お前は今板挟みの状態に在るのだろう」

 彼らしからぬ、こちらを気遣うような口振りに、アンジュは思わず固まった。

「以前も言ったが、俺はお前に、同志である事を強制しようとは思わない。お前が、生徒たちと共に、俺の反乱を止める方が気持ちとして楽なのであれば、そうすればいいだろう。無論、その時は俺も抗うが」

「やっぱり、あなたはもう一度反乱を起こすの?」

「俺自身は、連中がどうなろうと構わない。元々、俺たちは護星機士訓練課程とは無関係の人間だからな。ダイモスを占領した過激派と戦う際は、渡海祐二、綾文千花菜がアマゾンに救援を要請しに行っている間に、残るスペルプリマーを総動員して早々に片を付け、ダイモス戦線の到着以前に船をジャックするつもりだった。指示に従わない場合ユーゲントを殺す、などとブラフを使い、革命の為ジャバ一味の勢力範囲に進路を向けさせる。

 だが、お前はそれでは、生徒たちの安全との両立が出来ない、と考えているのだろう。そして俺は、お前が選ぶべきは生徒たちを守る事だと思っている。その為に、俺たちと対立する事になっても」

「………」

 アンジュはぐっと唇を噛む。

 ダークの言う通りなのだろう、自分は元々彼の”人質”であり、彼の思想とは何の関わりも持たないはずだった。彼は元々訓練生ではないのだから、仲間たちの安全についてなど、考える道理はない。同じように自分も、彼の革命を妨害してでも生徒たちを守ると誓えば、互いに楽になれるのかもしれない。

 本来、自分たちは対立こそが在るべき姿だったのだ。言われて初めてアンジュは気付いたが、それで納得は出来なかった。それを受容してしまうには、自分は彼の存在を大きく想いすぎていた。

「……私はそれでも、あなたの目標も一緒に達成したいと思っているわ」

 それが彼の為ではなく、アンジュ自身の自己満足だと言われれば反論出来ないな、と感じた。

「それに、あなたと協力してお互いに目標を果たせる事そのものが、私が皆を守る為の手段だと思ってる。そうすれば、あなたが皆を危険に陥れる事もなくなるもの。だからダーク君、あなたも、火星圏の革命の後で確実にダイモス戦線がディベルバイスを保護してくれるような方法を一緒に考えて」

 言うと、ダークは不意に俯いた。頭を背けて顔を隠し、何かを躊躇っているかの如く口元を小刻みに戦慄(わなな)かせる。思いがけない反応にアンジュが戸惑いかけた時、彼はがばりと顔を上げた。

「俺が先程まで、まさに考えていたのがその事だった」

「えっ?」

「主戦力以外の生徒たちを先にダイモス戦線に保護させ、現舵取り組と実戦部隊のみを俺の目標達成に動員する方法だ。あらゆる可能性を検討し、それがなし得るかをシミュレーションした。その結果が……」

 ダークは、アンジュの目を真っ直ぐに見つめ、断言した。

「不可能だった。それというのも、ワームピアサーの使用により、予想以上に火星圏への接近が早まった事による弊害だった。

 ……ダイモスは火星の周囲を、約三十時間の公転周期で回っている。リージョン九系列のコラボユニット群は、火星の自転とほぼ同じ速度で公転する。先程計算してみたところ、従来の速度で火星を目指していれば、ダイモスが火星の裏側へ行き、アマゾン、そしてジャバ一味の根城がある裏社会の中心、ユニット九・一『ヒュース・アグリオス』がその反対側に出現する為、革命を行い、すぐにダイモス戦線に生徒たちを保護して貰えるルートを採れるはずだった。救助を求めている途中、偶然を装って裏社会と戦う事の出来る進路だった。

 だが、到着予定であるあと四週間後、ヒュース・アグリオスはこの船の進路の真裏へ行き、ダイモス、アマゾンはほぼ直列的に並ぶ。そのまま、次の機会を待つ時間はない。エルガストルムの接近があるからな。ディベルバイスを火星の裏へ動かす為には、やはり俺が強硬策を用いるしかないようだ」

「それじゃあ……」

 アンジュは何も言えなくなる。ダークは、自虐的にふっと笑った。

「元々俺たちは、敵同士だった。俺は目的の為、この船を利用している。お前は、お前の中で優先順位が高い方を採れ。俺と同じ目標か、それとも生徒たちの命を守る事か」


          *   *   *


 その翌日、九月の最終日。火星で待ち受ける未来が分からないまま、だがせめて到着まではもう戦わなくていいように、と考え旅を続けていた皆の、そのたった一つの願望すら危うくするような事態が発生した。

