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『破天のディベルバイス』第13話 せめて君と一緒に②


          *   *   *


 部屋に入ると、カエラはまさに食品を完食したところだった。ハンカチで口元を拭いながら、僕に向かって「あら、遅かったね」と呑気に言ってくる。僕は、慌てて彼女に駆け寄った。

 忙しく肩を掴み、目を覗き込む。カエラは何を勘違いしたのか、同じように顔を近づけて唇を重ねてきた。僕がすっと身を引くと、彼女は首を傾げる。

「祐二君、私とするの、嫌になっちゃったの?」

「そうじゃないよ。カエラ、君……放送聞かなかったの? 誰かが夕食に毒物を混入した可能性があるから、食べるなって。(あた)ったトム曰く、煮込みハンバーグに毒物が入っていたんだろうって。カエラは、何も異常なかったの? どうして、そんなに落ち着いているんだよ?」

 僕は、矢継ぎ早に彼女に問い掛ける。彼女は「ああ」と納得したように答え、平然とした態度を崩さなかった。

「毒食わば皿までってやつ?」

「カエラ、ふざけないで……」

「大丈夫。私の食べたものには、毒は入っていないよ。祐二君、お盆は? 祐二君のにも、何も危ないものはないよ」

「どうして、そう言い切れるの?」

「私が、自分や祐二君のご飯にそんなものを入れるはずないじゃない」

 一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかった。だが、そこではっと気付き、僕は声を上げそうになるのをぐっと堪えねばならなかった。

「じゃ、じゃあ……君が、トムに毒を?」

「ナツメグ。肉料理のスパイスに、普通に使うでしょ? リラックス効果があるっていうけど、それは神経物質の伝達を阻害するからなんだって。小匙二杯で有毒だって話は聞いた事があるけど、眉唾だった。まさか、本当に効くなんてね」

「何て事をするんだ!」

 僕は、声が外に漏れないよう気を付けながら、鋭く叫んだ。

「君は、彼を殺すつもりだったのか?」

「ええ。まあ、死にはしないと思っていたけどね。前線に出て、祐二君や私の足を引っ張らないようになればいいって思った」カエラはあっさりと言う。「彼は、ダークの言った通り全体を生き延びさせる為に一部が犠牲になるのは仕方ない、っていう意見に賛同して、祐二君が死ねばいいって言った。なら、無能で指揮の邪魔になる自分に、身を以て示して貰いたかった」

 そのあっさりとした口調の中に、隠しきれない瞋恚(しんい)(ほむら)が燃えている事が、僕には分かった。彼女は、本気で怒っている。そう悟った瞬間、エルガストルムとの戦闘後、例の一悶着の時、彼女がトムに冷酷な顔を向けていた事を思い出し、僕は背筋に震えが走る。

 これが、彼女の怒り方なのか、と思った。感情を爆発させるのではなく、感情に基づいて冷静に、理性と計算でそれを行動に移す。だが、今回の彼女にそれをさせた原因は、僕にもあるという事が複雑な気分にさせていた。

「僕の事で、そんなに怒っているの?」

 自分の中で、彼女の凶行に対する怒りが急速に萎んでいく。

「恋人が辱められて、攻撃されて、黙っていられると思う?」

「僕は……もう、彼に対してそんなに怒ってはいないよ。何を言われても、どんな事を思っても、僕たちはディベルバイスっていう一つのチームの仲間だ。誰かが死んでもいいなんて、僕は思わない」

 僕が言うと、カエラは表情を変えずにじっと僕を見つめ返してきた。やがて、ずっと込められていた力が抜けたかのように、彼女はふっと息を()いた。

「……ライブを邪魔するファンは、ファンとは認めない。私は今まで、そういう世界で生きてきたからね。向こうがファンだと思っていても、それは独善だもの。仲間にも、それと同じ事が言えるんじゃないかな」

「それでも、生死が関わってくれば別問題だよ」

「祐二君がそう言うなら、謝る。私も祐二君の為って思ってやった事だけど、それがあなたの望んでいない事だったなら、私のも独り善がりだったって事よね。そこに関しては、ごめんなさい」

 彼女は殊勝に頭を下げる。僕は、何だか自分の方が申し訳なくなってくるように思った。

「ねえ、この事、先輩たちに言うの?」

「そりゃあ……まあ。このままじゃ船内に疑心暗鬼が生じてしまう」

「でも、そしたら私、どうなるんだろう?」

 カエラは、表情を急に哀れっぽくする。毒気を抜かれただけに、僕は少々彼女を可哀想に思った。やったのは良くない事だったが、僕の為を思っての行動だったのだ、ここで僕が彼女を売るような事をするのは、確かに気が引けた。

 未必の故意だったのだし、彼女は本気でトムを、毒殺までしようとしていた訳ではない。そう結論を出し、僕は再度口を開いた。

「じゃあ、こういう事にしよう。君は、ナツメグの分量を量り間違えた。何かの弾みで、それがドバッと出てしまった。そして君は、それが人体に有害な量をちゃんと把握していなかった。これは事故だ、という事にする」

 それがいちばん、妥当なように思われた。それでも一部からの疑惑は向けられたままになるかもしれないが、彼女がそれ以降、同じような事をしなければいいだけの話だ。もし周りからの視線が(つら)くなったとしても、そんな時僕に彼女が居てくれるように、僕も彼女の傍に居てあげる事が出来る。

「ありがとう、祐二君」カエラはそこで、やっと今まで通りの笑みを浮かべた。「やっぱり私たち、素敵な恋人同士だよね」

「そ、そう?」

「いつも、お互い相手の為に行動出来る事」

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