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『破天のディベルバイス』第12話 星の海にて⑩

 ⑨渡海祐二


「ダイモス戦線が駐留している、ユニット九・二『アマゾン』。火星の衛星軌道上にあるこれは、衛星ダイモスとほぼ同じ公転周期で回っている。だから、一ヶ月後に入港を行う時は、ディベルバイスは過激派に制圧されたその小惑星を通過しなきゃいけない」

 夜のミーティングの際、アンジュ先輩はそう言った。

「更に、エルガストルムの存在があるわ。いきなり私たちの進路上に現れた事から、その方法は分からないけれど、あの船はどうもこちらの居場所を突き止めていたみたいだった。向こうもワームピアサーを使えるからには、居場所が知られている可能性が高い以上、これから火星へ到着するまでの間に襲ってくる事も考慮しておかなきゃね」

「最悪の事態は、不可避であるダイモスの過激派との戦闘中、また今回のようなバッティングが起こる事だ」テン先輩が続ける。「ワープ機能を使ってリージョン九に入るのは、危険が大きい。目立つし、この未知の技術は人々に余計な警戒を与える。ダイモス戦線にこちらの話を聴いて貰う前に、攻撃されたら元も子もない」

「そうなると、私たちの取り得る策は二つ」

 アンジュ先輩は、ぴんと指を二本立てる。

「一、ここでエルガストルムを待って、迎撃してから火星を目指す。二、エルガストルムがこちらを特定して、ワープする前に全速力で火星に進む。追い着かれる前にダイモスを抜けて、リージョン九に入る」

「一の危険度は高すぎますね」

 千花菜が、険しい表情で答えた。

「もう一度戦って、勝てる保障はありませんよ。今回だって、離脱するので精一杯だったんですから。……勿論、祐二たちを実力不足だって責める訳じゃないんです。でも、ディベルバイスの現実問題として」

「俺たちも、そう思う」

 サバイユは言うと、ダークの方をちらりと見た。

「コラボユニットの傍でワープを使う事には、様々な危険が伴う。それは、敵さんにしても同じ事よ。一回俺たちの傍まで来てから、離れた俺たちをまたすぐにワープで追うのは難しいはずだ。逃げるなら、今しかねえ」

「追い着かれる可能性は?」

「あるけど、そこまではどうしようもないわ。それにどちらにせよ、ダイモスでの過激派との戦いには、祐二君は参加出来ない予定だし」

 アンジュ先輩に言われ、僕は「えっ?」と呆けた声を出してしまった。

「参加出来ないって……?」

「ディベルバイスの真実をダイモス戦線に訴えられるのは、渡海嘉郎軍曹の弟である祐二君と、幼馴染の千花菜ちゃんだけ。二人の話なら、渡海軍曹の同僚たちにも通じるはず。だから、リージョン九に近づいたら、私たちはあなたたちを一足先にアマゾンへ送り出そうと考えているの」

 アンジュ先輩に言われ、僕は言葉に詰まる。確かに、ダイモス戦線は衛星の様子について常に調べている。ディベルバイスの戦っている様子が「戦犯指名手配中の船」として見られたりしたら、こちらが保護を求める事も出来なくなる。

「でも、ダイモス戦線が応援に来てくれるまで、スペルプリマー一機とケーゼ隊で戦う事になるんですよ? そこに関しては……」

 恵留が容喙すると、カエラ本人が「大丈夫よ」と言った。

「伊織君たちには申し訳ないけど、私、そろそろケーゼ隊の事、足手まといだと思うようになってきた。私は一人でも戦えるつもりだから、祐二君が抜けても全力でカバーする。私なら、出来ると思う」

「ちょっと、カエラ……」

 僕は慌てて彼女の袖を引く。確かに僕も、戦闘で役目を果たさないのにこちらばかりを責めてくる彼らには辟易していたが、実際に彼らを指揮しようと頑張っているアンジュ先輩や伊織の前で、少しは言葉を選ばないのか、と思った。

「悪いかな? 皆を無条件に愛する事は、アイドルを辞めた私にはもう出来ないみたい。祐二君の気に障ったならごめんなさい」

「……話を逸らすな」

 ダークが、軽く手を打って軌道修正した。

「美咲恵留。貴様の言わんとする事については、俺たちも検討している。実際、ケーゼ隊は俺の思っていた以上に、実戦に於いて無能である事が分かったしな。一号機が抜ける事は、確かに大きな戦力の減少だ。……そこで、俺はそろそろ三号機以降のスペルプリマーを動かす事も視野に入れている」

「……やっぱり、それしかないと思う?」

 僕は、声を抑えて尋ねる。未だにカエラと僕だけの秘密にはしているが、スペルプリマーの精神干渉による感情の増幅や凶暴化といった問題は、解決の糸口を掴めていないのだ。そもそも、解決の方法があるのかどうかすらも怪しい。

 だが、もしもダークにそれをカミングアウトしたところで、今日はっきりと戦力を使い捨てのパーツのように扱う事を是とする発言をした彼が、受け入れるかどうかも不明だった。