「アモール群を……抜けたのか?」

 レーダーと窓の間で何度も視線を往復させ、テンが呆然と呟いた。

 マップ上では無数の星が犇めいているはずのそこには、何もなかった。あるはずの小惑星群が、ことごとくその場から消滅していたのだ。

「エルガストルムの反応は?」ラボニが尋ねる。

 ヨルゲンが、レーダーの進行方向に向かって後ろの方を調べる。

「ないぞ。俺たちを追って来ていたはずなのに、ヒッグス信号が消えてやがる。なるべく早く着くようにって速度を上げてきたけど、遂に振り切っちまったのか?」

「それならいいんだけど……ヒッグスビブロメーター、まさか壊れている訳じゃないわよね?」

「少し進んでみよう。進行方向に火星が見える以上、船の進路が間違っているんではないはずだ」

 ヤーコンが言う。皆浮かない顔をしていたが、大人しく操船を再開した。

 アンジュは、胸の中で嫌な予感の塊が成長していくのを感じていた。今まで続いていた小康にも似た状態が、逆にそれを煽っていた。嵐の前の静けさででもあるかのように、質の悪い静寂が続いていた。

 そして、やがてディベルバイスは再び停止した。

 レーダーの画面に、大型宇宙船と思われる反応がぽつりと入って来たのだ。

「目視で確認しろ!」

 ボーンが叫び、仲間たちが慌ただしく双眼鏡を取ろうとする。だが、彼らよりも早く、艦長席に座っていたダークが立ち上がって窓の方まで歩き出した。六・〇という驚異的な視力を持つ彼は、少々目を細めただけですぐに言った。

「……実戦部隊に、戦闘準備だと伝えろ。エルガストルムが、あそこに居る」

「嘘だろ!?」

 テンは声を上げつつ、双眼鏡に目を当てる。やがてその手が震え、ものは彼の顔から落下してゴトリという音を立てた。

「燃えてる……あの船の周りで、砕けた岩が炎を上げて燃えているんだ。あいつ……小惑星を、燃やしやがったんだ……」

「小惑星を? じ、じゃあここに星がないのって……」

 マリーが、怯え切った目で行く手を見つめる。ダークはてきぱきと言った。

「こちらからの索敵が可能であるのだから、向こうもこちらの接近に気付いているはずだ。それ以前に、ワームピアサーを使った俺たちの位置をこれ程早期に特定してきたからには、完全な逃亡は難しいと考えた方がいいだろう。……恐らく、ここで耐えきれれば次のワープは出来ない。火星圏に入れば、民間の人工衛星に機密が映り込んでしまうからな」

「だけど、星をこんなに壊して私たちの前に先回りするなんて……」

 宇宙連合のする事じゃない、とトレイは吐き捨てた。広大な宇宙空間を移動するには、指標が必要となる。その為、資源の採掘出来ない小惑星であっても、ミサイルなどの兵器を用いて無闇に破壊する事はご法度となっている。表向きには存在しない事になっている隠密部隊とはいえ、自分たちの所属していた連合軍がこのような暴挙に出ている、と思うと、アンジュも胸が悪くなる気がした。

 戦うしかないのか、と思い、祐二たちやケーゼ隊に連絡を入れようとした瞬間、次の信じられない事が起こった。

 双眼鏡を覗き込んでいたボーンが、「危ねえ!」と突然声を上げた。

「距離約五千キロ、燃えている小惑星の欠片が射出された! あと十数秒で着弾する! パーティクルフィールドを全開にしろ!」

 あっ、と思う間もなく、窓に大きく火球が映し出される。ヨルゲンが素早くプログラムを打ち込み、直後殺しきれなかった衝撃がブリッジに叩き付けた。飛散した火の粉が船体に当たり、モニターに被弾のメッセージが次々と映し出される。

「岩の質量攻撃は防げても、パーティクルフィールドと同じ組成のエネルギーは防ぎきれない……!」

 ヨルゲンは、机に掴まって踏み留まりながら叫んだ。

「それどころか、火そのものは増々強くなる……」

「でも、防がずに受けたらブリッジが潰されちゃうわ!」

 ラボニが言い、彼は「分かってるよ」と返す。「アンジュ、至急実戦部隊を招集するんだ! ケーゼ隊メンバーは、この間再編した通り。スペルプリマーとニーズヘグを出す」

「分かったわ」

 アンジュは無線機を握り、ダークの方を見る。彼も丁度こちらを見たところで、視線が微かに絡み合った。その目が、心配するな、と自分に言ってくれているように思え、心がざわざわと波立つ。

 彼を敵として見る事は、やはり自分には出来そうにない、と思った。

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