「無論、検討は慎重に行う。一度登録してしまったら、その人間専用の機体となってしまうのだからな。だが、スペルプリマーは遊ばせておくには惜しすぎる戦力だ。俺たちは舵取り組、ニルバナの前例もある。常に、最悪のケースを含めあらゆる可能性を想定せねばならない。……ノイエ・ヴェルトが襲来する事、エルガストルムに追い着かれる事……ダイモス戦線が、受け入れを拒む事」

 ダークの口調はいつも通り淡々としていたが、切実なものだった。

 僕は、増々彼が分からなくなる。

 彼は何の為に、ディベルバイスの指揮権を奪ったのだろう。何の為に、これ程僕たちの事を考えるのだろう。それなのに何故、訓練生たちの命を顧みないような発言をするのだろう。

 ダーク。君の本心とは、一体何なのだ?


          *   *   *


 エルガストルムが追って来るのを待たず、可能な限り早く火星への到着を目指す、という方針は一応決定した。

 この辺りにはコラボユニットも、人間の住んでいる小惑星もない為、宇宙連合軍は居ない。ラトリア・ルミレースの旗艦ノイエ・ヴェルトは駐在しているらしいが、セントー司令官と大船団を地球圏に送り出したばかりなので、このルチアーノ・テーシ近郊に小規模な部隊なども居ないはずだ。

 このままエルガストルムを振り切れたら、ダイモスでの戦いまで全てのイレギュラーな戦闘を避けられるかもしれない。その事は船内放送で訓練生たちに伝えられ、新たなフリュム船と戦闘が行われた事、また仲間が命を落とした事で動揺している彼らを、多少なりとも癒そうと試みられた。

 それが上手く行ったのか、それとも皆騒ぎ立てる元気すら喪失してしまったのか、夜は比較的穏やかに過ぎた。少し遅い夕食の配膳の際も、カエラが当番だったにも関わらず、嫌味を言うような生徒は出なかった。僕はそれに安堵しながらも、この小康のような状態がもし、また皆が感情を爆発させる為の火種を溜め込んでいる状態だったらどうしよう、という不安感が拭えなかった。

「これで本当に、いいのかな……」

 お盆を持って部屋に向かう途中、廊下で一緒になった千花菜がぽつりと呟いた。僕は彼女と並んで歩くのが、随分久々なように感じた。カエラと内緒で恋人関係になっている事が、妙に千花菜の傍を居心地悪くさせていた。別に千花菜は、僕を特別な男として見ている訳ではないというのに。

「僕たちが、兄さんの同僚たちに訴えさえすれば全てが解決するんだ。まさか僕たちが目の前に現れて、彼らもそれを否定する訳には行かない。今が幾らぎすぎすしていたって、あと一ヶ月ちょっとの辛抱じゃないか」

 僕は、わざと明るく言う。恋人ではないとはいえ、千花菜が浮かない顔をしているのはやはり嫌だった。

「祐二は(つら)くないの? また、皆から酷い事言われたんでしょ?」

 彼女は、気の毒そうな表情を浮かべて尋ねてきた。

「そりゃ、僕だって腹が立つ事もあるよ。だけど、僕たちは仲間じゃないか。助け合って、この旅を終わらせなきゃいけないんだ。状況は理不尽すぎるけど、だからそれに甘んじてやるつもりはない」

 僕が言うと、千花菜は珍しそうにこちらを見つめた。

「……やっぱり、祐二は変わった。頼って、ってこの前祐二は言ったけど、本当にいいのか、分からない。無理しているの、私には分かる」

「無理していても、頼って欲しい事はあるんだよ」

 心にもない事を、と、頭の中で声が響いた。

 それすら出来なかったから、お前はカエラに靡いたのではないか、と、心の奥で冷静な僕が言ってくる。僕はそれに、聞こえない振りをする。

「祐二、私ね……」

 千花菜が、更に何かを言いかけた時だった。

「うわあああああっ!!」

 突然、個室の何処かから男子生徒の悲鳴が聞こえてきた。僕と千花菜は、反射的に素早く顔を見合わせ、無言でお盆を床に置き、駆け出す。平穏などある訳がない、崩れないはずがないと予感を抱いていたものが案の定現実になったような、そんな気分だった。

 誰か来てくれ、と狼狽を極めた声は、断続的に聞こえてくる。その為、僕たちはその声の発せられている部屋をすぐに特定出来た。

 周囲の個室の生徒たちが、何事だ、とやっと顔を出し始めた時には、僕と千花菜は既にその部屋に飛び込んでいた。「どうした!?」と声を掛けるや否や、問題の光景が目に入ってきて僕は絶句する。

 声の主である男子生徒が、椅子を倒して立ち上がり、どうしたらいいのか分からない、というように震えていた。

 そしてその足元、引っ繰り返った食器の中。

 今日の戦闘の後、僕に対して今までにない程の罵りの言葉を浴びせてきたトムが、口から泡を吹き、白目を剝き出して倒れ、痙攣していた。

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